桜霞
2022-10-01 17:01:46
50262文字
Public 【twst夢】フライパンは無敵
 

女の恨みはおそろしい

#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/11/03にpixivに投稿したものの再掲です。







 ▼購買部






 何をするにも、腹が減っては始まらない。
 というわけで、リンはサムにトリックオアトリートしに行くことにした。
 先程、早めに菓子パンを一つ食べながら仕事をしたが、あれでは到底、昼食には足りない。リンは霞を食んで生きていられるような仙人ではないので、それなりに食事が必要だ。
 忙しくてゆっくり食べる暇はないが、おりしもハロウィン。腹の虫をちょっとの間ごまかすお菓子ぐらいは、もしかしたら恵んでくれるかもしれない。
 人混みを縫うように進む。やがて購買部の全貌が見えてきて、リンは「ん!?」とお面の下で瞬いた。
 購買部が、オンボロになっている。まるでリン達が住んでいるオンボロ寮のようだ。
 しかし、よく目を凝らしてみると、それらはすべて古布やら、何か別の素材らしいことが分かった。購買部の建物の上からいろいろ被せ物をして、廃墟のようにしているらしい。
「はー、よくできてんなぁ」
 リンは感心してスカラビアの生徒たちが飾り付けた購買部を眺めた。
 正直、スカラビアが取り寄せた装飾用の材料などが他と比べても少なかったので、どんなふうになっているのかと、ちょっと心配していたのだ。
「あ、すいませーん! スタッフさん!!」
「、はい?」
 背後から声をかけられて、リンは少し驚きながら振り返った。
 声をかけたらしい客たちが、揃ってびくりと体を強張らせる。
 あぁ、そりゃ般若の面が突然振り返ったら怖いか、とリンは思案したが、まぁハロウィンであるので、スタッフが仮装していてもなんら不思議はないだろう、と結論付けた。
「どうかしましたか」
 特に気にせず、改めて客たちに向き直る。
「えぇと……
「そのぉ……
 客たちは少しの間しどろもどろとしていたが、般若がゆるりと小首を傾げると、小さく「ヒッ」と喉を鳴らして代表らしき人物をひとり、突き出した。
「え、あ、あ、あの。その……これ、捨ててもらっても、いいっすか……
「これ?」
 客が手に持っているのは、美味しそうなワッフルだった。ナイトレイブンカレッジの学園章が刻まれている。サムが期間限定で用意した、『ナイトレイブンカレッジワッフル』だ。
「これが……お口に合いませんでした?」
「あ、いや」
「あれ、でも、食べてないですね」
「えー、と。写真撮るために買ったんで、もういらねえんス」
……はい?」
 ワッフルに視線を落としていた般若が、顔を上げる。飛び出ているおそろしい目玉が二つ、客をまっすぐに射貫いた。
「ひっ、あ、その。ゴミ箱! ゴミ箱教えてもらえれば、そっち行くんで!」
……ゴミ箱」
「そう、あっちのゴミ箱、もういっぱいで! 捨てらんねえっていうか」
「つーかゴミ箱ちっちゃすぎっていうか、」
「そうそう!! もっとたくさん置いといてほしい……みたいな……
…………
 言うに事を欠いてクレームを付け始めた客たちは、けれども般若の発する無言の圧に、果たして言葉を失った。誰もが互いにどうにかしろと言葉少なに役割と責任を押し付け合っている。
 おまえが声掛けたんだろうが、これ撮ろうって言ったのおまえだろ、と囁き声がいやに大きく響いた。
 静かにそれを見守っていた鬼が、静かに長く、息を吐く。誰もがびくりと肩を震わせ、小さく後ずさった。
……それは、うちの学園長が大切にしているリンゴから作られた、特製のワッフルです」
「、え、あ、はい、」
「美味しいので、是非、食べて頂きたいですね」
「ひぁ、」
「一口も。───残さずに」
………………はい」
 返事を聞いた般若が、小さく嘆息する。空気が緩んだ瞬間を逃さず、「いこ」「さーせん……」と客たちは購買部を後にした。

 ───というかゴミ箱が溢れるほどって結構な大惨事、

「スタッフさん!!!!!!!」
 どっかん、と大音声で叫ばれたかと思えば突撃されて、リンはうっかり前のめりに倒れるところだった。
「えっ!? なに!?」
「よくやった!!!!! よくやってくれましたね!!!!!」
「誰、えっ、ジャミル!? なに、えっ、どしたの!?」
「ジャミル落ち着け!! スタッフさん驚いてっから!! な!!」
 カリムがジャミルを引っぺがす。リンは驚いて、思わず般若の面を上げてまじまじとジャミルを見遣った。肩で息をしているジャミルは、どこか目が据わっていた。
「あれっ、リンさんだったのか! 気付かなかったぜ、悪いな! ようこそスカラビアのスタンプラリー会場へ!」
「おぉ、どうもお邪魔してます。ところでゴミ箱溢れてるって聞いたけど大丈夫?」
「大丈夫じゃありません!!!!!」
 どっかん、と再びジャミルが爆発する。よく見ればジャミルは片手にマジカルペンを握り締めていた。

