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さもゆ
2024-12-10 00:53:45
85123文字
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【スティレオ】とりあえず、ワンモア
名前有りのモブがレオくんに迫るのをモブレオって言っていいならこれは八割くらいモブレオ。
残りの二割で何とかスティレオになります。
こんなに書いといてあれなんですけど、大したこと何も起こらないです。へへ。
2021.3.7 たまごのお粥pixiv投稿作品
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幸か不幸かまるで分からなかったが、あの後すぐ、ライブラ支給の端末に着信がかかり、レオは呼ばれた現場に向かわなくてはならなくなった。「ご、ごめん、アドルフさん、あの
……
」「
……
また会ってくれる?」「うん」レオはこっくり頷いてダイナーを出た。あそこで、もう会わない、と言ってしまえばもう二度とこの友人と友人でいられなくなる予感が、レオをそうさせたのだった。アドルフのまたいいところだ。レオが時々、急に説明不足の職場に呼ばれても、嫌な顔や不審な顔ひとつせず、困った職場だな頑張れよと言って送り出してくれる。必要以上に干渉せず、慮ってくれる。それはレオの人懐こさと均衡が取れるタイプの相性の良さだった。
ああしかし、何か衝撃的なことを言われたのは確かで、タクシーで駆けつけた現場、R18G待ったなしの違法研究所が創り上げた光学迷彩を纏った豚とタコを掛け合わせたような見た目の魔獣相手に悪戦苦闘しているライブラ仲間に加わっても、少々上の空だった。ザップには叩かれたし、ツェッドには心配された。スティーブンには怒られたし、クラウスには案じられた。チェインには踏まれた。K・Kがいたら母親らしく目線を合わされただろう。レオは義眼を使っても、戦闘が終わっても、そのまま胸がどきどきしていた。
――
俺が、きみを抱くんは?
この言葉の前後の流れはなんだったろう。僕のことを好きだとアドルフが言って、それは性的な意味での好きで、でも僕は女の子が好きだから女の子を抱きたくて、じゃあ、俺がきみを抱くんは?
……
この後の言葉を聞いとけば良かったんだ。「どう思いますか?」なのか「了承してくれますか?」なのかもっと別のクエスチョンなのか、どうして訊かなかったんだろう。だから。それなりに、戸惑ってるんだってば。
各自撤退! 離れたところで、スティーブンの指揮が響いた。
端末を操作し始めたあたり、ザップはこれから女のところへ向かうのだろう、レオはそれを引き留めてしまいそうになってから、はたと気づいた。今、自分は、いつもの癖で、ちょっと相談に乗ってもらいかけた。ぼかしにぼかして、こんなことがあったんですけど、どうしたらいいですかね、と言いそうになっていた。けれど人選は合っているのか? ザップにはおそらく誰よりも下らない話や相談や悩みを聞いてもらっている、もらっているというか、一方的に喋っている。それはひとえに、いかなクズであろうとレオがザップを信頼しているからだし、お互いが懐いているからで、別にアドバイスを期待してのものじゃない。ただ、お喋りするのが楽しい仲なのだ。アドバイスを求める時は、ツェッドによく相談する。
この二人がアドルフとのことを話すのに適役かと言うと、それはちょっと怪しい気がする。
