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桜霞
2022-10-01 17:01:46
50262文字
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【twst夢】フライパンは無敵
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女の恨みはおそろしい
#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/11/03にpixivに投稿したものの再掲です。
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マジカルシフト大会が終わった。
世界各国のVIPを案内したり、マジカルシフトのプロリーグからの視察対応をしたり、世界各国からのマスコミを捌き、一般客や出店の管理誘導など、他にも細々ややこしい事務仕事がたくさんあったマジカルシフト大会が、ようやく終わった。ようやくだ。
───これで通常業務に戻るんだろうなぁ。やっと本格的な研修かぁ
呑気にそう考えていたリンを、事務局長はいつものどこを見ているか分からない半笑いでぶった斬った。
「次は皆さまお待ちかね、ハロウィンウィークが襲来するよ!!」
わー、と気の無い歓声が上がり、ぱちぱちとまばらな拍手が事務室に響いた。リンはこの世界にもハロウィンがあるんだなぁ、と妙なところで感心しながらつられてぱちぱち手を叩いた。
「リンさんの世界にはハロウィンってあった?」
「ありましたよ」
トリック・オア・トリートの文言で有名なそれは、元はケルトのサウィンという祭りである。
日本でいうお盆のような、黄泉の国から現世に還ってくる先祖をもてなして、豊作を祈ったり、家族繁栄を願ったりする祭りだ。
ごくまれに、彼岸の者がこどもを攫っていってしまうことがあるため、こどもたちはモンスターや精霊の恰好をして身を守り、そしてそういう格好をしていることに乗じて「お菓子をくれなければ悪戯をするぞ」と各家々を回って練り歩いた。
これらが世界中に広まったのはアイルランドからアメリカへ移住した方々の影響だとか、こちらも様々言われているが、最近は専ら仮装大会の場と化している。
諸説はあるが、ハロウィンの逸話は大方こんなもんである。
リンの説明に、職員は「世界の垣根を越えてもハロウィンって共通してんだなぁ」と感嘆した。
「リンさんやっぱりこの世界の出身なんじゃない?」
「うーん、でも、私の世界に魔法なんてありませんでしたよ」
「それなら違うかぁ」
「それで、ハロウィンウィークってなにやるんです? お菓子とか用意するんですか?」
リンの問いに、事務局長は「行程も含めて説明しよう」とプロジェクターを起動させた。
データファイルから、画像がいくつか大きく表示される。
そこに写っていたのは、様々な仮装に身を包んだ生徒と、どこぞのテーマパークのアトラクションのようなモニュメントや装飾だった。
「うぉ、すごい、本格的」
「うちは結構豪華な方だからね」
「リンさんとこは? 学校とかでやんなかった?」
「この時期は学祭が被ってるんでそっちに吸収されることも多くて
……
当日仮装してお菓子パーティするくらいですよ。これ予算組んでるんですか」
そう、と経理担当が頷いた。
「寮毎に予算が決められてるから、そこから逸脱してないかの最終チェックが十月中旬くらいかな」
「領収書回収大変そう~~~」
「スケジュールは去年と同じね」
写真に変わって、行程表が示される。
やはりハロウィンウィークと銘打ってるだけあって、その期間は十月末の一週間と、長めのものになっていた。
「朝十時開門、夕方五時閉門。生徒たちは寮毎にスタンプラリー会場を用意して、そこで仮装してお客様の対応をする。ゴールは正門で、お菓子の袋詰めを渡します」
外装は派手なのに中身はそこはかとない地味、いやさシンプルさを感じて、リンはふうんと言わんばかりに頭を揺らした。
「で、最終日の夜はパーティ。開門は夜六時から。これはスタンプラリーを締めるってだけだので、正門は閉めません」
「パーティ」
どういうパーティだろう、とリンの頭の中で何種類かのパーティが明滅する。流石にクラシックやワルツが流れるようなパーティではないだろうが、ディスコやクラブ系のパーティでもないだろう。流石に教育機関の学園でそれはないのでは。
何度か目を瞬かせるリンに、デスクの近い同僚がそっと耳打ちした。
「プロムって分かる? リンさんの世界にもあるかな」
「
……
卒業式とかの後にやるやつですか?」
「あるんだ。ドレス着て踊ったりご飯食べたりする、若者向けの」
「ありますよ。故郷には無かったですけど
……
」
「そんな感じ。ハロウィンでカジュアルな分、もっと賑やかかな」
へぇー、とリンは静かに相槌を打って、さりげなく自分の恰好を見下ろした。
