akinoshiroihana
2025-04-14 21:23:10
22255文字
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名刺置き場7





朝顔色の、呆れるほど布面積の小さい
女子には指定水着もいまだ作らないというのにどうしたことだと聞けば、「OB会からの強い声」であったとのこと。サンフランシスコ講和条約からわずか数年、「我が国と同じく核実験の地となり我が国の漁民も犠牲となった」「あの事件」への無言の抗議であるとして息巻いた一部お偉方により、同じ名前の水着が著名デザイナー御指名で「まずは男子に」作られたのだという、学園は創立から戦前まで全寮制男子校であったから。山の上だからそうそう入水適温まで気温が上がるわけでもなく、従って授業ともなればバスで麓に降りて市営のプールを使うのであるのに、昭和30年代の市民の好奇の目は今の比ではなかったであろうに

「地味にとても恐ろしい」

と竜馬は端正な顔でぽつりいう、市民プールの更衣室で。後ろでは収まりが悪い、むう、今度ははみ出た、などと何かと格闘する弁慶の声があるが、旨い具合に収めるのはひとえに一年の時からの積み重ねだ。

隼人は昨年までのエスケープ癖、ならぬ昨年からのゲッター搭乗時の負傷癖で本日も見学となり、白いクラシカルなブラウスシャツにミントグリーンのパンツの夏服できまり悪そうにしている。お前らばかりを行かせられやしないよ、と。そんな彼が授業に参加するその時は、ひょっとしたら手伝いがいるのではないか、と考えてみたところで何を、と思い直し

竜馬は天井に向け叫び出しそうになった。


きれいな目

凄い筋肉だの、見てあの太腿の太さだの、暗がりを歩いても日に焼けた肌と闘気のようなもので、赤く陽炎が立って見えるだの。せっかく顔は相当いいのに、たまにいい年をして丈の短い作務衣で生足を晒した時にしても、なんだってああもガニ股で歩きたがるかとか男ばかりで固まっては中高生みたいな泥土が付いたままのような笑い方をしてはしゃぎたがるかとか、宿酒の発酵臭が全身から出ているとか、そんな数々惜しまれる中で
『でも、    』
そんな声を姦しい音域の中から、男の連れの一人である長髪の男は拾い上げた

「『カワイイ』って言葉には我が国のポップカルチャーに全くいい顔をしないM・ムーア監督ばりに心底嫌な顔しかしませんが、そう言ってもらうのは満更でもないと思いますよ」

いつまでも成熟していないこと、恥ずべきことと認識する奴もいます、御用心を、と面白そうに神隼人は薄ら笑った。そしてお前に付き合ってると、目玉から日焼けしそうなんだよと言ってやっては、なにおうと猛然と飛びつく肉塊のどすんという衝撃には相好を崩しとてもやさしい顔になった。


石川漫画竜馬(自由度の高そうな集合イラストではすぐにガニ股)と東映竜馬(九州男子)は「可愛い」って言われるのにいい気がしないタイプの男子だと思う、からの新ゲ竜馬は言われてましたねー話

そういえばお前はどうなんだ
そういやてめえはどうなんでえ

そんな「竜馬」の問い

当人がいるのも気付かず、女子職員達がそうささめき通った後、ぱりぱりと頭を掻きつつ
「てめえはそういう褒め方してもらえたことあんのかよ」的な自慢げな笑み

それに応えて「隼人」は

「「こう」」

二本貫手が白い蛇の跳躍のように飛んで、戦友の目の前でぴたりと止まって彼は少し笑う。瞼の薄皮ぐらいなら切り付けて騒ぎにしちまったこともあるぜ、中学入ってすぐだったかな馬鹿なもんだ。
モニター画面を埋め尽くしていた光の文字列が、キーを一つ叩く音と共にすべて消えた。同時に天井の照明も空調の唸り声も。おい隼人てめえ何しやがった、くっそ何処だよとの声をよそに手動に切り替わった扉を引き開け、その痩せ型のとげとげしいシルエットは非常灯だけが照らす長い廊下へと音もなく。その顔は誰にも見えない。

「「カワイイと言われたことがあるかい?」」




お前の色の花も咲く

そう言われた立秋の後処暑の前、たち悪く焼き焦がすような日差しはおさまって、よい具合の強い風が吹き抜けるようになった研究所前の原っぱで

はて自分の色とはどれのことだろう、と白い子供は金色の頭を傾げ、オトギリソウのおしべのように長く金色の睫毛にふちどられた紅い目をしばたかせた。
「黒法師」という名の花はなるほど「あの人」を思わせる色の一つでもあったが、長く伸びる影法師の色ではなく、かつてあの人がひるがえしたマフラーの色であり、あの人が忘れがたい戦友の色に他ならなかった
その他ならば白と青、誰のものにもなりはしない空のような色であるのに聡い子供はため息をつく。だが白はそれでも彼と自分の絆のような色でもあろうと思うのだった。

「只今戻りました」
墓石の辺りに咲いていたのを分けてもらいました、貴方に、と被せて差し出す白い曼殊沙華に彼は目を細める。あの頃にはまだ珍しかった気がするよ、と。
「これがどうして咲くか知っているか」
「いえ、そこにあってくれればそれでいいと」
「この白は赤と黄の曼殊沙華が交わってできる白だ」
お前にも必要になるときがくる、そんなことはないと思っても。そう言い建物の陰で遅咲きしたアジサイの青と共に活けられた花を、子供は少し不満げに見ていた。

