mishiadd
2025-03-07 01:31:33
14836文字
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いおりとごはん

【転生パロ】食事という行為にまったく価値を見い出せないくせにやたら料理のうまい宮本伊織とその宮本伊織と一緒にご飯を食べるのが三度の飯より大好きなヤマトタケルの日常風景(CBC概念礼装/ヤマトタケル絆礼装着想ともはや言いたくないいつもの感じのマジでどうしようもないアレ)【(ろくでもない)剣伊/モブ伊】
続編『この世界にはまだ苦しみが足りない』:https://privatter.me/page/67d61793a9ab1

【逆位置】

思い返せば、誰かと囲む『食卓』は楽しいものなのだ――と知ったのも、あの長屋で伊織とふたりで膳を囲むようになってからだった。

出逢った当初は絶望的に馬が合わず、そもそも伊織の態度も強硬で、唯一の楽しみといえばもっぱら朝夕の食事のみで、その時間帯においてすら、こんなにも美味いものを口にしながら延々と伊織のお小言を聞かされていたのだった。美味いものも不味くなる――とまでは、いかなかった。『ヤマトタケル』にとって、そもそも食事の場とはそういうものであったので。
『彼女』に食事の豊かさを教えてもらい、物を食みながら少しずつ表情らしきものを浮かべるようになってからも、例えばたった今口にしたものの感想をぽんぽんと気安く言い放ってみたりだとか、どれが特に美味かったからまた食べてみたいだとか――そこまでいかなくてもいい、ただ単に、たとえあまり上手な言葉選びでなかったとしても――今の自分はこう考えているのだ、という意思表示を食事時にする機会は、そういえばなかった。――そうする必要性が、なかった。

彼を取り囲む殆どの人間は、彼という単なる殺戮装置に『意見』など求めていなかったし――そして彼自身、相手を大切に想えば想うほど、己の言葉が未熟であることを恥じて、ますます何も言えなくなるのだった。

そういう意味では、極論生きようが死のうが知ったことではない、心底どうでもいい相手――として出逢ったからこそ、伊織に対してはぽんぽん遠慮も配慮もない不躾で気安い言葉を投げかけることができたのであった。当初こそ、売り言葉に買い言葉みたいなところはあった。小言ばかり繰り返す伊織に対して、多少言い方がまずかったところで、果たしてそれはセイバーだけの咎だろうか?

それが時を重ねるにつれ互いに打ち解けていき、何より伊織が――セイバーが楽しそうに食事の感想を述べるのを、なんだか呆れたような、それでも興味深げな顔をして聞いてくれるので――だんだん、純粋に楽しくなった。伊織から心からの同意を得ることはとんとなかったような気もするが、それでもセイバーにとってその時間はひどく楽しかった。遥か遠き日々の愛を感じられるものを口にしながら、今この時の――優しくて温かくて愛おしい、愛にも似た何か――を胸いっぱいに吸い込み、感じていた。味わっていた。――それは、かつての『彼女』との日々を大切に抱えたセイバーという存在に新たに深く刻み込まれ、そしてやがてはそれもまた降り積もる地層のように新たなる『遥か遠き日々』として彼の奥深くへと根付いていく。彼の地層の最下層にある『彼女』との日々すらをも内包して、彼の中で――目を閉じればいつでも鮮やかに蘇る、あの柔らかな日の光の射し込む長屋での――あの、愛しき日々。

――口にするもの、目にするもの、耳にするものすべてが眩く優しく、そして愛おしかった、あの日々。







――と、まるでとりとめのない夢から覚めるように自我を得たとき、セイバーはもはや自分が人を超越した人の身でも、その影法師でもないことを知った。
どのような理屈かはわからなかったが――少なくともここにいる自分は、かつて古事記に書かれた通りの生涯を過ごし、その死後座に刻まれたのちどこぞの一介の浪人が盈月の儀などという面倒事に巻き込まれた際に喚び出され――その一介の浪人ごときに未来永劫癒えることはないであろう傷と、あるいはそれ以上の祝福を刻み込まれ、その英霊たましいの在り方すら変容させられてしまった――そのすべての記憶があった。それでいて、自分は紛うかたなきただの人間であった。

手のひらを見下ろせば骨ばったそれは成長期を迎えたばかりで、鏡を見ればその顔は幼さが残る少年の顔だった。歳の頃は恐らく十四かそのあたり。――あるいは、肉体がこの年頃まで成長した今、記憶を取り戻すのは必然なのかもしれなかった。

