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さもゆ
2024-12-10 00:53:45
85123文字
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【スティレオ】とりあえず、ワンモア
名前有りのモブがレオくんに迫るのをモブレオって言っていいならこれは八割くらいモブレオ。
残りの二割で何とかスティレオになります。
こんなに書いといてあれなんですけど、大したこと何も起こらないです。へへ。
2021.3.7 たまごのお粥pixiv投稿作品
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スティーブンは案外とすぐに手が出るたちなのかもしれない、レオが冷静に分析できたのは四日間も自宅待機を命じられたおかげで、古代のギリシャ哲学者が奴隷に働かせて有り余った時間を哲学に当てるしかなかったくらいの暇な時間を過ごしたからだった。レオにとってスティーブンは哲学にも等しい。つまり、あまりよく分からないということだ。
すぐに手が出るというのは言葉の通りで、彼は大体ポケットに手を突っ込んでいる足技が主体の戦闘員なのだが、ザップのようにむやみやたらとその血を使わないし、まず言葉でねじ伏せようとしてくるし、それができないなら体当たりで挑んでくる案外肉体派なことをしてくる。レオは大体、言葉でねじ伏せられる前段階、あの有無を言わせない眼差しに屈服することがほとんどなのだが、何回か彼に拳骨を見舞われたことだってあった。彼の手の甲は硬いし骨が目立って、拳骨を落とされるとそれはそれは痛い。裏拳をかまされた敵を見たことがあったが、あれはたぶん鼻の骨が砕けていたと思う。ちなみにザップは普通に殴られただけでなく普通に蹴られたこともあるらしい。戦闘以外で必要以上に足を使わないように思うから、それはよっぽどスティーブンにとって必要だったんだろう。貴重なことだ。
あのライブラに正面きって侵入してきた男をスティーブンが口でも蹴りでもなく真っ先に殴ったのは、言葉よりも足よりも手を出した方が早いと判断したからに違いない、レオはそう考えた。スティーブンは喧嘩っ早い。きっと。僕が思ってるよりもきっとうんと人を殴るのに長けているんだ。たとえば、どうせ凍らせるから生身で殴ることによってDNAを採取するためにとか。そういう戦略的な物理暴力。現に、あのあとすぐ、めそついているレオをおざなりにも片腕であやしながら端末を操作し、マグカップに付着した血をライブラの鑑識組に回しているようだったし。
それに彼は効率を好む。最善だと判断したら知略でも暴力でも舌戦でも何でもするだろう。あのマグカップ殴打は彼の中で最善だった。彼はそういう最短ルートを迷うことなく選べるような人間であることを、レオもライブラで仕事をするうちになんとなく気づいている。そういうところが血も涙もない冷血漢と評されたりするんだろうが、あれは血凍道を先に使っていたらレオごと凍っていたかもしれなかったから丸きり冷血漢と言うわけではない、と思う。(あの氷の副官がそんなヘマをするとは思えないが、いつぞや、エスメラルダ式血凍道はあまり繊細な動きはできない、と聞いた気がする。ただし “斗流と比べて” が前提だったためその評価は公正ではないだろう)
けれどスティーブンは男が執務室に入って来た時点で違和感を覚えていたと言っていた。
その時彼は、男を待たず、マグカップを持ったままレオから離れて。
彼はまず、見極めようとしたはずだ。相手が何であるか。違和感の正体は。そうして探りを入れ、相手を泳がす。得意そうだ。得意だろう。クラウスの苦手な腹の探り合いを一心に担う副官だ。かと思えば、余計な混乱を招かないよう気を使ってわざと敵方の人質になるような人でもある。まずは言葉を。スティーブンは対話を武器にする。そうなると、あれは、だから、考えれば考えるほど。