洗濯を繰り返しすぎたせいで、すでにヨレヨレになり始めているワイシャツと、スラックス。地味な学生用のローファー。リンが唯一持っている、余所行きの服だ。
仮装をすれば誰もが参加できるというパーティに、この恰好では参加できそうにないなぁ、とリンはぼんやり思った。
───というか、こんな格好で参加したくないというか
ちゃんとハロウィンっぽいメイクをして、手入れをして、おしゃれをして、飾り立てて、照明がきらきら光る、笑い声とお喋りで賑やかな空間へ。
ハイヒールをかつんと鳴らして、踊りながら飛び込んで。
───きっと楽しいんだろうけどなぁ
……
先立つものがない。
そうこうしているうちに、スケジュールの話は終わった。パーティ当日はシフト制であること、ハロウィンウィーク中は学外から一般の方が多数お見えになるので柔軟に対応することなどが心得として読み上げられる。
「それと、これも毎年なんだけど。生徒から休日も施設で作業したいって要望来てるね」
「あとはオクタヴィネルが業者を入れたいそうですよ。モストロラウンジの水槽の定期メンテナンス契約も結びたいとか」
「学園長なら良いって言うだろうな」
オクタヴィネルの寮やモストロラウンジのメンテナンスなどは、学園が契約している業者に委託している。契約変更の手続きとなると面倒だが、モストロラウンジのメンテナンス代がオクタヴィネル、正確には支配人のアズール持ちということになるのなら、学園としては経費削減に繋がることにもなる。想像するよりずっとスムーズに事は進むだろう。
「それと、これは先生方からなんですけど。生徒達がどれだけ望んでも、就寝時間三十分前には生徒を寮に戻してください、とのことです」
「そもそも俺達が帰るからそれどころじゃないんだよなぁ」
「
…………
」
「
…………
」
「
…………
」
不自然な沈黙が落ちる。
そりゃあ定時で帰るのが当たり前でしょ、という顔をしていたリンは、皆が揃って自分を見ていることに、数拍遅れて気が付いた。
「
……
えっ、なに? えっ?」
「リンさんさあ。休日出勤に抵抗ある?」
「いつも早く帰ってるけど、残業とか大っ嫌い派?」
「
……
ええー
……
」
リンは嫌そうな顔を隠しもしなかった。眉間にしわを寄せ、口元をいーっと横に引く。
つまりは、ハロウィンを楽しみにしている生徒や教師の要望に応えて、施設の鍵を管理するための事務員が必要だということだ。土日にも事務局に一日顔を出し、平日は規則で定められている就寝時間の十一時くらいまで居残らなければならない。
事務員のほとんどがリンを伺うようにして見ているのは、そういう、ただ時間を浪費するだけの残業や、休みたい日に出勤しなければならないのが嫌だというのもあるのだろうが、一番は、リンがオンボロ寮という、学園内に居候していることが理由なのだろう。
鈍くはないリンは、しかし「ウーン」と顰め面しい顔をしてみせた。
「お手当出すよ」
「
…………
どれくらい?」
「二ヶ月分が一月で稼げるくらい」
「
……
」
元々が雀の涙な給料のことを考えると、少しでも収入が増えるのはありがたい。
ただ、これから一ヶ月も連勤して、しかも終日のほとんどを職場で過ごすことに見合う対価なのかと言われたら、絶対に違う。
具体的な金銭のことを考えると、なんだか泣きたくなってきた。本当なら、リンはもっと自由に働いて、お金を稼いで、それを自由に使えていたに違いないのに。
「
…………
まぁ、いいですよ」
それらすべてを、嘆息しながらの一言で、全て吐き出して。
ほっと安堵に緩む職場の空気をよそに、リンはできるだけ、深い呼吸を意識した。
その日の放課後、珍しく、事務局にユウがひょこりと顔を出した。
「リンさん、今、お時間大丈夫ですか」
「はい、大丈夫ですよ。どしたの」
瞬くリンに、ユウは廊下の外に向かって「大丈夫だって」と一声かけた。エースかデュースが一緒なのかしらと考えていたリンは、「失礼する」と事務局に入ってきた生徒にゆるりと目を見開いた。
───マレウス・ドラコニア
茨の谷の、次期王である。
妖精という、ひとつの種族の長として君臨することとなっている彼は、世界的にも有名だ。リンはいまいちピンと来ないが、事務局が俄かに緊張を帯びたことに、つい、つられてしまう。
鋭敏にそれを感じ取ったのか、マレウスは薄らと微笑んだ。一方のユウは、「あちらがリンさん!」と朗らかに笑ってリンのことを紹介した。
ひとまず、リンはいつも通りに立ち上がった。
「リンさん、こちら、ディアソムニアのハロウィンイベント運営委員で、前に話したツノ太郎です!」
事務局の空気がぴしりと音を立てて凍ったのを、リンは聞いた。
マレウスは、微笑みを崩さない。
その双眸の奥に、そして彼の纏う雰囲気にどこか余裕めいたものを感じて、リンはとりあえず、ユウに合わせることにした。
「───あなたがツノ太郎殿でしたか」
「いかにも。僕がツノ太郎だ」
マレウスはどこか愉快そうにくすりと忍び笑いを零した。
