叢雲
2025-02-24 17:51:12
51220文字
Public ラルス×リース(DA)
 

界王ラルスの記憶

DDON→DA→DD2という流れの世界線。
DD世界のとある界王の記憶。狭間の世界の物語。

連載中…





 11





 リースの処遇は王妃の希望通り、投獄された上鞭打ちの刑となった。

 あの女が何故ああも急いでリースを捕らえさせたのか、冷静に考えれば分からなくもない。エリノアはエドマンが自分とリースを殺そうとしていたと思い込んだ。故に王の元から逃げられない自分は身の潔白を主張し、リースは罪人として兵に預け、エドマンから引き離そうとしたのだ。

 例えエドマンの発作が無かったとしても、王妃に不貞を働いたとあれば、王自ら男を斬り殺したとしても誰も咎めはしない。それが一塊の騎士程度なら尚の事だ。そうならないようエリノアは誰よりも先に「鞭打ち」を指定した。被害者である王妃が「殺せ」ではなく「鞭打ちにしろ」と命じた事でリースが死刑に処される事も防いだのだ。

 自分も殺されそうになった直後だったというのに、そこまで頭が回ったのは正直称賛に値する。エリノアはエリノアなりに二人とも生き残るため、自分が出来得る最善の一手を取ったのだ。

 だが同時にこうも思う。そこまで考えられるのならば、どうしてもっと最初からリースの気持ちを汲んでやらなかったのだ、と。全ての人間が王族にベッドへ呼ばれて喜ぶものではない。その内エドマンに殺される可哀想な娘だと思っていたが、今更同情の余地は無かった。

 ───ヒュッ シュバン!

 暗い牢屋内に硬い革の音が空を切り、打ち付ける音には微かに水音を混じらせる。同時に響いたくぐもった悲鳴は、次の鞭の音にかき消される。カビ臭い籠った空気の中に混じる血の臭い。金属の擦れる音。男の罵倒。嘲笑う声。リースが投獄されてからもう一日近く経っている。それでも彼への刑罰は続いていた。俺はただそれを傍で見守る。リースの苦痛を見続けている。拳を固く握り締めながら。

 エリノアは確かに最善策を取ったのだろう。その通り、リースは殺されてはいない。しかし『殺されない』から『死なない』とは限らない。王族である彼女は知らないのだ。民草の罪人がどのように扱われているのかを。裁かれているのが貴族ならばいざ知らず、ただの咎人はそれをどのように扱うかは兵士の気分次第。結果的に死んでしまう事はままある事なのだ。付け加えるなら、リースはその知名度故、一部の貴族から疎まれている。彼の刑罰が未だ終わらないのはそういう理由だ。くだらぬ者が兵に金子を手渡した。リースを痛ぶれば更に褒美をやると。

「ぐっゔゔっ……‼︎」

 大声でみっともなく悲鳴を上げぬよう、リースはずっと必死で奥歯を噛み締めている。それが彼のプライドなのだ。その気高さを知っているからこそ、あまりにも痛々しい。彼の声が耳に届く度に自分の身の内までも切り裂かれているようだった。

 それでも君が耐え忍ぶならば、俺もここで逃げず見守ろう。エリノアの時のように離れたりしない。リースが解放されるまで牢の片隅、この壁際から動かないと自分に誓いを立てて、もうどれほど経った事か。

 リースへの責苦は数人の兵が交代で行っている。絶えず打たれ続けたせいで彼の上着は見る影もなく破れ、残った布切れは血に染まっていた。背中の皮膚などとうに裂けて鞭は彼の肉を直接抉っていく。そうやって血をも巻き上げて鞭がリースの血の雨を降らせた。それでも兵士はまだやり足りないと見える。リースの脇腹に蹴りをめり込ませた。

 そんな事が続けば次第にリースの意識も痛みに遠のく。彼の反応が悪いと金にならんと、兵士は明かりに使っている蝋燭の火を近付けて無理矢理にでも覚醒させた。どう言い繕おうが、それはただの拷問だった。

 リースが火傷で意識が戻るのを二度ほど繰り返した頃のには、何故自分が拷問を受けているのか分からなくなってる様子だった。もうリースの身も心もボロボロだ。

「全く凄いよなぁ? 覚者様ってのはよ。これでも死なねぇんだからよぉ。こんなにしぶといんだったらもっと金貰っとくんだったなぁ」

 ふと、拷問官気取りの男が面倒臭そうにそう口にする。「ああそう言えば、殺しちゃダメなんだったな」と、笑いながら。そして気怠げに鞭を投げ捨てるとリースの顎を乱暴に捕まえた。