先も言った通り、ザップは性に奔放だ、性だけではなく、誰よりも自由だ。偏見はないだろう。むしろ面白がるはずだ。何だかんだ言って、なよっちい後輩の悩みにくだらねえと笑いつつ応じてくれる、その予感がレオにはある。こちとら既にザップの裸も見たし彼の薬による幻覚の内容まで知っている仲なのだ、恋愛相談をするのに気遣いもいらない。ツェッドも同様で、彼は真面目で知識が深く、人類でも異界人でもないせいか誰よりも個人を見てくれる。レオとアドルフのことを正しく慮った上で、自分なりの意見を言ってくれるだろう。彼の意見にはハッとさせられることも多いし、こちとら既に彼の鰓の開き具合まで見ているのだ、恋愛観を語るのに恥も臆面もない。
二人はレオにとってかけがえのない先輩後輩、そして友人である。
だからこそ言えない。言いづらい。距離が近すぎて、同じくこの半年で距離の近づいたアドルフのことを、気軽に相談しづらい。妙につっかえる感覚がする。二人とアドルフは、別々で完結しているというか、なんだろう、この、たとえるなら親友に別の親友のことを相談する後ろ暗さみたいなものは
……
。
「レオくん? どうしました、ぼーっとして」
「うあっツェッドさん? や、なんでも! あ、え、ザップさんは?」
「女性のところへ。今日は元々行く予定だったようで」
「あー、そうっすか
……
」
ほっとしかけた吐息を胸に、レオは瓦礫だらけの地面をさっさと歩こうとよたつきつつ、「ツェッドさんはこれから事務所ですか?」と訊くと、いつでも手を貸せるようにそばにいてくれていた後輩は「いえ、実は約束があって」と分かりづらいが、照れくさそうに言った。
「以前話した、ヒューマーの親子と一緒に、お昼ご飯を食べようって約束してたんです」
「エッ!」
「でもこの戦闘があったでしょう? 遅れると思うので良ければ日を改めましょうとお伝えしたら、遅れたらアフタヌーンティーでもディナーでもいいと言って下さって」
「おお! ちなみに今は?」
「三時です」
「アフタヌーン・ティーですね! こーしちゃいらんねーですよ、ツェッドさん、スケボーで来たんでしょ? 今すぐ行ってあげてください」
「
……
レオくん一人で大丈夫ですか?」
「だいじょぶです!」ちょっと噛んだ。「夕方からドギモのバイトあるんで、それまで事務所でだらけますよ。ほら、行って行って」
ツェッドは少し触覚が後ろに引かれる素振りを見せたが、逡巡の後、ではお疲れさまレオくん、と言って瓦礫を飛んで行った。戦闘の爆風により蹴散らされていった霧が、ツェッドの風に掻き混ぜられ、緩やかに戻ってくる。
一人になったレオは途端にどうしようと膝から崩れ落ちる思いがした。
アドルフによってもたらされた衝撃を誰かと分かち合いたかったし、バイトまでの残り三時間を誰かと過ごしたかった。ソニックは今日はまだ現れてくれないし、自由で敏速な音速猿の友だちをわざわざ捕まえるのもどうかと思う。ネジとはまず前もった約束なしでは会えない、リールにこのことを話すのは小さすぎる彼の身にはなんだかこちらが心苦しい。
となると、ザップとツェッド以外のライブラの誰かしか思い浮かばない。
しかも、レオと近すぎない距離のひとで、この手の話題が苦にならないひと。ついでに我儘を言うと、あまり重く考えない
――
レオが既に雁字搦めにされているので、なんだそんなことかと笑い飛ばしてくれるか、もしくはほぼ無関心な受け答えをしてくれるような
――
タイプのひと。
「おーい少年、早く戻れよ! 小うるさいHLPDの音がしてきた」
「すっスティーブンさん
……
!」
聞いてもらいたいことがあるんすけど! レオは光明を得た満面の笑みでそう言って振り返り、瓦礫に足を引っかけて転んだ。
