桜霞
2022-10-01 17:01:46
50262文字
Public 【twst夢】フライパンは無敵
 

女の恨みはおそろしい

#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/11/03にpixivに投稿したものの再掲です。







 ▼オンボロ寮





 ひらりと、大地の色を纏ったしろがねが駆ける。
 白い光が半瞬、視界を灼いたかと思いきや、空を割くような落雷が轟いた。
「うわっ、」
「結構近くね?」
「え、うそ、雨とか?」
「えー、マジ最悪ー」
 長い間使われていなかった館の中に、軽薄な声が響いては消える。
…………

 ───また、入ってきた、

 ふなぁ、とグリムが情けなく小さい声で鳴いた。ユウも、ぐっと眉間にしわを寄せ、奥歯を噛みしめる。
 ずかずかと、無遠慮に、寮の玄関を抜けられたのは、これで何度目だろう。
 ユウは、のろのろと、鉛のように思い手足を動かした。

 ───もう、あんなのの相手、したくない

 それでも、SNSで拡散されたゴーストやグリムと比べて、ユウはマジカメモンスターたちの撮影対象にはなりにくい。とりあえず一枚、的な軽いノリでぱしゃりと勝手に撮られることもあったが、ユウは、お客様に不快な思いをさせるわけにはいかないと、堪えることにした。

 ───それが、だめだったのかな。

 最初のうちは、まだ良かった。
 ゴーストたちも、オンボロ寮で休んでいたところに客が来れば、快く応じて寮の外で撮影を楽しんでいた。
 寮の中は、ユウやグリム、ゴースト、そしてリンのプライベートなパーソナルスペースだからだ。
 正直、最近この寮を宛がわれて、急遽このオンボロ館に住むことになった身としては、誰が来ようが平気だろうと、高を括っていた。
 きっと、エースやデュースが突然遊びに来るときのように、上手く対応できるはずと、思い込んでいたのだ。

 ───うっわぼっろ!
 ───これは雰囲気ある~
 ───めっちゃ映えそうじゃん!
 ───でも結構、綺麗じゃね?

 けれど。
 やっぱり、足は竦んでしまった。肩に、余計な力が入ってしまった。すみません、ここは関係者以外立ち入り禁止ですよなどと、優しく声をかけるなんて、到底できなかった。
 無遠慮に、唐突に、何の前触れもなく、我が物顔で、ずかずかと。
 自分たちのテリトリーを侵されることは、こんなにも、おそろしいのだと。
 ユウはそのとき、初めて知った。

 ゴーストたちを。グリムを。見つけた瞬間、彼らの目の色が豹変する。それはまるで、獲物を見つけた獣の眼だった。
 己の欲を満たすためだけに、辺りを食い散らかし、荒らしまわる、最悪で最低の獣。それが、彼らだった。
「マジもんだ~~~!!!」
「写真撮ろ~~~!!!」
「いぇーーー!!!」
 やめてください、外でやってくださいと、ユウがいくら言っても掻き消される。

 ───あれ、私、声出てるかな、

 なんだか、息もうまくできていないような。
「ふな~~~!!! もう写真は嫌なんだゾ~~~!!! 追い出せ子分~~~!!!」
「もう勘弁してくれええ……!!!」
 グリムが所構わず、逃げ惑う。ゴーストたちが、無我夢中で、四方八方の壁をすり抜ける。
 ユウはなんだか、頭がぐらぐらし始めた。何をすればいいのかまるで分らなくて、混沌とした状況に、視線を彷徨わせるしかない。
「どこ行った!?」
「この部屋入ってった!!」
 ばん、と遠慮なく、次々とドアが開け放たれてゆく。

 ───、あ

「ここじゃね!?」

 ばぁん、

「モンスター見っけ~~~!!!」
 ふなああ、とグリムが悲鳴を上げる。ゴーストたちが、ひいひい言いながら逃げている。どたどた、走り回る複数人の、知らない足音が確かな圧力を持ってユウにのしかかる。

 ───そこ。私の、部屋。

 ユウの中で、何かがぷつりと、音を立てて切れた。
「ちょっとどいてどいて!!」
 どん、と肩がぶつかる。廊下に突っ立っているだけだったユウは、たたらを踏んで、けれども上手く膝に力が入らず、その場にがくりとくず折れた。
「、ユウ!」
 座り込んでしまったユウへ、ゴーストたちが滑り寄る。そんなところでこけてる場合じゃないんだゾ!! と叫ぶグリムの声は、どこか震えて、情けなかった。

