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racmon
2025-04-19 21:33:36
49793文字
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【web再録】煙に巻いてくれるな お前
pixivから再掲移しました。
昭和中期パロです。
⚠️地の文も関西弁です。
⚠️モブ→盧笙描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
⚠️名があるモブがいっぱいでます。
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◆ ◆ ◆
怪しい商売をやるには目立ちすぎる洋館を出て、まったく俺の趣味やない高級傘を開いた。返しにくるんも面倒やし、質屋にでも放りこんだろか。
ここ数日は気圧の乱れがなんたらで、空も俺も絶不調。それに加えて零からの調査報告まで受けて、気分はもう最悪や。俺が知りたいと望んだことや。せやけど盧笙の身に起こった出来事は、胸糞悪ぅてしゃあない内容やった。元凶の男はもちろん、盧笙を信じてやらへんかった周りの奴らも全員地獄に落ちたらええ。それでも現実はほんまにしょうもないから、そいつらは罪を償うことなくのうのうと生きてる。そん中でも盧笙に無体を働いた磯貝とかいう奴は、どっかの大学の教授をやってるとかで、大阪でたまに開かれる学会にもでかい顔して現れるらしい。零はそのときの様子を収めた写真をくれた。「こいつは俺の奢りだ」と握らされただけで、追加で金を要求されることはなかった。
整った顔立ちで上品なスーツに身を隠した下衆が映ったそれは、俺の財布の中にある。このことは盧笙に絶対バレへんようにせなあかん。俺にすべてを話さへんかったんは、知られたくないからや。磯貝のことは今後も警戒していくつもりではおるけど、盧笙の前ではなんにも知らへんフリをして、ただひたすら笑わせることが俺の一番の役割やと思った。
部屋に置いてきた盧笙の寝顔を思い出す。枕元にあるガラスの灰皿に差し込んで屈折した日差しが、畳の上に散らばった髪をきらきら光らせていて見惚れた。外で遊ぶこともろくに許されへんかった躑躅森少年とは違て、お日さんをたくさん浴びるようになった今の盧笙は鼻の頭の皮が剥けてしもてた。半袖シャツから出た二の腕も、白い素肌と灼けて赤くなった境目がくっきりと出ていて、俺はそこに触れたい衝動を抑えられへんかった。目を覚ました途端に鉄拳が飛んでくるんちゃうかと構えた俺の耳に聞こえたのは、小さく漏れた盧笙の声。色っぽいなと思った。もういっそ殴り飛ばして欲しかった。俺は盧笙とどうなりたいんか、ようわからへんようになった。
とにかく今ははよ帰ろう。心の内を悟られへんように気をつけながら、盧笙を目一杯楽しませよう。雨降ってきたデェって起こして、嫌やナァって一緒に窓の外見て、ほんでからてるてる坊主でも作ったらええやないか。俺個人の混乱なんか、あとでどうにでも処理できるはずや。水溜まりを避けることもせんと、俺はズボンの裾を濡らしながら急いだ。
「おっトラちゃん!」
酒焼けした声に呼び止められて速度はちょっと落ちたけど足は止まらへん。適当に挨拶を返してすれ違うたのに、相手は後ろで「さっきなあ」と続けた。
「トラちゃんの美丈夫と会うたでー! 嬉しそうに豆腐買っていきよったわー!」
盧笙、起きたんやな。雨打たれてへんかな。豆腐やったら味噌汁とか肉吸いやろか。せやけど料理なんかするように見えへんし、冷奴かもしれへんな。俺はなんでもええよ、盧笙と一緒やったら。
開いた玄関扉と、畳に染み込む豆腐の汁。机がガタガタ音を立ててんのが耳障りや。俺は足元に飛んできた灰皿を拾って、ポマードで固められた頭を殴りつけた。良好になった視界に、顔面蒼白の盧笙が見えた。
「さ、さら
……
」
俺は転がる男の顔を確認した。磯貝やった。俺の考えは甘かった。盧笙は必死に抵抗したんやろう。洋服はしわくちゃになってもうてるけど、ボタンもちゃんと閉まっとる。さすが一丁前に俺に忠告するだけあるやんか。
「なんで部屋いれてん」
「気づいたら、玄関立っとって