『ヤマトタケル』として過ごした一生と、『セイバー』として過ごした第二の生と。それらの鮮烈な記憶に比べればかなり実感の薄いものではあったが、この肉体に生を受けてからの十四年間の記憶も朧げながらある。――あるいはそれは、もはや彼という存在自体に紐づいた因果律のようなものなのかもしれなかった。どのような生であれ、彼は裕福な名家に生まれながら肉親の愛に恵まれない

この生がかつての『ヤマトタケル』の生と違うことがあるとしたら、今彼が生きているのは令和の日ノ本で――そして彼には『セイバー』としての記憶がある。一度火を通して焦げ付いた肉が生肉には戻れないように、あるいは一度くしゃくしゃに折られてしまった紙がまっさらな新品には戻れないように―― 一度変容させられてしまった彼がいくら生前と同じ状況に置かれようと、もはや同じ生を歩む筈もなかった。

きちんと糊とアイロンのかけられたブラウスに袖を通し、正装じみた普段着を着込む。自分の寝室を出て、すぐ隣の部屋にノックもせずに顔を出す。

「イオリ」

ドアを開けると同時に声を掛けると、書斎机で本を読んでいたらしい伊織が顔を上げる。セイバーの顔を見るなり立ち上がり、本棚に本を戻してセイバーの前までやってくる。
すっと背筋を伸ばした美しい立ち姿にセイバーが目を細め、それから「……今日は洋装なのだな?」とぽつりと尋ねた。

「いけなかったか?」
「いけないということはない。そのクローゼットの中から選んだのだろう?」

セイバーが指さした先には豪奢な箪笥がひとつと、その奥にウォークイン・クローゼットへの扉があった。
伊織が頷くと、「であればいけないということはある筈がない、が」とセイバーが言った。

「今日は着物のきみが見たい気分だっただけだ。夢の中であの日々を思い出していたから」
「着替えてこよう」

そう言って、伊織がウォークイン・クローゼットの中へと入っていく。数分ののち、セイバーの記憶の中にあるままの出で立ちとなった伊織が、中から出てきた。記憶にあるよりも少しだけ不慣れに括られた髷に背伸びをして触れながら、「わざわざ悪いな」とセイバーが言った。

「いいや。当然のことだ」

そのいらえに「フフ」と満足げに笑い、セイバーが言った。

「イオリ。きみの作った朝餉が食べたい。いつもの通りオミオツケと――あと、ふわふわのパンケーキがいい。皿の上でふるふると震えるような、たっぷり果物の乗ったパンケーキ」
「わかった」

味噌汁とパンケーキ――という食べ合わせに、伊織は何も言わない。
言われた通り――寝室のある二階からキッチンのある一階へと降りていき、早朝の光を取り込むために窓を開ける。

柔らかな日の光の射し込んであたりに満ちる中、伊織が早速ボウルに片手で卵を割り入れる。手早く卵黄と卵白に分け、卵白を泡立て器でかしゃかしゃと軽快な音を立てながら掻き混ぜ始める。鮮やかな青緑色の着物に着替えた伊織がわざわざたすき掛けをして調理をしている後姿を、セイバーがキッチンの入り口に寄りかかって眺めている。やがてこんもりと透明な硝子のボウルに山盛りになったメレンゲを脇に置き、今度は仕分けた卵黄に小麦粉を振り、牛乳をとくとくと注ぎ入れる。
邪魔にならぬようそっと伊織の背後から近づいて、パンケーキ生地に少しずつ白いふわふわのメレンゲをゴムベラで掬い上げては混ぜ込むのを横から覗き見る。パンケーキ生地がメレンゲと合わさってどんどん嵩を増していくのを目を輝かせて見つめながら、「ちゃんと甘くしたか? イオリ」と尋ねる。

「いつも通りの量の砂糖は入れてあるが――

ちらり、とダイニングルームの食卓に目を遣る。白く眩いような日の光に照らされたテーブルの上に置かれた硝子製のタッパーウェアを確かめる。

巣蜜コムハニーがあるから、好きなだけ乗せるといい。果物も確か――昨日買ったものが」

一旦ボウルをキッチンカウンターに置き、伊織が冷蔵庫の横に設置された果物置きへと向かう。目の前に置かれたボウルの中で、しゅわしゅわと音を立てながら少しだけパンケーキ生地が萎むのをセイバーは見る。
冷蔵庫の扉を開けた伊織が、「あった」と大きなマンゴーを片手に戻ってくる。

