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叢雲
2025-02-24 17:51:12
51220文字
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ラルス×リース(DA)
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界王ラルスの記憶
DDON→DA→DD2という流れの世界線。
DD世界のとある界王の記憶。狭間の世界の物語。
連載中…
1
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1
……
誰かの声が聞こえる。話し声? いや、話しかけられている?
「───様? ─ルス様、お目覚めですか。おはようございます。ラルス様。我がマスター」
『ラルス』そう言えば自分はそんな名前だったなと思い出し、声の主を見やる。そこには白銀の髪をした青年が一人立っていた。陶器のように撫らかで綺麗な顔。優男と言えばそれまでだが、落ち着いたその様子はどちらかと言えば貴賓の高さを思わせる。そして薄紫色の瞳は全体的に色素の薄い姿に俄かに色合いを足していた。
「
…
ぁあ。おはよう。アルベルト」
返事をするとアルベルトは柔らかく微笑む。よく知っているはずのその姿に、何故だか違和感を覚えてぼんやりと首を傾げた。
「マスター。寝ぼけていらっしゃるのですか?」
「どうだろうな
…
。俺はどのくらい眠っていたんだ?」
「約五十年程です。マスター」
「
………
それは、随分と寝坊が過ぎるな」
常人では寝過ごすとは言えないほどの単位。人一人の一生分の時間。それほど長い間眠っていたのかと苦笑して見せる。するとアルベルトは言いにくそうに軽く俯いた。
「
…
こうして会話出来る程覚醒されたのは、二百年ぶりです」
「
……………
」
「マスター
…
。もうマスターの体は
…
」
アルベルトの言葉を遮って彼の頭を優しく撫でてやる。どうやら俺は随分と長い間、この従者を一人ぼっちにさせてしまったらしい。主人がこの為体では申し訳ない。
「アル。寂しかったか?」
「
…
いえ、私はポーンです。私の事よりマスターの御身体の方が心配です。マスターは世界でただ一人の
…
」
「界王、だからな」
従者の様子から察するに、俺の顔色は良くないのだろう。それもそうだと納得する。長い時間意識を保つ事すら出来ない。力が尽きかけた壊れかけの界王なのだから。
「仕方ないさ。俺は界王の座に長くいすぎた。界王とは世界を平穏に繋ぎ止める循環器。長く使えばガタがくる。いい加減限界なのさ。そして古い部品は新しい部品へと交換される」
「マスター!」
「心配するなアル。ちゃんと次代の界王に座を引き継ぐまでは、俺は消えたりしない。それが俺の役目だ。わかってるって」
いつの間にか悔しげに、そしてどこか泣きそうな青年を元気付けようと笑いかけて見せた。だが、アルベルトは俺のそんな行動さえ気に食わなかったらしい。彼の拳が微かに震えていた。
「
…
マスターは何故そこまでして役目を全うされようとなさるのですか? 確かにかつて貴方が愛した家族がいた世界です。ですが、もうおられないでしょう? 何故そこまで他人の為に全てを投げうてるのですか? もう奥方のお顔も思い出せないと言うのに
…
」
アルベルトにそう言われて返す言葉が出てこなかった。
だってそうだろう。何故なら俺は、彼にそう言われるまで自分に失った家族があった事さえ忘れていたのだから。
全てを那由多の彼方に置き忘れて、界王という皮だけを被った俺がここに立っている。そんな自分に嫌でも気付かされた。それはあまりにもがらんどう過ぎて、涙も出てこなかった。
2
界王の王座に力なく腰掛ける。あと俺の界王としての力が続くのはどのくらいだろう。いつになれば新しい界王が俺の魂を解放してくれるのだろう。界王継承の試練を行う為に幾ばくかの力の備えがある。しかし、逆を言えばその為以外の力はもうほぼ残っていない。この椅子に腰掛けてただ時が流れるのを待つしかない。
ここには何も無いのに、まるで鎖に縛り付けられているようだと少し笑えた。
ふと思い出す。俺が解放した先代の界王もこんな心持ちで俺が来るのを待っていたのだろうか? だとしたら、本当に界王なんて損な役回りだ。次代の界王も可哀想だと他人事のように思った。
「
…………
」
何かが聞こえたような気がして足元を見る。すると玉座の間の床が透けて空が映し出された。
床に映る世界はどんどん移って行き、やがて一つの村を捉える。人の営みを見るのはいつぶりだろう。懐かしさに世界の有り様をただ食い入るように見つめた。黙々と干し魚を作るのに勤しむ人。買い物ついでに話に夢中になる人。お祈りをする人。洗濯物を干す人。人、人。人々の笑顔。それはどの時代でも変わらない。ああ、ほら。あの家ではお産があったようだ。湯で清められた赤子が母の隣に寝かされた所だった。
疲労困憊ながらも我が子に幸せを噛み締める母親。駆け込んできた父親らしき男は今にも泣きそうだ。その姿を見て更に微笑む母親。その長い白銀の髪がたおやかに揺れた。
「
…
?」
あの母親、どこかで会った事があっただらろうか? いや、そんなはずはない。きっと他人の空似というやつだろう。でも、誰に似ているのか。わからない。もっと近寄ったらわかるだろうか?