「ユウがいつもお世話に」
「僕も、ユウとの会話は楽しませてもらっている。お互い様、というものだな」
「
……
それで? 私に何か?」
「はい! 今日、クルーウェル先生にハロウィンウィークのこと教えてもらって!」
ユウはにこにこと、期待に胸を膨らませる夢見るこどものようにきらきらしながら言った。
「オンボロ寮に予算は組めないけど、でも、ディアソムニアの会場をオンボロ寮に作ってくれるそうなんです! ハロウィンの飾りつけ、寮の前で、すっごいの作ってくれるって、ツノ太郎が!」
「あら」
「しばらく、お前たちの寮の前を騒がしくすることになる」
至って真面目な表情で、マレウスが言葉を引き継いだ。
「今日は、それを伝えに来た。寮の中に一般客は入れないし、僕たちも必要最低限の利用に抑えるよう努める」
「制服や寮服から仮装に着替えたりするために、談話室を使いたいそうなんです」
「あぁ、いいよ、そのくらい」
「いいですか!!」
ぱぁっ! とユウの表情が、これでもかと言わんばかりに輝いた。
それにつられて、リンの頬も優しく緩む。
「私は居候だからね。管理人のユウがいいと言うなら従うさ。それに、私もお祭り騒ぎは結構好きだし。準備で賑やかになるのもね」
「そうか」
マレウスが、そっと肩の力を抜いた。リンは改めて彼に向き直ると、「大してお構いもできませんけど」と少しだけ眉を下げた。
「うちの寮の前にだけ何も無いのは寂しいと思っていたところです。ありがとう」
「───構わない」
笑みを深めたマレウスは、直後、「あぁ」と何かを思い出したかのような素振りを見せた。
「ここは、どういたしましてと言うところか」
そして、悪戯っぽく、にやりと笑う。ユウもおかしそうに、くすくす忍び笑いを零した。
「じゃ、それはそれとして。ちょうどいいから、ユウ。私も伝えようと思ってたことがあって」
「? はい、なんでしょう」
ユウがこてん、と小首を傾げる。リンは、あくまでいつも通りに話をした。
「これからしばらく、掃除は任せてもいいかな。ご飯は作るから」
「なんならご飯も掃除もお任せくださいと言いたいところですが
……
何かありました?」
「ちょっと忙しくなるから、ご飯の時間以外は事務局に詰めなきゃいけなくなったのよ。土日も」
「土日も?」
驚いたように、ユウが目を瞬かせる。
「ええと
……
、その
……
、大変、なんですね。大丈夫ですか
……
?」
「なんともないわよ」
リンはあっさり、文字通りなんでも無い事のように、飄々と言ってのけた。実際に、たかだか残業や休日出勤が増えたところで、リンのキャパシティにはまだ余裕があった。
「ただ、ユウにお願いすることが増えちゃうんだけど」
「はい! がんばります!!」
ユウはきりりと眉を吊り上げ、笑顔で胸を張った。リンは心底から表情を綻ばせて、「頼もしいなあ」と微笑んだ。
───この笑顔のために、頑張るかぁ
今朝からは考えられないほどに、モチベーションがぐんぐん上がる。
時間はたっぷり、とは言わないまでも、確実にある。
私にもできることをやろう、とリンは快く気持ちを切り替えた。
◆
朝はいつも通りに出勤し、定時まで働く。
その後、二時間ほど休憩を頂いてオンボロ寮で夕飯を済ませた後、再び出勤し、十時半くらいまで何がしかの作業を進める。
ハロウィンウィークが始まるまでの間、学生も、教師も、ひいてはスタッフも、祭りのための準備に忙しなかった。
───たぶん、去年のハロウィンがすごく楽しかったから、準備もこんなに楽しそうなんだろうな。
誰もがイキイキと、今を楽しんでいる。
不本意で連れてこられてしまったらしい世界にも、楽しいことや、明るいこと、善いことはあるんだなと、リンは漠然とそう思った。
───魔法の世界のハロウィンなんて、そうそう経験できるものじゃないし。
───これは、楽しまなきゃ損かもしれない。
そのためにも、必要なことはきちんとやり遂げなければならない。
リンはまず、学園の公式ホームページに追加されたハロウィンウィークのお知らせに手を加えることにした。
ウェブページにはハロウィンを楽しみましょうという文言ばかりで、マナーやルールの記載が少ししかなかったのだ。
元々、『賢者の島』という、交通の便が悪すぎる辺鄙な場所の、閉鎖的な環境だ。そもそも、このパーティも、いつもお世話になっている島の住人の皆様に向けて、日頃の感謝の気持ちをこめた催しである。
もしかしたら、想像よりも身内感が溢れているのかも。だとすれば、細々とした注意やルールなどは逆に無粋かもしれない。
それでも、あるに越したことはない。
リンは新しく、「賢者の島、そしてナイトレイブンカレッジにお越しくださる皆様へ」と題して、ハロウィンらしい楽しさを損なわないように気をつけながら、学園内で気をつけて欲しいことなどを柔らかく記載した。
『自撮り棒』は通行人を傷つけることもあるので気をつけてほしいこと。
学園内の植物には危険なものもあるので手を触れないでほしいこと。
