雛祭り。また「赤といえばハヤトっすよ」ネタみたいなの
●
留年させるぞと言われたから、武蔵はミチルの手伝いを放り出して寮に飛んで帰ってしまった。
残されたのは早乙女邸裏のそこだけ和風設えの、濡れ縁の上の、栂の木箱。古めかしい、抽斗の取っ手の付いた。
「鰹箱だな」
今日はお台所が忙しいのと聞かされ、なにやらいい匂いもするから台所の前をうろうろし、おいら何か手伝うよ何でもするよ手伝わせておくれよと、あの女子相手にはもじもじした調子でうるさく
―――もといしつこく
―――もとい熱心に訴える武蔵であったから、しまいには「はいこの引き出しをいっぱいにしてきて!」など言われて「ミチルさんにお願いされた」と胸を張る彼だったのだが。
「ひな祭りの献立って知ってるかいリョウさんよ」
「いや、年の離れた妹はいたんだが」
男子厨房に入らず、食事の席で無駄な話はするなという家だったから
「菱餅、白酒、ちらし寿司。それに蛤の吸い物、だっけな」
今日カツオブシを大量に削る用は無いと思うんだな、思うに。
「ああそうか!武蔵あいつ体よく追っ払われたんだな、ミチルさんに一本取られたか、ははっ」
「ははっじゃねえだろ、かわいそうに」
それで、仮眠に来た早乙女博士が「これは私も戦前の子供の頃の手伝いにしたぐらいだから、男子の沽券も大丈夫だろうよ」など言って部屋に消えたから、「せめて武蔵は頼まれごとをしっかりやり遂げた事にしてやろうや」と、若い二人は。
濡れ縁に座り込み、鉋の刃が出ているのを確認すると、子供二人ではないのだから一人に箱を押さえていてもらう必要はないのだが、右も左もわからない竜馬にはまずそうして見守らせることにし。
まずは隼人が鰹節の塊をすいとすべらせる。木材に大工がするような景気の良い明るい音ではないが、石のように固くなった乾燥肉がさりさりと削られる妙音がした。抽斗を開けると薄赤茶色の半透明なリボンが渦を巻いている。
「こんな感じ、手を削りなさんなよ」
「うん」
受け取った鰹節を同じように削ったつもりがごりごりごつっと不穏な音に変わるので竜馬は首を傾げ、しかし、「うーん、もう少しだ、がんばれ!」など誰ともなく言い聞かせる。メカザウルスとしのぎを削ってもはや後は根競べだという状態になったときにコックピットに聞こえる台詞でもあると思い当たった隼人はたいへんいやそうな顔になった、そしてばきん!と無情な音。
「壊しそうならダメだぜ俺がやる、人様ん家の道具だからな」
箱を竜馬から取り返し、どこか怪我をしてやしないかと小動物を保護したときの人みたいな正義感溢れる感じで隼人が調理具を庇う。その一方で、竜馬は刃に深く咬ませすぎて段差の出来てしまった塊を日に翳し、しげしげと見ている
「おいなんだ」
「中に石みたいなのが埋まってる」
「はあ?」
鰹節の木のようなぬくもりやすい石のような肌には、黒く透明に見える層が露出している
「ああ、血合いだろ」
血の塊だからその色がそのまんま出て来る、料理が不味くなっちまうところらしいけど、へえそうなのか
真っ赤な石の小さな欠片のようなものが木箱の中に散らばるのを見ると竜馬は、宝石みたいだきれいだと目を輝かせた。こんな瑞々しい色のまま石みたいになって眠ってるなんてと
「綺麗なもんかい」
抽斗をひっくり返してそれを庭先に捨てる隼人に、竜馬が、あっと惜しそうな声を挙げた
「なんだいイーグル号の色みたいで取っときたったかい」
「いや、それじゃない、それじゃあないが」
きれいじゃないか、もったいない、と庭先に散らばる赤と何故か隼人をしげしげと眺め、しかしそれ以上は言葉にしようと思わなくなったようで、彼は端正な面差しで子供の用に口をとがらせた。その耳に、またさりさりと木とも石ともつかない、たぶん今ここでしか当分きくことのできない音がしてきて、目を上げる。
「隼人」
彼は呼ぶ。
手伝うよ何でもするよ手伝わせておくれよ、と。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.