ギルベルトの車で急行したクラウスとは別に、出先から現場に直行していたらしいスティーブンの車の助手席へレオはこれ幸いと乗せてもらい(区画シャッフルで約四か月前、レオの家と古本屋が近くなり、古本屋とダイナーが近くなったおかげで、レオは古本屋に二輪で行かずに済むようになった。そのため今日も歩きだった。物理的な距離が会いやすさを実現しているのも、仲良くなった理由だ)、事務所までの道のりを走る。バイト先へは、一時間前に事務所を出れば地下鉄に乗って間に合う距離だし、駅までもそう遠くはないし、約二時間はだらけられるだろう。いつもなら。いかにしてギリギリまでだらけられるか、それだけに全力を尽くしてだらけていたのに、今ばかりはそうもいかない。いかにして、この衝撃をいなせるか。それに限る。
「それで? 聞いてもらいたいことって?」
戦闘の名残りで砂っぽい両頬を擦ったレオは、左隣の傷のない頬をちらりと見上げた。運転しているから当たり前だが、顔も視線も前を見据えている。そのまま大体いつも青白い顔の、薄い唇が開いた。「また水道管でも破裂した? それともネズミ?」
「あっ! その節はありがとうございました。教えてくれた業者さん、めちゃ良心的で。助かりました」
「
……
もっといいとこ引っ越せばいいのに」
「いやー、今のとこで満足っすもん」
「相変わらずだな。なんだ? じゃあとうとう給料の前借りや手当てを頼みに、ってわけじゃないんだろ?」
「
……
えっ僕そんな相談オーラ出してました?」
「相談オーラ。まー、きみって水道管が破裂したとか異界ネズミが棲みついたとかどーでもいいことはすぐ話し出すだろ。『聞いてもらいたいことがある』なんて前置かずにさ。前置いたとしても、僕が車のドア開けるまでに話し出してるだろうし」
「そ、そうっすか?」
「僕はそう思ったけど。深読みしすぎたかな。普通の雑談だった?」
「
……
普通の雑談に見せかけたご相談を持ち掛ける予定でした
……
」
「いい白状だね」
「これは僕の友だちの話なんすけど
……
って始めたら十中八九僕の話になっちゃうことは承知で始めるんすけど」
「白状が留まることを知らないね」
「生まれて初めて男に告白されたんすけどどー、どーすればいいんすかねっ? 僕の友だちは」
「
……
それさ」スティーブンはちらとレオを見やってから「それ俺に白状していい内容だったか?」明確に怪訝そうに眉を動かした。
「友だちの話っす」
「友だちの話な。なるほどな。俺には関係ないな」
「っくー! やっぱスティーブンさんに相談して良かった!」レオはようやく叫べた、と思った。知らない間に、どうやらずっと騒ぎ立てたかったらしい。じたばたとシートベルトで押さえつけられている体をむやみに無意味に捻る。「あのね! 特に重大な感じで受け取られたくなかったんす! でも僕はワーッて言いたかった! 言っていいすか!?」
「どうぞ」スティーブンが助手席の窓を開ける。
「ワーッ!!」レオはそこから霧の街に叫んだ。
窓が閉まる。レオは暴れるのを止めた。
「それでどーすればいいと思います?」
「お前の若さにおじさんを付き合わせないでくれよ。今のやり取りでもう疲弊凄まじいんだが」
「スティーブンさん充分若いっすよ」
「突然叫び出す十代と同じに見られるなら俺はおじさんでいい」
「叫んでいいって言ったのに
……
」
「ということはなんだ」剣呑さが宿った。「お前がずっと上の空だったのはそのせいか?」お互い前を向いているのに、見下ろされている気分になる声音で言う。「どーすればいいって、どーもこーも簡単だ。振るか付き合うかして今日みたいなフワフワした状態から抜け出せ。色恋で入院沙汰になるのはザップだけで間に合ってる」
ぐうの音も出ないというのはこのことだと思う。レオはスティーブンのこういうバッサリ斬り捨てる物言いにも存外助けられていた。まだまだ組織が何たるかを根っこから理解していない、きっと理解できない部分も出てくるだろう甘ちゃんだが、それでも、スティーブンの、組織とクラウスを一番とする姿勢には惹きつけられることが多い。スティーブンとは守り方が違うが、レオにも必ず守りたい存在のミシェーラがいる。そういう面では勝手に尊敬し、自分より遥かに強い騎士のスティーブンに畏怖の念を抱いていた。