「ちょうど熟れているから――これをパンケーキの上に乗せましょう
「イオリ」

ぴしゃりとセイバーが言い放つと、早速マンゴーに包丁を入れかけていた伊織の手が止まる。「あ――すまん」とたどたどしく零し、今度こそ柔らかく瑞々しい果肉に刃を入れる。
伊織が器用にマンゴーをふたつに割り、中心の大きな種を取り除く。途端にキッチン中に甘酸っぱい南国の香りが充満し、「うむうむ!」とセイバーが満足そうに頷いた。

伊織がコンロにかけたスキレットにバターを放り入れ、くるくると回して広げる。そこに、少し萎んでしまったパンケーキ生地に少しずつメレンゲを足しいれたものを、ふわりと手際よく注ぎ入れる。一旦蓋をして弱火で熱を加えながら、先程半分に切ったマンゴーに手早く包丁を入れて飾り切りにする。
マンゴーの爽やかな香りに香ばしく温かなパンケーキの香りが混ざりあうのを、セイバーが大きく深呼吸をして胸いっぱいに吸い込んだ。再びスキレットの前に立った伊織の隣に、とたとたと軽い足音を立てて駆け寄る。

「イオリ、何枚焼けるのだ? 私は三枚は食べたいぞ」
「三枚――は確実に」

ボウルに残った生地の量を確かめてから伊織が頷いた。それから、セイバーが焦れたように言った。

「それで? きみの分は何枚焼けるのだ? きみは何枚食べたい?」
「俺は――俺はいいよ」

伊織が困ったように首を傾げて苦笑いをするのを、セイバーが首を左右に振って言い募る。

「なにがよいものか。いいわけないだろう。きみも、私と一緒にきちんと朝餉を食べるのだ」
「朝餉――を食べるのは構わないが、これである必要はない。これは、おまえのために作るものだ」
「そう言うのなら、きみも一緒に食べてくれなければ嘘だ。私は、きみと食卓を囲みたいのだ

「んん、」とそれでもやや困ったように眉根を寄せていた伊織はしかし、やがて根負けしたように頷いた。

「わかったよ。――では、俺の分は一枚と半分焼こう。それくらいならば生地も残る筈」
「よし。きちんと食べて偉いぞ、イオリ。マンゴーも半分はきみのものだからな」
「それは――

再び困惑した顔をして辞退しようとした伊織に最後まで言わせず、セイバーが背伸びをして伊織の唇の前にぴっと人差し指を立てる。「ん、」と伊織が口を噤んだ。
「わかればよいのだ」とセイバーが言い、食器棚から二人分の白い大皿を取り出して持ってくる。

スキレットの中でふんわりと焼き上がっているスフレパンケーキを伊織が手早くひっくり返して火を通す。そうして焼き上がったものを大皿の上に三つ重ね、軽く粉砂糖を振るい、それから薔薇のかたちに整えたマンゴーをバランスよく添えた。

見た目にも美しく仕上がったスフレパンケーキに、「おおお!」とセイバーが思わず子供のような歓声を上げる。弾んだ歩調で皿を食卓まで運ぶ。日の光に当たると、薔薇のかたちのマンゴーや粉砂糖がますますきらきらと輝いて見えた。

「イオリ、イオリ! 早く、早くこっちに来い、疾く食べよう」
「先に食べ始めていてくれ、俺の分はこれから焼くから――
「それはいやだ」

ぴしゃりとセイバーが言う。「ん、」と伊織の困惑した声が聞こえ、やがて「……できるだけ急ぐから、待っていてくれ」とだけ聞こえた。
柔らかさが重力に負けてだんだんと大皿の上に溶けていきそうになっているパンケーキの塔を前にセイバーがまんじりともせず待っていると、やがてキッチンからパンケーキの甘い匂いを掻き消すように塩気を含んだ食欲をそそる香りが漂ってきた。すん、と小さな鼻をひくつかせたセイバーがすかさず叫んだ。

「イオリ、オミオツケだな!」
「ああ、今朝は――
「この匂いは揚げ茄子と油揚げであろう!」

返事の代わりに伊織がお椀をふたつ、盆に載せてキッチンから出てくる。セイバーと自分の前にそれぞれ並べ、それから片手に運んできた――セイバーに比べるといくらか小ぶりなパンケーキの載った――白い皿を置き、ようやくセイバーの正面の席についた。
伊織がナイフとフォークを手に取るのを見たセイバーがこくこくと何度も頷いて、自分のナイフとフォークを手に取る。「いただきます」と口にして、ふわふわのパンケーキにナイフを入れる。

