黒綺
2025-03-14 19:45:42
14093文字
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クロ指 SSまとめ

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33+X=?

 最近、指揮官の様子がおかしい。
 そんな隊員の会話が、報告書を作成していたクロムの手を止める。ストライクホークの作戦準備室内に、規則的に、滞りなく響いていたタイピングの音が鳴り止んで初めて、大柄の構造体はクロムの視線に気付いたらしい。カムイはクロムの方に近寄り、指揮官に何かあったんですか?と尋ねてくる。カムイの隣で菓子を貪っていたカムも、興味がない素振りをしつつも、耳を傾けているのは明らかだ。
——いや、特には聞いていないが」
「えー? 隊長にまで秘密か、指揮官本当にどうしちゃったんだろうな」
……あのお人好しのことだ、何か抱え込んでいるんじゃないのか」
 その後、カムイとカムの会話は、最近プレイした黄金時代のゲームの話題に流れ、クロムだけが取り残された。
 クロムも、指揮官に違和感を抱いてはいたが、恋人という特別な関係故に、考えすぎているのではないかとも感じていた。しかし、隊員にまで心配が広がっている状況は、クロムの違和感が間違っていなかったことを示している。
 彼の言動や行動が気にかかるようになったのは、先日行われた戦術会議の後だ。グレイレイヴンの隊員の前で意識を失い、スターオブライフで再検査を行い過労と診断されたが、他の異常はなかったと聞く。
 その後からだ。以前から彼は、構造体を同胞として扱っている節があったが、隊員やクロムに対して神経質なほどに機体の確認をしたり、作戦後の損傷、意識海偏差が起きていないかの確認を欠かさないようになった。
 ストライクホークは単独での任務が多く、執行部隊へ共有できない機密も多い。以前の彼なら、気をつけて行っておいでと出立の際に端末へ短いメッセージが入っているだけだったが、ここ最近の指揮官は、いつ帰還予定か、機体に異常はないか、作戦にイレギュラーは発生していないかとまめに連絡が入っている。恋人からの連絡は嬉しいものだが、なんらかの強迫観念によって、指揮官が無理をしているのではないかという不安が、クロムの意識海に影を落とす。そんなクロムの思考を遮ったのは、専用回線の通知音だった。
——はい、こちらストライクホーク、クロムです」
『お疲れ様、今、少し時間はあるだろうか』
「はい。如何されましたか?」
 耳元から聞こえる指揮官の声。それは二人きりの時に聞く、落ち着いた声でクロムは安堵する。ありがとう、次の作戦のことで少し気になってと続ける指揮官の声は、数秒前までの穏やかさは消え、冷たささえ帯びていた。
『これから時間があるようなら、会って話したいのだが、クロムは忙しいか?』
「いえ、私は問題ありませんが……君は今日非番ではありませんか?」
……ん? ああ、そうだが』
「でしたら、明日私から出向きます。君は最近……ゆっくり休んでおられないでしょう」
……これくらい問題ない。それに、実はもう近くまで来てるんだ』
 作戦準備室に来客を告げるチャイムが、通信の向こう側からとクロムの通信端末を通し二重に届く。慌ててクロムはストライクホークの作戦準備室と廊下を隔てる、鋼鉄製ドアのロックを解除した。
「ごきげんよう、クロム」
 微笑みを湛える指揮官は、応対したクロムの奥にいた、カムイやカムに手を振る。隊員が指揮官と話し込む前に、クロムは自らの執務室へと招き入れた。机の上に残されたままだった作戦資料にちらりと目線を落とし、申し訳ないと指揮官が眉を下げる。
「忙しいところ悪かった、報告書か?」
「はい、先日の偵察報告ですが、まもなく終わるところです。指揮官、お話というのは」
「あぁ……この、保全エリア周辺の調査任務の件なんだが、」
 先ほどの、通信の時と同じだ。日常的な会話をする時とは、打って変わって指揮官の表情と声色が固い。デバイスをクロムに向け、指先で指し示す横顔は真剣そのものだ。元々仕事熱心で責任感が強い指揮官という印象はあるが、指揮官がクロムに任務中見せていた以前の表情とは明らかに違う緊張がある。まるで、何かを恐れているように。
……クロム?」
——はい、」
「聞いているか? ……心ここに在らずといった様子だが」
「申し訳ありません。少し……君のことが心配で」
……私がか? こっちは地上に降りるクロムの方が心配なんだが」
 小さく溜息をつき、戦術グローブの指先でトントンと机を突く指揮官は、明らかに苛立ちを隠せていない。どうして自分の心配をわかってくれないのかと言外に述べている。普段落ち着いた雰囲気を纏う指揮官からは、考えられないほど感情的だ。意を決して、クロムは指揮官へと距離を詰める。机に置かれた指揮官の手の上に、クロムは自らの鋼鉄製の手を重ねた。振り払われる可能性が電子脳を掠めたが、指揮官の手はクロムから逃れることなく、その場に留まった。
……指揮官、質問をお許しいただけますか?」
……ああ」
「君が別の隊である私のところにわざわざ足を運んでくださったのは、何か理由があるのでしょう? よろしければ、その理由を教えていただけませんか?」
……、」
 その言葉に、指揮官は眉間に皺を作るとクロムから目線を外し、背を向けた。デバイスに表示させていた任務詳細を閉じ、小さな嘆息を漏らす。指揮官の伏せられた目は充血し、疲労が積み重なっているのが見て取れた。休日返上で仕事に追われている故だろうか。そう思うと、クロムには無いはずの、左胸の心臓部分がぐっと締め付けられる感覚を覚えた。
「指揮官、」
 クロムはそっと、自身よりも細身の肩を後ろから抱く。勤務中に、過度な身体接触は避けるべきだと、電子脳にある理性がか弱く声をあげていたが、今は目の前の恋人を支えたい。その衝動にクロムは突き動かされた。
 肩に置かれた手に、指揮官は少し驚き身動いだものの、ふうと長く息を吐き出す。先ほどの、やれやれといった風情ではなく、どこか緊張が緩んだように。
……荒唐無稽だと、笑ってくれて構わないんだが」
「はい」
「ここではないどこか……クロムを失った世界を、見た気がするんだ」
……私を、ですか」
「ストレスからくる悪夢なのか、パニシング侵蝕がもたらす精神汚染の影響なのかはわからない。浮かんでくるのは断片的なものだし、一瞬で霧のように消えてしまうんだ。だが……思い返しただけで苦しくなる、」
 可笑しいだろう? と、指揮官は自嘲気味に口の端を吊り上げた。そんなことは、とクロムは言いかけたが、指揮官へかける言葉が見つからない。構造体と指揮官という立場上、指揮官が見た「世界」が、現実として訪れる可能性もあり得るのだ。
……何がきっかけになったのかはわからないが、そんな夢、現実にしたくなくてね。だから最近、皆に口煩く声をかけていた次第だ。迷惑をかけてすまない」
「迷惑などでは……。しかし、そのように無理ばかりしていては、私よりも先に君の方が倒れてしまいます」
 クロムの言葉が、先日の件を指していると気がつき、指揮官は言葉を詰まらせた。返事に窮している様子を察して、君を責めるつもりは有りませんが、と前置きをしてクロムは続けた。
「君が大切に思ってくれるのと同じように……私も、君のことを大切に思っています。君の不安を、取り払うお手伝いをさせていただけますか」
……ありがとう」
 短い感謝が、指揮官の震える唇から絞り出される。二人の間にそれ以上の言葉は、もう必要無かった。