ハロウィンウィーク、一日目。
休日の朝は二度寝をするのが定番だったが、今日のユウの体はイベントを待ちきれないらしく、眠気を押しのけて体を起こした。
この世界に来て、今までで一番の目覚めかもしれない。
時計を見ると、八時を過ぎている。のんびりしていたらすぐに九時になってしまう時間帯だ。
───この分じゃ、リンさんはもう事務所に行ってるな
……
うーん、と思いっきり体を伸ばし、さて、とベッドから降りようとして、ユウはふと、枕元を二度見した。
「
……?」
見覚えのない包みが置かれている。「For you」と書かれたそれを持ってみると、思ったよりも随分軽かった。
「なんだろう」
テープで止められているところから、丁寧に包装を剥がしていく。中から現れたそれを手に取って広げ、───ユウは、丸く、目を見開いた。
ハロウィンウィークが始まると、決まった制服のない事務員には「STAFF」と背中にでかでかと書かれたジャンパーが支給された。
「そこはかとないFBI感」
「えふびーあい? なんだそれは」
「あー
……警察のようなもんです」
怪訝そうな顔をするクルーウェルに、リンはてきとうに答えた。
今日は祝日なので、出勤している事務員は数人しかいない。仕事内容も何かあった時や一般客から問い合わせがあったときの対応だけなので、暇と言えば暇だった。
「リン〜」
「お邪魔するぞお〜」
ぬっ、とゴーストたちがドアをすり抜けて現れる。彼らもハロウィンウィーク用に衣装を整えていた。間髪入れず、ばあん!! とそれはもう派手に事務局のドアが開かれる。
「失礼します!!」
「騒がしい!! ドアは丁寧に扱え!!」
「すみません!! 悪戯です!!! そうじゃなくてリンさん!!!」
「はいはい。おっ、」
「リンさあん!!!!!」
「リーーーン!!!!!」
「んむ」
仮装、サイズぴったりだねえ、とリンが言うより先に、どぉんという音を立ててユウがリンに飛びつき、グリムがリンの顔面にへばりついた。
「オレ様たちのためにゴースト達と作ってくれたって聞いたんだゾ!!!」
「ありがとうございますう〜〜〜!!! 朝起きた時びっくりしましたあ!!!」
「はっはっは、サプライズ成功か。良かった良かった」
本当に嬉しいです、とユウはいっそ泣きそうだった。グリムはオレ様の分はゴーストがくれたんだゾ! と目をきらきら輝かせている。機嫌よく、三又の尻尾がゆらゆら揺れた。
「『偉大なる魔法士』の仮装か」
「おぉ、流石クルーウェル先生」
「よく分かったな」
発案のゴースト達も嬉しそうだ。リンは頑張った甲斐があったなぁ、とちょっとだけちくりと痛む指を皆から見えないように一度だけさすって宥めた。
「今からスタンプラリーするの?」
「はい!! 皆に見せびらかして自慢して来ます!!」
「だゾ!!」
テンションマックスできらきらしているユウとグリムに、リンは小さく肩を揺らして笑った。
───そんな自慢するような出来でもないけど、二人が喜んでくれてるなら、まぁいっか
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
「はい!! 行ってきます!!」
「はしゃぐのは結構だが、周りをよく見ろ。転けるぞ」
「分かってるんだゾー!!」
失礼しまーす!! と学生たちがあっという間に駆け出していく。それを見送った後の事務局には、なんとも言えない穏やかな空気が満ちていた。
「はーーー、三週間の連勤疲れもぶっ飛ぶわね!」
「いい笑顔だったな。帽子もマントも、中々にいいできだったじゃないか。ところで」
「ハイ?」
ぽん、とクルーウェルの手が肩に置かれる。なんぞ、とリンが顔を上げると、クルーウェルはにっこりと笑っていた。───その目は決して笑ってなどいなかったが。
「ところで
……何故、俺を呼ばなかった」
「
……えっ?」
寧ろなんで呼ばれる可能性が少しでもあると思ってたんだ? と心底不思議そうな顔をするリンに、ゴーストがそっと「クルーウェル先生はファッションにすごいこだわりがあるから」と耳打ちした。
「
……あー
…………、先生、こういうことはお得意で?」
「無論だ。いいか、次は呼べ。必ずだぞ。俺の仔犬が着るものだ、俺にも一枚噛ませろ」
「あっ、じゃあ早速いいですか」
「、なに? いや勿論構わんが」
実は、とリンは思案しながら切り出した。
「ユウに、オンボロ寮の寮服を用意してあげたくて」
「任せろ」
「即答」
頼もしいことこの上ない。それにしても掴まれた肩がちょっと痛い。
リンはさり気なく、クルーウェルの手を自分の肩からそっと離させた。
昼休みになって、「トリックオアトリートォ〜!!」「じゃの!!」と賑やかに登場したのは、それぞれの仮装に身を包んだケイトとリリアだった。
「リンちゃんさんマジカメ見たよ〜!! チョーかっこよかった!!」
「マジ? サンキュー」
今朝、ユウ達と別れた後にゴーストに撮ってもらった写真の事だな、とリンはすぐに察した。
校舎の入口から見えるメインストリートを真正面に少しだけぼかし、スタッフジャンパーを着る瞬間のリンの背姿をぱちりと切り取ったものだ。
いい具合に裾が翻り、傍目にもカッコイイと思える写真が出来上がった。ゴーストたちは、「皆の安全のために、ルールとマナーを守って、スタッフさんの指示に従ってハロウィンを楽しんでくれ!」とマジカメに投稿した。
「グリちゃんの足跡ほどじゃないけど、結構拡散されてるよ」
「あらあらまぁまぁ」
「にしてもお主、腰が細いの」
「角度のせいじゃない?」
「あとパンチが足らん」
「なにて?」
