akinoshiroihana
2025-04-14 21:23:10
22255文字
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名刺置き場7




「こういうことすんの、神さん好きなの?」
楽しいの、と長い指にされるがまま、櫛削られるまま、青年が膝上に身をまかせていると、まあ昔の癖だな、十数年振りの手癖だ言われてみれば、とのいらえがあり、その動きは慰撫のように緩やかになった。

当時の研究所は名の知れた静養地近くにあってな、別荘族が置き去りにする毛並みのいい犬猫が山に上がってきてしまうこともあった。人によく懐いていると、速攻保健所に送るのもためらわれて数日預かりになることもままあって
澄んだ目でじっと見て撫でてくれと請われれば、後で手を洗いに行くのが手間だから古いブラシで毛を鋤いてやるのが常だったな。だがそうしていると、おっ新顔かよと背後から声が掛かり、気安く迫り来る気配がある

「こいつ、ここでのツナギの名前は?犬だからまた『俺』か?」
「いや、猫じゃないが全身真っ黒だから、俺の方になった。『ハヤトくん』らしいぜ」
「へー、そういや体じゅうつべつべちゅるちゅるだったしな、なーハヤト」
「彼」はそう犬に話し掛け、両手で顔を包み込むから、犬も嬉しげにころりと腹を見せて甘える
「よーしハヤト、オッパイいくつあるか数えてやろっか~」
「おい」
繁殖の弊害で病気の出やすい子であるかもしれないし、一見して問題ないのに捨てられた理由かもしれない、だから調べてみる意味は大いにあるのだが、隼人は犬の腹から「彼」の手を押し退ける。
「んだよ、平常体温図ろうとかそんなエグいジョーダンじゃねえだろ」
「その名前で呼びながらそういうことすんの勘弁してくれってだけだよ」
笑えねえ、そう返す隼人の声には微かに感情的な色が乗っており、それが「彼」の気を良くした。
「バーカ誰もお前のことだと思いやしねえだろ。
おまえのだったらケツに体温計突っ込まなくてもここですぐわかるしさ」
「う?ヒッ!」
らしからぬ悲鳴まで挙げたのは手持ち無沙汰にされていた「彼」の武骨な指が友の頬に触れ、耳孔に這い入ったせいだった。先日来研究所でも使用されるようになった耳式体温計に子供のような関心を示した果てのことだろうか。
しかし、まさに動物病院で飼い主によしよしとなでられつつ尻にガラスの体温計を突き入れられて固まった猫みたいな、ぶわりふくれた気配に「彼」は慌てこっそり反省したし、隼人の膝上の犬は心配げに細面の彼を見上げた。

―――神さん?大丈夫?どしたんだよ」
いま膝上にいる子犬も心配そうにそう尋ねてくるのに彼ははたと我に返る。
「よけいなちょっかいを出す同僚と一緒に、お前を囲む格好によくなっていたのだったな、思い出したよ」
「えっ?」
話は終わりだとばかり、青年の頭をもうひとなでしたあと、ソファのアームレストに移動させて後は視線をタブレットに戻してしまう。
優しくされていたはずなのに、とても嬉しいのに、なんだか一瞬ウワキされたみたいなあれは何だろう、とは。勘の鋭い若者の切ない胸の内だった。闇巡業中でさえやったことは無いし、別にやってみたい願望があるわけでもないけど

3Pの気配

そこまで考えたところで青年は自分に自分でバカヤロウとわめきそうになった。

      *

なお、ふと思い立ったように洗面台に赴いて両手をよく洗った後、いや違うぞ動物を撫でていたわけではないのだと再度我に返った隼人と、とても傷付いた子犬の目の青年の視線が合ってしまった後に何があったか―――それはまた別の話である。