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racmon
2025-04-19 21:33:36
49793文字
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【web再録】煙に巻いてくれるな お前
pixivから再掲移しました。
昭和中期パロです。
⚠️地の文も関西弁です。
⚠️モブ→盧笙描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
⚠️名があるモブがいっぱいでます。
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◆ ◆ ◆
あのあと簓の部屋はもぬけの殻やった。気が動転していたのもあって警官にまともに状況説明もできず、頭のおかしな兄ちゃん呼ばわりされて終いやった。そらそうや。男が男に襲われて、それをまた別の男が助けに入るなんか誰が信じんねん。
油断していた。まさかあのひとがここまで俺に執着があるとは思わんかった。押し入ってきた時「喫茶店で見かけて運命だと思った」と言われた。いつのことを言うてんのか分からへんかったけど、なんにしても後を尾けられていることに気づけんかったのが情けない。
夏休みに入っても平日は変わらず仕事があった。簓のことが気になりつつも、この一週間は黙々と作業をこなすことでいくらか気は紛れた。明日の始発に乗って簓を探しに行こう。着いたらまず喫茶店に寄って、それから部屋を覗いてみよう。案外ケロッとしてそこにおるかもしれへん。なるべく前向きに考えるようにする一方で、簓のおばあさんには『これが最後になるかもしれない』と伝えることにした。
昼食を摂って休憩時間もあと数分となった頃、廊下がやけに騒がしくて俺は席を立った。暇を持て余した生徒が遊びに来たんやろうか。窓から廊下を覗くと子どもの声がした。
「あ! ロショーくん!」
「こら! 躑躅森先生でしょ!」
同僚の女性教員の手を振り払って俺の方へ走ってきたのは、いつかの不法侵入少年やった。足の具合は全快のようや。
「きみ、なにをしてるんだ」
「ロショーくん、ぼくとツチノコ探ししよ!」
「ごめんね躑躅森くん。この子急に入ってきて『ロショーくんを出せ!』って暴れ回って
……
」
同僚は申し訳なさそうに眉を下げた。相当格闘したんか、汗だくになっている。
「いえいえ。あとは僕が話しますので、少し休んでてください」
「ありがとう。そしたらお願いするわね」
軽く会釈してからくるっと体を回転させると、少年は俺の表情を窺うように見上げてくる。腰に手を当てて、今から注意しますよ、と態度で示した。
「で、まずその『ロショーくん』っていうのはなんなんだ?」
「だってロショーくん、ぼくの先生ちゃうやん」
「まあ、そうだな」
「だから先生って呼んだらおかしいやん」
「おかしいってことはないと思うけど──」
「なあ、ツチノコ探しに行こ!」
押しが強い少年に既視感を覚える。俺はこれにめっぽう弱いんや。
「諦めたんじゃなかったのか?」
「あのな、ぼく新聞でな『ツチノコ探し手伝って』って言うてる人のお手紙見てん!」
「じゃあその人と探すのがいいんじゃないか?」
「でもな、その人のおうち遠いねん。神奈川県の森の中に住んでんねんて」
「なんやそれ」
思わず素が出て咳払いで誤魔化した。俺の脚にしがみついて「なーなー」と揺する姿に、頷いてやりたくなる。ウウンと考えあぐねていると、ガラッと窓が開いた。
「行ってきたらどう?」
さっきの同僚が、氷がたっぷり入った麦茶を片手に顔を出した。少し回復した様子でよかった。
「躑躅森くん、もう自分の仕事終わってるでしょ? 気分転換に、ね?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
俺が恐縮してそう言うと「甘えでもなんでもないやないの」と同僚は笑った。
熱心に草をかき分ける少年を倣って、存在自体不明の生き物を探す。改めてなんで自分が抜擢されたんかわからへん。彼には親しい友人がおるはずや。
「お友達は誘わなくていいのか?」
「
……
ん」
短い返事に、俺はいらん事を言うてしもたなと察した。根掘り葉掘り聞くより、そばに寄り添うだけでええこともあるやろう。俺は汗でじっとりした少年の頭にハンカチを乗せた。
「ヨウくんのお母さんが、アカンって言うねん」
「え?」
影が落ちた目元に光ったのは汗やけど、泣き顔よりも切なく見えた。辛抱強い子どもの姿ほど、胸を締め付けられるもんはない。
「ぼくと遊んだらアカンねんて」
「そんな、そこまですることないのに
……
」
「でももしヨウくんが、ぼくみたいにケガしたら嫌やからな、我慢すんねん」
この決意自体、誰にも言えてなかったんかもしれん。多少無責任にでも褒めてやれる俺の存在を、本能的に嗅ぎ取った彼は頭のええ子や。俺がハンカチの上から撫でてやると、ますます饒舌になった。