 ───なに、すれば。いいん、だっけ、

 四肢は、まるで糸が切れた人形のように、ぴくりとも動かない。
 息をするのも、辛い。苦しい。

 かつん、

…………これは一体、どういうこと?」
 不意に。
 聞こえた、その声に。
 ユウは、のろのろと、顔を上げた。
 そうして、目を見開いた。

 ───あれ。鬼の、お面。

 確か、般若というものだ。昔懐かしい、ふるさとの。伝統的な、お面だったと、思考が静かに回りだす。
……え」
「いや……だれ?」
 突然の闖入者に、客は訝し気に眉をひそめた。
 この空間に、怒りに顔を歪めた異形の面は、確かに浮いていた。
……『誰』、と?」
 ゆるり。
 異形が、首を傾げる。
「───それはこちらの台詞だが」
 瞬間、空気が凍りついた。
 地を這うような、低く、おそろしい声音が、その場にいるすべてを威圧し、少しの抵抗も許さなかった。
「っ……!!」
 息を呑んだ客の腰は引けている。何人かが後ずさって、ぎしりと床が鳴った。
……立ち入り禁止の看板が、見えなかった?」
 かつん、と鬼が一歩、距離を詰める。
「それとも、字が読めない? ……理解する、頭も無い?」
 かつん、かつん、
 すべての雑音が消えた空間で、異形の発する音だけが鮮明だった。
……たかだか客人風情が、立ち入っていい場所ではない」
 かつん、と音が止まる。
 とうとう、異形が、目前で立ち止まったのだ。
 息を呑んで、目を見開いても、もう遅い。

「───出て行け」

 半瞬後。
 凄まじい悲鳴と絶叫が、オンボロ寮を揺るがした。
 最後までどたどたと騒がしく、客が脱兎のごとく逃げ去っていく。
 それを見送ることもせず、リンは般若の面を外すと、ユウのすぐ傍に膝を着いた。
「、リン、」
「お前だったのか!?」
「驚かせたね。悪かった。……ユウ」
…………
 そっと、優しい声音が、耳朶に触れる。
 ユウは、のろのろと、自分を見つめるリンのことを、見つめ返した。
 どこか、傷そうに、リンが眉を寄せる。
……怖かったろう」
 しなやかな指が、ユウの目尻をなぞる。暖かな掌が、頬を覆う。
 グリムが、座り込んでしまったユウの足に乗り上げて、心配そうに顔を覗き込んだ。そうして、顎を伝う雫を、ざり、と舐めとる。
「、しょっぺえんだゾ」
……遅くなった。……ごめん」
…………
 くしゃりと、顔が歪む。鼻の奥がつんとして、胸のつかえが、すこんと取れて。
 ユウは、自分が泣いていたんだと、ようやく気が付いた。
「おいで。……グリムも」
 頼もしい腕が、そうっと抱き寄せてくれる。されるがまま、ユウはリンの肩口に顔を埋めた。
「っ……リン、さん……
……遅かったんだゾ……
「あぁ……ごめんな。……もう大丈夫だよ……
 グリムが、小さく鼻をすする。濡れた嗚咽はくぐもって、館には響かなかった。





 ◆





 すべての来場者を学園の外に送り出した後になっても、マレウスとリリア、そしてセベクとシルバーはオンボロ寮の玄関の前に立っていた。
 徒人よりも優れた聴覚が、静かな足音を捉える。マレウスたちが寮の玄関を見やってから間もなく、オンボロ寮の扉が開かれて、リンが姿を現した。
……
……
……ツノ太郎殿、とお呼びした方がいいかな?」
「っな、」
 瞬間、セベクが目の色を変える。
「人間!! 貴様、若様に向かってそのような」
「いい。僕が許した」
「!? なんと……、」
「セベク。少し、静かにしていてくれ。……僕たちは、きちんと話をしなければ」
…………
 それでも何か言いかけたセベクはしかし、結局は口を噤み、綺麗な礼を披露すると、一歩その場から下がって見せた。
……リン、と言ったな」
「えぇ」
…………すまなかった。こうなったのは、僕の責任だ」
「あら。本当に『そもそも』の話をするのなら、私達がこの世界に来てしまったことにまで遡るわよ。やめなさい、キリがない」
 マレウスの謝罪をあっさり受け流し、リンは嘆息した。
「あんた達がオンボロ寮に馬鹿を招き入れたわけじゃないんだから。責任も謝罪も、お門違いよ。悪いのはあの馬鹿ども」
「容赦が無いのう」
「する必要もないでしょ」
「その通りだ」
 マレウスが吐き捨てる。その語感に、こりゃこっちもこっちで何かあったんだな、とリンは察した。
 リンがオンボロ寮に辿り着いたときには、前庭は結構な騒ぎになっていた。これは寮の中も大変なことになっているかもしれないと、リンは急いで館の中に駆け込んだのだ。
……ユウの様子は、どうじゃった」
「泣き疲れて、今は寝てる。グリムも…………ここ二ヶ月の疲れも出たんでしょう」
 突然異世界に放り込まれ、宛がわれた館は廃墟と称されていたオンボロ寮。多少、修繕されてはいるが、隙間風はまだまだ吹きすさんでいる。
 整っていない生活環境、問題ばかり起こす賑やかな友人たち。学園で起こる、大小さまざまな事故、事件。魔法という超常現象、慣れない概念、日々の学習、知らない常識、……挙げていけばキリが無い。初週で倒れたりしなかったのが奇跡と言ってもいいくらいだ。
「熱が出たり、風邪を引いたりしないといいけど……
「もしそうなったら、いつでも言え。助力は惜しまない」
「ありがとう。心強いよ」
 リンが微笑む。その表情に、マレウスも、そしてリリアも、ひとつ息を吐いた。
……みんなが、ユウやグリムも一緒に、ハロウィンを楽しみたいって思ってたのは、ユウも分かってるよ」
 静かで、穏やかな声が、淡々と響く。
「あの子たちは、馬鹿じゃないからね」
……そうだな」
 マレウスは、リンの言葉を、何度も噛みしめた。
……その通りだ」
 ユウは、馬鹿ではない。そのことを、マレウスが一番、よく分かっている。
 リンは、静かに、笑みを深めた。





