さもゆ
2024-12-10 00:53:45
85123文字
Public BBB
 

【スティレオ】とりあえず、ワンモア

名前有りのモブがレオくんに迫るのをモブレオって言っていいならこれは八割くらいモブレオ。
残りの二割で何とかスティレオになります。
こんなに書いといてあれなんですけど、大したこと何も起こらないです。へへ。

2021.3.7 たまごのお粥pixiv投稿作品



 昨日の夜から手のひらの汗腺が活発すぎてそろそろ両手が干乾びるかもしれない。
 シャワーを浴びたってベッドで眠ったって頭の中から「どうしよう」という思いは消えてくれなかったし、その「どうしよう」が手のひらからじわじわじわじわ滲み出てくる。滲み出たからと言って消えてくれるわけでもない。手に汗を握ってしまっているから、レオの「どうしよう」はずっと手の中だった。振り払おうにも、いかんせん、その手をガッシリ掴まれているので、あの手この手を使う「あの手」も「この手」もないしとっくにお手上げの気持ち、ただ汗でべたつく手を握られているしかない。
 握っているのはもちろん、押しの一手、レオのことを逃したくないアドルフである。

 昨日の今日、だって家が近い。ライブラに出勤がてら、ちょっと時間に余裕を持って、レオはアドルフの働く古本屋に出向いた。目的は自分の中では明確で、実際に告白してきた友人と会うまでは立派な決意『告白を断る』というものがあったのに、どういうわけか、店先で開店準備をしているアドルフと顔を会わせた瞬間、煮崩れた。この手の汗はそういう決意や目的が汁となって滲み出ているものでもあるに違いない。でなければ、なぜ言葉を用意してきたはずの喉がつっかえるんだ。
「もう来てくれないかと思った」
 そう言ってレオに駆け寄って来たときの、彼のはにかみっぷりったら! 薔薇なら恥ずかしがって閉じきるほどの威力だったし、人間のレオは血潮が巡って頬を染めるほどの嬉しげな笑みだった。てらいない態度ほど今のレオの心をざわつかせるものはない。なんだか後ろめたささえ忍び寄ってくるようだ。

「ア、アドルフさん、あの。手を、手をね」
「え? あ、いやその、ごめん」
 アドルフはぎゅっと握っていたレオの両手を離しかけるものの、こちらがすぐにでも外せる力加減で再び指先を握り直した。「ごめん、こんなこと言うと怯えられそうなんやけど、あの……きみから離してくれやん? その方がいい。俺本気できみのこと、」好きなんだ、と赤面しやすい顔を俯けて呟く。
 レオの方が当然背が低い。表情のどこも隠せていなかった。
「そ、」
 ほとんど反射的にアドルフの手を汗まみれの手で握り返していた。「そんな死にそうな顔して言わないでよ。ちょっと待って。この手を離したからって、俺たち、友だちやめるわけじゃないですよね?」
……友だちのままがいいの?」
「えっ? あっはい、うん、今日は、それを言いに……来たんです」
 ずっと喉の奥で待機していた言葉が順番通りとはいかずとも、ようやく口から突いて出る予兆に鼓動が速まる。「……俺、アドルフさんと恋人にはなれないよ。できれば、友だちのまま……
 握った指先が震えるのが分かり、後半はほとんど囁きに近かった。心臓の鼓動ばかりが大きくなる。傍らを通り過ぎる生体車の不躾な騒音も気にならなかった。
……理由を訊いてもいい? やっぱり男は駄目?」
「そ、……そうだね。できれば女の子がいいとは思ってる。好きになったら、相手が何でも構わなくなるかもしれないけど……
「俺のことは好きっちゃう?」
「好きだよ。ほんと。この先もしHLを出る日が来ても、ずっと友だちでいたい」
……じゃあ、今、恋愛的な意味で好きな人はおらんの?」
「おらないよ」
 あ、と思う。なんか、たぶん、彼につられて少し訛った受け答えをしたせいだけではなく、単純に答えを間違った感覚がした。証拠に、マズい、と脳みそが思ったのだろう。氷の上司、決して答え方を間違えさせないスティーブンの柔和に見えてひどく冷え切った微笑みが、訝しんだレオの脳裏に吹き抜けていく。義眼と脳は神経で繋がっている。あまりにクリアなイメージに背筋がゾッとした。
 この間違いについては後から自分でも咽ぶほど反省することになるし、のちほどたっぷり糾弾されることになるのだが、後の祭りというもので、祭りの真っ最中には自分がどれだけ間違った踊りをしていても気づかないものである。どころか、踊りを間違ったまま、この祭囃子みたいな心臓を落ち着かせることに必死で、上司の正しい微笑みを見て見ぬふりをした。愚かである。
「い、いないよ。好きなひとはいないし、誰ともそういうふうに――
 なるつもりはない、と言いたかったのだけれど。
「なら、まだ俺は、諦めやんでもいいってことやんな」
「へあ?」
 アドルフは赤い皮膚のまま、ずいと顔を近づけ真摯に言った。
「きみがどんだけ友だちのままでおりたいかは分かる。俺がどんだけ……きみが好きで、抱きたいかは、きみは分からんやろ。ええんよ、それで。だからって俺がこの気持ちを諦める理由にはならん」
「え、あ、え?」
「迷惑ならそう言ってほしい。遠慮なく。そしたら俺はもう二度ときみに触れやんし、話しかけやんし、顔も……見せやん」
……あ、会えなくなるの?」
「うん。さすがに抱きたいほど焦がれる相手を前にして、友だちのままでおられるほど、俺は理性的っちゃうしこの気持ちも小さくない。もう会わんって言って」
「も、……いやだよ、だって俺、アドルフさんに本を教わったり、ゲームしたり、お喋りするの、すっげ楽しみだったのに。人間の……同じ人間で、友だちとして、すごく……好きなのに。俺だけなの?」
「好きがちゃうんよ、レオ。なあ。やったらまだ俺は、きみのこと好きでおっていい?」
「それは、うん」
「諦めやんでいい?」
「いいよ」
「レオも、友だちの俺を諦めやん?」
「諦めないよ」
「よし、どっちが先に折れるかやな。俺はきみに好きになってもらえるよう頑張る」
「ん? うん。うん?」
「きみは俺に折れるか、こっぴどく振るか、それか」
 レオの脳裏の上司が血色の悪い顔で肩を竦め、癖のあるブルネットをがりがりと掻いた。“頭が痛い”

