クピードーの記憶②

続きです。




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 エマージェンシー発令で宇宙港全区画の緊急避難が呼びかけられている。
 ノイマンは家族と分断され一人はぐれた後、火災に追われるように逃げていた。
 非常事態を知らせる赤い点滅灯がノイマンを焦らせる。三ブロック先のシェルターに向かう道はとうに緊急用の気密防火シャッターが降りていて入れない。引き返してひとつ手前の分岐から五ブロック先のシェルターに向かった。
 外の真空が見える展望デッキの前を通った時に、旧式のザクがビームライフルを乱射しているのが見えた。
 見える範囲でテロリストのザクは二機。片方は宇宙港のセントラルターミナルの管制塔を、もう一機は脱出して地球に降下するシャトルを狙っている。
「クソッ! なんてことを!」
 脱出シャトルに乗るのはほとんどが一般人のはずだ。テロリストの射撃の腕は良くない様だが無差別に攻撃してもたまに命中することもある。
 リゾートコロニーに物資を運んでいた有名な運送会社のマークを掲げた輸送艦が一隻爆散して、ノイマンの視界を一瞬奪った。宇宙での死は刹那だ。今爆発した輸送艦の中にはどれほどの人が乗っていたのだろう。
 脱出用シャトルのどれかにはハインラインや子ども達が乗っているはずで、何とか無事に逃げ切ってくれと祈るしかない。
 そうこうしているうちに、ズンッと大きく床が振動し、警報のレベルがひとつ上がった。
 早く避難をと呼びかけるアナウンスが逆に焦りを増大させ耳障りな程で、端末に表示させた宇宙港内のマップを確認する視線が定まらない。
 全力で走ってゲートを進み、五階分の階層の通路が交わる吹き抜けになった宇宙港のメインホールに出た瞬間、ふわりと身体が浮いた。とうとう重力発生装置がイカれたらしい。かろうじて低重力は保たれているので、一階層上の通路の底を蹴って次のゲートを潜ろうとしたら後方から爆風がきた。
「うわっ!」
 衝撃波に飛ばされたが、何とか身体を丸めて姿勢を保つ。運良く目的のゲート近くに着地出来たので急いで先を進もうとしたが、振り返ると炎の波が一瞬遅れてノイマンに迫っている。
 咄嗟に腕で顔を庇い、渾身の力で床を蹴ってゲートに入った。
 爆風に少し皮膚が炙られる。上着は袖が燃えたので延焼する前に急いで脱ぎ捨てた。腕や顔がじりじりと痺れたように熱いがシェルターに乗れたら応急手当をする何らかは積んでいるはずだ。
 低重力の通路を目的のシェルターに向かいながらハインラインの事を考える。みんな無事で逃げられただろうか。子ども達は泣いてないだろうか。早く会いたい。
 次の瞬間、さっき通過したメインホールでまた爆発があったようで、ノイマンが進む通路に炎が迫る。
「クソッ
 あと少しでシェルターに辿り着くはずなのに。
 握りしめていたはずの端末はいつの間にか無くなっていて、本当にこの道を進んで良いのかわからないが、もう引き返す暇も立ち止まる暇もなかった。
「あと一人いる!」
 声が聞こえて顔を上げる。
 片目が上手く見えなくなっていたが、突き当たったところに人がいて、こちらに手を伸ばしてくれていた。
 あそこまでいけば助かると確信してもう一度床を蹴ったが、またドンッと大きな振動がきて今度は通路ごと揺れた。
 バキバキッといやな音がして、天井と壁の一部が押しつぶされたように内側に凹み崩落した。
「うわぁっ!」
 気付けば、ノイマンは大量の瓦礫に左足を挟まれ動けなくなっていた。幸か不幸か、瓦礫はシェルターへの通路に炎が迫るのを防いでくれている。脚さえ引き抜ければあそこに逃げ込める。一瞬ホッとしたが、いくら引っ張っても脚が抜けない。
 ぶわりと汗が出て、焦っていくのがわかる。
 ギシッ、メキッ、と嫌な音がそこらじゅうの壁から響いてくる。
 先ほど一瞬見えた壁が凹む現象は気密が破られる前兆で、瓦礫の隙間から炎が迫っているのも見える。この状態があと何秒もつかわからない。
 背後のシェルターの入り口で「早くこっちに。もうもたないぞ!」と親切な人がこちらに手を伸ばして呼びかけてくれているのに、ノイマンは動けないのだ。
 助けに来てくれとも、自分はいいから先に行けとも言えず、突然我が身に降りかかった理不尽に憤りを感じる。
 どうしてこんなことになった。ただバカンスに来ただけだ。ハインラインがどうしても月のリゾートに家族旅行に行きたいと言って、いつも家族のために頑張ってくれているから、願いを叶えてやりたくて、遊びに来ただけなのに。
 頭をよぎるのは家族のことばかりだ。
 ふと、ハインラインが泣いている顔が思い浮かぶ。
 あいつがどうしても行きたいとねだった家族旅行で俺だけ死んだら、あいつは責任を感じて、生きていけないんじゃないか?
 思い至った瞬間、ノイマンは歯を食いしばった。両手で近くの瓦礫を掴んで力任せに脚を引き抜く。
「んぐっ! ああっ!」
 バキッと骨が折れる音がした。痛みで意識が遠くなりかけたがここで倒れるわけにはいかない。死んでもシェルターに乗らなければ。
 少し遠くでまた爆発があった。空間自体にズンッと振動が伝わり焔が迫ってくる。そのスピードが先ほどより段違いに早い。
 メインホールの気密が破られ空気が漏れ始めている。ノイマンは気圧が急に下がるのを感じながら手の力だけで身体をシェルターの方に押し出し、シェルターの出入り口で待ってくれている誰かに必死に手を伸ばした。
 グッと引っ張られたかと思うと、背後でドアのロックが作動した音がした。
『すぐ出発しろ!』
『救急キットをくれ、止血を!』
『火傷が酷い!冷却ジェルを
 何か声が聞こえたが、ノイマンは急な低酸素状態にさらされて意識が保てなかった。

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 夢現の中で聞いていた。

 失血が多すぎる。もっと止血テープをくれ、そっちも縛って。
 体温が下がりすぎてる。ここにある設備では脳へのダメージが
 救助はまだなのか?
 左脚はもうダメだ。切断を

 次に目が覚めた時には、東アジア共和国の病院の集中治療室だった。
 自分が誰かもわからなくなって、後から聞いた話では、シェルターの中にたまたま一人医者が居てその場でできる限りの処置はしてくれたが、宇宙港の爆発でシェルターが破損してメイン航行機能と救難信号を発信する機能を失ったまま地球の重力に引っ張られて落下。回収されるまで二十四時間以上かかってしまったので左脚の治療が間に合わず、膝下から切断されていた。