生徒達が頑張って作った装飾などが壊れるようなことはしないでほしい、などなど。
フォントは柔らかく、滑らかに。文字の色は赤や黄色などの警戒色ではなく、白や紫、オレンジなどを使って。周りにはジャック・オー・ランタンを散りばめて。
生徒達から施設の鍵などを返されるまでの間、リンは事務室で、かたかたパソコンと向き合っていた。
「リンちゃんさんがいると監督生ちゃんに聞いて! おっじゃまっしまーす!!」
不意に、ばあん、と賑やかにケイトが登場する。その後ろで「失礼シャス!!」とデュースが勢いよく頭を下げた。
「おー、いらっしゃい」
「リンちゃんさんなにしてんの? てか時間ある?」
「あるよ。今ホームページ作ってた」
「うわ〜!! すっごい可愛いじゃん!!」
「お、そう?」
ケイトが喜色に目を丸くさせてパソコンを覗き込む。マジカメや流行に敏感なケイトにパッと見でそう言ってもらえたことに、リンは素直に安心した。
「なるほど
……
イベントでのルール、ですか」
「あんまり水を指すようなことはしたくないから、お願いの体に留めたけどね」
「でもさ、これって全部ジョーシキの範囲内じゃん? 守れないひととかマジでどうかしてるよね!!」
「
……
なーんか含みのある言い方ですねえ、ケイトパイセン」
口端を吊り上げたリンに、ケイトはにっこりと、それはもう綺麗に笑った。
「
……
で、どしたの。何か用があるんじゃないの?」
「そーそー、そうだった! リンちゃんさんにメイク動画撮るの、協力してほしくて!」
「メイク?」
「ハロウィン用の、仮装メイク!」
姉ちゃんとかポムフィオーレの知り合いにも聞こうと思ったんだけどさぁ、とケイトは困ったように眉を下げながら横髪をくるくる弄った。
「なんか、どーも何を言ってるか分かんなくて」
「なるほどね」
「途中から魔法薬の授業でも始まったのか? って思いました」
「まぁ興味ねえとそうなるわな。動画撮って皆に共有してメイクの練習する感じ?」
「そうでーす!」
ケイトが持参したメイク道具を掲げる。「ちょっと場所変えるか」とリンはいろいろ背景などの指示を出して、デュースをモデルにすることにした。
「綺麗な形の頭だね」
「アザス!」
「頭の形褒めるひと初めて見たんだけど」
「えっもう撮ってる?」
「撮ってまーす!」
「はよ言え!」
撮影は順調に進んだ。メイクからは縁遠い男子高校生にも分かりやすくということで、リンの説明は面白おかしく進んだ。
「やっぱり化粧水とかさぁ、乳液? とか美容液? って大事?」
「続けると馴染んでいくから、そのうちそれがなかったら生きていけない体になる」
「麻薬じゃん」
「ちげーよメイクはバフだよ。武器だよ武器。釘バットだよ」
「めちゃくちゃ殺傷力高いですね
……
!!」
「えー、釘バットはめちゃくちゃ殺傷力が高いらしいです。それを顔に装備していきます」
デュースの顔に、リンの指がそっと触れていく。デュースはなんだかどきまぎして、膝の上でぎゅっと拳を握りこんだ。
「オールインワンのやつでもいいから、なんかしらやった方がいいよ。その方が女子にモテる」
「マジで? オレちゃんこれから毎日やろ」
「ちなみに、なんでモテるんですか?」
「肌が清潔に保たれるから。カサカサのギトギトより、つるすべの方がいいだろ」
もにもにとデュースの頬が形を変える。デュースは「ヴ」と変な呻き声をあげて固まったが、ケイトは楽しそうにからから笑っていた。
この説明の仕方は絶対ポムフィオーレやクルーウェル先生に怒られるなどと言いながら、リンは「これシャドウとか言ってる割に目蓋ぎらっぎらにして目力やべーことにするやつ」「これは唇の皮めくれるの防いでくれるありがてーやつ」などとメイク道具を紹介した。
一頻り撮影を終えて、ケイトとデュースはリンに礼を言うと、ハーツラビュルが会場に選んだ植物園へと戻って行った。
◆
リンがオンボロ寮のゴースト達から「ユウとグリムにサプライズで仮装をプレゼントしたい」と相談を受けたのは、サバナクローが会場に選んだコロシアムで、材木の納品に齟齬がないか確認している最中のことだった。
「はぁ、私もなんかしたげたいなあとは思ってたけど」
「リンにも協力してほしいんだ」
「忙しいのは分かってるんだけどな」
ゴーストたちはふよふよ漂って、リンの仕事がしやすいように伝票やチェックリストなどを魔法で宙に浮かせたり、材木を移動させてやったりした。
「ありがと」
「お安い御用さ」
「それでな、衣装なんだが。ワシらじゃどうも裁縫やらなんやら、上手くいかなんでな」
「リンは自分で部屋着を作ってただろう?」
「なんちゃって浴衣のこと? あれは真っ直ぐ縫うだけだから簡単なのよ」
誰でもその気になれば簡単に作れるものだ。勿論、クオリティはプロのものに劣るけれども。
「やり方はワシらで調べるし」
「ワシらも作るのやるしな」
「頼む! な!」
半透明の体が、ぐいぐいと勢いよく迫ってくる。リンは苦笑して「分かった分かった」とゴーストたちをなだめた。
