mishiadd
2025-03-16 09:13:07
34822文字
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この世界にはまだ苦しみが足りない

【転生パロ】『いおりとごはん』続編。過去の愛人契約についてセイバーに昔話をする伊織さんと何かが決壊するセイバー。※自覚のないまま次々に契約者を破滅させていくオム・ファタール伊織さんのフルコースです【モブ伊/剣伊】
前作『いおりとごはん』:https://privatter.me/page/67c9cde5e5fc2
続編『ADDENDUM.1』:https://privatter.me/page/67dead216dfbf


四、

雇い主の要求レベルは高かったが、それに見合うだけの対価が支払われていた。WIN-WINウィンウィンの関係、あるいは等価交換――今まででもっとも悪趣味で、それでいてもっともビジネスライクな関係だと伊織は思っていた。男とのコミュニケーションは、昼夜を問わず求められる特殊なプレイから去り際に交わすちょっとした会話に至るまで――そのすべてが遊びであり、ロールプレイであり、即ちそのいずれもが本気ではない。男が伊織を辱めようとしてその細い体を縄やベルトで縛り上げるのも、娼婦のような淫らで煽情的な衣装で飾り立てるのも――すべてはその場限りの男の性的興奮を満足させるためだけに行われることであり、畢竟、それは伊織でなくてもいい。例えばミネラルウォーターのボトルが目の前にいくつかあったとして、喉を潤すためならば男はそのどれでもいいのだ。たまたま選ばれたのが伊織のボトルであったのなら、伊織は選ばれたその義理に報いるためとして――たとえば冷蔵庫で冷やしてあげたり、グラスに氷を入れて供してやるくらいのことはする。ただそれだけの話だった。

伊織の白い両の太腿をぴったりと締めてベルトで縛り、そのまま事に及んだ後だった。同じようにひとつに縛られた両手首を顔の横に添えてベッドに横たわる伊織を、男が見下ろして言った。

「伊織はさ――今まで同い年くらいの子とばっかり『契約』してたんだよね。ごめんね? 俺みたいな悪い大人がきみみたいな若い子にいろいろ教え込んじゃって。――もうこんなエッチな体になっちゃったんだからさ、もうお子様相手じゃ全然満足できないね」
――……

ちらり、と伊織が長い睫毛を伏せた目の端で男を捉える。流し目のようなそれに、男がべろりと下品に舌なめずりをした。

「まあ、貧乏学生さんにとっては伊織なんて高嶺の花かな。――綺麗でエッチで可愛くてとびっきりに金がかかる。伊織みたいなのを『飼う』のは稼ぎのいい『大人』の趣味だし、特権だよ」
――シャワーを浴びてきてもいいか」
「一緒に入ろ」

ベルトを外すついでに悪戯のように濡れた場所に触れられる。「ン、」とただ触れられたことを認めたように小さく声を漏らすと、男がくくっと喉の奥を鳴らすのがわかった。そのまま浴室へとふたりで向かい、湯を張った湯船にふたりで浸かる。背後から伊織の体を抱いた男が、ジャグジー機能で泡立つ湯の中で伊織の体のそこここに指先で触れる。「ンン――」と男が好むとわかっている鼻にかかった声を漏らして肩越しに男を振り向くと、水滴が跳ねてびっしょりと濡れた伊織の唇を男が食んだ。

「ベルトで縛ったとこ赤くなっちゃったね。――エッチ」

そう言って伊織の太腿を手のひらで撫でる。熱いし滑りは悪いし、さすがにこのまま湯の中では嫌だな――などと伊織が考えていると、伊織の耳元で男が言った。

「ね、伊織。昔の男の話してよ」
「昔の『男』?」
「昔の伊織の契約者の話。――どんなエッチしてたの?」

言って、男が伊織の下半身に手を伸ばす。碌に抵抗もせず男のしたいようにさせながら、果たしてそれはかつての契約者らに対するプライバシーの侵害というものに当たらないだろうか――と危惧する。あるいは、秘密保持義務違反、とか。
伊織の逡巡をどう受け取ったのか、伊織の白い肩を背後から甘噛みしながら男が言った。