 アドルフが血色良く、潤んだ熱っぽい瞳で言う。

「ほかに、好きなやつをつくって。そうしたら俺は潔く諦めるから」





「頭が痛い」
 
 まさにイメージ通り、目の前の上司が癖のあるブルネットをがりがりと掻きながら言った。いや、イメージよりも眉間の皺が深く、かなり大変そうだ。レオはソファに縮こまってギルベルトが用意してくれたクッキーをぽりりと齧った。おいしい。クッキーモンスターなら皿どころかテーブルごと食いつく美味い甘みと食感だ。強張っていた体がちょっと解ける。すると盛大に溜め息を吐かれてレオはまた亀のように首を引っ込めた。

 ブリーフィング終わりに氷の上司と執務室に二人きり。
 本当はレオは出勤早々ザップを掴まえてもうどうにでもなれと泣きつこうと思っていたのだが、あの先輩ときたら昨日の仕事終わりに愛憎劇に巻き込まれて入院していた。おかげで頼れるツェッドは朝から外回りに駆り出され話す暇もなかったし、クラウスは午後は用事があるからとさっそくザップの見舞いに行ってしまうし、気がついたらいてくれるギルベルトもそれに伴ってしまって、なら非戦闘員のレオがやることと言えばもう事務仕事だ。(ちなみにだがザップのお見舞いには退勤したら行くことに決めている)取り残された心地になったレオは急ぎの案件はないようなスティーブンにつつつと歩み寄って今朝の出来事を「あのご相談があって」と昨日そっくりにぶちまけたのだが。

 秘密の共有者、よき大人、苦労人のスティーブンはある程度予想していたのか、冷めた目を細めて薄っすら口角を持ち上げて見せた。レオは益々首をタートルネックに埋める。怖い。

「昨日の今日だぞ。僕が何を言ったか思い出せるか?」
「ど、どれのことでしょう」
「『情けで気を持たせることほど残酷ったらないぜ』いいか? あと一度だけだ。情けで気を持たせることほど残酷ったらない。四度は言わせるなよ」
「だって……
「だってもへったくれもあるか。いいように丸め込まれてるとしか思えん」
「そんな……
「大体、どうして馬鹿正直に好きな相手がいないなんて答えたんだ。断る口実として一番簡単だろ。断りたかったんだよな?」
……」後の祭り。自分がどれだけ間違えたかを正しく悟り、レオはワッと泣き声を上げた。「だってぇ! あんなんそりゃこっちがバグりますって! 正しい判断もできなくなりますよだって俺こんなこと初めてだし最初っから何でもかんでも上手くできるような器用さねェっすもん! そりゃね! そーなんすよね! ほんとっどうして俺……あーやって答えちゃったんだろう。好きな子がいるって言えば良かったのに、馬鹿みたいだ」
「謙遜するなって、馬鹿なんだよ」
「ウワーーン!!」
 咽びながらソファに引っ繰り返った。向かいでスティーブンは静かに珈琲マグを手に取る。
「それにしたって、押し切られすぎじゃないのか。いい友人でも強引に恋人にされてちゃ世話ないぞ」
「まだ恋人じゃないです。まだってなんだ。そんな予定ないです。でもそれは……確かに……
「きみは間抜けでおっちょこちょいだけど、意志薄弱な野郎じゃあない。ほかに何か、キッパリ断れない理由でもあるんじゃないのか?」
……」レオは横臥したままあんぐり口を開け、考えてみて、考えついたものに口を閉じた。気づいたスティーブンが凛々しい眉を片方ひょいと上げる。言ってみろと促されている。一応、口を開いた。「……顔が……
「顔?」