……
」
「俺出る時鍵締めたよな。なんで外出てん」
「と、豆腐を、買おうとおもて
……
」
そうやったな。機嫌よう豆腐買うてたんやったな。まあそれもパァなってもうたけど。血が下っていく感覚に、俺は盧笙にかけるべき大事な一言を疎かにした。
「ちゃんと戸締りせえ言うたよな」
「それは癖で
……
。それより、この人病院──」
それよりてなんや。お前の身より優先せなあかんもんなんかないやろ。そうや、こんなところにおったらあかん。こんなもん人に見られたら、盧笙はあの町にさえおられへんようになってまう。
「盧笙、お前もうここ来んな」
「なんて
……
?」
「当てあるし、これはどないかしとくし、もう来たらあかん」
「なに言うてんねん! お前関係ないやないか!」
「最初に俺のせいや言うたん、お前やんけ。やってもうたんも俺や。俺がどないかする。ええから帰れ」
「帰らん!」
「帰れ言うてんねん! これ以上俺に人生無茶苦茶にされたいんか!」
盧笙は黙って俺を見るだけで、頑として動かへん。正義感が強くて誠実で、ちょっと頑固な盧笙が俺は大好きや。
「
……
わかった。ほな交番行っておまわりさん呼んできてや」
「ああ」
「正当防衛やて、この場で説明した方がええやろ」
俺の提案に盧笙は二つ返事で駆け出した。ものすごい勢いで遠くなっていく足音に耳を澄ます。完全に聞こえんようになったところで、俺は磯貝を爪先で小突いた。
「おい生きとるか? 生きとるな? いつまで伸びとんねん」
呻きながら磯貝は体を起こした。大袈裟に痛そうな顔して、腹の立つ。
「き、君、こんなことして、タダで済むと──」
苛々してしゃあないから、俺は煙草を吸おうと思った。胸ポケットに突っ込んだ指に、しとっと銀紙が張り付く。
「うわびしょびしょやんけ」
「病院、血が止まらない、縫ってもらわないと
……
」
「おうどこ行くねん」
磯貝が体を揺らしながら廊下へ出ようとしよったから、俺は玄関枠に足をかけて封じた。手の中のソフトパックがへしゃげる。
「よっしゃ分かった、治してもらいにいこ。とりあえず軽く手当てしたるし顔洗えよ」
「頭がおかしいのか、君は」
目立つところについた汚れをシンクで落とさせて、適当に手ぬぐいで頭を巻いたった。こン中になんぼほどの知識が詰まっていようとどうでもいい。俺は金慈に一声かけるため、部屋から顔を出して叫んだ。
「金慈ー! ちょお車借りんで!」
「いや借りんでやないわ! 僕いまからデートやっちゅうねん!」
一丁前にデートやて。その車かて、どないして手に入れたんか分からへん。ついに臓器でも売ったんか。このおっさんの金玉やったらそこそこええ値がつきそやな。俺は磯貝を手招きして外まで連れ出した。金慈の愛車の助手席に磯貝を座らせて、後部座席にはさっき借りた傘を乗せた。
「どこへ行くんだ」
「やかましな、黙って座っとけ。お前が変態や言うて町内引き摺り回したってもええねんぞ」
磯貝は俺の言葉が冗談に聞こえへんかったようで、ますます青い顔して黙り込んだ。人目が気になるから、血の気が引いたってか。思いついたしょうもない洒落にツッコんでくれる幻覚さえも見れずに、俺は車を走らせた。
こんな不気味な景色、一日に何遍も見たいもんやない。雨が収まったことで、一時間ほど前に来た時よりいくらかはマシに見えるけど。磯貝もただならぬ気配を察知したんか、車から覗くだけで動き出す気配がない。
「なンしてんねん。さっさと降りてんか」
「なんだ、ここは。病院じゃないだろう」
「ンなもん見たらわかるやろ」
恐る恐る車から降りてくる磯貝を確認してから、俺の背よりまだもっと大きい扉を叩いて家主を呼んだ。
「れーい! 俺やけどー!」
大人しく応答を待っていると、ギィと空いた隙間から灰色の瞳が見えた。
「なんだぁ忘れ物でも──おいおい。結局汚しちまったのかよその手」
磯貝の姿を見て零はため息をついた。後ろ手に扉を閉めて、腕を組む。俺のことを叱るような目つきや。
「ヤブ医者の世話にはならないぞ
……
」
磯貝の割り込んできた言葉を、零は豪快に笑い飛ばした。なんもオモロいこと言うてへんと思うけど。
「ヤブ医者だぁ? ンなチンケなモンと一緒にされちゃあ困るな」
「こいつのココ、治したってくれん?」