「俺を助けるためにマグカップでボコったんだよな
……
」
そこだけ切り取ると変なふうになるって、レオは自分で自分に突っ込んだ。いや、変なふうって何だよ。
ちゃんと怖がった方がいい。スティーブンさんはあのマグカップが武器になると知りながら、知り合いだと思っている相手に近寄って談笑する裏では何かあれば相手をそのマグカップでぶん殴ろうと近寄った最初から思っていたということだろあれはつまり。怖え。その “何か” が予想外に俺を巻き込んで起こったからたぶんスティーブンさんはやむを得ず手を出したんだ。怖いよ。ちゃんと怖いよ。俺にはできないどころか思いつかない非道さだもん。マグカップは人を殴るための道具じゃない。
というか、やっぱり、対話を持って相手を探っていたのにそれが一瞬にしておじゃんになった原因は俺にしかなくないか。ものすごくお邪魔だったんでは。珈琲淹れましょうかの時点で既に気が利かないやつだったのでは。
レオがこの四日間そういうことをぐるぐる考えるしかなかったのは
――
スティーブンは案外とすぐに手が出るたちなのかもしれない、という言い訳じみた、ともすれば後から不安になった自分の気の利かなさを棚上げしたことを宣うのは
――
最低なことに、どうやら、胸がどきどきしているからにほかならなかった。
恐怖で。レオは頑なにそう信じている。
もちろん分かっている。DNAを採取するためとか。レオごと凍らせかねなかったからとか。そもそも、本当は端から殴り倒すつもりでいたとか。合理的な理由あっての行動だと、レオはきちんと分かっている。分かっているから、その冷徹なまでの合理性に恐怖している、と信じ込んでいる。
ただ少し、ほんの少しだけ、レオが盲目的に信じようとしている視界の端っこらへんで、ちらちらと残像のように煌めく意識があるのだった。
自分の目で見た合理性極まりない暴力沙汰と、自分が助けられたことによる恐怖で上塗りされた感情の奥、にあるレオがあんまり見てみぬふりをしている意識の端っこ。
レオには時間がたくさんあった。
四日間もの自宅待機を命じられていた。不法侵入マグカップ殴られ男の詳細がその日のうちに分かり、レオが義眼持ちであることは知らないようだったがライブラに出入りする一般人らしい少年
――
レオナルド・ウォッチ!
――
目当ての敵組織であることは早々にこちらが調べ上げていた。四日もありゃ潰せるな、それまできみ、家から一歩も動くな、スティーブンがようよう泣き止んだレオに念を押して、しかも四日間こもるための食料もライブラから回してくれたため、レオは自分の部屋で実質四連休を過ごすしかなかった。ゲームをしたり、本を読んだりもした。動画URLの貼られたメッセージ画面に新しいメッセージが来ないかと逐一気にしながら、何度も何度も同じ歌をループ再生したりした。全部歌えるようになったのを知らせるべきかという悩みも発生した。しなかったが。けれどそれらのことをしながらもずっと考えていたのだ。ほかにやることのなかった哲学者のように。
レオの意識下では、レオ自身が気づきたくないと思っていても勝手にそれが徐々に大きく主張してきている。これはレオだけでなく、大抵がそうだろう。
一目惚れでない限り、大抵の恋はじわじわと侵食してくるものだ。
レオはいい加減、目の前ばかりでなく、端っこの方に目を向けるべきだった。そうしたら、まさか、いつの間にか目の前まで迫っていた眩い煌めきに泣かされることもなかっただろう。煌めきというか。名前的には冠や星を含んでいても色的には全くの暗闇なのだが。
四日間の自宅待機をした次の日、四日前にとったら五日後の
――
アドルフとのデート当日の話である。
※