「アドルフさん……顔が……よくて……見てたらなんか、ノーもイエスになっちゃうというか……

「OK、レオナルド。正式につき合ったら言ってくれ。密やかにライブラがきみたちを守ろう」
「待って待って待ってスティーブンさん! スティーブンさん待ってお願い! お願いです! 待ってぇえ!」
   
 お喋りを打ち切り席を立ったスティーブンにテーブルを飛び越えて追い縋る。その際クッキーとマグを素早く避難させた上司は飛びついてきたレオによって再びソファに腰を落とし、胸元で喚く部下に大層胡乱な眼差しを向けた。「いいんじゃないか。顔の良さでも。性格もいいんだろう。これ以上つき合うかどうか悩んだら茶番になるぞ」などと投げやりに言われたレオは堪ったもんじゃない、違うんですって! とほぼスティーブンの膝の上で叫んだ。
「マジで! スティーブンさんだって実際やられたら分かりますよ、はにかみ屋さんが真っ白の頬赤く染めて窺ってきたり力強く自分の意見言ったり、瞳だって! 角砂糖と星を砕いたってあんなふうにむずむず煌めいたりはしませんよ! 夜明けの、空の端っこみたいなっ、綺麗な目ぇしてるんすから!」
「完全に顔の良さを分かってやってるだろ、それ。きみ騙されてるぞ」
「アドルフはそんなやつじゃねーっすもん! それにねえ! こちとら綺麗な顔なんざチェインさんで毎日鍛えられてんすよ、顔だけで落ちるなんて絶対にない!」
「確かにチェインは美人だ、免疫もつけられるだろうさ。けど女性に限っての話だろ」
「男だって一緒じゃないすかあ! 綺麗な顔に男も女もないでしょぉ!?」
「分かった、分かったよ。ところでレオナルド。俺の目を見てくれ。まつ毛入ってない? 痛いんだ」
「えっ? どれどれ……
「左目なんだけど」
「失礼しますね」
 もともと跨いでいた体勢を更に乗り上げるようにして、レオはスティーブンの夜更けの瞳を覗き込んだ。眇められたそれを、糸目をもっと細めて注意深く見つめる。断りを入れてから傷のある頬に手を宛てがい(傷痕がざらりとしている!)下瞼を引っ張ろうとする、その時だった。
「レオナルド、お願いがあるんだ」
「へ……お願い? なんですか?」
「大事なことなんだよ。ようく聞いて」
 スティーブンはレオの伸ばした手、つまり頬に宛がっていた利き手を掴むとそのままソファに引き倒した。いきなりの横暴さにうぎゃっと悲鳴を上げはしたが、体は驚いて硬直してしまう。今度はレオの上に圧し掛かったスティーブンがぐっと顔を近づけて「レオ」とこちらの唇の上で囁いた。吐息が掠める距離に思わず義眼を見開いてしまう。夜色のまつ毛と瞳に真昼を散らされたスティーブンは眩しそうに瞼を半ば下ろした。

