叢雲
2025-02-24 17:51:12
51220文字
Public ラルス×リース(DA)
 

界王ラルスの記憶

DDON→DA→DD2という流れの世界線。
DD世界のとある界王の記憶。狭間の世界の物語。

連載中…





 





「お言葉ですが覚者様。その者を連れるのは、些か危険かと」
「だーかーら! 大丈夫だって。コイツなんも悪い事してねーじゃん!」

 その日、リースの元に姿を移すと珍しい光景に出会した。領都の歓楽街にほど近い、入り組む裏路地の一角で覚者であるリースが専従のポーンと言争いをしていたのだ。

 本来ポーンは多少の口答えはあれど覚者に逆らう事はない。余程己のマスターから心を学んだアルベルトのような者を除いては、覚者に従う事が使命なのだから当然だ。況してや今のリースは覚者として経験豊富とは言い難い。そんな彼のポーンなのだ。小言はあれど反対意見を崩さない様子に少々違和感を覚えた。

「今現在問題はなくとも、今後もないとは限りません。その者は穢れかけています。安全とは言えません」

 オルグ基、リースの専従ポーンはそうきっぱり口にする。深い海のような髪色をした左目に傷を持つ青年ポーン。冷たい表情が目立つが、その実誰よりも覚者を気にかけている。その気配りは従者のものというより年下の兄弟に向けるそれに近い。有り体にして言えば、彼は酷く世話焼きなのだ。このオルグというポーンはそういう男だった。

 『オルグ』というのは、以前覚者が複数存在した別の円環の世界にいたリースのポーンだ。その世界では俺もリースも共に覚者として戦い、共に生きて、愛し合った。だから互いにポーンがいたのだ。オルグはその頃からリースを実の弟のように可愛がっていたのを覚えている。まさかこちらの世界でもリースがオルグを旅の供とするとは思っていなかったが、オルグならリースを任せられると胸を撫で下ろしたのも事実だった。

 そんなオルグがリースに意見する事自体に不思議はない。気になったのは彼の頑なな姿勢だ。そうまでしてリースから遠ざけない者とは何ぞや。

 そう思ってリースを見やれば、自分の背に人一人を庇っている。いや、人ではない。ポーンだ。やけに見窄らしい衣服を着ていると思ったが、よく見れば元の服は上等そうだ。刃物で裂かれた布、乾燥して黒くへばり付いた血。そして何度も乾燥したのであろう土汚れが衣服をボロ布に変えてしまっている。物乞いがなるような汚れ方ではないのは直ぐにわかった。

「じゃあ見殺しにしろってのかよっ。コイツ自分の覚者もいなくて還るトコもないんだぞ⁉︎ 一人ぼっちにさせられねーよ。暴れるのが心配ってんなら俺が雇ってきちんと命令すればいい。俺だって覚者だ。オルグがどう言おうと契約するポーンは俺が選ぶ!」

 まるで子供の駄々のような言い分だが、覚者にここまで言い切られてはポーンはどうしようもない。それに何よりリースは本気だった。その気持ちを組んでしまうオルグでは今のリースに逆らえない。

………。少しでも、危険な素振りを見せたらこの者の雇用を破棄すると誓って下さい。そうすれば、もう私は何も言いません」
「うん。ありがとう。でも俺、本当にこの手は離したくないんだ

 主を失っているというポーンは既に心が壊れてしまっているのか、目の前の二人のやりとりに眉一つ動かす事はなく、その表情からは何の感情も読み取る事は出来ない。無機質なビー玉のような瞳はまるで大きな人形を思わせる。それでも、そのポーンの右手は微かにリースの服の裾を掴んでいた。



 リースが一体のポーンを保護したのを目の当たりにした俺は界王の間へと帰還した。オルグは随分とあのポーンを危険視していたようだが、同じポーンとしてアルベルトの意見を聞いてみたいと思ったからだ。玉座に座すると目的の従者は程なくして現れた。

「此度は随分とお早いお戻りですね。何か、気になる事でもございましたか?」
「アルベルト。この界王の力薄れ行く世界において、近頃目立った変化はあったか?」
…………。魔物の進行は、日々ゆるゆると悪化の一途を辿っていますが。それ以外との事でしたら、これと言っては感知しておりません」
「ふむ。では別の質問だ。漂白の民として聞きたい。主人を失ったポーン単体で、いくつもの世界を渡り歩く事は可能か?」

 その問いを投げかけるとアルベルトの表情は厳しいものへと変化した。存在に驚くよりも危機感が先にくる様子に、ある種のタブーのような存在なのかも知れないと察しがついた。