そういうところも、と思う。そういう、組織やクラウスに心血を注いでいるところも、女性にモテそうだ、と。結婚指輪を外さない男と同じで、心に一人の存在がいると、なぜか強く魅せられる。浮気をしなさそうだとか、こっちを向かせたいとか、あるいは、一人を一心に見つめているその横顔を眺めていたい、だとか。
けれど、何もそれらを思うのは女性だけではないだろう。
「スティーブンさんは、」
レオは唇を湿らせてそっと窺う。
「男に告白されたこと、ありますか」
「あるよ」
「え! どっどーでしたか」
「どうって」
「びっくりしませんでしたか?」
「びっくり? まァ、ウン、したかな」
「ですよねぇ。そっかー、やっぱり、びっくりですよ
……
」
比較的安全な道を選んでいるのだろう、規則正しく前を走っている車の速度が遅くなり、スティーブンの手がスムーズにギアを変える。レオがこれをしたら交差点のド真ん中でエンストを起こすに違いなかった。免許はちゃんと持っているが、まだ親に教えてもらっている時に家の近くを走らせて何度もエンストしていた苦い記憶がある。それに比べてAT車の楽さったら! わざわざペダルを三つにする意味も分からない。
「
……
びっくりしただけか? わざわざ告白してきたってことは、相手も何かしら反応を欲してのことだろ」
「いやー何か色々衝撃で、特に嫌悪とかも感じなくって。でも僕、咄嗟に『女の子が抱きたい』とか言っちゃって
……
」
「はは。まー仕方ないんじゃないか」
「そーなんすよ、だって僕女の子が好きだし
……
だから
……
」レオは縋る眼差しを隣の頼りになる上司に向けた。「抱かれる側はどうって訊かれたんすけど、だ、抱かれる側はいいってことになるんすかね? これって。スティーブンさん。どうなんでしょ?」
ぶつん。
スティーブンの車がエンストした。
「ヒエッ、すっスティーブンさん!」
彼はレオと違って焦らず慌てずエンジンを再始動しクラッチを繋いだ。何事もなく車が進んでいく中、目に見えたら霧より濃そうな溜め息が吐かれた。
「
……
事故られたくなかったら、事務所に着くまでその口閉じてろ。頼むから」
なんで職場の部下、しかも男に貞操観念について説かなきゃならないんだ、十代だからか? 十代ってそんな馬鹿だったか? 馬鹿だったな、自分のことを思い返してもそんな気がしてくるよ、けどなァ少年いいかよく聞けよ、ザップのせいでその辺りの認識が残念なものになったのだとしたらきみは今すぐあいつと距離を置くべきだ、これはこちらにも責任がある。けれどもし、そうでないのなら、お前は本物のバカヤロウだ、性犯罪の被害者が女だけとはまさか思ってないんだろ? そこまで馬鹿じゃないよな? ん? どうなんだ言ってみろ。
「ア、アドルフはそんなやつじゃないっすもん」
「アドルフってきみの友だちか! よく話に出てくる。おい待てやけに仲良いとは思ってたけど、それ最初から狙われてたんじゃないのかよ
……
」
「アドルフはそんなやつじゃないっすもん」
レオは唇を尖らせていじけた。いくら自分より十三も年上、歩んできた人生の道のりが丸きり違うスティーブンでも、友人のことを悪く言われるのは宜しくない。
駐車場に無事に車を収めた途端の説教じみた言葉に、レオは大層むくれながらもスティーブンの後に続いた。行儀悪くスラックスのポケットに両手を突っ込んで大股でアムギーネに乗り込んだ上司から遅れること五歩、駆け足で乗り込む。扉が閉じ、ガコンと箱が空間を組み合わせたり横切ったりしながら進んでいく揺れに身を任せ、レオは、ようやくスティーブンの顔を正面から見上げた。
