桜霞
2022-10-01 17:01:46
50262文字
Public 【twst夢】フライパンは無敵
 

女の恨みはおそろしい

#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/11/03にpixivに投稿したものの再掲です。






 ▼植物園





 リンは、多少驚かしてもすぐに「なぁんだリンさんかぁ」と言ってくれる生徒が多そうなハーツラビュルのスタンプ会場にお邪魔することにした。
 エースやデュースをはじめ、なんだかんだ顔見知りが一番多いのがハーツラビュルなのだ。新学期が始まってすぐに起こった寮内問題の後、『なんでもない日』のパーティやお茶会に呼ばれることが多かったというのもある。
 それに、事務局からもそこまで離れているわけではない。リンはメインストリートから植物園の方へと足を向けた。
「うわっ、」
「、あ、スタッフだ……
 ごった返す人波の中で、般若の面はその効力を遺憾なく発揮した。勝手に驚いて、勝手にびくついたお客たちが、勝手に道を譲ってくれるのだ。

 ───ウーン、便利!

 誰も彼もが手元のスマホに夢中になったり、おしゃべりに興じているので全員が全員、リンに気付くというわけではなかったが、それはそれとして、歩きやすいことには違いなかった。
 メインストリートだけではなく、植物園へ続く細道も、多くの人でごった返していたのだ。多少、譲ってくれるひとがいるというのはありがたい。
 なにせ、作業がひと段落したとは言え、長く席を空けるわけにもいかない。他の事務員に皺寄せがいってしまう。
 できるだけさっと行って、さっと帰る。
 そのために、リンは早足で進んでいた。
「すごい人だねー」
「スタンプラリーってこの先? この建物? の中?」
「らしーよ!」
「うわ、なんか見たことねえやついっぱいある」
 客のざわめきを聞き流しながら、関係者用と仕切られている通路を進む。
 ハーツラビュルが植物園に出現させたのは墓地だ。発砲スチロールとスプレー缶で作った墓石などがそこら中に転がっている。
 大勢の客がいるせいで、墓場の空恐ろしい、少し黙ってしまうような空気はどこにもなかったが、盛況であるのはいいことだと、リンはスタンプラリー会場にひょこりと顔を出した。
「よう、上手く回ってるか」
「っ、」
「!?」
「ウワァッ!!?」
 がたがた、と何人かが身構えて、その場の空気が一瞬凍った。
「トリックオアトリートォ~、なんちゃって」
 リンが、ぱか、と少しだけお面を持ち上げた。
「、うわ、」
「んだよリンさんかよ……
「そうだよリンさんだよ」
 忍び笑いを零しながら、もう一度お面を被る。直後、誰かがはたと何かを思い出したかのように目を見開いた。
……えっ? リンさん?」
「リンさんじゃん!!!!!!」
「えっうん、どうした」
 休めてるか、誰かと代わろうか、と言いかけていたリンは、生徒たちの勢いに思わず肩を跳ねさせてしまった。
「こっち!! こっち来てまずいんです早く!!」
「えっなに? どしたの?」
 いいから!! と腕を引かれ、背を押され、リンが連れて来られたのは、授業でも使われる植物が植えられている花壇の一角だった。
……なにこれ」
 その惨状を目にしたリンは、お面の下で眉を寄せ、息を詰まらせた。
 この辺りは、見るも鮮やかな花々で覆われていたはずだ。季節の花々が咲き誇っていて、美しい場所だった。
 授業で使用されるときもあるため、伐採されることはあるけれども、教員の指示に従って行われるそれは丁寧で、決して植物を痛めつけるものではなかった。
 ───それが、まるで土足で踏み荒らされたかのように、荒れている。
 中には、はっきり靴底だと分かる足跡もあった。茎の途中から手折られているものや、無惨に散った花弁などが、そこら中にまき散らされていた。
「話を聞け!!」
 リドルの怒声が辺り一帯に響いた。その傍らで、トレイとエースが緊張した面持ちでやり取りを見つめている。どうやら手を出しあぐねているようだった。
「あはは、顔真っ赤じゃーん!!」
 パシャー、パシャー、と独特の機械音が木霊する。フラッシュが焚かれ、何度か視界が白く焼かれた。
「えっと、あの、何から言ったらいいか、」
「いい。大体分かった。戻りなさい」
「は……はい……
 ここまでリンを連れてきた生徒を残し、リンはまっすぐに歩き出した。
 心臓がうるさく鼓動を打ち始めたのを、深い呼吸一つで落ち着かせる。
 四肢の先が冷えたのを、何度か力強く開閉して宥める。
「いい加減にしろ、馬鹿にしているのか!!」
「してないしてない!! でも面白いから一緒に写真」
「撮影をお楽しみのところ失礼いたします、お客様」
 手を伸ばした客とリドルの間に、ひとつの影が素早く滑り込んだ。
 黒いジャンパーを着たすらりとした背格好のその人影は、どこか感情の読めない、淡々とした声をはっきりと響かせていた。
「っえ、なに、」
「その手にお持ちの草花ですが、それは学園で行われる授業で使われる予定だったものです」
「はぁ? アンタ、」
「これは授業に対する妨害、我が学園への損害となります」
 客の言葉を遮って、その声は、はっきりと告げた。
「責任者の判断を仰ぎました後に然るべき機関から損害賠償を請求させて頂く場合がございますので、───事務局まで御同行願います」
「っ……!」
 さっと客の顔色が変わる。損害賠償を請求するという、聞き慣れないおそろしいフレーズが、思考回路を回すことを許さない。
 その手には確かに先程花壇からもぎ取った花があったし、これまでに撮った写真も目の前のスマホに残っていた。
「っそうだ、スマホ、」
「はい?」
「ちょ、いや、それなら見てくださいよ! ほら! 私たちだけじゃなくって他のひとも───」
「あぁ、そうですか。他の人も」
「そうですよ! 私達だけなんて、そんな! 賠償とかなら、そのひとたちにも、」
 どうにか自分たちにかかる責任を霧散させようと、客たちは大げさなくらいに声を上げ、───それを遮るように、ずい、と鬼の顔が目前に迫る。
 恐ろしい怒りの形相に、それらが放つ圧力に、客の喉がヒッ、と鳴った。
「───だからと言って、あなたたちのやったことが軽視されるわけではありません」
……っ!!」
「他の方には後程ご連絡させて頂きます。お教えいただきありがとうございます。他にも詳しくお話を聞かせて頂きたいので、」
 瞬間、ドン、という音が響く。よろけてたたらを踏んだリンにはわき目もふらず、客たちはすぐさま駆けだした。
「あっ、逃げた!!」
「待て!!」
 あっという間に人ごみに紛れて、客の姿が見えなくなる。
「逃がすな、追え!!」
 リドルの指示に反応し、何人かの生徒がすぐさま後を追った。
「えっ…………大丈夫っスか……? つーか、さっきの声……リンさん……?」
 おそるおそる、エースが伺うようにして声をかける。
 ん、とリンが声のした方を顧みた、その瞬間。
「ギャアバケモン!!!」
「うわっ」
「っ!」
 エースが絶叫し、トレイとリドルが揃って肩を跳ねさせた。
 リンは仕方なく、般若の面を少しだけずらして持ち上げた。
「おいおい、バケモンはねえだろバケモンは」
「リンさん……!!」
「驚かさないでくださいよ、いやマジで!! 何そのお面!!」
「えっと、それは、その、仮装、ですか」
「そうそう、好意でリリアに貸してもらったの。怖いっしょ」
「怖すぎるわ!!!!」
 エースが絶叫する。リンはからからと笑って、お面を被り直した。
「いやあ、それにしても災難だったな。ちゃんと休めてる?」
 トレイとエースが、微妙そうな、複雑な表情で顔を見合わせる。対するリドルは、憮然と眉間にしわを寄せ、眦を吊り上げた。
「すべてのお客様がそうというわけではありませんが、あまりにも常識やマナーを知らない客が多すぎる!! ルール以前の問題なのに、こちらの言うことなど一切聞かないんです!!」
 怒りを爆発させるリドルに、エースがやれやれと肩を落とした。
「こんな感じで、まー寮長がキレるんで、それをさらに面白がって写真撮られて、そのことにさらに怒って、って感じで」
「あともう少しでいつもみたいになるところでした」
「あぁ……
 嘆息しながら言ったトレイに、リドルは少しだけバツが悪そうな顔をした。リドルは普段、己のユニーク魔法でルール違反をした寮生に罰を与えているが、今回の相手は魔法を使えない一般人だ。
 一般人に対して魔法を揮うのは、丸腰の相手に銃を突きつけるようなものである。
「でも、よく堪えてたじゃないか」
……それは……まぁ…………ハロウィンですから……
 ぼそぼそ言うリドルに、リンはにっこりと微笑んだ。般若に隠れてしまったが。
「で、ケイトは会議だな。デュースはどうした」
「俺達じゃどうにもならないんで、ケイトを呼びに。問題客が多すぎるんです。そもそも普通のお客さんも多いので、首が回らないのが現状です」
「そうか。この分じゃあ、どこもこんな感じかもしれんな」
「ゴーストとグリムがバズっただけで、まさかこんなことになるなんてなあ……
 エースがやれやれと息を吐く。