――あの頃は、斜めに置いた膳を囲んで、箸を握っていた。斜め四十五度から見る伊織の顔はいつも生真面目で、黙々とただ茶碗に箸をつけ、適量の米を取り、そして黙々と口に運ぶ。美味しいと思っているのか、不味いと思っているのかもわからない。
伊織の炊く米はいつも艶々と輝いていて、魚の干物の焼き加減はちょうどよく、オミオツケ――味噌汁の味付けも、セイバーが初めて口にしたときに甚だ感動して以来毎食ねだるようになった程度には美味だった。彼が趣味で彫る仏像がひどく精巧であるように――まるでそれがひとつの儀式であるかのように、伊織は調理をするにあたってひと工程たりとも疎かにしない。ひとつひとつの加減を丁寧に見極めて、そうして積み上がってできたものはどれもひどく繊細な味がした。――とても贅沢なものを口にしている、という実感がセイバーにはあった。
それらを――その味の価値を当人がわかっているのかいないのか、あるいはまったく興味のない顔で――ただ、それが彼の義務であるかのように黙々と咀嚼し、嚥下する。

だから、セイバーは繰り返し「これは美味いものだ」と伊織に伝えたのだが。

あの頃の伊織の顔が、目の前の伊織の顔に重なる。黙々と――大して美味くもなさそうに、味噌汁を啜っている。

あの頃の伊織も、また――ひどく、なんの興味もなさそうに――焼いた魚の欠片を口にして、黙々と咀嚼して飲み込む。それからやっぱりさほど興味もなさそうに、それでも――「ああすまん、セイバー。これは少し塩辛かったか? 塩抜きが足らなかったようだ」などと尋ねたりするのだ。
実際その干物は店で買った時点で塩気が多かったのか、少ししょっぱかったのだが。

一口でかぶりつくにはやや大きめに切り分けたパンケーキをフォークに刺し、たっぷりのマンゴーを乗せて大口を開けて頬張る。咀嚼する間もなく口の中でマンゴーの果肉とパンケーキが蕩け、しゅわしゅわとあっという間に溶けてなくなる。後味にじんわりと甘いバターの風味が残る。

――うん、とセイバーは頷いた。

「イオリ。やっぱりきみは料理がうまいのだな」

うん、と伊織が小さく首を傾げ――「そうか」と、ひどくあっさりと、たいした興味もなさそうに――ただ単に、彼に関するつまらない事実のひとつを指摘されただけであるかのように、否定も肯定もせず――さらりと聞き流された。

セイバーが硝子製のタッパーウェアから巣蜜を崩して掬い取り、パンケーキの上に乗せる。一口目よりも更に大きいかもしれないふた切れ目を口に運びながら、「うむ。きみは――」と続けた。

「昔からそうだったな。こんなにも美味しいものを口にしているのに、こんなにも美味しいものを作れるのに――自分が作ったものの価値を、自分ではろくに理解しようとしなかった。きみにとっては、きみが価値を見い出していたたったひとつのこと以外のすべてのものが、等しく無価値であったからな。
私は――それがとてももったいないと思い――
「そう……ですか

ひどく居心地の悪そうに伊織が肩を竦め、言った。

「『昔』――のことは、俺にはよくわかりませんが。旦那様
「イオリ」

途端にぴしゃりとセイバーが叱りつけた。

「その言葉遣いはやめろと言った筈だ。私のことを『旦那様』と呼ぶのもやめろと。契約書にもそう記した筈だが
「すみま――すまん。間違えた
「イオリ」

セイバーが椅子から立ち上がり、正面に座る伊織の傍へと近寄る。座ったまま自分を見上げている伊織の顎を指先で優しく掬い上げ、その月夜の色をした瞳を覗き込んで言った。

きみと私との愛人契約書。私が主人マスターで、きみが使用人サーヴァントということになっているが――私は最初にきみに言ったな? そのように振る舞うのはやめろと」
「す、すまん。わかっている。今のは――間違えただけだ」

伊織のいらえに、セイバーがようやく彼の顎から手を離す。「せっかくのきみの手料理が冷めてしまうな、イオリ」と何事もなかったかのように言って、自分の席へと戻る。再びナイフとフォークを手にして、上機嫌で残りを食べ始める。

その姿を捉え――ようやく、ふっと肩の力が少しだけ抜けたように吐息を洩らした伊織は、そしてやっぱり大して美味くもなさそうな顔で――パンケーキにナイフを入れ、口に運んだ。