桜霞
2022-10-01 17:01:46
50262文字
Public 【twst夢】フライパンは無敵
 

女の恨みはおそろしい

#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/11/03にpixivに投稿したものの再掲です。







 ▼鏡の間





 これだけ客が多いとなると、各会場も心配だが、一番は『鏡の間』だろうなと、リンはメインストリートにくるりと背を向けた。
 植物園、図書館、そして実験室など、どの施設も学園にとっては重要だが、『鏡の間』はその中でも一際優先度が高い。何と言っても学園のアイコンだし、生徒の寮を選定する役割を持っている。
 そして、この世界では有名人らしいヴィル・シェーンハイトが『鏡の間』の会場を担当していることは、既に多くのひとに知れ渡っていると思ってもいいだろう。リンも、事務の受付で何度かそういう受け答えをすることになったので、芸能事務所と言うのは本当に大変なんだろうなとしみじみ思ったほどだ。

 ───出待ちとか、無いといいけど

 芸能人にもプライバシーはある。画面の向こうにいる存在は生きた人間であり、コンテンツではないのだ。

 ───まあでも、副寮長あたりがしっかりして……しっかりしてそうだし、うん。

 道行くひとや生徒に何度か二度見されながら、リンはまっすぐに鏡の間を目指した。
 いつもはしんとして、自然と背筋が伸びるような厳かな空気に満ちている『鏡の間』の前の廊下は、ちょっとしたざわめきが満ちていた。

 ───ひとが多い時の美術館ってこんな感じだよね

 まぁ許容範囲の騒がしさだろう、というやつである。リンはそれでも「なんだかなあ」と思いつつ、鏡の間に足を踏み入れた。
 瞬間、パシャー、という音が、広いホールにけたたましく響いた。
 スマホのカメラのシャッター音だ。こんなにも撮影禁止の看板が浮いているにも関わらず、まさか無視をする輩がいようとは。リンはいっそ呆れ返った。
 どこの誰だと探すより先に、「失礼、ムシュー! ここは撮影厳禁だ!」という声が鋭く発せられた。
 あ、すんませーん、と軽い声で客が謝る。
「うわ、こわ」
「なんで撮影だめなの?」
「無音ならいけるっしょ」
 小さなヒソヒソ声と、いくつかの視線が突き刺さる。リンは、手近に浮いている看板を手繰り寄せ、───リンにスマホのカメラを向けていた客に、ずい、と押し付けるようにした。
「っ、」
 驚いた客が、数歩、たたらを踏んで後ずさる。
「っな、なに、」
「べ、べつに、撮ってないし、」
「そうですか。私は今、写真を撮ったのかどうかさえ、お聞きしませんでしたが」
「、」
 般若の発する静かな言葉に、客たちの喉が、ぐ、と鳴る。
「『鏡の間』は、普段、生徒にさえ入室が制限されるような場所です。セキュリティやこの部屋の装飾の維持など、様々配慮致しまして、撮影禁止とさせていただいております」
「は、……はぁ……
「撮影される方は、どうぞ、他の場所で。静かに見学なさる他のお客様に迷惑ですので、今、すぐに。ここから、出て行ってください」
…………
…………
 互いに目配せし合った客たちが、不満そうな顔のまま、そろそろとスマホを鞄の中にしまう。
「ご協力、ありがとうございます」
 鬼は静かにそう言って、撮影禁止の看板を残し、するりとその場から離れて行った。
 その背を、ポムフィオーレの生徒達が数人、追いかける。
「スタッフ殿、」
「はいはい」
 廊下に出たところで、リンはルークに呼び止められた。くるりと振り返った般若の面に、何人かの生徒はあからさまに身を引いて顔を歪めたが、ルークは「神秘を感じるね!」とにっこり笑みを浮かべて見せた。
「ふふふ、まぁ故郷では神具になることもあったけどね。これは借り物だからな、由緒は分からんが」
 気まずそうな顔をした生徒のために、リンはお面を外してやった。
「エペルだっけ。よく対応してる。頑張ってるね」
「あぁ、先程から寮長の居場所を聞く輩ばかりで」
「我々も辟易しているところでした」
「先程の貴女の声は、厳かに『鏡の間』に響いた。この場にいたひとたちは、しばらくは撮影禁止に協力してくれるだろう。感謝するよ」
 ルークが帽子を取って胸に当てる。そんなにか、とリンは少し意外に思った。こういう空間は、その空間そのものが、圧力として心身に覆いかぶさってくるものだが。
 それを感じられない輩が多いのか、それとも。
……人が多すぎるのかもな。部屋に溜まりすぎだ」
 リンの言葉に、寮生たちは揃って苦い顔をした。
「寮長を待ってるんです」
……パパラッチか」
「端的に言えばその通りだね」
「お帰り願え。他の客に迷惑だ」
「何を言っても動かないんですよ」
………………
 今度は、リンの喉がぐるぐる唸る番だった。
 人が溜まることは、その場の空気を淀ませる。『鏡の間』が本来持つ厳かな雰囲気などが、ヒトの気配で有耶無耶になってしまうのだ。学園の象徴とも言えるそれを見に来たひとだっているだろう。
 それはきっと、ヴィルの望んだ舞台ではないし、それに。
……ここにヴィル・シェーンハイトが来たら大事になるな……
 きっと、撮影禁止どころの騒ぎではなくなってしまうだろう。彼らはところ構わずシャッターを切るに違いない。
「どうしましょう」
 リンは苦い顔をして、どうにかこうにか、一案を絞り出した。
……人数規制をかけてもいいんじゃねえか」
「規制」
「部屋の中に入れる人数を、制限するということですか」
「そう。ヴィルはまだ会議かな」
「そのはずだ」
「よし」
 声を潜めたリンに倣って、ルークも声のトーンを幾分か落とした。
「どうにかヴィルを捕まえて、まずはここには来ないように。先に中の出待ちどもをどうにかしてからの方がいい、……ただ、こういうことには私らより本人の方が慣れてるだろ」
 嘆息しながら言ったリンに、確かに、と寮生たちが顔を見合わせる。
「一応、規制のことは、委員長でもある寮長に判断を仰いでからにしてくれ。何かあったら事務に来なさい。学園長に繋げる」
「ありがとう。貴女の丁寧な対応に感謝を。御礼と言っては、少しばかり違うかもしれないが」
「?」
 まだ話を続けるらしいルークが、いやに真剣な表情をしているのを見て、リンは何度か瞬いた。
「先程、そこの窓から、オンボロ寮へ走っていくトリックスターとムシュー・毛むくじゃらを見かけた。何かに追われているような表情だったから、少しばかり気になってね。様子を見に行くことができたら良かったんだが、生憎、手が離せなくて」
……目がいいんだな」
 リンは、かぽ、と般若の面を身に着けた。
「分かった。少し見てくる。お互い上手くやろう」
「杞憂であることを祈るよ」
「あぁ、私も大事にならないよう祈っとくよ」
 この世界に神がいるのかは知らないが、と心中で付け足して、リンは逸る心を抑えながら踵を返し、廊下を足早に進んだ。





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