「どうせ猿みたいな単調なエッチばっかりだったんだろ? 若い時ってそうだもんね。――ね、俺とのエッチが今までで一番気持ちいいでしょ。……ねえ、どんなふうにされてたの。教えてよ」
「どう、とは――
「どんな体位? 一日に何回してた? どこ触られてたの」
「なぜそんなことを訊く」
「興奮するじゃない。――伊織がヘタクソな若い男に好き勝手されてるとこ、想像しただけで興奮する」

相変わらず――男の持ち込んでくる道具や衣装と同様に――男の言うことはまったくわからなかったが、わからないなりに理解する努力はするべきなのだろうと伊織は思い――わからないならわからないで、せめて男の要望には応えてやるべきなのだろうとも考えた。

男が泡立つ湯の中で伊織の体を抱きかかえてひっくり返し、お互いに向き合うかたちでゆったりと伸ばした膝の上に乗せる。「対面座位、伊織好きだもんね」と男が嘯いた。

「ね、この体位でもしてたの? それとも俺とが初めて?」
「これは――

どうだっただろう、と伊織は思う。最初の男とは――そういえば、いつも見上げていた気がする。キッチンの床に、あるいはフローリングに引き倒されて――男が覆いかぶさってきて、その向こうに白い天井の白熱灯シーリングライトが見えて――だから、男の顔はいつも陰になっていて、表情があまり見えなくて――荒い息遣いと、「伊織、伊織」と自分を呼ぶ声だけが聞こえていた気がする。やがてそうされる場所がベッドの上に移っても、なにも変わらなかった気がする。こちらの体の負担をまったく考えられていないような激しい腰の動きの合間に、「伊織、気持ちいい?」と唐突に尋ねられるのを覚えている。伊織が義務を果たすために「気持ちいい」と答える声が痛みに掠れるのを聞いて、勘違いをした男の動きが早まるのを覚えている。

二人目の男は――そういえば、最初の男とは真逆の触れ方をする男だったと、今となっては思う。ベッドの上で向かい合った伊織に恐る恐る手を伸ばし、もう何度も触れた筈のその白い肌を、まるで繊細な砂糖菓子か壊れ物のようにそっと撫で――それで終わる夜すらもあった。最後まで抱く夜は、自分が伊織の中で果てるその瞬間まで何度も「大丈夫?」と伊織に尋ねた。体位をいろいろ試すようなことはなかった。そんな余裕は男にはないようだった。唇にそっと触れるだけのキスをして、そっと手を握り、そのまま寝る夜もあった。伊織が男の下半身に目を遣ればパジャマの布が持ち上がっていたが、恥ずかしげにそれを手で覆い隠し、「気にしなくていいから」と言っていた。
当時の伊織は――三番目の男にいろいろと仕込まれた今と違い――口でするだとか、手でするだとか、太腿でするだとか、抱かれる以外の手段をなにも知らなかったので――今思えば、そういった代替案を提案してやるべきだったのかもしれないな、と思う。

いろいろと思いを巡らせたが、男の質問に立ち返るならば答えは「イエス」だった。対面座位は、この男とが初めてだった。ちなみに、別段伊織がこの体位を好むという事実はない。男が勝手にそう思っているだけだ。

伊織は、男の質問に答えようと思い口を開いた。――酷く苛立った、低くドスの利いた男の声に遮られた。

――なに? その顔」
「うん? なに――とは」
「伊織、今昔の男のこと考えてた? 昔の男のこと考えて、伊織はそんな顔するの?」

一体何を言っているのだ、と伊織がわずかに目を瞠る。昔の男の話をしろと言ったのは自分の方だろう

「伊織、その顔なに? うっとりして――え? 嘘でしょ? 伊織、そいつらのこと好きだったの?」

妙なことを訊くものだった。契約相手のことを好きだの嫌いだので考えたことがなかった。というよりむしろ、今まで誰のことも好きだの嫌いだので考えたことがなかった。
だから伊織は咄嗟の返答に窮した。それはきっと、決して他人に知られるべきではない彼の秘密のひとつであったし――直感的に、今まさに目の前で怒りに震えているこの男に知られるべきではないことを伊織は理解していた。

「き、嫌い――嫌いでは、なかった。契約相手だったのだ。嫌いなら、そもそも契約など結んでいない」
「じゃ、好きだったんだ。……へえ! 伊織も人の子なんだ! 見た目通りに馬鹿でガキで単純で、性欲ばっかり強い猿みたいな連中のこと、いっぱしに好きだったんだ!」
「そんな言い方――