「ユウとグリムにばれないように、夜か土日に事務局でやろう」
嘆息しながら言ったリンに、ひゃっほーい! とゴーストたちが諸手をあげてそこらを飛び回った。それらをすり抜けて、ジャックとレオナが姿を見せる。
「お、来たね。誤差はなかったけど、最終チェック、よろしく」
「ありがとうございます、リンさん」
「これも仕事か」
「仕事だよォ、学園に納品されるものは事務局宛にしろって決まってるから。受け取りましたよのサインはウチでしなきゃいけないの。ところでこんなにいっぱい仕入れて、何作るの?」
リンの純粋な問に、レオナは悪戯っ子のように意地悪くにやりと笑い、ジャックは堪えきれない様子で楽しそうな表情になった。尻尾が静かに左右に揺れている。
「ま、期待してろ。度肝を抜いてやる」
「リンさんでもびっくりすると思うんで。楽しみに待っててください!」
「オッ、これは期待して良さそうな感じだなぁ。頑張ってね!」
材木を運ぼうとわらわら寄ってきていたガタイのいい生徒達は、揃って「アザース!!」と野太い声を張り上げた。
◆
学外の業者が学園に入るためには、許可証の発行が必要になる。
オクタヴィネル寮長のアズールが新たに契約した外注業者も、その例に漏れなかった。
「はじめまして、お世話になります」
「こちらこそ、どうぞ宜しくお願いします」
ぺこりと頭を下げそうになったリンより先に、業者が握手のために手を差し出す。
まだなかなか慣れないな、とリンは誤魔化すように会釈しながら握手に応えた。
「これから、学園に入る時は彼女か他の事務員が対応致します」
「そうですか、分かりました」
一同は、そのまま魔法薬学実験室に移動した。
中を見た業者のメンバーたちは、「何度見てもすごいですね」と笑みを深めた。
「何か気をつけた方がいいことはありますか」
「貴重な薬品類が並べてありますので、薬品棚の近くでは作業をしないようにしてください」
「承知しました」
「それと、この実験室の鍵の管理は生徒が行います」
「はい、了解しました」
リンの言葉を聞いたアズールは、意外そうに瞬いた。
「それは、僕が行った方がいい類のものですか?」
「うちの生徒なら誰でもいいわよ。必ずしも貴方じゃなくても。学外の方に鍵を預ける訳にはいかないってだけだから」
「なるほど」
頷いたアズールに、リンは早速、実験室の鍵を渡した。
「
……
」
「じゃ、返す時は事務室に貴方が来てね。貴方の名前で貸し出してるから」
「了解しました」
ちゃり、と鍵が音を立てる。これ以上はリンが立ち会う必要も無いので、リンはさっさとその場を後にした。
◆
あらゆる場所にジャック・オー・ランタンが積まれていく様は、見ていて中々に圧を感じるものだった。
様々な顔が彫刻されたカボチャの横で「ハロウィン」と書かれたダンボール箱を開ける。中にはメインストリートに飾る用の小さな照明がぎっしり収納されていた。
これが後から後から運び出される様はもう見たくないと、リンは心底からそう思った。
メインストリートで作業していると、ふと、「精が出ますねぇ」と杖の音が木霊した。
「あら学園長。お出かけで?」
「えぇ、宿泊施設や交通機関の方々に今年もお世話になりますとね、挨拶周りです。少しの間留守にしますので」
「はいはい、行ってらっしゃいませ」
「この後、スタンプラリー用のお菓子が届くはずですから、生徒と教師、スタッフ分とで分けておいてください。一人あたりのノルマは百個ですよォ」
濡れ羽色のマントを優雅に翻し、クロウリーは学園を後にした。
スタンプラリー用のお菓子は、小さな駄菓子の詰め合わせセットだ。いくつもの種類があるそれを、みんなで小さな袋に小分けしていくことになっていた。
器用な者は魔法を使ってひょいひょいやってしまうが、そうでない者は地道な手作業をちまちま進めて行くしかない。高校生たちは特に、つまみ食いをしたい衝動と戦いながら小さなお菓子のセットを量産した。
リンはもちろん、事務局でひとり、ちまちま手作業で詰め合わせセットを作ることになった。その横でクルーウェルや同僚の事務員が魔法でひょいひょい片付けてしまう。
───うらやましくなんかないもん
……
リンは口がむすっと尖ってしまわないよう、意識してきゅむりと唇を口内にしまいこむことが増えた。
束の間の休息でオンボロ寮に戻ると、絵の具の匂いが鼻をついた。なんだなんだと匂いのもとらしい談話室を覗くと、そこには大量の金貨らしきものが山積みで置いてあった。
「ウワッ、なにこれ」
「あっ、リンさん! おなえりなさい!」
「うん、ただいま」
「お邪魔してま〜す」
ラギーがくるりとマジカルペンを操って、ぽーんと宙に何かを放った。宝石がきらりと光った瞬間、ぱっとそれらが黄金に輝く。
「
……
あんた達、いくらなんでも偽造貨幣は」
「違いますよ!? サバナクローの飾りのお手伝いです!!」
「そうそう、それにマジで偽造するならもーちょっとマシなの作るっスよ」
「硬貨でも案外バレるからやめとけよ」