「そんなお主には、これじゃ!!」
リンは、たりらりったら〜、という有名な効果音が聞こえたような気がした。
リリアが袖からててーんと取り出したものを見て、ケイトがぎょっと目を剥く。リンも驚いて瞠目した。
それはどこからどう見ても、空恐ろしい形相をした、般若の面だった。
「わしが昔旅した東洋で土産にと貰い受けた、なにやら恐ろしいお面じゃ!!」
「って、よく知らんのかい」
「うーん、なにぶん、昔のことでの。はーにゃだかなんだか、そんな感じだったのは覚えとるんじゃが、あそこは言葉がよう分からんでなぁ」
「またそんなてきとうな
……リンちゃんさんは知ってる?」
「うん、知ってる。うちの世界にもあった」
言いながら、リンは般若の面を受け取った。
「これは般若って言って、嫉妬に狂って怒りで我を忘れた女のひとの成れの果てのことだよ。簡単に言うと、怨霊
……ゴーストだね」
「おお、確かそんな感じじゃったな!」
リリアがにっぱり笑って手を叩く。ケイトは弱冠、身を引きながら口元を引き攣らせた。
「いや普通に怖いんだけど。というか、まったく女のひとに見えないんだけど」
「はっはっは、そりゃまぁ怨霊だからな。で、なんで私にこれ?」
首を傾げるリンに、リリアは少しだけ申し訳なさそうに苦笑した。
「いやあ、住まいを騒がしくしておるにも関わらず菓子折りのひとつも渡しておらんことに気付いてな。何か作ろうと思ったんじゃが、シルバーとセベクに止められての。マレウスに『少しでもハロウィンを楽しめるように仮装できる面か何かを貸してやればいい』と結構強めに勧められたんじゃ。ああまで言われて我を通す訳にもいくまい」
「はー
……なるほどね」
───すっっっごいファインプレーだよ!!!!
頷くリンの横で、リリアの菓子とはなんたるかを知っているケイトは、内心大絶叫でディアソムニアを絶賛した。なんならスタンディングオベーションまでした。
「お気遣い頂きまして」
リンは、かぽ、とお面を顔に嵌めた。ちょうどいい位置に穴が空いていて、視界も思ったほど悪くはなかった。口のところも穴が空いているタイプのお面らしい。息苦しくない。
能面じゃないのかしら、とリンは埒外なことを思った。
「どう?」
「うむ! ハロウィンって感じじゃな!」
「
……こどもの前にはそれで出ない方がいいと思うな!」
「なーんか含みがあるいい方だな」
ふたりの言い草に、後で皆を驚かせに行ってやろう、とリンは悪戯心に火をつけたのだった。
◆
イベント開催二日目、そして三日目にして、事務局は大わらわだった。
「はい、取材申し込みですね。大変恐縮ですが、ただいま多くのマスコミの方々からお申し出を受けておりまして
……」
「こちらナイトレイブンカレッジ事務局です
……はい、ハロウィンイベントについて
……はい、はい、そうですね、観光バスによる乗り付けなどはスペースがございませんので対応できかねます、はい」
「はいもしもし、
……あぁ、ご無沙汰しております、その後、ホテルの方はどうなって
……あぁはい、はい、そうですか、はい
……いえ、お役に立てまして恐縮です、はい。
……そうですね、一泊素泊まりプランみたいなものに絞った方が良いかと、はい
……はい、はい、ありがとうございます、はい」
「ええ、詳しくはホームページをご覧頂きましたら、よくあるお問い合わせ、えー、FAQにですね、いろいろ書いてございますので、えぇ」
「落し物。どういったものを
……、はい、いえ、こちらにそういったものは届けられていませんね、はい。お役に立てず申し訳ありません」
電話はひっきりなしにコール音を鳴り響かせ、メールは次から次へと新しいものが届けられる。リンは昼休みもほとんど取らずに対応した。でなければ他の業務に支障が出るし、教員の手まで煩わせてしまうことになるからだ。
───教師の仕事はイベント運営じゃない
リンは、ほとんどその意志ひとつだけで、己を突き動かしていた。
もし教員までもがイベント運営の細々したこんなことにかかずらってしまうことになれば、一体誰が生徒の面倒を見るというのか。
「はー、こんなに忙しくなるとは」
学園長と運営委員が中間報告をする時間帯になって、ようやく問い合わせや事務処理にも一段落がついた。
片手間にサムが差し入れてくれたハロウィン限定のお菓子を食べて小腹を満たしたリンは、かぽ、とリリアから貸してもらっている般若の面をつけた。
「うぉ、びっくりした」
「それ心臓に悪いからやめてほしいんだけど」
近くにいる事務員たちは、揃ってびくりと肩を強ばらせた。
「ちょっと生徒の様子見てきます。ご飯食べれてないかもしれないし」
「えっそのカッコで?」
「まぁハロウィンウィーク中だからいいけど
……」
「行ってきまーす」
リンは、ほとんど皆が上手く会場を回せているか確認して、必要ならちょっとだけ店番代わりをしたり、ちょっとしたお節介を焼いて、さっさと引っ込むつもりで事務室を出た。ついでに、人が多くて賑やかなお祭りの雰囲気を、少しでも味わいたかったのだ。一日目と二日目は結局、ずっと事務室にこもりきりだったし、三日目などはとても事務室の外に出られる時間を作れなかった。
───般若の面、ユウはびっくりしないかもなぁ
ユウやグリムの驚く顔を見たくて、リンはまだ、リリアからの好意をふたりに伝えていなかったのだ。
───生徒のみんなにも、初お披露目だ。
このときのリンは、呑気にもそんなことを考えていた。
───さて、まずはどこへ行こう?
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