叢雲
2025-02-24 17:51:12
51220文字
Public ラルス×リース(DA)
 

界王ラルスの記憶

DDON→DA→DD2という流れの世界線。
DD世界のとある界王の記憶。狭間の世界の物語。

連載中…





  





 リースが親を失ってから、随分時が流れた。

 小さな子供でしかなかった彼も今や立派な青年へと成長を遂げた。俺が別の世界で出会った姿そのものだ。

 風になびく白銀の髪。漁師村には似つかわしくない白い肌。でもそれは病弱なものではなく、柔らかで張りがある。おそらく本人の色素が薄いのだろう。母親もそうだった。そして長い睫毛と木目の細かい美しい顔。猫のように柔軟な四肢。黙っていれば息を飲むほどの美形なのに、彼の性格がそれを許してくれない。まさに天真爛漫、傍若無人。やんちゃっくれは今日も元気に村の中を所狭しと走り回る。だがそのギャップが返って愛くるしかった。

 こうして毎日眺めていても苦にならないのは惚れた弱みってだけじゃないだろう。リースを見ていると全く暇しない。寧ろ彼の元気な姿が俺の心を癒してくれる。まるでこの殺風景な界王の間に、爽やかな風が吹き込むようだった。今のリースだけを見るなら、幼少期にあった悲劇が夢なのではとさえ思える。それほどまでにリースは健常に育ってくれた。

 あの日、リースの親が殺されて以来、俺は無理に界王の力を行使しようとはしなくなった。日々情勢が悪化していく世界を時代の流れに委ね、出来うる最小の維持に勤める。疲弊し界王の力が枯渇しないよう注意を払いつつ、それでも余裕のある限りリースの成長を静かに見守った。せめてリースが生きている内は、界王不在の世界にする訳にはいかないと考えたからだ。

 理の1ピース界王が失われた世界がどのようになってしまうのか。それは俺にもわからない。だが界王の力が衰えただけで魔物が活性化する世界だ。間違いなく過酷な世界になってしまうだろう。それだけは予想出来る。そんな世界にリースを放り出すなんて真似はしたくない。況してや未だ覚者の選定も行われていないのだ。理側も界王不在を善しとはしない故、直赤竜は復活するだろうが、覚者だって直ぐに界王になるわけではない。俺は生きねばならなかった。なんとしてでも。

 少しだけでもいい。これ以上リースを悲しませたくない。残された俺の願いは、たったそれ一つとなった。

 世界に生きる万人のための界王だというのに、その実、たった一人の青年に生かされている。それはあまりにも滑稽で、自分でもその愚かさに笑ってしまう。よくもまあこんな男がこうも長く界王などやっていたものだ。神だなどと聞いて呆れる。

…………

 チラリと横目で傍に控える従者を見やった。

 愚かと言えば、アルベルトの存在もそうなのだ。こうして成長したリースと見比べればありありと分かる。リースとアルベルトは共に銀の髪色をしているが、それだけじゃない。

 二人は年頃も同じ。身長も僅かアルベルトが高いばかりでほぼ一緒。男にしては綺麗な顔立ち、全体的に色素の薄い肌。違うのは瞳の色と纏う雰囲気がまるで逆であるという点。知らない人が見れば兄弟と思うかもしれない。それ程までに育ったリースはアルベルトに似た。いや、この場合は『アルベルトが成長したリースに似ている』と言うのが正解だ。

 ポーンは覚者が界王としての力を使って招び出す最初の創造物。

 当時覚者だった俺は、その存在を思い出せないながらも共に戦ってくれる相手にリースを思い浮かべたのだろう。アルベルトの存在こそが俺がずっとリースを求めていた証拠に他ならなかった。だが、彼はリースではない。代用品でもかまわない。リースの似姿を傍に置きたいという俺のエゴが形作った従順な従者がアルベルト・ジーンというポーンだった。