言いながら、リンは足元に転がってきたうちのひとつを拾った。思った通り、硬貨ほどの重さは無い。触ってみれば、木で出来ていると分かる。
「端材で作ってんの?」
「当たりっス!」
じゃ、ユウくん、後は頼んだっスよ、とラギーは寛いでいたソファから立ち上がった。
「また受け取りに来るんで!」
「はーい! また今度!」
ゴーストたちが見送りに出る。
静かになった談話室では、ユウが真剣な表情で絵筆をちょこちょこと操り、グリムが魔法でふなふなと木を黄金に変えていた。おそらくは色変え魔法の類だろう。
「こんなにたくさん、大変だねえ」
「コロシアムには、これの三倍くらいあるらしいんです」
「へぇー」
「何に使うのか、まだ教えてもらっていないんですけど」
絵具で塗られたばかりの貨幣は談話室に広げられた新聞紙の上に並べられ、乾燥させられる。乾いたものから、順次、こんもりと山になっているところへ積み重ねられていくという流れができあがっていた。時たま顔を出すゴーストが、気まぐれに魔法を使って辺りを片付けたり、飛び散った色変えの魔法を綺麗にしてくれたりしていた。
「夜でも何か、お手伝いできることないかなぁと思って。内職を募集したら、結構、声をかけてくれるひと多くて」
「へぇ、良かったね」
「はい! 大変ですけど、楽しいです」
「ツナ缶貰えるしな! しょうがねえんだゾ!」
やる気は十分、といった風情の二人に、リンは「そっか」と優しく頷き、───直後、にっこりと微笑んだ。
「ところで。勉強とか課題も、ちゃんとやるんだよ」
「ウッ」
「ふな゛!」
びしり、と一人と一匹が体を強張らせる。
わはは、とリンは声を上げて笑った。
「頑張れよ学生! ご飯できたら呼ぶからね」
「はぁーい
……
」
「嫌なこと思い出させないでほしいんだゾ
……
」
先程の楽しそうなイキイキとした表情から一転、ユウとグリムは顔をどこかもにょりとさせながら、いそいそとコインを量産する作業に集中した。
◆
たくさんの発泡スチロールやスプレー缶、有名テーラーからの生地や細かな飾り、メイクブランドからの化粧品、赤提灯のための和紙のようなもの、細い木組み、古布、などなど。
事務室にはたくさんのものが納品され、それが寮生たちに引き取られていく。リンもゴーストたちが用意した、魔法で綺麗に加工してあるカーテンの端切れをちくちく縫い進めていた。気紛れに人生のメリーゴーランドなどを口ずさみ、少しでも綺麗に整って、ユウとグリムが喜んでくれますようにと針を通す。
生徒達が施設の鍵を返しにくるまでの、暇な残業タイムだった。やらなければならないことは就業時間に済ませてしまうし、あったとしてリンひとりで出来るようなことではない。この時間は本当にやることがなかった。
リンはこの時間を、ほとんどユウとグリムの衣装製作に当てていた。偉大なる魔法士の仮装だとゴーストたちは言っていたが、リンにはただのとんがり帽子とマントのセットという、オーソドックスな衣装にしか見えなかった。
───ユウのとんがり帽子には口をつけようかな
……
そしてむにゃむにゃ言わせた後に「オンボロ寮!!」と帽子に叫ばせる。想像したら可笑しくて、リンは事務局でひとり、くすくすと笑った。
なんだかんだ、祭りのための準備は楽しいものがある。
虚無な時間を過ごすだけかと思っていた残業も、なんだかんだやる事があるので、リンは特に荒まなかった。
「っあ、いって
……
」
たとえ針で指を突いてしまっても、てきとうに様子を見て、すぐに作業を再開する。二回目やそこらでは上手くならないなあ、とリンはちょっとだけ息をついた。
何かに没頭していると、時間はあっという間に過ぎ去るものだ。俄に事務局の外が騒がしくなったのを聞いて、リンはてきぱきと衣装を片付けた。
「失礼しゃーっす。コロシアムでーす」
「植物園でーす」
「魔法薬学実験室です」
「あいよー」
就寝時間前三十分ぴったりだ。リンはお疲れさん、と言いながら鍵の管理を記入するシートをすらすらと埋めた。
「時間は
……
と、あら、いつもより早いわね。作業の進捗、順調なの?」
「いや、見回りに来たトレインに追い出された」
サバナクローの生徒が開けっぴろげに言う。リンは肩を揺らして吹き出した。
「先生をつけなさい、先生を」
「つーか今日トレイン宿直なんスか?」
「人の話を聞いてねえのか改める気がねえのか」
からから笑うリンに、同じように笑ったオクタヴィネルの生徒がわざとらしく言った。
「サバナはこんなんだから一々反応してたら身が持ちませんよ、リンさん」
「あ? 喧嘩か? 買うぞ」
「いや体力バケモンかよ」
「外でやれよー」
のんびり言ったリンに、生徒達は「止めねえのかよ」と可笑しそうにカラカラ笑った。
「あ、あの、図書室です」
「はーい、お疲れさん」
「アリガトゴザイマス」
イグニハイドの寮生は皆が揃いも揃ってさっと来てさっと帰ってしまう。今日も今日とて素早い動き、とリンは鍵を所定の位置に戻した。