Good luck
という鼓舞に前置きも、後ろに絵文字も顔文字も何もつけないのが、いかにもスティーブンらしい。
特に説明もなしに、しかもレオが寝静まった深夜に送ってきているということは、本当に四日間で無事に終わらせたのだろう。“気兼ねなくデートしてこい” というわけだ。それで上司の仕事が全部片付いたことになればいいのだけれど、午前真っただ中である今頃はきっと事後処理に追われているに違いない。ずんと申し訳なくなる。レオは何か謝罪の言葉を駆使した返信をしようとして
――
“お疲れさまです。行ってきます” と送った。それから、“今度何か直接お詫びを、いや、仕事で返します” と追伸した。そっちの方が副官にとって良いだろうと判断したのだが、ああ、うん、死ぬ気で頑張ろう。どんな仕事が振られたって泣き言は言わないぞ。
ピーナッツバターの瓶に直接スプーンを突っ込んでしばらく待ってみたが(パンはある。しかし思うのだが、ピーナッツバターはそのまま舐めたって食事にはなる。もちろん、ちょっとした間食にも)、返信どころか既読がつきそうになく、また約束の時間も迫ってきていたのでレオはスプーンを歯ブラシに変えた。
これはデートじゃない、鏡を見た自分の顔にはそうありありと書いてある。でも、自分のことを好きだと分かっている相手と遊びに行くのは、まごうことなきデートなんじゃなかろうか。いいや違う。と、も、だ、ち、だ。少し惑わされすぎなんじゃないだろうか? スティーブンさんに。
今日俺はアドルフさんを振る。だってそうしないと。
……
そうしないと、だって。
スティーブンさんに、アドルフさんと恋人になりましたって報告したくない。
報告したくないのはザップさんにじゃなかったっけ?
「やべっ時間だ」
姿見などはないのでくるりと回って自分の姿を確かめる。(ポケットが内側にたくさんついた)タートルネックのダッフルコートに、(ストレッチ性抜群の)スキニーパンツ、(走り慣れ、いざという時に見つけやすい)いつもの派手なオレンジ色のスニーカー。特に貴重品を入れていない盗まれてもいいリュック。(背中が守れる)
「窓閉めた、電気消した、コンセントOK、ピーナッツバター
……
冷蔵庫。携帯持った。よし」
頭の中ではスティーブンに教えて貰った苛烈な失恋ソングが流れている。送られてきた三曲のうち一曲がそれだったから、よほど好きなんだろうとは思っても、何か意図を感じざるを得ない。アドルフを振るなとか、そういう。女性が恋人に振られてベッドに火を点けたことを詩的に表現したその歌は、ここHLじゃニュースにもならない普通に起こることだろう、益々注意喚起として教えてくれたのかと思えてくる。
アドルフは「友だちでいたい」と言ってきた相手に諦めないメンタルの強さを持っているが、本当に振られた場合はどうなるんだろう。それを今から、レオが実行して知ることになるのだ。
傷つけたらいやだな。
そうは思っても、肝心な言葉を未だ用意できていないのが致命的だった。四日間もあったのに。
俺はアドルフさんと恋人にはなれないよ、それ以外の言葉が、まだ。
ところで二人は本当に仲の良い友人であったので、遊びに行くこと自体は大いに楽しいものになった。
告白していようがされていようが幸いどちらも緊張や変に格式張ることもなく。待ち合わせをして行きたい店に行って、ファストフードを食べて、映画を観る。なよっちい少年と武闘派ではなさそうな青年、しかも刺したら死ぬ人類という組み合わせは格好のカモに見られやすいのだが、これに対してもレオはそう不安がることもなかった。なぜなら、今までアドルフと一緒にいて、そういう目に遭ったことがないからだ。
よくカツアゲに遭うレオの手当てをしてくれるアドルフ曰く “生まれつき運がいいんよ、俺” らしい。
