黒綺
2025-03-14 19:45:42
14093文字
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クロ指 SSまとめ

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7.2025.3.17 バレンタインネタ/クロ指

 閉館を告げる無機質なアナウンスが、K区図書館の高い天井に設置されたスピーカーから降り注ぐ。反響し、独特の冷たさを増幅させている機械音声は、図書館を訪れていたクロムと指揮官を追い出そうと、まるでその背を蹴り飛ばしているようだった。
 入館時、ファウンスの制服を着た後輩や、調べ物をする芸術協会のスタッフなどでぽつぽつと埋まっていた椅子も、もう誰一人座っていない。庭園の限られたエネルギーを無駄にしないよう、長時間人の動きがない棚の明かりは消え、人感センサーで点灯するライトが点っているのは、クロムと指揮官の頭上だけだ。
——おや、もうこんな時間ですね」
「すまない、私が来るのが遅かったせいだ」
 テーブルに広げていた黄金時代の資料を手早くまとめながら、指揮官はクロムに向けて眉を下げた。
 周りが、バレンタインだホワイトデーだとなんとなく浮つく中、クロムと指揮官も互いにプレゼントを贈り合った。二人の仕事が済み次第広場で待ち合わせる予定が、指揮官が参加していた会議が長引いてしまったのだ。
「君のせいではありません……むしろ、忙しい中来てくださり、ありがとうございます」
「いや……こちらこそ。それに、」
 クロムを一瞥し、再び口を開こうとした指揮官を遮ったのは、図書館内を巡回している司書ロボットだった。
「閉館時間デス。資料ハ返却棚ヘ戻シテ速ヤカニ退館シテクダサイ」
……出ましょうか。指揮官」
「ああ。そうだな」
 閉館時間を何度も何度も伝える司書ロボットに急かされ、二人は足早に図書館を後にする。隣接しているカフェも、ラストオーダーが済んだのだろう。スタッフが店内の清掃作業を行い、閉店準備の最中だ。合流が遅かったのだから仕方ない。しかし、久しぶりに二人で過ごす時間はあまりにもあっという間で、指揮官はこのままクロムと解散するのはどうにも惜しかった。お互いの都合が合わず、直接顔を合わせた機会は、前回の逢瀬から指折り数える程度しか取れていない。
 指揮官は、手に持ったままだった紙コップを見遣ると、エスプレッソの残りを一気に飲み干す。これは、クロムが入館の際に手渡してくれたものだが、つい本についての会話に夢中になってしまい、口をつけたのは最初だけになってしまっていた。先ほど感じた、カフェ自慢の芳しい香りは飛び去り、舌の上にはザラついた味が広がる。
 その冷えたコーヒーの苦味が、疲労で回っていなかった人間の脳髄に刺激を齎らした。指揮官が何かを思いついたことにクロムも気がつき、クロムもまた、手元に残っていたコーヒーを一口、口に運ぶと微かな笑みを浮かべ、指揮官の言葉を待った。
……クロム」
「はい」
「その、明日の予定は?」
「明日は機体の定期メンテナンスのみです。午後から整備室の予約をしておりますが」
「実を言うと、明日は私も、庭園で待機なのだが、どうだろう。カフェインが抜けるまで、もう少しだけ付き合ってくれないか?」
「ふふ……その為に、君はコーヒーの一気飲みを?」
 指揮官は苦笑を浮かべ、空になった紙コップをカフェに併設されていたダストボックスへと投げ入れた。指揮官にしてはスマートな誘い方ではない。それは本人が一番分かっているらしく、クロムの微笑みに、仕方ないだろうと溜息をつく。
「これしか引き止める理由が浮かばなかったんだよ」
「私の立場としては……君の連続勤務日数を鑑みると、休息を勧めるべきでしょうね」
「ふむ。それは、クロム隊長としての立場だな」
……ええ」
「では、私の恋人としての立場なら?」
……君のリクエストに乗せられた、ということにして、もう少し、共に過ごしたいと思っています」
 クロムもまた、紙コップを口元に運び一気に流し込む。自身が少し前に行った動作をクロムが真似たことに指揮官は気がついて、口元を綻ばせた。
「なら、乗ってもらうことにしよう。私の部屋で構わないか?」
「私は問題ありませんが……君の迷惑にはなりませんか? 先日もお邪魔しましたが」
……迷惑だと思ってるなら、呼び付けた上にあの狭いシングルベッドまで開け渡すわけがないだろう」
 それに、今夜はさすがに大人しく寝るつもりだからと、指揮官は小声で付け足す。至近距離、かつ軍用構造体の聴覚モジュールでは問題なく聞き取れる声量だったが、周りにいた人間には届かないだろう。二人の近くを歩いていた治安維持部隊の構造体も、特に二人の会話を訝しむことなく、横を通り過ぎて行く。
「ありがとうございます。では……最近、君が読まれた本について是非感想を伺いたいです」
「ああ、最近は待機任務が多かったから、話したいことが山ほどある」
「それは……とても楽しみですね、」
 顔を見合わせ、二人は笑みを作った。
 翌朝。空中庭園の、仮初の日の出が指揮官の自室に差し込む。その時初めて指揮官とクロムは、徹夜をしてしまったことに気がつくのだった。