――は、かつての契約相手にいくらなんでも失礼だと思う。礼儀を失した言動は道徳に反する。そういった言動を許すことも、義理に反するだろう。

諭そうとした伊織の細い腰を掴んで男が湯の中に引き摺り込もうとする。咄嗟に腕を突っぱねて湯を叩き、湯船から立ち上がろうとした伊織の腰に腕を巻き付けて沈めようとする。「嫌――」と身を捩って振り切ろうとした伊織の左胸に男が噛みつく。伊織が悲鳴を上げると同時に淡い色をした乳頭の周囲にくっきりと赤い歯型が残り、白い肌に痛々しく目立つ。伊織が抵抗をやめてずるずると湯の中にしゃがみ込むと、その体を乱暴に引き寄せられた。膝の上に座らされ、噛みつかれたばかりの胸を腫らしながら男を見下ろすことを強要される。フーッ、フーッと怒りを露わにした男の顔は、まるで男が最も嫌う性欲ばかりが強い単純な若い男のようだった。

じっとりと濡れてうねりの強くなった伊織の栗色の癖毛の先からぽたぽたと水滴が落ちる。ふ、と軽く呼吸を整えた伊織が長い睫毛を瞬かせると、獣の唸り声のような低い声で男が言った。

――で? 伊織はそいつらとのセックスが好きだったんだ? 俺が教えてあげるまで自分のどこが気持ちいいかもろくに知らなかったくせに――伊織は、猿みたいに自分ばっかり気持ちよくなろうとする男の方が好きなんだ? 伊織のこと全然くもしてくれない男のチンコがいいんだ?」
「そんなことは――そんなことは一言も言っていな――

「アッ」と伊織が悲鳴を上げて泡立った湯がぱしゃんと音を立てる。傷口ごと胸を抓られ、鋭い痛みが走った。――男が何を言っているのかわからない。そもそも、伊織が性交渉を好んだ試しなどなかった。相手がこの男であろうと、昔の契約相手であろうと――嫌いだという感情を抱いたこともなかったが、好きだという感情を抱いたこともなかった。求められるから与えるだけだ。悦楽を感じることもあったが、ただそれだけだ。食事の味と同じだ。美味いということはわかるが、ただそれだけ。――それ以上でも以下でもなく、好きでも嫌いでもない。

強い力で顎を掴まれる。なめらかな頬に男の指が食い込むのが自分でもわかる。痛みを堪えながら伊織が目を眇めるようにして男を見ると、泡立つ湯の中で男の下半身が反応を示しているのが見えた。まるでそれとはまったく無関係であるかのように、男の顔が怒りに染まり、まるで鬼瓦のようだった。

「伊織、言いなよ。どんなふうにされてたのか全部言いなよ。嗤ってあげる。伊織のガキみたいな相手とのガキみたいなセックス、全部嗤ってあげるよ。――この体――

顎を掴んでいた手がずるりとずり下がり、そのまま伊織の首にかかる。ぐ、と親指がくっきりとした白い喉仏を押さえつける。「――ぁ」と伊織が引き攣れた呼気を漏らすのを、男が怒りで乱れた呼吸で聞く。

「好き勝手にしてたんだ。――ガキのくせに――金もないくせに――猿のくせに、ろくに価値もわからないくせに――

ひゅうひゅうと苦しげな呼吸を繰り返す伊織の首に両手を掛ける。力なく伊織の手が男の腕に掛かるが、それだけだった。荒ぶる気持ちを落ち着かせようとフーッ、フーッと低い呼吸を繰り返した男がようやく手を弛める。コホッと伊織が湿った咳を零す。
男の手が伊織の臀部へと伸びる。焦点の定まらない目で、掠れた小さな声で、やっとのことで伊織が抗議する。

――湯の中は、嫌――
「なんで? 前にもお風呂で誰かとやったの?」

プレイでもごっこ遊びでも戯れでもない――まったく余裕のない、純粋な怒りの発露だった。男の低く唸るような声に伊織が男を見下ろす。その瞳を、赤く充血したような男の目が見返した。震える声で言った。

「伊織――伊織。……俺はね、嫉妬で気が狂いそうだよ

ばしゃん、と水飛沫を立てて、伊織の体が熱い湯の中に引き倒される。