納得して “めちゃくちゃいいね、ラッキーガイ” と返した。何せレオは既に豪運の男を知っているので運がいい人間はこの世にちゃんと実在するということを深く信じている。どの次元の世の中にもきっとクソッタレな神さまと最高にイカす神さまの両方がいて、無差別に三次元の人間を選んではそれぞれのやり方でおちょくっているのだろう。アドルフの運が良くてよかった。でなければ、レオはアドルフと出会う機会を失っていたかもしれない。アドルフは豪運男とは違って周りにも良い運をもたらしてくれている気がする。初対面で助けられた自分が思うのだから間違いはない。
「すっげー面白かったね、映画。リバイバルされなきゃ観ることなかったかも」
「うん。観れて良かった。っつかあれやんな、内容もやけど、なんかめっちゃホッとした」
「わっかる。俺たちまだ人間向け2D映画で心底楽しめるんだっていう安堵がね、あったね」
「やっぱり? あとあれ、思った以上にスプラッタ耐性ついとったわ」
「俺も! やっぱ大画面だし、ゲームに比べたらドギツイかなって思ってたけど。いやー、ホッとするスプラッタアクションだった。吐き気どころか胸を撫で下ろすグロシーンなんて俺初めてだよ」
「現実でもこーやったらええんやけどなあ」
「無理だよなー、考えるより先に胃液が逆流すんだもん
……
」
「体は正直ってやつやんな。やっぱ現実と映画はちゃうわ」
「今から映画みたいな現実の街に戻るけどね」
「吐きそうやったら言って。耳元でセロリ刺すから」
「人を刺す時の効果音! 謎の優しさ!」
「緩和されるかなって」
「目の前でスプラッタ起こってたらセロリも刺され損だよ」
「後でスムージーにして美味しく頂きます」
「食べ物を粗末にしないのはいいけどそしたらまず吐いてる俺を助けようね?」
こういうふうに、傍目から見ても大変仲良くけらけら笑いながらゲットー・ヘイツの真っ当な映画館を出る。
アドルフとこうして人間しかいない街を歩くのはなんだか泣きそうなくらい
普通
・・
でレオは感慨深くなった。
異界人の友だちも人間の友だちも、どちらも友だちには変わりないけれど、やはりレオはどうしようもなく人間なのだということを思い出させてくれる。眼窩に埋まった罪を忘れるつもりは毛頭ないが、こうした時間を蔑ろにしないのもまた大切だとレオはきちんと分かっていた。
「そろそろゲートやけど、大丈夫? ほかに寄りたいとことか」
並んで歩くアドルフに訊かれ、つい習慣的にジャック&ロケッツに行かないとと喉元まで出かかったがすんでで首を横に振った。「ううん、ゲーセンは行ったし」「本屋も行った」「昼飯も美味しかったし」「映画も良かった」「あとはー
……
」デートだからといってアドルフは何かプランを練るわけでもなく、いつも通りの友人だった。それが一番レオに合うことを理解しているのだろう。これが本当に助けてくれた『お礼』になっているのかいよいよ怪しい。
「あっ」
「お、どっか行きたいとこあった?」
「マグカップ
……
」
ぽつりと言っていた。
「マグカップ? 欲しいん?」
「いや、えーと、その、いや、でもな
……
」
「ん?」
「えーと、職場の上司に、お礼みたいなのを、何か。うん。でも、そんな、要らないかも」
「めっちゃハッキリしやんやん」笑いながらの北欧訛り。「ええよ、見に行こーぜ。雑貨屋さんかな」
「あ、ありがとう。あっちかな?」
レオはちらりと店を探す振りをしてアドルフを盗み見た。見上げた角度、右頬から鷲鼻にかけての線の具合が氷の上司にそっくりだった。傷がなくて、二十代のスティーブンさんなら、こんな感じだったりするんだろうか。イギリスの女性ロックバンドを聴きながら、ゲームなんてひとつもしないで、彼はどうやってここまで来たんだろう
……
。
「
……
俺の顔に何かついとる?」
