racmon
2025-04-19 21:33:36
49793文字
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【web再録】煙に巻いてくれるな お前

pixivから再掲移しました。
昭和中期パロです。
⚠️地の文も関西弁です。
⚠️モブ→盧笙描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
⚠️名があるモブがいっぱいでます。


 
   ◆    ◆    ◆
 
 久しぶりの芸人としての舞台はなかなかの出来やった。ほんまやったら盧笙が座ってたはずの特等席がぽかりと空いていたことは、なるべく意識せえへんようにした。俺のしたことは間違ってないとは思うけど、盧笙を騙して勝手な行動を取ったことに変わりはない。一度は『もう来るな』とまで言うたくせに、大した覚悟もできてなかったみたいや。俺は一息ついて、ネクタイに人差し指をかけた。
「簓!」
 俺は本能的に顔を上げた。暗い舞台袖にぼんやりと人影が見える。直後のごっつい衝撃に、体当たりを食らったんかと思った。せやけど俺の背中に回された両手は可哀想なくらい震えていて、勘違いしたことを反省した。俺は今、盧笙に抱きしめられている。
「アホ! お前、死んだかおもた……!」
 泣いてんちゃうかと思ったけど、そんなことはなかった。その代わりに、触れた頬はいつもよりも冷たかった。盧笙も俺の額を撫でた。火の粉が飛んで軽く火傷したそこには、大きめの絆創膏が貼ってある。
「俺のせいでこんなんなって……
「いやこれは全然関係あれへんから」
「あのあとあの人とやり合ったんちゃうんか?」
「穏便にお帰りいただいたで。手当てかって、俺がした」
 別に嘘は吐いてへん。「よかった」と小さく呟いた盧笙が、改めて俺の存在を確認するように頬をぺちぺちと叩いた。またこうやって当たり前に触れてもらえるとは思いもせんかった。
「怪我してるくせに、顔色いつもよりええ気がする」
「禁煙の効果かな」
「なんでまた」
「まあいろいろあって金欠でな。しゃあないけど、やっぱり口寂しいわ」
「そんなもん、飴玉でも舐めとけ」
 やっといつもの調子を取り戻した盧笙が、我に返って俺から離れようとした。するりと俺の首筋を通り過ぎていくその手を捕まえて、頬擦りしてみる。俺はもう降参や。
「それやとちょっと、もの足らん」
 三度目の正直やな、盧笙。やっと届いた唇をお互いに押し付け合った。それは一瞬でもなければ、歯がぶつかるような乱暴さもない。口がぴったり塞がっていても、楽に呼吸ができるようになった気がした。
 
 

 いつもよりも近い距離で俺と並んで歩く盧笙は、緊張が解けた反動なんか、ふわふわと惚けてしもてる。俺の視線に気がつくと「生きとるやないかい」と笑って、飽きもせんと俺の生存確認をした。それはそうと、その死亡説が浮上したんはどういうことや。確かに火事には巻き込まれたし、あの部屋は引き払ったけども。
「いやあ、お隣さんにまんまと騙されたわあ……
 なるほど金慈がなんかしら吹き込んだらしい。俺は元隣人に文句の一言でも言うたろうと、馴染みの道を盧笙と歩いた。

「金慈ぃ! お前盧笙になに言うてん!」
 窓からプカプカと煙を吐き出す間抜け面に向かって怒鳴り上げた。俺との距離が取れているからか、金慈は余裕の態度で見下ろしてくる。
「もうヌルデくんは帰らん、って言うただけやけど」
「アホお前、死んだように聞こえるやろが!」
「これは仕返しや! 僕の車あんなとこに乗り捨てて! ケーサツに呼び出されて大変やったんやぞ!」
 金慈から借りた車を燃え盛る劇場の近くに置き去りにしたことを、たったいま思い出した。盧笙が無言で俺を睨む。
「あ、いや、借りた車をな? あの辺に停めたまんまにしとっただけでやな……
「借りたもんはちゃんと返さなあかんやろ」
「そうやそうや!」
 盧笙を味方につけるとはええ度胸やないか。その前に貸した金返さんかい。
「お前も俺に二万借りっぱなしやんけ!」
「あれはマッチ代やろ! なんぼでも積むいう勢いやったやないかキミ!」
 盧笙が「マッチ……?」と首をひねってその言葉を拾った。あのとき格好つけて盧笙の前に再登場した俺が、実は裏では『必死のマッチ』やったことは極秘なんや。
「な、そ、おっまえそれ言わんでええねん……!」
「いやあ、傑作やで。キミも人並みに怒ったり慌てたりするんやな」
「ハァ?」
 神経が死んだ前歯を見せて金慈が笑った。俺は発言の意図がさっぱり分からんかったけど、隣に立つ盧笙が金慈に頷いて返した。
「可愛いでしょ、僕の元相方」
「ハァッ⁉︎」
 俺の裏返った声に、窓がぴしゃんと閉められる音が続いた。