凛々しい眉のわりに垂れた目尻、なんだ目つきは穏やかなのだなと思えば左目の横から口許まで皮膚を裂く傷痕が引きつっている、青白い顔。
レオにもこれまでの人生で美醜の感覚がきっちり備わっているが、ライブラの主要メンバーの男たちはみんな単純にカッコいいと思える顔の男がいないような気がする。いやカッコいいけれど。自分のような糸目で鼻のぽてっとした顔とは何もかもが違うことは分かっているけれど、そーいうことではなくて。ただ単に、雑誌に載るようなモデルや俳優の顔とはまた別の「カッコいい」という意味だ。味も魅力も危うさも、何倍もライブラの彼らの方が備わっている。そういう、目に見えない、複雑で一概には言えないカッコよさだった。
アドルフは優しい顔つきをしている。
レオを胡乱気に見下ろしてくるスティーブンとは大違いだ。
「
……
ちょっと好きって言われただけで、貞操の心配するのは、失礼じゃないすか?」
「きみ何て言われたんだっけ?」
「『俺がきみを抱くのは?』」
「ダウト。限りなくアウトだ。相当潔く言われたな。ヤリ目的だろ」
「ヤ、
……
アドルフさんはそんな感じの人じゃねーっすもん
……
」
「騙されるやつはみんなそーやって言うんだ。きみも男で、女の子抱きたいってんなら分かるだろ」
「そりゃまあ
……
性欲があれば男はいくらでも馬鹿になれますケドも
……
」
「分かってて何でほっぽってるんだ。情けで気を持たせることほど残酷ったらないぜ」
「そーいうわけじゃ
……
! マジでそんなんじゃなくて! ただ俺はッ」アムギーネが転移を終える。ドアが開くのと同時、更に言い募ろうとした口は半ば閉じた。「
……
ただ
……
びっくりして
……
勢いで断って友だちじゃなくなるのもイヤだし
……
」
スティーブンは仕方がなさそうに肩を竦めたのち、戦闘の名残りで埃っぽい髪をがりがりと掻いた。「いいけどね、別に。これはきみの問題だ、すごく個人的な」
大人が箱から出て廊下を進んでいくのを、レオもとぼとぼと着いて行きながらそりゃ確かにと考える。驚いてばかりで、ろくに返事もしていなかった。アドルフは真摯に、しかも内容が内容だ、レオ以上に緊張と覚悟を持ってあの告白をしてくれたに違いない。義眼のことやライブラのこと、性的嗜好、あらゆる面からレオはあの告白を受け入れる気がないのに、時間ばかり長引かせて。これってかなりひどいことなんじゃないのか?
「僕はシャワー浴びるけど。きみは?」
消沈して後ろをとぼついている部下を気の毒に思ったのか、それともいつまでも後ろを着いてくる部下に痺れを切らしたのか、スティーブンがシャワールームのドアノブを掴みながら振り返った。振り返られたレオは自分の服を引っ張って身なりを確かめる。あちこちから砂がぱらぱらと落ちた。埃っぽいし、汗くさいし、べたつきもする。
「
……
僕も浴びます」
シャワーを浴びてスッキリする必要がある。体も、頭の中も。
広い脱衣所にシャワールームの開いた個室が十ばかり。
大体、現場から戻ってくるとシャワーを浴びることが多い(加えてレオもスティーブンも泊まりが多い)ため着替えはもとからロッカーの中に入っている。今は二人しかいない慣れた場所に豪快に服を脱いでいき、しかしこの上司とここに二人だけでいるのは珍しいと気づいて視線をやってみると、彼は無頓着にネイビーのシャツを脱いでいるところだった。軽く畳むだけで衣類籠の中に放っている。
……
レオは上の服を脱いだままの形で籠に突っ込んだが。(だってどうせ帰って洗濯する時はもっとぐちゃぐちゃに回されるんだ。気にしない)
シャツの一番下のボタンまで外さず、頭を潜れそうなところまで開けそのまま脱ごうとしたスティーブンは、着替えを止めて見つめているレオに「えっ何だ」間延びした声を上げた。「ずっと見てたのか? それこそ失礼だぞ」