 ───もしかしなくとも私がいなければこいつ魔法を一般人に

 いやカリムが止めていただろうが、慎重という言葉をひとの形にしたようなジャミルが、まさかここまで怒髪天になるとは、流石に予想外だ。
……そんなにひどいの?」
「ひどい悪臭なんです」
「さっきのお客さんみたいに、ポイ捨てするひとが多くて」
「飾りも汚れてしまって……
「副寮長だけじゃない、皆もう、腹が立って仕方ないんです!!」
 口々に言い募るスカラビアの寮生に、リンはどうしたもんかと眉間にしわを寄せた。
「うーん。ひとまず、事務室にゴミ袋のストックがあるから、それ持っていきな」
「ありがとうございます! オレ、行ってきます」
「頼むな!」
 二人ほどがすぐに駆け出して、見えなくなる。リンは、脳内でゴミ回収がいつ来るのか、スケジュール表を思い出していた。
「えーと。溢れているゴミは、食堂のゴミ出しのところにまとめてしまおう。確か、生ごみは日曜以外、毎日回収してくれるから。城の裏に、ゴミがまとめて置かれているところがある。行けばすぐに分かると思うよ」
「分かった! ゴミ袋取りに行った二人が戻ってきたら、早速取り掛かろうぜ」
「はい、寮長」
「でも、それじゃイタチごっこです。やはり根絶やしにしなければ……奴等も、虫も……!!」
「お、おぉ……
 凄まじい執念だ。怒りの感情が陽炎のように揺らめいて見えるようである。ジャミルは虫が苦手なんだな、とリンはそう片付けることにした。
 しかし、何事にも根絶やしにするには相当の時間と労力がかかる。下手をすれば、攻撃に対する抵抗を持って、彼らはさらに進化してくるかもしれない。黒光りする奴と永劫の戦いはそうやって何度も長引いた。
「まぁでも、まず狙うは弱体化だろうな」
「! なるほど───毒ですね!?」
「違うわ。殺人未遂を犯す気かおのれは」
 落ち着け、とリンはジャミルの肩をがしりと抑えた。
「サムさんは? 今、ショップにいる?」
「いえ、ちょっと空けるから、とどこかに……
「その間は、俺達が店番してます」
「そっか。じゃあまあ、一つの案としてサムさんに伝えてほしいんだけど」
 リンは、指を二本、真っ直ぐに立てた。
「さっきみたいに、撮影用に買って、あとはポイ捨てするひとと。撮影するけど、普通に食べたいひともいるよね」
「そう……ですね」
「確かに、食べてないひとが全員ってわけじゃない……
「だから、ワッフルを注文する人に、『撮影用ですか、それとも食べて行かれますか』と一言聞くんだ。撮影用、と答えたひとには、売らないことにする」
 勿論、こういうことがあったので、という訳も説明する、と付け足して、リンは立てていた二本の指のうち、中指だけを残した。
「どうして売ってくれないんだという客には、スカラビアの会場設営のコンセプトを説明する……
 ジャミルが何かを思いついたかのように、ゆるりと目を見開きながら何やら独り言ちた。
「コンセプト?」
「えっと、今回、俺達、持続可能な社会をテーマに、会場を設営したんです」
 首を傾げたリンに、寮生の一人が簡単に説明する。おぉ、とリンは目を丸くして瞬いた。
「サスティナビリティか。どこの世界も、行き着く問題は変わんないのね」
 そしてこの問題には、当然ながら、フードロスの問題も含まれる。
「いいんじゃない? 上手く言えば共感してくれるひとがもっとうまく広めてくれるかもしれないし……
……確かに。少しは、変わるかもしれません」
 ありがとうございます、と先程よりは少しばかり落ち着いた風貌で、ジャミルがリンに向き直った。
「ヨシ! じゃあまあ、サムさんによろしく言っといてくれ!」
「分かりました」
「ゴミ袋、一応、後で発注かけとくな! どうせ余っても困らんし。あと、清掃スタッフのひとにも声掛けとくわ」
「ありがとうございます……!!」
 ジャミルが噛みしめるように礼を言う。本当に虫が湧くような汚さが嫌いなんだな、とリンはしみじみ思った。カリムは嬉しそうに、「良かったな、ジャミル!」と笑っている。
「ところで、リンさんはこれからどうするんだ? 何か買うものがあってショップに来たとかじゃないのか?」
 カリムに朗らかに訊ねられて、リンは「うーん」とむつかしい顔をした。
「ほんとは、このお面でサムさんにトリックオアトリートしに来たんだけど」
「そっかぁ、それは残念だったな」
 かぽ、と再び般若の面を被ったリンに、カリムが励ますようにして言った。うん、と頷いたリンは、お面の下でにっぱり笑った。
「そういうわけで、様子見がてら、オンボロ寮行ってくるわ! ああいう迷惑なお客さん多いなら、ちょっと心配だし」
「あぁ……確かに、きっかけはあそこのゴーストたちですもんね」
 ジャミルが思案する素振りを見せながら言った。
「どうぞお気をつけて。ディアソムニアの生徒達がいるので、大事にはなっていないと思いますが」
「うん。お前たちも頑張れ! ちゃんと息継ぎするんだぞう!」
「はい」
「ありがとうございます!」
「また来てくれなー!」
 狼男のカリムに手を振り返し、リンは足早に購買部を去って、オンボロ寮へと急ぎ向かうことにした。





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