 無意識の事だったとはいえ、随分酷い事をしたという自覚はある。ポーンは人形ではない。希薄に見えるというだけで感情だってあるのだ。その性質上、多少歪で不安定ではあるが、彼らは酷く人に近しい存在だ。そんな相手に俺はリースの代わりを押し付けてしまったのだ。本物のリースが大きくなり二人の姿が似ていくにつれ、アルに対して申し訳ない気持ちがどんどん強くなった。

 きっと賢いアルベルトはその事に気が付いているだろう。それでも、それを口に出さずにいてくれる。俺には勿体無いくらいの良く出来た従者だった。

マスター。報告をお待ちですか?」
「い、いやすまない。なんでもない」

 そちらを気にしていたのがバレていたらしい。アルベルトに質問されたので慌てて取り繕う。このまま会話を終わらせようとしたが、当の従者にそれを阻まれた。

……いえ、報告を。報告致します。先ほどドラゴンの復活を感知致しました」
「! 本当か⁉︎」

 それは俺にとって吉報だ。リースのためを思えば、その存在を認識出来ずともこんな役立たずの界王よりきちんと世を治めてくれる者の方が良いに決まっている。確かに可能ならば彼の一生を見守りたいという思いはあれど、それで更にリースに悲劇が訪れてしまうのであれば俺は死を選ぶ。あの笑顔のために、一刻も早く次代の界王を望む。

 床にドラゴンの姿を映すと海上を飛行している所だった。復活したての竜は気性が荒い。ハーピーを何羽か噛み殺しながら彼の地へと向かう。覚者選定の地。始まりの浜辺。

 赤い鱗を携えた羽根が一際力強く羽ばたかれた。目的の地が近づいたのだろう。遠くに大地が見える。しかしその陰影に少なからず見覚えがあった。そう、俺はその地を知っている。


 ドクンと心臓が脈打つ。足の先が冷えていく。
 何故、俺はその可能性に気が付かなかった
 息が浅くなる。


 認めたくなくて声が震える。俺の勘違いであってくれと心が叫ぶ。

アルベルト。村の名前……。リースがいる村の名はなんだ?」

 ぎこちなく振り返ると、そこにいる青年は目線を逸らし哀しげに口を噤んでいた。やめてくれアルベルト。それじゃあ答えを言ってるも同然だ。いつものように落ち着いた声で否定してはくれないのか。頼むよアルベルト。だが、それでも彼は答えない。

だろ」


 ああ、そうか。そうだったのか。リースが住むその穏やかな村の名は

 ───『カサディス』

 覚者覚醒の地。復活した竜によって一番最初に死人が出る村。


 いても立っても居られずリースの元へ行こうとするとアルベルトに肩を抑えられた。これでは流石に地上へ行けない。

「放せ‼︎ アルベルト!」
「放しません! 行けば貴方は限界まで力を使ってしまう!」
「それがなんだっ リースの命に比べたらこんな命

 瞬間、左の頬に硬いものがめり込んだ。それが人の拳であったのだと気がつく頃には、俺の体はバランスを崩して地に伏せる。そのままアルベルトが馬乗りにのしかかってきて胸ぐらを掴まれた。

「ぐッ」
「界王は! 界王は一時の感情で人の生死を変えてはならないっ 死とは自然の摂理だからだ。時代の流れを整え、自然と共に歩むのが界王だとそう私に説いたのは貴方だった! 奥方が亡くなられる時に貴方はそう言った‼︎ もう覚えていなくてもいい。だがそれを貴方が覆すのは許せない!」

 息苦しさと痛み。それと共に叩き付けられる怒りの感情。俺はこんなにも感情をむき出しにする彼を見た事がなかった。

「私の拳も避けられず、振り解く事も叶わない。そんな貴方が行って何になる⁉︎ 死に損ないの貴方が行って何か出来るというのですかっ! それともただ徒に力を使って疲弊し、消滅する事をお望みか⁉︎ 身勝手にも程があるっ………私の身にもなって、下さいッ マスター