その花がいつどんな風に花瓶から消えたのか、かつての子供はもう思い出せない。



群れをなせぬもの
   なしうるもの
     その集団の核となりうるもの

それが何を以てして「女王」たりうるのかはいまだわからない
さして飛べぬ翅を広げ一度きり空を見たあと、それは常ならぬ黒を纏って地に立ち
「王」との逢瀬は交合のいっときだけではなく共に在るから、その姿は周囲にも記憶された。
砦の奥に白い身体を押し込めひそみ、その従者達よりはるかに長く続く生の中、魂が劣化してしまう前に、「女王」は自分の分身をいくたりと産み、だからその魂は永遠となる。たとえ「女王」一匹が殺されようと、もはやその砦は滅びない。

「って言やあアイツみたいなもんか、野郎だけど」
酒で赤く焼けた指が暫く洗ってない頭をがりがりと掻き、生あくびの音
それは古寺の、使い込まれ黒光りする板の間に転がる、壮健で薄汚れたさびしげな体から聞こえた

群れをなせぬもの
「師範、やられました、我等ではもはや手に負えません」
弟子にした覚えもないが飽きない懲りない悪いやつではない連中が、恐縮した調子で本道に寝転がる男に奏上しにくる

「ホームセンターの山田さんによれば全面修理が必要だと」
「シロアリです」

無念です、との声に、まああいつを連れ帰ろうとした奴は、もれなくヤサをぶっ壊されるもんな、と男は、ひどいものにたとえられるには整った、戦友の白い顔を思い浮かべた



勉強机で新聞を広げていれば
「なにか気になる記事でも出てるかい」、と差し向いに座り直して

ソファに寝そべっていれば
「隼人!」と寝てようが知ったことじゃない音量でまず声を掛けて、近過ぎるところまで来てしまっているから

「借りてくぜ」
「ん?あ、おお。」
弁慶の私物の本棚から借りたそれを開いて顔の上に乗せ、ソファの上寝転がれば、隼人、はやととほどなく探す声がする
ばたん、とドアが勢いよく開いた音にも応えずいれば、あ、と息を飲む気配と小さな独り言を戸口に聞いた。
本気で寝たいのかな、それとも一人でいたい方か、そう囁くように言いつつそろりそろり近付いて来て、人の顔の上の本を取り上げようとしたらしい手がびくりと止まる。
俺と同じで「それ」が怖いわけじゃあ全然無い。だが、一部を除けばどちらかといえば不潔なもの扱いで、生きとし生けるもの全般に愛情を注いで、その命の循環に目を向けるだけの広い心は持ち合わせちゃいない。だから、そんなお前だからぎょっとしてるんだ、そんなどうでもいいところに限り、俺達は同じだ。大切な事でも違っているのに、おかしいくらい。
本のタイトルは

  食べら
  れる虫
  ハンドブック

取り上げる手はまだ、来ない
話したいことがあるんだ、ほんとうは。



暴風警報が出たらお休みなんだってさ、あした

ええ、じゃあまだ休校のお知らせは来てないのかい?こんなになってるってのに?
蠟燭の灯りだけが頼りの闇の中、驚きあきれた竜馬の声がある。ファミリーサイズのアイスのカップの底からテーブルスプーンでじか食いしていた彼の、だったが。

かつての結核病院とその傍の私邸の敷地を引き継いだ早乙女研究所だったから、軽井沢の別荘地帯よろしく、樅や松等の根の浅い木が多く、本日台風ともなれば、研究所はともかく早乙女邸は電線が倒木にやられたまま雨に降り籠められている。八月のおしまいの日曜日。

トカゲ野郎たちならこんな空模様は大喜びで動いたもんだったけどなあ、あいつらはどうかな、人間社会にもぐり込んで知らん顔するあいつらは。そう言いつつ隼人がラジオから聞こえる情報から、天気図をさらさらと卓上のノートに描く。
「積乱雲ってなに?」と博士に尋ねることもあった竜馬に一日以上の長のあった隼人は、自分の学校での事件があったあの日以来、そんな風に空の相を読み新聞を広げて敵の気配に敏感だった。この夏はもっぱら元気少年の自由研究の手伝いで、「天気予報と新聞の天気図とでわかること」なんていう呑気だが中学生以上の事を、それと気付かずやらせてしまっているのだが。八月の終わりも終わりだ、突っ込む暇なんぞあるものか、で。

さあ台風の足がノロマになってきてるぜ、こういう時は次はなんだい?
覚えたよ!この台風、進路を変える気だ!

闇の中オレンジの灯火の中、楽し気な声、すくなくとも今は。
冷蔵庫から救出されてきた客用アイスは、彼らで食べてしまっていいと言われたから。
それがいつか観た核戦争後の世界の映画みたいだと竜馬は思う。電気が通じなくなった冷蔵庫のアイスを娘一人に好きなだけ与えて蝋燭の下笑っていた若い夫婦、優しい笑顔が自分達みたいなのはいいことなのか悪いことなのか。

ああ、だけど風がぜんぜん涼しいな、これは海の上の熱気を持ってくる台風が弱っちいんだ。明日は登校かな元気ちゃん

えええーとの声をほったらかしにして少し笑いながら「秋が来るな」と隼人が言ったしずかな声を、竜馬は舌の上溶け果てる甘いものとともに闇の中嚥下した。

夏の終わり 雨颱風  キャンドルナイト。