俺が頭をとんとんと指すと、零は「ちょっと待ってな」と言い残して館の中へ消えた。
「おい、なんなんだ、頭が、痛いんだ」
「まあ待ちぃて」
せっかちな磯貝を宥めていると、ぴら、と足元になんかが落ちた。上から降ってきたみたいや。見上げると、零がベランダから次々とそれをばら撒いた。
「俺ぁその頭の傷は治せねえが、中身はどうにかしてやれるぜ。外傷については東京に名医がいるだろ。帰ってそいつに頼みな」
そんな大層な人に診てもらわなあかんほどおもっきしどついてへんわ。ごちゃごちゃ言うわりにピンピンしている磯貝は、落ちた一枚を拾い上げて悲鳴を上げた。俺はその理由を知っとった。磯貝には、余罪があった。
「なんなんだこれはぁ!」
よっこいしょ、と残りをかき集めてぺらぺらとめくる。その一枚一枚に、毎度違う少年の腰を抱いている磯貝の姿があった。背景はどれも同じアパートや。
「なんなんだってことないやろ、全部お前写っとるやないか」
手ぬぐいにじわっと血が滲んでることもお構いなしに磯貝は写真を破いた。俺からも全部取り上げて細切れにしていく。ぴゅう、と零の口笛が聞こえた。
「おーおーやってくれるねぇ」
したり顔で俺を見た磯貝に『上』と指さす。自分の置かれてる状況がなんにも分かってへんようや。めっちゃ優秀って聞いててんけどな。
「だがな、いくら足掻いたってネガはこっちにあるんだ。下手な真似したらどうなるか、分かるよな?」
「わ、私はぁ
……
! 名古屋に、いい弁護士を知っている!」
「名古屋かぁ。そいつも俺のオトモダチかもなしんねぇな」
零の言うたことがほんまかどうかは知らんけど、全身の骨を引っこ抜かれたみたいにその場に崩れた磯貝は再起不能と見える。俺は後部座席から傘を取って、館の扉に手をかけた。
「盧笙くんだけは、特別なんだ
……
」
なんか言うたないま。
「零、紙と書くモンちょーだい」
しばらくして、便箋の束と万年筆が落ちてきたのを受け取った。俺はそこに、盧笙がこれから先、一切の憂いなく過ごすための文言を書いた。うな垂れる磯貝の右手を取って、親指を傷口に押し付ける。悶える声がした。
「きたな」
それで紙に判をして、万年筆を握らせる。
「名前」
震える手でしっかり最後まで書かせて、俺は零に借り物を返しにやっとこさ館の中へお邪魔した。傘と便箋と万年筆、きっちり三点返して退散しようとした俺を、零はむんずと捕まえた。
「恩がまだだぜ」
俺は仕方なしに、あの行き慣れたストリップ劇場へと向かった。
賑わうフロアを抜けて、舞台裏にある非常階段横の床板に触れた。インチキ業者のせいでカビ臭くなってもうた劇場内で、一枚だけ比較的綺麗なんがずっと気になっとった。継ぎ目の隙間からかすかに空気が漏れている。この下に空間があるいうことや。それはただの物置きかもしれへんし、秘密を隠すのに充分な広さかもしれへん。自分の部屋の鍵と劇場の鍵の二つを継ぎ目に差し込んで持ち上げてみた。簡単に外れた板の下には、階段が続いている。俺はゆっくりと下りながら、物置きやったらよかったのにと思った。
光が漏れる部屋に足を踏み入れた瞬間、自分が丸腰やったことを思い出した。さすがにアホなことしてもうたかもと後悔した俺が見たのは、綺麗に片付けられた雀卓と、掃除中の支配人の姿だけやった。
「あ」
モップをかなぐり捨てて奥へ逃げていく支配人を追う。俺はほんまにツイてるかもしれん。ここは間違いなく賭博場や。間が悪かったら一発でお終いやった。あとは支配人を零に突き出すだけ。事情はよう知らんけど、零との出会いの場面を思い出すとどんな繋がりがあってもおかしないなと思った。
壁際に支配人を追い詰めて、俺はやっと深く息を吸う。今日は怯えた目で見られてばっかりや。芸人形なしやな。
「トキコ、あいつチクりよったな」
「いやいやあの子からはなんも聞いてへんで」
「見逃してくれ」
「ボクもこれから平和に過ごしたいから聞けへん頼みやわ」
目を血走らせた支配人は辺りを見回して、傍らの古い石油ストーブを蹴飛ばした。ぐわんと頭痛を誘う臭いが漂う。
「うせやろ」
シュッと擦れる音がして、目の前は赤く広がった。
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