 怒りに任せて浴びせられたその言葉は、いつしか懇願に変わっていた。かつてエヴァーホールで主を失い彷徨うポーンを見た。彼らはどこへ還る事も出来ず、ただ喪失の記憶の中で溺れていたのだった。俺は今までどれだけこの従者に心配をかけて来ただろう。本当に俺は、酷い主人だ。

……アルベルト。俺をリースの元へ行かせてくれ」
「‼︎」
「約束する。今後俺は、界王の最終試練まで力を使わない。何があろうとも何があろうともだ。アルベルト、お前に誓う」

 そう言うとアルはおずおずと俺の上から退いていった。体を起こすと、やっと自由に息が出来るようになって少し咽せた。それをアルベルトが心配そうに見守るので苦笑して見せた。全く死に損ないとはよく言ったものだ。左頬が痛いし、倒れた時に打った背中も痛い。本当に抵抗する力もあまり残っていないらしい。これはどうしようもないなと諦めた。

 立ち上がって纏うローブを軽く整え直す。

あ、あのマスター
「行く末を見守ってくるよ」

 心配する従者にそう告げて愛しい人の元へ向かう。

 村に着くと辺りは瓦礫に覆われ、人々は逃げ惑っていた。叫び声、血の臭い、泣いた子供、焼け焦げた家屋。これが覚者の目覚め。始まりの狼煙。

 浜辺に足を向ければ、一人の青年がまさにドラゴンへと刃を向けた所だった。

 ───嗚呼、やはり君なのか

 剣を握るのは、白銀の髪と青と黒のオッドアイを持つ青年だ。リースがカサディスにいると知った時、覚者に選ばれるのは彼ではないかという予感があった。俺は彼の強さや気高さを知っている。宝石の原石が放つような力強い光を持っているのを知っている。それこそ生まれた時から見てきた。だが、これは一番なって欲しく無かった未来だった。

 自分の拳をキツく握り締める。

 ドラゴンが倒れた青年の胸をその強靭な爪で抉った。飛び散る血と肋骨の折れる鈍い音。クグもって音にならない悲鳴。それらは波に容易くかき消された。

 竜の呪いが紡がれ、取り出された臓器は鮮やかに鼓動を繰り返す。俺はそれを目を逸らす事なく見届けた。覚者となったリースはこれからいくつのもの苦難に遭うだろう。そしてその厳しい道のりも、その先も俺は知っている。

 リース。俺の願いは悉く叶わなかったけど、君の願い、その旅路を見届けさせてくれ。それが力無い界王である俺が君に出来る事だ。きっと君が気が付く事は無いだろうが、それでも構わない。これから君に訪れる苦しみも喜びも、傍で見守らせて欲しいんだ。





 





 ドラゴンに心臓を奪われ、覚者となったリースの成長は目覚ましかった。

 生まれ持っての活発さは、まさに戦うための才能だったのかもしれない。通常、何も知らない村人にナイフ一本渡した所で、その人物が強くなるとは限らない。しかしリースはあっという間にダガーを両の手同時に扱うようになり、その俊敏さで魔物へ斬りかかる。そうするのが当然だと言わんばかりに敵を見定め、その動きに注視し、死角へ体を翻す。

 近接戦だけではない。弓であっても本来は一丁一石二鳥で的に当てられるものではない。例えそれが比較的容易な単球であったとしても、だ。専従の戦徒に射ち方を修正されたとはいえ我流で射って当てるのは天性の才としか言いようがない。

「覚者様! スタミナ管理にご注意を‼︎」
「わかってるって」

 リースが身軽な体を翻して大岩と見間違うばかりの巨大なサイクロプスの背を登っていく。彼が狙うのは象皮を思わせる分厚い皮膚ではなく、剥き出しとなっているたった一つの器官。大型の魔物特有のやや緩慢に見える動きを逆手に取り、隙をついて一気に敵の頭部まで這い上がると、逆手に握ったダガーを力一杯眼球目掛けて斬りつけたのだ。