床の画像が母子に近寄る。すると赤子がぼんやりとながら目を開けた。もしかしたら見間違えだったかもしれない。俺にはその赤子の瞳が青と黒のオッドアイに見えたのだ。
───途端、ドッという肉が床に落ちる音がした。
音を立てたのは俺だった。立ちあがろうとしたのだ。床にもっと近寄る為に。だというのに膝に力が入らず、情けなく床に崩れ落ちた。痛みはわからない。そんな事よりも俺にとってはそこに映し出された映像の方が大事だった。
掠れた喉から恐る恐る音が声になる。
「
………
リ
……
ぃ
…
ス」
奥から慌てたポーンが駆け寄って来ていた事も俺にはわからなかった。わかった事と言えば、自分が涙を流していた事くらいだった。
3
界王となった者の姿は誰にも見えない。それもそうだろう。この世界に生物として生きていないのだから。アストラル体ではあるが魔力を帯びたゴーストでもない。監督者が選手としてコートに立てないように、界王は皆と同じように世界に立つことはない。
そんな俺が残り少ない力を振り絞って地に降り立ったのは他でもない。あの時見かけた赤子に会おうと思ったからだ。まぁ、会うと言っても向こうは見えないのだからこちらが一方的に見るだけなのだが、それでもそうしなくてはならないという強い衝動に突き動かされた。
理由? そんなの俺の方が知りたい。あの子供を見た時、いったい俺に何が起こったのか。ただ死を待つばかりの俺がどこにでもいる赤子に何を望んでいるのか。ここに来て自分さえもわからなくなった。俺はどうしたいのだろうか
…
。
草の上を踏み締める感触が微かに伝わってくる。風に混じって香る町の匂いや人々の生活音が郷愁に似た何かを感じさせた。ああ、きっと俺も、かつてはそうして暮らしていたのだろう。今となっては思い出せない記憶だ。
界王となってからの空虚で膨大な時間は人には重すぎる。長くその座にいればいるほど、何も思い出せない俺のような抜け殻になる。界王を界王たらしめるものは何物にも揺るがぬ強い意志。だが、その志の基盤とも言える記憶を忘れてもその意志を貫けるだろうか? 答えは簡単だ。失われた記憶と共に意志は痩せこけ、実体が有って無いようなものである界王はやがて消える運命だ。だから界王は世代交代する。神とは名ばかりの消耗品。それが俺が見出した界王という者の正体だった。
少しばかり歩いて、直ぐに件の家を見つけた。
俺にしてみてばお産から数日程度の換算だったが、どうやらその目算は外れていたようだ。赤子が幼子へと変わってしまっている。時の流れとは遅いようでいて酷く速い。成長もまた然り。今は二、三歳
…
と、いったところか。幼子は昼寝中のようですやすやと寝息を立てていた。
この程度大きくなるとわかりやすい身体的特徴がはっきりしてくるもので、母親によく似た綺麗な白銀の髪をしているのがわかる。きっとこの子供もアルベルトのように美人に育ちそうだ。そんな気がする。
ただ、子供は子供。それだけ。数多ある命の一つに過ぎない。
あの時俺は、どうしてあんなにも激しく動揺したのだろうか? それがわからず、子供の昼寝をただ眺める。麗らかな午後の風が髪を撫た。
はて、幾分かはこうして見ていたが何かわかる様子もない。流石にこれ以上は体に障るだろう。元より無理の効く体ではない。そろそろ玉座の間に戻ろうとした時だった。
「ん?」
その子が急に目をぱちりと開けると、こちらに向かって笑ったのだ。他のどこでもない。その子の顔がしっかりとこちらを向いている。
「!」
そんなのは他愛無い幼子の仕草。だからそれは俺の勘違いだったかもしれない。この子には俺が見えていないはずだ。わかっている。俺に気が付いたというのは勘違いに違いない。頭が状況を理解しようとするのに、心がザワついて失敗する。
この青と黒のオッドアイは確かに俺を捉えている。誰にも見えないはずなのに。この子は、俺に笑いかけてくれた。そう、他の誰でもない。『君』が俺に気が付いてくれたのだ。こんな奇跡あるだろうか?
