akinoshiroihana
2025-02-10 20:06:10
15388文字
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名刺置き場9

ゲッターロボ用




群れをなせぬもの
   なしうるもの
     その集団の核となりうるもの

それが何を以てして「女王」たりうるのかはいまだわからない
さして飛べぬ翅を広げ一度きり空を見たあと、それは常ならぬ黒を纏って地に立ち
「王」との逢瀬は交合のいっときだけではなく共に在るから、その姿は周囲にも記憶された。
砦の奥に白い身体を押し込めひそみ、その従者達よりはるかに長く続く生の中、魂が劣化してしまう前に、「女王」は自分の分身をいくたりと産み、だからその魂は永遠となる。たとえ「女王」一匹が殺されようと、もはやその砦は滅びない。

「って言やあアイツみたいなもんか、野郎だけど」
酒で赤く焼けた指が暫く洗ってない頭をがりがりと掻き、生あくびの音
それは古寺の、使い込まれ黒光りする板の間に転がる、壮健で薄汚れたさびしげな体から聞こえた

群れをなせぬもの
「師範、やられました、我等ではもはや手に負えません」
弟子にした覚えもないが飽きない懲りない悪いやつではない連中が、恐縮した調子で本道に寝転がる男に奏上しにくる

「ホームセンターの山田さんによれば全面修理が必要だと」
「シロアリです」

無念です、との声に、まああいつを連れ帰ろうとした奴は、もれなくヤサをぶっ壊されるもんな、と男は、ひどいものにたとえられるには整った、戦友の白い顔を思い浮かべた


(24.8.10. 隼人の日)


あいつらは一体何なんだい
それが早い内に弁慶が音を上げて、あと二人のメンバーについて、ミチルに聞いたことだった

あの二人だってよくない雰囲気だったのよ、最初のころからかなりの間。今はムサシ君のことで何かあったら今度はっていう勇ましさと恐ろしさで離れられなくなってるのかもしれない、でもそれはじきに落ち着くと思うの、私がそうだもの。
あの二人はそうね、分かり合えたらようやく見つけた相棒みたいな、ずっと探していたのが相手だったみたいな確信で―――自信かしら安心かもしれない―――で、もうどれだけ離れても繋がってるみたいになったの

そうなった日、隼人はいつもの鮮やかな色のシャツではなく、枯葉色に装って森に消えたという
それはほんの僅かだが、宿命のように惹き付ける香りを振りまいて、それきり涼しい森の奥に身を休めて待つ蟲のようではなかったか。追って行く色鮮やかな雄を、迎え選ぶのは雌だ、だが彼らは蟲ならぬ身で、結ばれるべき身でもなかったはずだが。

それならその時何があったのか
わからないまま弁慶は見上げた。夏の薄青い木陰に、白い物がもつれるように舞っている。それが雄同士の交歓であることを、さして珍しくもないことを、弁慶の観察眼と知識は見抜いていた。生物としては不毛で限られたはかない命の無駄だ、だがそれが自分にとってなんだというのだろう、彼らが今ああしていることに俺が何だというのだろう。少し遠く、美しいかもしれない彼らが、逃げも隠れもしないのを見届け彼は呟く。

「チョウチョかよ」

はやと!という明るい呼び声が屋敷の方から青空に抜けた。




勉強机で新聞を広げていれば
「なにか気になる記事でも出てるかい」、と差し向いに座り直して

ソファに寝そべっていれば
「隼人!」と寝てようが知ったことじゃない音量でまず声を掛けて、近過ぎるところまで来てしまっているから

「借りてくぜ」
「ん?あ、おお。」
弁慶の私物の本棚から借りたそれを開いて顔の上に乗せ、ソファの上寝転がれば、隼人、はやととほどなく探す声がする
ばたん、とドアが勢いよく開いた音にも応えずいれば、あ、と息を飲む気配と小さな独り言を戸口に聞いた。
本気で寝たいのかな、それとも一人でいたい方か、そう囁くように言いつつそろりそろり近付いて来て、人の顔の上の本を取り上げようとしたらしい手がびくりと止まる。
俺と同じで「それ」が怖いわけじゃあ全然無い。だが、一部を除けばどちらかといえば不潔なもの扱いで、生きとし生けるもの全般に愛情を注いで、その命の循環に目を向けるだけの広い心は持ち合わせちゃいない。だから、そんなお前だからぎょっとしてるんだ、そんなどうでもいいところに限り、俺達は同じだ。大切な事でも違っているのに、おかしいくらい。
本のタイトルは

  食べら
  れる虫
  ハンドブック

取り上げる手はまだ、来ない
話したいことがあるんだ、ほんとうは。





「そういえばまたこの季節に東京から帰って来たわけで」
またキオスクで新しいフレーバーが売ってたからさ、
「買って来ちまったんだ」
そう言い、研究所端の石碑から引き揚げてきた真っ白いポッキーを、庭での午後のティータイムに提供したのは隼人だった。
前回はもうここに居合わせることのない3番目のゲットマシンの、ベアー号パイロットへの土産だったのを彼は覚えている、軽井沢駅まで迎えに行った竜馬もすぐ思い出した。だがそれについて触れようとしなかったからミチルはまあそうなのと返し、弁慶はふうんとすぐに手をのばした。

パンチグラスに立てて供されたそれが焼き菓子代わりに各々の口に運ばれるのを見遣り、竜馬もそれを齧りかけたところで、ミチルが「あらやだ」と声を挙げた。テーブルの上、ごく小さくて黒い艶のある長い虫がとまっている。ミチルの前に向かっているそれを、ポッキーを長い煙草のように咥えたままの隼人がぴんと指ではじく、だがそれが思いがけずテーブルにしっかりと居残ったので、指でつまんで放り出そうとする。隼人の白い面差しと咥えた真っ白い菓子の間で薄い唇の色がくっきりと見て取れ、白い指先と黒い虫の間で血の色を閉じ込めた良い形の爪が桜貝のように映える一瞬を竜馬はほうっと見守った、が、
「おっと待ちな」
弁慶の成形途中の塑像のような、太くも工具のようにしんと静かに揃って角ばったような手指が隼人の白い手を掴み押し止めた
「こいつはちんちくりんだが、どうして触るとかぶれるやつだ、さらにその手でトイレに行っちまったりしたら物凄くあぶねえ」

少しの、沈黙。

その後、「あらやだ!!!」というミチルの悲鳴に近い叫びがあがり、隼人は「ありがとよ馬鹿」と呟き顔を覆う。その耳がじわじわと真っ赤に染まっていくのを見守りつつ、竜馬は「①END止」と表記のある作画監督が描いたセル画みたいないい微笑顔でずっと止まっていた。ああなんだって自分はこの場において、まずはこの焼き菓子を口にし咀嚼するという一連の動作をこなしてからでないとこの現場(げんじょう)に参加できないんだろう、なんだって一人いい感じに蚊帳の外なんだろう、なんだってなんだってああ頭の中だけとても忙しい!
―――きれいだから好きなんじゃない、好きなものはいちばんきれいに見えるものなんだ

名も知れぬ黒い虫が小さな羽を広げ、ぱっと飛び立った

十一月十一日 のちのポッキーの日。