「グオオオオオ!」

 これはさしものサイクロプスとて無事ではない。痛みに耐えきれず咆哮を上げた。

 それから半刻もしない内にリースとポーン達はサイクロプスを討伐してしまった。まだ二十歳そこそこの青年ながらも、きっと誰もが彼を戦地を駆けるにうる戦士であると認めるだろう。ほんの数カ月前まで漁猟の道具しか握った事がなかったと言っても信じてもらえないくらいにリースは強くなった。だが、果たしてそれは良い事なのか悪い事なのか。俺には判断がつかなかった。



 数日後、都にある噂が広がる。

 『異国の女騎士が連れて来た見目麗しい青年覚者』

 リースが領都グランソレンに上都すると、領民は口々にその噂をし、瞬く間に広がった。なにしろドラゴン復活という不安を煽る知らせの直後だ。少しでも希望に繋がるニュースをと、皆の口が軽くなるのは責められない。加えてリースの端正な容姿がそれを後押しした。領民は言うのだ。こいつはきっと特別だ、と。過去何度も現れてはいつの間にか消えていった自称覚者とは違う事を願って。

 しかし実際の所、リースを引き立てた女騎士基、メルセデスは騎士ではなく王女なのだが、他国の情勢も知らぬ民が彼女の事情を慮るのは不可能だった。おそらく当のリースさえ彼女の難しい立場を知りもしないだろう。民が知り得る情報には限りがある。況してや遠方より輿入れしたエリノア妃の上都パレードを見た者は、ますますもって彼女が隣国王の血族とは思うまいよ。それでも女だてらに甲冑に身を包み、見た事もない大蛇の首と共に闊歩する姿は意図も容易く民衆の注目を集めた。彼女が何より欲した功績は、民の期待と共に華々しく輝いたのだった。

 その結果、リースに解決して欲しいと宿に酒場にと依頼がわんさと持ち込まれるようになった。

 依頼掲示板というものは、どうやら何年も前からポツポツと広がっていったものであるとアルベルトに教えてもらった。魔物が活性化する一方で武器を持たぬ者が物品や金銭を代価に腕に覚えのある者へ依頼を出す。掲示板は主にごろつき共が見やすい酒場などで仲介料をもらって掲示するのだそうだ。弱き者は依頼をこなしてもらって有難い、請けた者は酒代であったり飯が手に入るので助かると、人々が自分たちだけで上手く生きるシステムを模索した結果だ。特にこの領地の兵は民を守るためのものではないからな。成る可くして出来上がった物のように思う。そんな所に人の生きる力を感じた。

 そう。掲示板は別に覚者専用のご要箱ではないのだが、事グランソレンではリース専用のお使い帳のようになってしまった。その上依頼を請ける覚者がそこらの賊より強いと来れば、領民からの人気が上がらない訳がなかった。

 上都して一カ月もすれば片田舎の青年は注目の冒険者となり、半年が経つ頃には覚者という名の民衆のアイドルになっていた。

 彼の人気は城内に届くまでとなり、嘘か真か覚者を自称する歳はもいかぬ小僧に、あろう事か領王の名の下竜征の任務が下るようになった。それはただの村人からすればまるでおとぎ話のような英雄譚だろう。苗字も持たない民草が、名のある騎士と同じように王に武働を期待されるのだから。

 確かに覚者という立ち位置はそれだけ特殊なものではあるが、リースが本当にドラゴンに見出された者かの確認は誰にも出来ないのだ。それこそ、胸を開いて心臓がない事を見る以外はドラゴン討伐の実績でしか証明が出来ない。己の保身や自己顕示欲の強い貴族にとっては、リースはただの田舎者という事実は変わらないのだ。

 リースが功績を収めれば収めるほど、世間が彼に寄せる感情が強くなって行くのが見える。俺は、ただそれを眺めた。不穏な気配が濃くなっていくのを感じながら。