「なんかいっつもこのメンツだなあ」
「ディアソムニアはオンボロ寮の前で、スカラビアは購買部の前だから分かるけど、ポムフィオーレは『鏡の間』だから、ここで見かけてもいいはずなのに」
「あいつら、会場に何もしてねえのかな」
「リンさん、なんか知ってる?」
水を向けられたリンは、あぁ、と何度か瞬いた。
「『鏡の間』の鍵だけは、学園長の預かりなのよ。だからポムフィオーレの生徒は学園長と直接やり取りしてると思うよ」
へー、と気のない返事が暗い廊下に木霊する。
「はい、確かに受け取りました。ほら、さっさと戻って寝なさいよ」
「ハァーイ」
「おやすみ、リンさん」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみー」
くぁ、と誰かが遠慮なしに欠伸する。リンはつられそうになったが、なんとなくそれを噛み殺した。
さて、私もさっさと帰って寝よう、と唯一の持ち物である財布をポケットに突っ込む。事務室の鍵を取り出して、外に出ようとした瞬間、「忘れ物をしていないかね」と静かな声が響いた。
「
……………
びっくりしたぁ
……
」
「そうか、それはすまなかった」
トレインは全く悪びれずにそう言った。彼はいつの間にか、リンのデスクの傍に立っていた。
「ところで、これは置いていっていいのかね?」
リンのデスクの隅にはようやく形になったユウとグリムの仮装セットが裁縫道具と共にこじんまりと置かれていた。
「あぁ、いいんですよ。当日まで、ユウとグリムには秘密なんです」
「
……
なるほど。失礼した」
「いえいえ」
トレインが外に出るのを待って、リンは事務室に鍵をかけた。後はこれを警備に届ければ、寮に戻ることができる。
「毎日、生徒達がすまないな」
「いえいえ。先生も見廻り、お疲れ様です」
事務室と斜向かいにある警備室に常駐しているゴーストに声をかけて、リンは「よろしくお願いします」と鍵を預けた。校舎を後にすると、先に戻っていると思っていたトレインが、リンを待っていたようだった。
目を瞬かせるリンに、トレインは小さく微笑んだ。
「こんな時間帯に、レディを一人歩きさせるわけにもいかん。寮まで送らせて頂こう」
「あら。
……
ありがとうございます」
生まれて始めてレディなんて言われたことに、リンの心は少しだけふわりと浮き足立った。
───こんな格好なのに。
学生が着ている白シャツに、スラックス。薄汚れの目立つ革靴。最低限しか手入れされていない肌、艶を失いつつある髪。
みすぼらしいとまではいかないが、淑女には程遠い格好だ。トレインは己の流儀に従ってリンをレディとしただけだろうが、それでもリンは嬉しかった。
傍目にもふんにゃりと相好を崩すリンに、これはこんな性格だっただろうかと、トレインは少しだけ意外に思った。
いつもはもっと隙の無い雰囲気を纏って、しっかと地に足を着けて立っている印象が強い。けれども今のリンはどこか抜けていて、今にも転けそうだった。
眠いので、脳みその半分以上が働いていないからである。生徒も帰り、隣には自分よりずっと大人の、見栄を張ったって仕方の無い相手が立っている。しかも、レディなんて言われてしまった。あとはシャワーを浴びて寝るだけだし、リンの気は緩む一方だった。
「
……
ミス」
「はい」
そんなリンを見て、トレインは苦笑した。そして、片腕をリンの方に差し出す。
「
……
!」
ぱっ、と眠そうな目を丸くさせたリンは、ちらりとトレインを見やって、差し出された腕を見て、そしてそっと、トレインの腕を取った。
「えへへ。
……
ありがとうございます」
「当然だとも」
はにかむリンに、トレインの頬までつられて小さく緩んでしまった。
二人は、静かに歩き出した。控えめにトレインの腕に添えられたリンの指は、予想以上に細く、しなやかだった。
「
…………
こういうことには、慣れていそうに見えたがね」
「そうですか? 実は初めてですよ」
「ほう。それはそれは」
トレインは、自然、リンの歩幅に合わせてゆっくりと進んだ。それに気付いたリンが、さらに嬉しそうに目尻を細める。
「それでは、練習が必要だな」
「練習?」
「ハロウィンウィークの最終日には、パーティが行われる。エスコートされることに慣れておかなければ」
「あぁ
……
、パーティ」
リンの脳裏に、ケータリングやシフトの表がひらりと飛来する。寝惚けた頭の中で明滅するそれは、ところどころ虫に食われたように欠けていた。具体的な数字が思い出せないのだ。
「
……
私
……
パーティには、スタッフとして参加すると思います。
……
たぶん」
「? そうなのか」
「はい。
……
仮装を用意する時間もお金も無いし
……
、それに、」
リンが顔を上げる。
その表情は、相変わらず柔らかなものだった。
「キラキラしてるパーティ会場眺めながら飲む缶コーヒーって、結構美味しいんですよ」
「
…………
そうか」
トレインは結局、そう返すしかできなかった。
