叢雲
2025-02-24 17:51:12
51220文字
Public ラルス×リース(DA)
 

界王ラルスの記憶

DDON→DA→DD2という流れの世界線。
DD世界のとある界王の記憶。狭間の世界の物語。

連載中…





  





これは、どういう事だ⁉︎」

 静かな空間に響いた俺の声は心なしか震えていた。

 リースがいる世界の平穏を維持する。つい先日従者に言ってのけたばかりだと言うのに、地上を見渡せばそこここの魔物が活性化したままだ。それどころか奴らは更に縄張りを拡大しようとさえしている。流石におかしいとしか言いようがない。界王の力が働けば、魔物など手をかざすだけで戦闘意欲を削げたというのに。何度映像越しに『鎮まれ』と念じても魔物たちの様子が変わることはなかった。

 その理由、思い当たる節はある。だがそんなの信じたくない。何かの勘違いであって欲しい一心で傍に控えるポーンに質問した。

「アルベルト答えてくれ。界王の力とは何ものにも揺るがぬ強い意志からなるものだ。そうだな?」
「はい」
「俺はリースに出逢い、過去を思い出し、そしてリースが幸せに暮らせる世界をと望んだ。その想いに嘘偽りなどない。ならばこの想いは、この意志は成ったはずだ。何故何故だ。何故界王の力は底をついたままなのだ!」

 俺に魔物を御せない理由。自分の中に意識を向ければ嫌でもわかる。俺に残された界王の力は以前と変わらず弱いまま。死を待つ界王のままだった。

 アルベルトは暗い表情のまま、淡々と答えを口にする。

恐れながら申し上げます。マスターが思い出された記憶はリース様に連なる別の世界のもの。故に、今治められているこの世界への影響は望めなかったものと思われます。現にお戻りになられたマスターの顔色は良くなられましたが、界王としてのお力に大きな変化は確認出来ませんでした」
「くっ……
「無礼を承知でマスターにお伺い致します。今、マスターは奥方に託されたお子様の名を口に出すことは出来ますでしょうか?」
「‼︎」
「その名は、貴方が界王になられた際に一番大切にしていたものです。名がダメなら何か一つで構いません。ご家族について、思い出せる事はございますか?」

 アルベルトにそこまで言われて尚、俺は自分の過去を思い出せない。静かに揺れる薄紫の瞳はそんな俺の心まで見透かして『それが答えだ』と言っているようだった。

 リースが俺に起こしてくれた奇跡は、世界という枠組みの中では何の力もないちっぽけな出来事でしか無かったらしい。目の前の事実に打ちのめされて数歩後ずさる。そしてそこにあった玉座に転ぶようにして座した。急に無力感が押し寄せて来る。

なら……。俺にどうしろというんだ。リースがここにいるのに

 ドンッと拳で肘掛けを叩く。それでどうにか出来るわけではないが、自分がどうしようもなく不甲斐なかった。だってあんまりじゃないか。大事にしたい相手がいるのに、何もしてやれないなんて。どうしてこんな弱い界王の時代にリースは生まれて来てしまったのだろう。こんな奇跡ならいっそ無かった方が良かったのではないか。そんな愚かな事を考えずにはいられない。

 リース。違う世界で出会った俺の愛すべき人。確かにアルベルトが言うように、かつての俺は家族を愛していたのだろう。その気持ちにおそらく嘘はない。でなければ界王になれなかったはずだ。それくらいの事は記憶がなくても理解できる。だが、長い長い時間をかけて全ての記憶を失って。そんな空っぽの俺が欲していたのは過去に置き去りにした家族ではなく、ここに存在さえしなかったリースだった。

 今だから言える。いく年も理のパーツの一つとして世界の均衡を保ち続けた俺は、いつしかずっと虚しさを抱えていのだ。それが虚しいという感情であった事も思い出せず、心を埋めるものが何かも判然とせず、ただズルズルと時が解決してくれるとこを願って過ごして来た。その正体に気付かせてくれたのは、俺が求めてやまないリース本人だったのだ。あの時、リースの笑顔に俺は救われた。吹きっ晒しの心を満たしてくれた。俺にとってリースという存在は、それだけ大きなものだった。

