akinoshiroihana
2025-04-14 21:25:42
19808文字
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名刺置き場6




●ボイン



母音とか拇印捺印とか
そんな単語を念じつつ発音してみせただなんてひそかな頑張りを彼らはゆめ知らない、知ろうはずがない

「」


『えへへ~、ハヤトさんはお姉ちゃんのボインの為に戦ったんだってさ』
『なんですって、いやだわハレンチね!』

そんな脚本没部さえあった、性をからかわれるのに腹を立て、うら若い乙女が不快を示して全然かまわないその世界でのそのあとは

「しかしよぉ、ボインだなんてハヤトのやつ―――エッチなこと言いやがるよなぁ
戦闘終了後、緊張もすっかり切れて大声で明るく言いだしたのだが、そう言う顔がだんだん赤くなり、声にデクレッシェンドとリタルダントがかかり、丸っこい人差し指を突き合わせてぐりぐりさせるに至る武蔵の正直な様に、竜馬が困ったふうながらもふふっと笑った。
嘗てあの言葉が流行語として出て来たのは小学校3,45年の頃だったろうか、思わずぷっと噴き出した幼い竜馬の頭の上で、彼の厳格な父は青筋立てて、黒檀の箸をへし折ったものである。地方ではそもそも入らない深夜のテレビ番組―――お色気から社会問題まで―――を、都内住まいのお坊ちゃまならば、自分用のカラーテレビで観ることもあったのだろうか。

あのスーパー高校生がこんなことを言ったと、武勇伝めいて持て囃されたりはしてしまわないか、そして悪の筆頭として勝手に担ぎ上げられ、ミチルにやっつけられてしまったりはしないだろうか。隼人にはそんなお神輿みたいな担ぎたがりが寄って来そうだ何となく、と竜馬は思う。しかし、「色っぽい」よりはむきだしなほどの素直さと憧憬があり、老人たちの時代の「シャン」等よりは今風なあの言葉は、隼人が使えば下品よりもなかなか悪い「子」じみていて、似合わないでもないとも思うのだった。

それと、なんとない距離感、線引き、孤独……

中等部にいた頃の、まだブラジャーを付けることを恥ずかしがる女子が、校庭の反対側の体育の授業で発育の良い胸をゆさゆさとさせてグラウンドを周って来るのを目にしてしまった時の自分の戸惑いを、当時の級友たちが密かに息を飲んだのを、あの甘酸っぱいような息苦しさと内罰感を思い出す。あの中に当時のミチルはいただろうか、それはわからない。自分達の中にハヤトはいなかった、それは確かだ。

今のこの時期、大人たちにいったん注意深くも小うるさく遠ざけられてしまっているもうひとつの性の彼女らが、高い声で長い髪で軽やかで不思議な存在が、今日も生きていてくれるさまが自分も大好きなのだとハヤトは言った、ようにも取っていい気がした、と竜馬は思った、思うことにした。
ハヤトの声も高く髪は長く敏捷で不思議に満ちている―――

(ちょい長い版)
『えへへ~、ハヤトさんはお姉ちゃんのボインの為に戦ったんだってさ』
『なんですって、いやだわハレンチね!』

そんな脚本没部さえあった、性をからかわれるのに腹を立て、うら若い乙女が不快を示して全然かまわないその世界でのそのあとは

「しかしよぉ、ボインだなんてハヤトのやつ―――エッチなこと言いやがるよなぁ
戦闘終了後、緊張もすっかり切れて大声で明るく言いだしたのだが、そう言う顔がだんだん赤くなり、声にデクレッシェンドとリタルダントがかかり、丸っこい人差し指を突き合わせてぐりぐりさせるに至る武蔵の正直な様に、竜馬が困ったふうながらもふふっと笑った。
嘗てあの言葉が流行語として出て来たのは小学校3,45年の頃だったろうか、思わずぷっと噴き出した幼い竜馬の頭の上で、彼の厳格な父は青筋立てて、黒檀の箸をへし折ったものである。地方ではそもそも入らない深夜のテレビ番組―――お色気から社会問題まで―――を、都内住まいのお坊ちゃまならば、自分用のカラーテレビで観ることもあったのだろうか。ケネディ大統領暗殺の際の、吹っ飛んだ脳漿と同じくフルカラーで

ともかく、これは「あのスーパー高校生がこんなことを言った」と、武勇伝めいて持て囃されたりはしてしまわないか、そして勝手に担ぎ上げられていたところを悪の筆頭として、ミチルにやっつけられてしまったりはしないだろうか。隼人にはそんなお神輿みたいな担ぎたがりが寄って来そうだ何となく、と竜馬は思う。しかし、「色っぽい」よりはむきだしなほどの素直さと憧憬があり、老人たちの時代の「シャン」だなんだよりは今風なあの言葉は、隼人が使えば下品よりもなかなか悪い「子」じみていて、似合わないでもないとも思うのだった。