マスターは、そのような者を見掛けられたのですね?」
「ああ、リースが保護している。俺の見立てでは、おそらくあれはいくつも世界を渡っているだろう。先先代の覚者の忘形見にしては歴史の辻褄が合わないし、何より存在自体に不自然な澱みがあった。まるで世界を渡りながら少しずつ溜まっていったような澱みが。オルグはそれを『穢れ』と呼んでいたようだがな」

 あのポーンの衣服の状態からして、それなりの時間が経過してるのは明白だった。だが、風化には至らない期間。そうなってくると、この世界で覚者を失ったとは考えにくい。何よりあのポーンは迫害を受けていた。服に付いた血や体の傷。魔物に襲われたのなら、刀傷なんて出来るわけがない。

 オルグの様子からまさかと思ってはいたが、あのポーンは漂白の民、あるいはそれを伴う覚者から殺されそうになったって事だ。

「穢れという表現は正しいと思います。それは、あってはならない澱みですので」

 アルベルトは眉間に皺を寄せたまま答える。

「主人を失った戦徒は数あれど、ポーンが世界を渡るのは己が覚者様のお力あってこそです。
 本来であれば全てをリムへ還し、何者でもない漂白となるがポーンの末路。時折喪失の記憶と共に同じ世界に留まる者もありますが、それも軈ては意味消失となり消えゆく定め。例外としてあるのはエヴァーホールのような時空の捻れた場所において、時が進まないという事で彷徨えるポーンが定着するケースのみです。
 記憶を保持したまま主人なしで世界を渡るなど、ポーンとしての約定を違える事となりましょう。渡った先に覚者様が待って居られるというならいざ知らず、ただ流れているというならそれは亡霊のようなものです。消えぬ亡霊の澱みなど、それはきっと覚者様を傷付けるものに他なりません」

 目の前の従者から発せられたその冷たい音で思い知らされる。あの人形のようなポーンが体験したであろう恐怖と、そしてそれを迫害した者たちもまたあの穢れを恐れていた事に。

 リースは随分と厄介なものを招き入れてしまったらしい。

 溜め息を一つ吐く。それでも何故リースがあのポーンを手放さなかったのかは想像がつく。だからこそオルグもあれ以上強く出る事が出来なかったんだ。

 リースはあの孤独なポーンに自分を重ねてしまったんだろう。あいつは覚えているんだ。魔物に家族を奪われた後に見せられた村人からの仕打ちを。魔物の報復を恐れて、ひとりぼっちのリースは一度村人に見放されているのだから。村長が見かねて引き取らなければ野垂れ死んていたかもしれない。そんなリースだから、怯えながらも伸ばされた手を振り解けなかった。

 あいつがそうなってしまったのは俺の罪。なら、この結末も受け入れるしかない。願わくば、少しでも良い方向に流れて欲しいものだが

「アルベルト、もう一つ聞きたいんだが。もし、そんな亡霊ポーンを雇ってやろうっていう危篤な覚者が現れたら穢れはなくなると思うか?」

 すると従者は今度こそ驚いた表情を見せた。彼の冷たい雰囲気も和らぐ。アルベルトには悪いが、その様子が少しだけおかしかった。

その可能性は考慮、していませんでした。ですが、例がありませんのでどうなるかまでは。確かにその可能性は否定出来ませんがでも、だからと言って
「いいさ。なってみるまでわからん。今は、それで良しとしよう」
「良い、のでしょうか?」
「土台、今の俺では何も出来ん。それでリースが悲しむのなら、俺はただ傍で見守るだけだ」

 亡霊ポーンをこの世界に紛れ込ませてしまったのは、世界を意地出来ぬ俺の責任だろう。それほど世界の理が揺らいでる証拠。俺の寿命と共に世界の崩壊が迫ってきている。そして同時に思う。

 まだ、もう少しだけ。どうにか持ち堪えてくれ。最期の責務を果たすその時まで、と。





 





 領都、早朝の酒場に行くとポツリポツリといる客の中にリースたちを見つける。どうやらこれから朝食を摂るらしい。丁度テーブルにパンとスープが届いた所だった。

「謁見かぁ」

 リースがスプーンを指先でくるくると回す。手の動きとは裏腹にその目はどこかぼんやりしていて声にも覇気がない。彼が朝に弱いのは昔からだ。漁に出るというのに寝ぼけて桟橋から落ちそうになったのは両の手で数えきれないほどだった。だが今のリースが眠いだけではない事に世話焼きポーンのオルグは気付いていたらしい。己が主に声をかける。

「何か、会いたくない理由でもあるのですか?」
「嫌って事はないよ。でもさ、王サマじゃん? 雲の上の人っつーか。見た事もないし、なーんかピンと来ないんだよねぇ」
「それだけ覚者様の功績が認められたという事です。胸を張られては?」
「そうなんだけどさぁ。あ」