 ───やっぱり、あれが火種か。

 リンは少しの間だけ逡巡した。
 ゴーストたちはハロウィンウィークが始まってからも、「一緒に写真を撮ってくれってお願いされることが増えてなあ!」とそれは嬉しそうに話してくれた。グリムも「かっこいいって言われたんだゾ!」とはしゃいでいたことが思い出される。
 マジカメをやっていなければ、そもそもスマホすら持っていないので、どういうバズり方をしたのか、リンにはいまいちよく分からないが、押し寄せる客を上手く捌けているのか、一抹の不安はある。
 ディアソムニア寮の生徒達が近くにいることは確かだろうから、下手なことにはなっていないだろうが、素養の高い者達とは言え、彼らは高校生だ。どうなっているか分からない。
「ちょっとオンボロ寮の方、見てくるわ。もしまた何かあったら事務に来てもいいからね」
「はい、ありがとうございます」
「いやー、マジ助かったわ、リンさん」
「どういたしまして。ちゃんと休憩して、ご飯食べるのよ」
 はーい、というエースの返事を背に、リンは急ぎ足で多くの人がごった返す植物園の出入り口に向かった。すり抜けるようにして人混みの合間を縫い、オンボロ寮へ続く道を辿る。
「というかオンボロ寮ってこっち?」
「ゴーストってマジでいるのかなぁ!」
 耳障りで軽薄な声が、胸に突き刺さるようだった。
 これは不安だ。言葉では表しようもない、もやもやとした不安。

 ───杞憂であってくれ

 リンは、最後の方、ほとんど駆け足になっていた。





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