垂れた目尻を柔らかく細めてアドルフがレオを窺うように見下ろした。既視感にドキリとする。ついてないんだよ、心の中だけでそっと呟いた。傷が。ついてないんだ。
「ううん。ごめん。何でもない」
「
……
見惚れてくれたんかと」
青白い頬が気恥ずかしそうに微笑んだ。レオはまたドキリとして、けれど、何か重大なことを見落としている感覚がして立ち止まった。アドルフも立ち止まる。
「レオ?」
垂れ目にかかるブルネットが影をつくり、彼の青い瞳を濃くしている。隔離居住区内の薄ら寒い青空が彼の白い肌と黒い髪の境目を際立たせているようだった。
「アドルフさん、は」自分の口が思い通りに動かないぎこちなさを感じ取る。「
……
いつも、カッコいいっすよ。真面目に」
アドルフが面食らって目を丸くしたあと、マジで? 嬉しいな、と言ってはにかんだ。
真白の頬にえくぼができるのを見たレオは、あれ、と思った。しかし何が「あれ」なのかいまいち分からない。この感覚には覚えがある。最近、数日前に味わったばかりだ。
まるで知らない間に、知っているふうにされている、みたいな。
……
なんだそれ。
レオは糸目をうんと細めて違和感に蓋をした。楽しくなさそうな感覚だったからだ。友だちと遊んでいる時にそれは良くない。
……
スティーブンがいたなら振る立場の人間が何を気遣っているんだとどやされそうだが。このことを相談したら確実に言われるだろう。
「い、行こアドルフさん」
どうして暇じゃないのにスティーブンさんのことを考えるんだ、俺は。
情緒なくずんずん歩き出したレオの後をアドルフはふふと笑いながら着いて来てくれる。
もし振り返っていたならば、きっと、その笑みがどういう感情によるものか、ひとの感情に聡いレオなら気づけていただろう。
レオの目は今、アドルフを見ていないのである。
「これはどう? 青色が綺麗」
店内の何もかもが人類向けの雑貨屋、食器コーナーに立ち並んでからレオは首を捻りっぱなしだった。前からスティーブンには何かお礼を、と思ってはいてもいざ品を考えるとなると中々に勇気がいる。気に入られなかったらどうしようとか。迷惑じゃないかなとか。
とりあえずレオが出した条件が『赤と青の頑丈なマグカップ』で、それを聞いたアドルフがひとつを見つけては手に取ってくれる。
レオは首を捻ったまま唸った。
「ううーーん。ちょっと
……
脆そうだ
……
振ったら取っ手が外れそう」
「ひょっとするとレオの上司って握力ゴリラやったりする?」
「ううん、握力ゴリラな上司は別のひと。マグカップあげたいのは脚力カンガルーな上司だよ」
「マトモな上司おらんくない?」
「HLだからね! 俺もそう思う」
「あは、思っとるんかい」
「マグカンガルー上司はね、一見マトモじゃないふうに見せかけて本当にマトモじゃない感じがするんだ」
「それはただのヤバい人やで」
「どうしよう、ほんとだ。
……
ヤバい人しかいない」
「呟いたねぇ、しみじみ。転職したかったらうちおいで、店長もレオのこと気に入っとるみたいやから」
「あれ気に入られてたの? あんまり好かれてないかと
……
」
「視力がない種族な分、人をよく知ってくれるよ、店長は。あ、コレどう? 底が赤色」
「この赤は
……
目立つね
……
」血の色が。「もう少し黒ずんだ赤が
……
」いやいやいや。自分は何に加担するつもりだ。「ごめんやっぱ底が赤色なのは除外しよう。頑丈なのもなし。もう何か、超ファンシーなのにしてやる。ラメ入りショッキングイエロー、叩いたら割れそうなのとか」
「“大人しめな赤と青で頑丈そうなの” からかけ離れとるけど。大丈夫か?」
「サンタクロースから貰ったとしたらぶちギレ案件だけど。このプレゼントは俺が勝手にあげるだけだし、相手は良い子ではないからたぶん大丈夫」
「お礼の品の気持ちはどこ行ったんよ。上司なんよな?」
「だってお礼って気持ちも勝手に
……
俺が勝手に
……