 だからこそ何もしてやれないという事実は俺に重くのしかかる。長いため息が出た。何かに縋りたくなって遠見の術で床に映像を映し出してみる。リースの姿を探した。

………リース?」

 村の中のどこを覗いてもリースの姿がない。それどころかリースの両親も揃って見当たらない。どこかへ出かけたのだろうか? 流石に引越ししたとは考えにくい。いくら地上の時間の流れが早いと言ってものまだ会いに行ってから数日いや、感覚を切り替えろ。正しくは二、三年程度だ。歳にすれば四、五歳の子供を連れてこの魔物の彷徨く世界で長旅は無茶がある。

 一度視界を広くして探索の範囲をこの辺り一帯の地域に切り替えた。そこで初めてこの地域が南方の温暖な場所であった事に気が付いた。比較的穏やかな、過ごしやすい地域。本来であれば平和な土地に異質な動きを感じる。

 ──魔物だ。

 ゴブリンを群れの頭に据えて、狼が数匹。規模としては最小部隊程度。定住地を求めて南下して来ている。もうこんな地域まで魔物が足を伸ばしているのか。世界が乱れている証拠だった。界王の加護はもはや風前の灯火なのだ。忌々しい事実でしかない。

 思わず舌打ちした直後、やっと目当ての人物を見つけた。リースとその両親。家族三人で村の外を散策しているようだ。母親が指さした野草を父親が手折り、そして子供に見せて何やら話て聞かせている。しかし当の幼子は難しい話より風に揺れる木々や跳ねる虫の方が気になる様子だ。巣へと向かって列を成す小さな虫を追いかけてトコトコと歩き出してしまう。

 何とも微笑ましい光景。裕福ではないはずの村で、それでもこうして家族で何気ない時間を共有する。幼いリースは青と黒の瞳を輝かせ、屈託なく笑っている。無意識に俺自身の口角も上がっていた。暖かい気持ちに満たされていく。だが胸の奥がキシリと痛んだ。あの光景の中に俺はいない。一言で言えば、羨ましかった。

 そこでふと気がつく。この一家、村から少し離れ過ぎてはいやしないか

 一気に高い所から落ちるような不安感に包まれる。さっき見かけたゴブリン共はどこにいた? どの方角に移動していた? どっと汗が噴き出る。

 リースが危ない!

 思考がグルグルと回りだす。狼が一家の臭いを嗅ぎつけるまで後どれくらいだ? 近くに兵士はいるか? いや、ダメだ。村に一番近い砦はもっと離れてる。それに砦の兵士は用が無ければ村まで降りてこない。なら誰だ? 誰ならリースを助けられる⁉︎ 力のない俺の代わりになるのは誰だ? 焦った気持ちは言葉にも表れる。

「アルベルト! 覚者だ‼︎ 覚者はどこにいる⁉︎ 覚者ならば飛石で移動出来る。リースが襲われる前に魔物を一掃出来るはずだ!」

 俺の怒声のような勢いに対して、それを受けた青年は眉間に皺を寄せ、絞り出すように答えを紡いだ。

…………おりません
何だと?」
「先の覚者はドラゴンの試練に落ち、仮初の王へと身を奴しました。今は覚者不在の空白期です。覚者選定を担う赤竜の復活も今暫く時間がかかるかと
………覚者がいない?」

 界王へと至る試練は心の試練。覚者は心の在り方を試される。容易ではないからこそ、確かに覚者がいない期間が出てしまうのは道理。

 だから? それがなんだ。それでリースに迫らんとする脅威を退けられるのか?

 たまらず地上へと体を移す。

「! お待ちください! ラルス様‼︎ どうかお戻りをっ。ラルス様‼︎」

 玉座の間から消える瞬間、アルベルトの静止の声が聞こえた。だが聞こえないふりをした。誰もリースを助けられないというのに、ただ遠くから見ていろと言うのか。きっとまだ何かあるはずだ。俺がしてやれる何か。何かあってくれ。

 祈るような気持ちで降り立ったのは村から程近い砦内。俺は生き物に触れられない。だから直接剣を握り、魔物を討つ事は叶わない。であれば今剣を扱える兵士に頼る他ないのだ。砦の中で一番造りの良い天幕に入ると、そこで書簡をまとめている男に声をかけた。