「知ってるか? お前を痛めつけろって特別注文あってよ。これがなかなかの金なのさ。実際の刑罰なんざ誰も気にして無ぇ。世の中気前のいい奴もいるモンだよな。やっぱあるトコにゃあ金はあるだな。俺も行ってみてーぜ。隣国とかによぉ」
「‼︎」

 隣国という言葉に疲弊したリースの瞳は揺れた。彼にとって隣国からの来訪者は他でもない。メルセデスなのだ。彼女の取りなしがあってこそリースは領都で有名になった。そして共に戦った事もある。そんな彼女が自分を拷問しろと指示を出したのかと驚きを隠せなかったのだ。

 実際はそんな筈がない。隣国から来た者は彼女だけではないし、何より目の前の兵が本当の事を言っている確証もないのだ。それこそリースの叙任の式典後に客室で怒りを露わにしていたほどのメルセデスがこんな姑息な事をする訳がない。リースも彼女がそんな人間ではないとわかっているが、エリノアの件で何を信じるべきか分からなくなったのだろう。更には体の痛みが彼から余裕を奪っていた。

 リースはメルセデスの無実を否定しきれず、表情に絶望の色を滲ませる。どんなに辛くても恐れの表情を見せなかったリースのそれが、ここに来て崩れてしまったのだ。

「お? なーんだ。いい顔するじゃねーか」

 兵士の下卑た笑いにとうとう苛立ちを抑えきれず、俺は牢の石壁を殴りつけた。下衆がっ‼︎ 声に出してしまいたい罵倒を無理やりねじ伏せる。今声を出したらそれこそ界王の力を使ってしまいそうだった。ダメだとわかっているからこそ、首筋に力が入る。

 ペチャ、という水音がしたのはその時だ。

 リースが兵士の顔に血反吐混じりの唾を吐きかけていた。

……せーんだよ」

 掠れた声。どこか力無い瞳。痛々しくも表情を歪め、それでも不敵に笑って見せるそれは、リースの精一杯の強がりだった。

 直後、男が逆上してリースを殴り飛ばす。そして声を荒げながら自分の装具に手をかけた。

「いい度胸だ。お前みたいなガキには違う方法でわからせなきゃねーよなぁ? 今ピーピー泣かせてやっからよぉ‼︎」

 あろう事かこの兵士は、下半身を乱暴に寛げるとゴソゴソと自身のイチモツを取り出したのだ。男がリースに何をせんとしているか想像がついて一気に怒りが溢れそうになる。思わずその男をどうにかしてしまいそうになる自分を止める為、右手首を押さえつけて奥歯を食いしばった。

「これでちったぁしおらしくなるんだな!」
「ひっぃやだ! 放せ!」

 いくら性行為に疎いリースとはいえ、今や何も知らないわけじゃない。相手が性器を丸出しにしたままこちらのズボンを脱がせにかかれば嫌でもわかる。何よりエリノアとの事でその行為自体に恐怖が先走った。

「──ッ!」

 あからさまに怯えるリースを目の前に何も出来ない自分。怒りで血が沸騰しそうだ。あいつの恐怖に胸が潰れそうだ。それでも、俺が動いてはいけない。動いてはいけないんだ! 自分の手首に抑える指の爪がめり込んでいく。痛みなど感じぬくらいに悔しさがそこにあった。


「ジャコブ! やめろ。そこまでだ!」

 それはあまりにも唐突だった。控えていたはずの他の兵士が静止に入ってきたのだ。たまらず男が叫ぶ。

「なんでだよ⁈ これからだろうが‼︎」
「なんでもだ! 別口の金が入った。聞いてるか? かーねーだ‼︎」

 金にがめつい男はそれで漸くリースからその汚い手を退けた。もう一人の兵士は尚も息を荒ぶらせる同僚の為に説明を続ける。

「お妃さまがコイツを買ったんだ。これ以上手が出せねぇ。ヤりてぇなら別の女を買え! いいな⁈」
「ッソ! 折角犯してやろうって時に!」
「俺もお前も十分稼いだ。これでしまいだ。ほら、さっさとしまえ。直ぐに飼い主がくる。お前も王妃に牢にぶち込まれぇのか? 俺は御免だね」

 そこまで言われてはどうにも出来ぬと、ジャコブと呼ばれた兵士は衣服を整えながら立ち上がる。そしてリースにお返しとばかりに唾を吐くと次は犯してやると捨て台詞を置いて去っていった。

 慌ててリースに駆け寄る。急な解放で頭がついて行っていないのか、放心状態の彼の頬に手を伸ばす。触れて安心させてやれないのが悔しくてならなかった。せめて体温だけでも感じられたら良いのに