なんだよなあ。どうしよう」
陳列棚の前で唸るレオはすっかり優柔不断なお客そのものだった。隣であれこれアドバイスしてくれるアドルフの頼もしさったらない。
「でもお世話になっとる上司なんやろ?」
「うん、だいぶ」アドルフに告白されてからの迷惑かけっぷりは自分でも図々しくて最悪だと思っている。「マグカップなら、そんな好みじゃなくても使えるよね」
「それに貰ってもそこまで気後れしやん物っちゃうかな」
「でもいつも決まったマグカップ使ってるし
……
珈琲は好きみたいなんだけど」
「まー飲むために使わんくてもペン立てとか置物とかにもなるやん」
「そ、そうだよな。じゃあやっぱり、そんな頑丈じゃなくてもいいのかも」
「一番重視したいのはそこなんやな? マグカップに頑丈さかあ。まあHLやし、それなら異界人向けの方が
……
お、北欧食器」
「ほんとだ。フィンランド! 模様きれいだなー。雪の結晶
……
」
「無地ばっか見とったけど、柄物はアカンの?」
「あんまイメージが。シンプルなのが好きそうで」
「んじゃあその手に持つショッキングイエロー、一旦置こ」
「でも黄色が好きって言ってた」
「大人しめでシンプルなのとラメ入りショッキングイエローは共存できやんのよ。冷静になってくれ」
「でも結構きれいなイエローだと
……
アドルフは何色が好き? 俺オレンジ。オレンジ好きに言わせるとこのイエローは反射によってオレンジに見えないこともないからギリ合格」
「レオが気に入っとるんやん、それ。俺はレモン色」
好きな色を聞いたレオは何かに引っ掛かったみたいに手元のマグカップからアドルフを見上げた。
濃紺の瞳と視線がかち合い、その視線がマグカップについと下りた。
「つまりイエローやな。黄色好きな俺からするとマジでそのショッキングイエローは邪道やから。な? 戻そか」
「アドルフ」
「なに?」
唇を湿らせ、意識的に言葉を発そうと口を開く。開いたところで、一体何を言いたいのか、まるで舌が分かっていなかった。ならば脳みその方が分かっているかと言うとそうでもないらしく、口を開かせたくせに、それ以上の指令を出してはくれない。
自分自身に困惑して眉を下げたレオの前で、アドルフも困ったように眉を下げた。凛々しい眉から力が抜けている様は、レオもよく見るスティーブンの困り顔とよく似ている。イメージを念写したらこんなふうになるような、ほんの些細なぼやけた違いしかない。年齢と、傷の有無と、
……
。首までいったらタトゥーだってないし、身長もスティーブンより低い。そんなことは当たり前だ。最初からそうだもの。
最初って?
「アドルフ、きみ
……
」
「なに、レオ」
「何か、が、おかしい気が。よく分かんねえけど、なんか、なんだ? 分かる?」
「分かるよ」
「うそ?」
「
……
ほんと。きみは分かっとらんみたいやけど」
「なんで俺が分かってないことを分かってるの」
「俺の問題やから」
「アドルフの?」
彼は一度溜め息のような深呼吸をすると、強張った手でマグカップを持つレオの手を握り込んだ。体温が高い。緊張しているのが手のひらから伝わる。それは『どうしよう』と言っていた。
頬に血の気がのぼっていない。その時レオはハッキリとおかしさを知った。
――
彼はこういう時、真白の頬が赤くなるはずだ。
「けど、こんなんは初めてで。問題があるのは俺だけっちゃう。レオにも、たぶん」
「問題が? 俺なんて、問題だらけだよ」
「じゃあその話をしよう」
「
……
できないよ」
「なら、きみは俺の話を聞くだけでいい。お願いやから」
アドルフは陳列棚に隠れるように膝を屈め、レオに身を寄せ、縋る調子で言った。
「俺の部屋に来て。そうしたら分かる、分からんことが。全部ね」
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