「お金、貸してくれないか? いまちょっと、困ってるんだ」

「嘘だ!!!」

 ウワびっくりした、スティーブンが言う。「急に叫ぶなよ。唾を飛ばすな」
「スティーブンさんはそんなこと言わない! 俺にたかっていいのはザップさんだけなんすからね! 誰だアンタ!」
「今の一瞬で別人と入れ替わるなんてむ、りじゃないのがこの街だよなあ。確認してみろよそのパチッとお目々で」
「う、うそだ……スティーブンさんだ……い、いくら必要なんすか……?」
「馬鹿」
 パシンッ、頭を叩かれた。混乱しきりのレオを放ってひとり座り直した上司は、行儀悪く背もたれに(と言ってもものすごく様になる)肘をついて、転がったままのレオを見下ろした。そして滑らかに唇から低音を紡いだ。
「ひとつずつ減点していこうか。まず俺の膝に乗っていたこと。体躯も力もないんだから簡単に押し返せる。まつ毛なんて常套句で騙されたこと。携帯でも鏡でも貸しとけ。押し倒されても抵抗しなかったこと。まー叫んだり暴れたりで意表を突くどころか相手を激昂させることもあるが、きみはもういざとなったら自分の身くらい自分で守れるだろ。義眼を見開いたこと。使うつもりがないんなら容易に見せるな。最後に俺が金を無心したことで我に返ったのは加点してやりたいが、本物の上司だからって脈絡のない『お願い』を受け入れかけたので台無しだ。全部な。それから、俺がお前に気のあるアドルフくんだったら、お前はこの時点でキスどころか服も脱がされてる。おまけに彼はきみの言う『顔のいい』やつらしいから、俺でこれなんだ、もう抱かれてても金を盗られててもおかしくない。総合として、これ以上に簡単な採点ってあるか? マイナスだよ。どこまでもマイナスだから点もない。おめでとう」

……えっ、そっなっ、なんっ」
 叩き出された点のない、むしろ隅にでかでかとマイナス数字が書かれた見えない答案用紙を返されたレオは、覚えのないテストに戦慄して絶句した。つまり、今のは、全て、試されていたのだ。スティーブンの手のひらでくるくるとみっともない踊りを披露していたことになる。いやこれは責任転嫁だ。確かに今の流れは、自分が愚かだった、ような気がする。アドルフと話している時もこうやって音楽に乗って踊るように流されていっているのだろう。流され方を客観的に教えられたのは素直に有り難いとは思うが、しかし、それにしたって音楽をかける方が巧みなんだから悪いのはレオだけじゃないはずだ。責任転嫁だ。
「スティーブンさんが、今のはスティーブンさんが」
 もたもたと起き上がり、非難がましい声を上げる。
「だってスティーブンさんだから、何かわけがあるのかなって思うじゃないですか」
「それと同じこと言ってたぜ」
「誰が?」
「クラウスが。ザップに対して。あのクズが自業自得のトラブル持ち込んだとき」
「何でそこで的確にトドメ刺してくるんすか? うわっめっちゃ分かりやすい例じゃないすか。今の俺はあんな感じに見られて? スティーブン先生……ご慈悲を……ご慈悲をくださいせめてゼロ点。俺はクラウスさんほどお人好しでも騙されやすくもないです、ほんとなんです。っつか何度も言いますけどアドルフはほんとそんなやつじゃ。か、体目当てで、誰彼構わず告白して騙すようなやつじゃないっす」
「ザップがなんで入院してるか分かるか? あいつはあいつなりに複数人ちゃんと愛しちゃってるからだ。結局のところ愛や目的が一致すれば体も重なるし、重なりすぎて行き違えばああやって刺される。アドルフくんがきみの想像する『体目当てのひどいやつ』じゃなくても、彼はきみが好きで、抱きたいんだろう。きみは友人のままがいいが、拒絶しきれてない。なら、なあなあで抱かれる未来しかなくないか? ひどくてもひどくなくても、抱かれるきみからしたら同じことだ。きみは抱かれちまうよ」
「とっ友だちエンドだってありますよ! 向こうが正気に戻るかも! 振り向かない小僧相手に恋心が冷め切るパターンだってあるでしょ!」
「振り向かない小僧相手に逆に燃え上がるパターンもあるんじゃないか」
「あー言えばこー言うんだから! っもー! 俺は恋人にはなりませんよ! 抱かせもしねェっす! それにっ、」 

 レオは唾が出そうになった口許をぐいと拭った。
「もしこのまま拮抗し続けたら、ほかに好きな子をつくればいいんでしょ!? そしたら諦めるって言ってましたもん!」
「つくれるのか?」
 胡乱な目を向けてくるスティーブンに思い切り吠える。

「でっちあげます!!」  

……そのひとつも根拠のない自信に免じて、おまけに今後の期待も上乗せして加点してやる。ゼロだ。下げるなよ。出血大サービスだ。本当に出血させるような事態にはするなよ。しそうなら今日みたいに早めに言え。がんばれ」

「あざっす!!!」

 この時のスティーブンほど無感動な応援ったらないのだが、それに気づけるほど賢くはなく、レオは握り締めた手をやる気満々に突き上げた。よって、すっかり皮膚に染み過ぎて忘れているが汗まみれの『どうしよう』は未だ手のひらの中である。