「だからな、ケガしても大丈夫なぐらいおっきくなったらな、またいっぱい遊ぼなってこっそり約束してん」
「怪我する前提かい」
「ナイショやで」
歯抜けの幼い笑顔が遠い記憶と重なる。少年には申し訳が立たんけど、俺は彼を通してあの頃の簓のことを考えた。もう寂しい思いはさせへん。簓も、俺も、もうちょっとわがままに生きてもええはずや。
はしゃぎ疲れた少年をおんぶしたったら、あっちゅう間に夢の中へ遊びに行ってしもた。ずっしり重たくなる背中は暑いけど、俺自身も安らぎを感じた。向かいから白いワンピースの女性が歩いてくる。本間さんやった。
「あ、躑躅森くんや」
「こんにちは」
俺の肩口を覗き込んで「やっぱり懐いてるやん」と茶化す表情にはまだ少女らしさが残っていた。
「本間さんはお出かけ?」
「ううん。元々お休みやったんやけどね、新しい器具が届くみたいで、それの受け取りと確認頼まれてね」
「ご苦労さん。大変やな」
労いの言葉をかけると大袈裟に手を振った。謙遜の仕方はやっぱり大人の女性やった。
「その持ってきてくれる人の方がなんぼも大変よ。昨日の夜遅くに急に言うて今日やもん。遠くからやし、ひょっとしたら寝てへんのちゃうかな」
「そらあかんわ」
「躑躅森くんこそ、ちゃんと眠れてる?」
間髪入れず痛いところをついてくる。普段病人を相手にしている人の視線に俺の目は泳ぐ。そんな俺を見て本間さんは笑った。「騙されたと思って羊でも数えてみる?」と、おおよそ看護婦の助言とは思えんことを言い残して去っていった。どんな睡眠療法を勧められるよりも、よっぽど気が楽になった。
少年を家に送り届けて、そのまま簓のおばあさんのところを訪ねた。俺は席に着く前に、簓の名前を出した。「まあ座りなさいな」と促す優しさが痛い。簓と再会できていながらも連れ戻せんかったことに、俺は改めて頭を下げた。その上で、もし明日会えんかったらしばらくは期待できへんことも付け加えた。あくまでも、しばらく。俺は諦めるつもりはない。
週末の始発の乗客は俺一人。どこも席は空いていた。それでもじっと座っていられずに先頭車両まで移動して、俺がどんだけ急いても変わらへんのに進行方向に流れる景色を眺めた。
駅に着いたら真っ先にいつもの喫茶店へ向かった。もしかしたら早速簓と鉢合わせるかもしれへん。そんな気持ちで飛び込んだ俺に奥さんが向けた表情は悲しげなものやった。
「白膠木くんやったら先週から見てへんよ」
「そうですか
……
」
「あの火事からずっとやし、ちょっと心配やね」
俺の知らん話が耳に入って、混乱した。
「火事
……
?」
「知らへんの? あの子が働いてた劇場、全焼したんよ」
俺は店を飛び出した。全焼やて言われてんのに自分の目で確かめなと思って全力で走った。簓の気配がこの街からどんどん消えていく気がした。そんなこと俺は絶対許さへん。せっかくまた一緒に居れると思ったのに、あんまりやないか。
骨組みだけ少し残った劇場跡は煤が舞っていて、人が寄り付かんようになっていた。一人だけその前でうずくまる青年がおったから、何があったのかを尋ねてみた。彼は「賭場が無くなっちまったんだよぉ」と嘆くばっかりで、大した情報は得られへんかった。ここは劇場だけやなかったんか。いつかのトキコさんが言うた、簓を心配する言葉がよぎる。俺は最後の望みを賭けて、簓の部屋へ向かった。
「ヌルデくんやったら、もうここには帰らんで」
がらんとした部屋の玄関に立ち尽くしていた俺に、住人の男が声をかけてきた。そういえばはじめにここへ来た時、この部屋に向かって「死ね!」と叫んでいた男や。俺がギロッと睨むと、すぐに自室に引っ込んでしもた。八つ当たりもええとこや。俺は折れそうになる膝をなんとか支えて、とりあえず街へ出た。
天気がいいせいか、人出がいつもより多い。足元が覚束ず、人にぶつかる。謝ることさえもまともにできへん。視界が悪い。話し声がうるさい。指先が冷える。混ざり合った臭いが不快で、息を止めて歯を食いしばる。鉄の味がした。徐々に遠のいていく感覚の中で、俺は大勢の笑い声を聞いた。引っ張り上げられた意識を手放さないように、その際立つ賑わいの元を辿る。近づく歓声に確信を抱いた。
「──ってなことで、目は口ほどにものをいうーて、よう言いまっしゃろ? 『ああせやからトラちゃんは口をつこて芸するしかないんヤナァ』ってか? 誰やこの愛らしい目の悪口言う奴は! え、言うてへんて? ハァおかしいなあ。そんでもワイの耳には、皆さんがそう見てるように聴こえるんやけどなあ?」
簓が人様を笑かしとる。板の上で堂々と、歌うように踊るように、楽しそうに。俺は五感が正常に機能しはじめたことに気がついて、お辞儀をして捌けていく簓の姿を追った。
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