たまらずその子の手に触れようとしたが、自分の手がすり抜けたのを見てショックを受ける。それで漸く自分の立場を思い出した。俺は
…
界王なのだ。
叫びたい気持ちを押し込め、地に在る姿を消して界王の間へと帰還した。
「
……………
ッ」
視界が一気に切り替わり、そこにあるのは静寂だけがある玉座の間。
あまりの衝撃で頭がおかしくなりそうだった。思わず両手で顔を覆う。その姿を心配したのかアルベルトが駆け寄って来た。
「マスター! どうされたのですか⁉︎」
アルベルトの髪色が目に入って混乱する。気が動転したままアルベルトを強く抱きしめた。
「嗚呼、リース
…
リース‼︎ 逢いたかったッ
…
君にずっと逢いたかった! 何故もっと早く気が付かなかったんだろう。俺はずっと君を求めていたのにっ。
…
ずっと君を探していた。君が笑ってくれるなら、俺は
…
」
「ラルス様っ‼︎」
ポーンの怒声が響いて、やっとまともな視界が戻ってくる。
「
……
お、まえ
…
アル、ベルト
……
か
…
?」
「ええ、そうです! 界王ラルスのメインポーン。アルベルト・ジーン以外の何者でもありません! お気を確かに! ラルス様」
言われて額を抑えながら、自分を落ち着ける為に何度も深呼吸する。自分の心臓の音が随分煩く感じた。呼吸を整えながら、ふらふらと玉座に座ると、もう一度深呼吸した。そうして漸く言葉を確かめながら音にする。
「
………
すまない。みっともない姿を見せたな
…
。もう、大丈夫だ
…
」
「
…
ラルス様。一体どうなされたのですか? それに先ほどはどこかに行かれてたようですが、あまりお身体に障るような事は控えられた方が
……
あ」
アルベルトが話している最中に自分の顔を覆っていた手を退ける。すると目の前の従者は話すのも忘れて驚いた表情を見せた。
「俺の顔に何かついているか?」
さっきの醜態の事もあって苦笑して聞くと、青年はポーンらしい大真面目な顔で答えた。
「いえ
……
。いいえ! マスター。寧ろその逆です。まるで以前のような
…
。覚者として旅されていた頃のような顔付きに戻られたので驚いたのです! これは喜ばしい驚きです」
「
…
お前にそこまで言われるとはな
…
。目が覚めた俺は余程死にそうな顔をしていたんだろうな」
「ええ、それは。正直、生きておられるのが不思議なくらいでした
…
」
アルベルトの素直な感想に、内心これからは鏡も気にするべきだなと反省する。だがそんな事よりも、随分心配をかけてしまったただ一人の従者に何があったのかを話してやる事にした。
無機質な石の床にとある幼子を映して見せる。
「この子は?」
「リースだ。この世界ではまだ小さな子供でしかないがな。かつて別の世界で、俺は成長したこの子と結ばれたんだ。愛しい伴侶さ。その事を実際会いに行って思い出した。まぁ、急に一度に思い出したせいで訳が分からなくなったが、それも今では落ち着いた」
「
……………
」
「信じられないか?」
「いえ、違います。漂白の民は元より様々な世界を渡ります。界王となられた貴方が世界の壁を超えて記憶を取り戻したというなら間違いなくそうなのでしょう。ですが、この子は違う。如何にマスターがこの者を寵愛なされようとも、貴方の声は届かない」
なかなかに痛い所を突かれて直ぐに返答が出来なかった。だがそんな事は俺だってわかっている。それこそ悠久の時をこの寂しげで空虚な空間で過ごしてきたのだから。
「俺は界王だからな。もう人のように互いを確かめあって愛を育む事は出来ない。だが界王だからこそ、惚れたやつが安心して暮らせる世界を維持する事が出来る。きっとリースはそれを俺に思い出させる為に生まれて来てくれたんだろう。
…
そう信じてる」
それは希望でしかない。だが、リースが生まれて来てくれた奇跡。偶然だとしても、俺を見つけてくてた奇跡。そんな奇跡が今、俺の前で起こったのだ。だったら信じたっていいじゃないかと思った。界王だって夢くらい見たいじゃないか。
「だからお前も、もう俺が消える心配をしなくていいぞ。アル」
「
……
気付いて、おられたのですか」
「お前に無理やり起こされるまで自分の名前だって思い出せなかったからな。あのままじゃ、次の界王がここに辿り着くより先に俺は自分の形を思い出せなくなっていただろうよ。でも、今はリースがいてくれる。あいつがいる限り、俺は俺をけして忘れない」
ニヤリと笑って見せた。
後になって思う。この時の俺はリースに出会えた事で相当浮き足立っていた。だから気が付かなかったのだ。この時、アルベルトが表情を曇らせたままだった事に。
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