「だって見ちゃいますよ」
ここのシャワールームだけでなく愛人宅でもレオの家でもよく見るザップの裸とは何もかもが違う。ツェッドとも、クラウスとも、自分ともだ。
「スティーブンさんて、首から下も青白いんすね」
「あー、色悪いよな。血管が透けがちで気味も悪い」
アドルフも肌が白くて、けれどスティーブンとは違って血潮の色が目立つ健康的な首筋だった。スティーブンは青白いが、赤面しやすい類いではないように思う。
「タトゥーが拍車をかけてる。全体的に暗い体だろ」
言った通りで確かに、血色の悪い首筋から上体に這っている瞳と同じ色のタトゥーは、雪と夜闇を思わせた。
「
……
腹筋割れてますか」
「まあ、それなりに」
「じゃあカッケー体っす。タトゥーも怖カッコいいし」
「きみのカッケーの基準、単純すぎないか」
「筋肉はやっぱ憧れっすよ」ぐに、自分の割れてもなければだらし過ぎもしない、ちょうどいい塩梅の腹をつまむ。「アドルフはなんでこんな体抱きたいって思ったんだろう」
「
……
それ遠回しに俺がゲイ受けしそうって言ってる?」
「スティーブンさんがっ? まさか! ただ偏見なんすけど、そーいうイメージっていうか、ゲイの人は筋肉が好きみたいな
……
でもアドルフはゲイってわけじゃなさそうだったし
……
バイなんかなあ
……
なんで俺なんだろ
……
」
「
……
きみがアドルフくんで頭がいっぱいなのは分かったよ。男好きな男が、筋肉に惹かれる構造も分からんでもない。あーウン、いや、うん
……
」
「なんすか?」
「聞きたいか? 俺がむかし、悪質な野郎からクラウスのケツを死守した話」
「ああー! ウワァーー! 聞きたくない!! 気まずい! ウワッそっかいやでも納得っつかクラウスさんはだってあらゆる範囲からモテそうっつか
……
! ウワァ
……
最低な野郎でしたか」
「ハドソン川に浮いてるカサブタみたいなゴミ野郎だった。そのくせあいつはそーいう目で見られてるって気づかないんだ。
……
他人の魅力には目聡いくせに」
「あー
……
クラウスさん
……
そーいうとこありますよね」
しかし、なるほど。レオの予想とは反してスティーブンがこの悩みに突っ込んできたのはそういう過去があったからか。「へえ、頑張れよ」の一言くらいで終わらされるかと思っていた。「クラウスさんすぐ騙されちゃうもんな
……
スティーブンさんが隣にいて良かったあ」レオは言いつつ裾が汚れまくっているズボンを裏返るのも構わずぽいと脱いだ。スティーブンが嫌そうな顔をして見てきたので、やっぱりお行儀が悪かったのかと背を向けながら下着も脱ぐ。背後から衣擦れと溜め息が聞こえた。「そーいうとこだ、ほんとに。自覚がない」
どうやら本気で苦労してきたらしい副官へ、レオは少し憐れに思って「お疲れさまです」とありきたりな労りをかける。副官はまた溜め息を吐いた。先に脱いだレオはタオルを持って逃げるようにシャワールームに向かい、個室から叫んだ。
「すんませんでした、スティーブンさん。やなこと思い出させて。この話これで終わりっス! 誰かに聞いてもらいたかっただけなんで、ちゃんと断るんで!」
シャワーコックを捻るとアパートのポンコツガスとは違いすぐにお湯が出てくる。立ちのぼる湯気と肌を打つ温かい水圧に筋肉がほぐれて、ほうと息を吐いた。そう離れていないところでドアが閉じ、シャワーが出る音が重なり、合間を縫ってスティーブンの声が飛んできた。
「そうしてくれ! 間違ってもクラウスの胃と俺の頭を痛がらせるなよ!」
「ラジャっす!」
……
とは言ってももう充分痛そうだったけれど。
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