それと、なんとない距離感、線引き、孤独が先に匂ったような、来てくれた本当の理由は彼の正義感だけでもなかったかのような……

中等部にいた頃の、まだブラジャーを付けることを恥ずかしがる女子が、校庭の反対側で始まった体育の授業で、発育の良い胸をゆさゆさとさせてグラウンドを周って来るのを目にしてしまった時の自分の戸惑いを、当時の級友たちが密かに息を飲んだのを、あの甘酸っぱいような息苦しさと内罰感を思い出す。あの中に当時のミチルはいただろうか、それはわからない。自分達の中にハヤトはいなかった、あんな顔で胸の話をする奴はいなかった、それは確かだ。

今のこの時期、大人たちにいったん注意深くも小うるさく遠ざけられてしまっているもうひとつの性の彼女らが、高い声で長い髪で軽やかで不思議な存在が、今日も生きていてくれるさまが自分も大好きなのだとハヤトは言った、ようにも取っていい気がした、と竜馬は思った、思うことにした。
ハヤトの声も高く髪は長く敏捷で不思議に満ちている―――


母の面影に重なる彼女の記憶が、思いがけず乱暴に十字架を奪い返した時のあの小さな驚きの表情で終わってしまうなどと、なぞ正直に言うわけにもいかないから、今風の軽い若造ぶった言葉を口にしてみようとした結果、拇印捺印拇印捺印、拇印!と唇に準備体操させてからバイクに跨った彼がいたなんて、流竜馬は永遠に知らない。







きれいな目

凄い筋肉だの、見てあの太腿の太さだの、暗がりを歩いても日に焼けた肌と闘気のようなもので、赤く陽炎が立って見えるだの。せっかく顔は相当いいのに、たまにいい年をして丈の短い作務衣で生足を晒した時にしても、なんだってああもガニ股で歩きたがるかとか男ばかりで固まっては中高生みたいな泥土が付いたままのような笑い方をしてはしゃぎたがるかとか、宿酒の発酵臭が全身から出ているとか、そんな数々惜しまれる中で
『でも、    』
そんな声を姦しい音域の中から、男の連れの一人である長髪の男は拾い上げた

「『カワイイ』って言葉には我が国のポップカルチャーに全くいい顔をしないM・ムーア監督ばりに心底嫌な顔しかしませんが、そう言ってもらうのは満更でもないと思いますよ」

いつまでも成熟していないこと、恥ずべきことと認識する奴もいます、御用心を、と面白そうに神隼人は薄ら笑った。そしてお前に付き合ってると、目玉から日焼けしそうなんだよと言ってやっては、なにおうと猛然と飛びつく肉塊のどすんという衝撃には相好を崩しとてもやさしい顔になった。



「たしかにここだったんです」

卯月の庭に立った、小さな蜥蜴の王子さまはあたりを見回す
先日の、目隠しされた車両で研究所の外を行き来した時、良い場所を見付けたと思ったのだと

最近の貴方みたいに真っ白だったり薄紅色で、太陽の輝きを浴びたままの雲が降りてきたようにふわふわとして、抱きしめてあげたくなるような
あれが愛しいと思う人を攫うと恐れられてもいる花だなんて信じられないから確かめたくなったんです、あなたと。だけどおかしいなあ、このあたり、新緑の木々しかありませんね。どこも生命力溢れる緑ばかり

「あそこに一本、一本だけ残っているはず」
きょろきょろと見回す子供の肩越しに、白衣に長い銀髪の男が指し示した
「この一帯、みな一緒に咲き始める癖に生き汚いまでに長く咲く。置いてきぼりの木と呼ぶ職員もいる、他ならない私だが」
振り返り、ぱっと顔を輝かせて花の下に駆けて行った子供が、緑に染まった光の下をゆっくりと歩きつつの男のその解説に「えっひどい」というような憤然とした顔になりかけ、そして毒気を抜かれたのか困ったような顔でもって彼を見上げる。
「櫻の木の下には死体が埋まっているともいうのだよ」

七四年の春に三本新たに植えたというその木は、縦方向の成長が止まったもの二本が見栄えのする花を咲かせるようになり、その分気のすむまで咲いたらさっさと花を散らして、まぶしい緑の中にすらりと背の高い、雪のように白い花を咲かせる木を取り残すのだという。
「私が送り出してしまった者達がこの花の下に戻って来るのかもしれんが」
内臓まで傷ついて、もう長くはないとの見立てをされた身体を騙し騙し、もう十年ほど引き摺って医者を驚かすことになる男はその銀と黒の幹を撫で、子供の頭を撫で、青空から舞い散る白を見上げる

「地獄に引きずり込んでくれるのはまだかい」

待っているのに