 食器で遊ぶリースを見かねて、とうとうオルグがスプーンを没収する。リースは子供のように頬を膨らませて見せるが、従者はどこ吹く風だ。主人の前にスープとパンを配膳し、そして最後にスプーンを正しい位置にコトリと置いた。

「どうぞ登城の際はご無礼のないように」
「わかってるよ」

 するとリースは出来るぞと言わんばかりに、ナプキンに見立てた布を気取って襟元に差し込んで見せた。これにはさしものオルグも溜め息をつく。やれやれと言わんばかりに。

 リースとオルグはちょくちょくこういったやりとりをする。お互い仲が悪い訳では全くなく、兄弟のじゃれ合いのそれに近い。なにしろリースが専従の徒を呼ぶ際に願ったのは、失ってしまった家族の代用。得る事の出来なかった兄弟なのだからそれも頷ける。

 さて、世話焼きお兄さんの手はそこで止まりはしなかった。更にスープを取ると、自分の隣に座る線の細い、綺麗という言葉が服を着ているような青年の前にも配膳した。

「スア。貴方も食べなさい」

 スアと呼ばれた青年が件の亡霊ポーンである事に気が付いたのは一瞬遅れての事だ。衣服を変え、汚れを落としただけでこうも容易く光る宝石だったとは驚きだ。だがまるで人形のような硬い表情なのは相変わらずで、おかげでそのポーンの正体を見抜く事が出来た。寧ろ綺麗になったせいで右頬の不自然な傷や片目だけやけに明るい瞳の印象が強くなる。なんとも言えない違和感がそこにはあった。

 しかしオルグがニコリともしないせいか、スアは先ほどの言葉の意味がわからなかったらしい。スープとオルグを何度も往復しながら見比べている。

 落ち着いて考えれば分かる事なのだが、テーブルに着いているのがリースを含め三人。そしてスープの入った器は三つだ。当然三人分の朝食になる。だが迫害を受けていたせいか、あのポーンは自分にも振る舞われるとは思っていなかったらしい。確かにポーンは人のような食事は不要だからな。思い至らなかったのは仕方がないのかもしれない。だがもし本当にそうだったとすると、リースが三人前を平らげる大食らい、という事になってしまうのだが

 やっと合点がいったらしいスアは、ガラス玉のような目をぱちくりさせながら質問する。

お金の、無駄には、ならないでしょうか?」

 おそらくスアは自分なんかに金をかけて良いのか? と言いたかったのだろう。だが目の前の覚者様には違ったように聞こえたらしい。ぶー垂れて反論する。

「無駄使いじゃねーし。オルグが煩いからちゃんと安いメニューから選んだし! このスープ、肉も入ってないんだぞ。俺、偉くね⁉︎」
そうですね。武具の調整や新調は物入りですし、何より都は物価が高いですからね。無駄使いせずに節約すべきですね」

 追い打ちのようにオルグもその話に乗りながら、それでも世話焼きお兄さんスキルが発動しているのか、食の細そうなスアのために硬いパンを食べやすく千切ってやっている。そしてリースはリースで本日のメニューに不満があったらしい。スアを置いてけぼりにして、兄弟喧嘩はまだ続く。

「俺、王サマからの任務で結構稼いでると思うんだけどなーっ。育ち盛りなんだけどなーっ」
「上都した途端、無駄使いしまくって金欠になったのはどなたですか? 旅支度にもお金がかかるんです。倉庫に溜め込んだガラクタを店まで運ぶの。もう手伝いませんよ?」
「はぁ⁉︎ なんだよそれっ。ずりー‼︎」

 目の前でやいのやいの騒いでいる二人を眺めているスアだったが、唐突にガクンと顔をスープへと向けた。そのカラクリ人形を思わせるようなガクガクとした動きに不安を覚えるものの、当人に異常はないようだ。スプーンを握ると徐にスープの中に浮かんでいる芋を一掬い。パクリと口の中に運んだ。

 スアが食事を摂っているという事実に二人が気が付いたのは直ぐの事だ。ピタリと喧嘩をやめると、もぐもぐと咀嚼する様子を見守る。口の中の物を漸く嚥下したらしいスアは、変わらぬ無表情のままポツリと感想を述べたのだ。

「じゃがいもの味がしますね」

 その率直過ぎる捻りのない答えに、当のリースのツボに入った事は言うまでもない。本日の覚者御一行は朝から賑やかだった。

 穢れたポーンだろうと世界の崩壊だろうと、きっと今のリースにとっては小さな事なのかもしれない。そんな力強さが、確かにそこにあった。