「今すぐ兵を村へと向かわせろ。理由は任せる。兵士を数人使いに出すのだ!」

 界王は個の運命を直接左右する事は出来ないが、世界の事象に干渉し、大きな時代の流れを導く事は出来る。具体的には人々に語りかけ、天啓を与える。天啓を受けた者は界王の声は認識出来ずとも、そのように動くべきだと感じるようになるのだ。そうやって大戦の火種を何度も揉み消して来た。まるで湖に小石を投げて波紋を立てるような些細なものだが、波紋どうしが作用すればそこに流れが生じる。だからここにいる兵士の隊長に俺の力が効けばリースを助けられるはずなのだ。

 だが、隊長は先ほどからの作業を止めようとはしない。焦る気持ちを抑えて再度天啓を下す。二度、三度と言葉を重ねても状況は変わらなかった。苛立ち紛れに男の肩を掴み掛かったが、思いも虚しく俺の体はすり抜けた。

 俺の力が弱いからか。いや、そもそも魔物に襲われる事がリースの定めであるなら界王の力は発動しない。界王に変えられる運命は時代の流れに取り込まれた者の運命のみ。やはりダメなのか? 俺には何も出来ないのか⁉︎

 悔しくて砦内を彷徨いて何度も声にした。

「誰でも良い! どうかリースを助けてくれ! 頼む‼︎ お願いだっ ……もう、リースを俺から奪わないでくれ

 数えるもの馬鹿らしいほど頼んで回った。それでもなんの変化も起こらない様子に、最後は虚しいだけの泣き言になっていた。俺は、あまりにも無力だった。

 すると後方で座していた兵士が一人、立ち上がった。

「何だよ? しょんべんか?」

 仲間の一人にそう揶揄されると、男は不満そうに悪態をついた。

「いくら同じ班だからとて、お前らと四六時中一緒じゃあ息が詰まる。訓練までの間は好きにさせてもらうぞ」

 そういうとその兵士は砦の裏門の方角へと歩いて去っていった。残された兵士は口々に噂する。

「アイツ、抜け出してサボるつもりだ」
「どうせ女でも引っかけに行ったんだろう」
「後で隊長にこっ酷く叱ってもらおうぜ」

 そんな様子を何気なく見守っていると、急に膝から力が抜けた。呼吸が浅くなり胸が苦しい。身体中が鉛のように重くなったのだ。そして感じた。今、界王の力が使われた。だとすると先ほどの兵士か? 彼が、リースの元へ向かってくれたのだろうか?
 ダメだ意識が霞む……

 体に力が入らず、地上にあった体が崩れるように消えていく。意識を手放すギリギリの所でどうにか界王の玉座前まで辿りついたが、そこからはどうにも出来なかった。







 瞼をゆっくりと開ける。そこには見慣れた薄暗い空間だが広がっていた。嗚呼、俺はまだ生きている。界王の試練の為に残していた力のおかげだろう。それでもすぐに起き上がれそうになかった。

「ラルス様! マスター! お目覚めになられたのですね⁉︎ 良かったっ

 近くでアルベルトが俺の覚醒を待っていたようだ。その声には安堵の色が濃い。だが、俺がお前に聞きたい事はそんな事ではないんだ、アルベルト。俺は聞かなくけはならない。

リース。あの子はどうなった? 助かったんだよ、な?」
……はい。リース様の命に別状ございません。魔物に襲われた際、多少額を負傷しましたが、それだけです」
「そうか。良かった。本当に。本当に。あの兵士、間に合ってくれたんだな

 人一人を動かすだけでこれほど消耗するまでに弱ってしまった俺だが、それでもリースを泣かせずに済んだなら十分だ。やった価値はあったと言うものだ。そこで俺も漸く安堵のため息をついた。だが、アルベルトの様子に気が付いた。気が付いてしまった。待ってくれ、アルベルト。お前がそうやって押し黙る時は俺に言いにく事がある時だ。俺はそれを聞かずにはいられない。

…………何が、あった?」
リース様ご家族は魔物の強襲を受け、父親が母子を逃すため盾に。通りかかった大剣を携えた兵士が二人を保護。追ってきた魔物を討伐しましたが、既に母親も深手の傷を負っており、そのまま息を引き取りました」
「!」
「その後身寄りを無くしたリース様の処遇について村人数人で会合があったようですが、今は村長が預かるという事で決まったようです。リース様自身にも幾分記憶の混濁が見られるようです。おそらく、両親を亡くしたショックからでしょう

 ───無事だったのは、リースの命のみだったのだ。

 すまない、リース。俺は、本当はもっともっと君にとって優しい世界にしたかったんだ