 ◆





 ふと、目が覚める。
 体が変に強張っているので、息がしにくい。
……ううん……
 気怠い体を押して、ユウはできるだけ小さく、けれどもめいっぱい、身体を伸ばした。のんびり起動した思考回路が、隣にリンが眠っているはずとユウを揺さぶっていた。
 リンの発案で、今日は皆で一緒に眠ることになったのだ。三階の、いつもは使っていない、四階部分まで吹き抜けになっている、小さくて丸い、角の部屋。そこにマットレスを運び込んで、大きな毛布を何枚も用意して、リンとユウ、そしてグリムでくるまって、ゴーストたちとも寄り添いながら眠りに就いた。
 リンはずっとユウのことを抱き締めてくれていたし、グリムはユウの腕の中で丸くなっていた。
 いきものの肌の暖かさは、強張ったこころを、暖かくほぐしてくれる。ユウは悪い夢も見ずに、すこんと眠りに就くことができた。

 ───でも、目が覚めちゃった。

 喉が渇いている。でも、水を飲みに、この部屋の外へ、……リンの傍から離れた場所へ、行く気にはなれなかった。
…………
 月明りだけが、カーテンの隙間から差し込んでいる。その向こうにひとの顔を想像しそうになって、ユウは慌てて頭を振った。
 落ち着いて、深呼吸を繰り返す。静かな空間に、ユウの呼気だけが響いている。他には何も聞こえない。

 ───足音。

「しないってば……!」
 ユウは両手で耳を塞いだ。そして、できるだけ小さく、蹲る。

 ───眠れ。眠ってしまえ。

 意識を飛ばしてしまえばきっと、こんな恐怖からは逃れられる。
 ユウは必死に、全身に力を入れて、世界のすべてを拒絶しようとした。
 ふと。
 ぎゅう、と痛いほど耳を抑える手を覆うようにして、滑らかな掌がユウの頭を抱き寄せた。
「、あ……
……おいで」
 どこか眠そうな目をしたリンが、それでも優しく眦を弛めて、そっと腕を広げている。
……
 ユウは、そろそろと、その腕の中に納まった。
「足、伸ばしな……
……
 強張っていた体は、なかなかいう事を聞かなかった。ぎこちなく、身体を伸ばしていく。
 これ以上ないところまでいった途端、こてん、と四肢から余計な力が抜け落ちた。
…………おいで」
「、え」
「いいから。……おいで」
 手を伸ばすどころか、少しでも動いたら触れられる距離にいるのに。リンは尚も、ユウを抱き寄せる腕に力を込めた。
 ユウは逡巡したが、結局はリンの腕に従った。リンの胸に埋まるようにして、頭を抱えられる。
「んむ、」
 柔らかい。───ではなくて。
…………
 ユウは、そっと耳を澄ませた。

 ───とくん、

…………
 穏やかな心音が、ユウの耳に届く。
 とくん、とくん、と一定のリズムで繰り返されるそれは、やがてとろりと心地よいまどろみを連れてきてくれた。
 とん、とん、と同じタイミングで、リンが優しく撫ぜてくれる。
…………
 ユウは、小さく鼻を啜った。小さな涙がころりと目尻から零れ落ちたが、なんだかもう、大丈夫なような気さえした。
 ぎゅう、とリンに抱き着く。リンはもぞりと身動ぎしたが、それだけだった。
 それがなんだか、ユウは無性に嬉しくて、安堵して───やっぱりちょっとだけ、泣いてしまった。