体を冷やさないようにだとか、夜道に気を付けてだとか、これからはもう少し早めに鍵の回収に行った方がいいだとか、そんな他愛もないことを話して、二人はオンボロ寮の前で別れた。リンは終始、どこか眠そうにほわほわとしていたが、トレインの胸には、「パーティにはスタッフとして参加する」と言ったリンの言葉が、小さな棘としてちくりと残ったままだった。
◆
それは、リンが夕飯の準備をしている最中のことだった。
「リンさん、ただいまー!!」
「なんだゾ!!」
オンボロ寮に、明るい声が響く。リンは柔らかく苦笑して、「おかえりー」と玄関の方に向かって大きく言った。
ハロウィンウィークの準備が始まってから、ユウは特に放課後を楽しんでいるようだった。授業が終わったらすぐに寮へ戻ってきて、あっという間に着替えてハーツラビュルやディアソムニアの準備を手伝っているのだ。
サバナクローは主だった作業が力仕事であるらしく、ユウとグリムはもっぱら貨幣や宝石などを作る作業に勤しんでいた。
「ごはん手伝いますね!」
「おー、って、ウワァ!!!」
階段を上がってきたユウの方を顧みたリンは、瞠目した後に思わず大声で笑ってしまった。
「ユウ、あんた、めっちゃ汚れてんよ」
「え? あ!! スプレー
……
!!」
慌てて自分の格好を見下ろしたユウが、あちゃあ、という顔をする。
ハーツラビュルの生徒から貰ったらしいお下がりの体操服は、所々が黒で汚れていた。
「顔にも腕にもついてるよ」
「えぇ!?」
ユウが俄に自分の腕や後ろ姿を見ようと落ち着きをなくす。リンはそんな様子を微笑ましく思いながら苦笑した。
「こりゃあグリム、お前も相当汚れてんな」
「そうか? 見えねーんだゾ」
くるん、と丸まったグリムが、バランスを崩してころんと転がった。
「風呂入っといで! メシはそれからだよ」
「はぁーい! 行こ、グリム」
「おーう」
急ぎ足でユウが部屋に戻り、ばたばたと着替えなどを用意する。グリムは風呂場に直行した。ぽてぽてと歩くその後を、黒い足跡が点々と追いかけていく。
「
…………
」
「
…………
」
リンは半笑いで、ゴーストたちと一緒にその足跡を覗き込み、風呂場に行ったグリムの方を見遣った。
「
……
っふっふ
……
もぉー
……
可愛いったら
……
」
「どうする? 綺麗にするかい?」
「いや、可愛いからおいとこう」
リンは忍び笑いを零しながら夕飯作りに戻った。
───なんともまぁ、学生らしい
あの服の汚れを落とすのは大変だろうが、やれるだけやってみるしかない。いざとなれば魔法に頼れば案外なんとかなるかもしれないし。
「じゃ、これ撮ってマジカメに上げよう」
「
……
なんて?」
リンは思わず、再会した料理の手を止めてしまった。その目の前で、ゴーストがどこからかスマホを取り出し、ぱしゃーと写真を撮って、器用にすいすいと画面を操作している。
「
……
えっ?」
───こういう電子機器と霊体の相性がいいのはどこの世界でも同じなんだな
……
「ではなく。えっ、そんなもんどこで買ったの」
ゴーストは飄々と答えた。
「学園長に頼んだのさ。最近はなんでもネットで買えるだろう?」
「学園長を保証人にして、住所を学園にしたら、すぐに契約できたよ」
「
……
金策は?」
「たまにバザーをやってるんだ」
「
…………
やってたなあ
……
」
リンは思わず片手で顔を覆った。
そう言えばたまに、週末、オンボロ寮の前が賑やかになることがあったような。死者にも生きるための楽しみは必要なのだろうと、特に気にしてはいなかったが、結構真面目に商売して、利益を出しているらしい。
「私達ですら持ってないのに
……
?」
「リンは買わないの?」
「通信費がなあ
……
」
リンは溜息をついて、夕飯の準備を再開させた。取りなすように、ゴーストが言う。
「まぁ、そのうち学園長が買ってくれるさ」
「今度強請ってみるか
……
」
強かだねえ、とゴーストたちがケラケラ笑う。
リンは手際よくコメを研いで、鍋にかけた。
「それで、マジカメはどんな具合よ」
「結構な反応数だよ! ほら」
野菜を切っている横から、ゴーストがにゅっとスマホを差し出してくる。その画面にはゴーストたちが映っている写真と、たくさんのコメントが並んでいた。
「ほー、いいねの数、五千
……
ごせん!!?」
リンは思わず画面を二度見した。先程の、グリムの足跡の投稿も、みるみるうちに「いいね!」数が増えていく。早速「かわいい~!!」とコメントがいくつも着いた。
「
………………
えっ!?」
「いやぁ、なんかバズッた? みたいで」
「わしら人気者になっちゃったな~!!」
「ゴーストやってて良かったわい」
「───」
半透明のジジイ共(死人)が、きゃっきゃきゃっきゃとはしゃいでいる。
───誰か!!!!!!
リンはこの世界に来て初めて、心底から素直に、自分を助けてくれる存在を望んだ。
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