 すると入口から一人の女が入って来た。エリノアだ。リースを金で買ったという王妃が牢の鍵とリースを未だ繋ぎ止める枷の鍵。それから部屋に置き忘れたであろう彼の防具を持ってやってきた。それでリースを何処に移して飼う気だと問いただしてやりたかったが、どうやらそういうつもりではないらしい。エリノアの瞼が赤く腫れている。泣いていたのか。

 駆け寄って来る人影に気付いたリースは怯えて逃げようとする。その様はまるで小動物だ。まだリースには誰も彼もが自分を犯そうと迫る兵士に見えているのだろう。こんな風になってしまう程に彼の疲弊した心に恐怖が焼き付いてしまった。

 目に見えて拒絶されたのはエリノアにとってもショックだったのだろう。ボロボロと涙を溢して声を振るわせる。

「ごめんなさい。ごめんなさい。私何も知らなくて……。ああでも言わなくては、二人とも殺されてしまうと思ったのです。でも、こんな事になるなんて
 エドマンは普通ではありませんでした。彼は私がなんとかします。だから、どうか貴方はこれで逃げて下さい。奥の牢から下水への隠し通路が伸びているそうです。そこからならば、誰にも見られず城を抜け出せます。どうか、ご無事で」

 リースに避けられた王妃はそれ以上近寄ろうとはせず、手の届きそうな位置に持って来た荷物を置く。そしてもう一度「ごめんなさい」と呟いて牢屋を出ていった。

 彼女は罪滅ぼしとしてリースを助けに来たのだろう。だがこれは最悪の状況の一つ手前でしか無い。その対応の遅さに、自分だって殺されかけていたのだから仕方が無いとは言う気も無い。エリノアの間違いは自分の立場も弁えずリースを誘った事。その結果、相手に負わせた傷はあまりにも深かった。浅はかな女よ。お前はその罪を死ぬまで背負っていけ。


 一人残されたリースはゆっくりと鍵に手を伸ばす。何もかにもが疲れ果てたような顔で枷を外し、装備を引き摺りながら牢を出て行く。そのまま指示された通り歩く後ろ姿を見て、エリノアの声は聞こえていたのだと僅かばり安心した。

 錆かけの牢を開けると、確かに隠し通路はそこにあった。灯りもない湿った洞窟。いつからそこにあったのか、蜘蛛が巣を張り、ネズミが彷徨くばかりの空間をリースはよたよたと進む。

 体の痛みで息を詰まらせる以外、一言も発しないリースの瞳には光がない。時々よろける彼の体を支えようとつい手を伸ばすが、やはりすり抜けて行くばかりの自分の腕が忌々しかった。見守る以外何も出来ぬ虚しさよ。俺はこの先何度この痛みに身を焼くだろう。


 闇に目が慣れてしばらくすると、ふと水音がするのに気がついた。確かこの先は下水だったか。遠くに二つの灯りがチラついているのが見えた。

「覚者様! ご無事ですか⁉︎」

 聞こえて来たのはオルグの声だ。漂白の民であれば離れていようと主の位置は感知できる。ポーンたちがリースを迎えに来たのだ。

 リースの顔にもやっと安堵の色が窺えた。たったそれだけでこちらも少しばかり息をつく。足場の悪い中ふらふらと歩くリースは、そのまま滑り落ちるようにしてオルグに体を預けた。

「かく覚者様 覚者様ぁ⁉︎」

 途端、リースの無惨な姿に悲鳴のように叫び声を上げたのは、普段人形のようなスアだった。

「なぜあぁ、何故このようなどうして、こんな

 気が動転して慌てふためくポーンは、本当にあの感情のない亡霊のようなスアなのかと疑ってしまう程だ。ただでさえも白い肌色を更に青白くしている。

「スア! 先ずは回復を‼︎」
「! はいっ」

 震えるスアにオルグが指示を出す。するとスアは携えた杖に祈りを込めた。パワーオブポーン。スアが初めから後生大事に抱えていた杖だ。

 魔力がスアの周りに集約するのを感じる。だが、これは通常使われるヒーリングスポットの倍以上だ。その大きな力が弾けて一気に辺りを包んだ。暖かい。

 こんな強力な回復は見た事がない。リースの惨たらしい傷は不自然なくらいの速さで修復されていく。そして、それを施したスアは自分の魔法など眼中に無いのか、直ぐにリースの元へ駆け寄ってきた。しかしリースはオルグの腕の中から動かない。いや、きっと動きたくないのだろう。特にスアには見せたくないはずだ。

 オルグにしがみつきながら、リースは静かに涙を流していた。