さもゆ
2024-12-10 00:36:07
15199文字
Public 狂戦士
 

【セルファル】ツイログ

以前投稿したものも一緒くたにしました。本当に好きです、この主従。41巻もいつか分かりませんがすごく楽しみです。
1…松明を怖がる従者と察する主。
2…従者は自分のものなのか疑うようになった主。
3…従者の傷の手当てを主がする話。
4…ちょっとした悪夢を見た従者。
5…幼少主従。
6…眠れない魔女さんと従者。
7…従者の涙と主。
8…海馬号で一時的に声の出なくなった従者と不安がる主の話。

2020.12.28 たまごのお粥pixiv投稿作品 (原文ママ)


海馬号で声の出なくなったセルピコと不安がるネーゼ様。

名前を呼んで




 セルピコの声が出なくなった。
 一時的なものらしい。特に怪我をしたわけでもなく、心因的なものでもなく、彼らの頼もしい仲間シールケによるとこれは「魔術的」なものであり、これと言った悪意や憎悪のない精霊のいたずらじみた暇潰しによるお遊びが原因だった。どうにも海馬号の積み荷にそれとは知らず、魔力のこもった品物が詰まれており、積み荷の整理を手伝っていたセルピコがそれの精霊に目をつけられたとのことである。シルフェといい彼は善き精霊に好かれるたちなのかもしれなかった。
「マジに善い精霊なのかよ。ひとの声奪っといて?」
 イシドロなんかはそう言ったが。
 そう、正しくは出なくなった、ではなく奪われた、だ。

 いま、ファルネーゼの手には、セルピコの奪われた声がある。
 一見、大きな巻貝を加工した美しい置物なのだが、紛れもなく魔術品、悪戯好きな海の精霊が棲まう貝殻そのものだった。ファルネーゼがそれを耳に当ててみると、ひそひそ、何かの楽しげな囁きが聞こえてくる。海や風の音と混じるそれには、確かに、セルピコの声も波打っているようだった。彼の声はこの中にある。シールケ曰くきっと三、四日で返してくれると思います、あまり長引くようでしたら交渉しましょう、と平和的解決が可能な代物だった。
 声を奪われたセルピコ本人と言えばあまりにいつも通り、声が出ないことなど気にも留めていない様子で船の仕事を手伝い、ファルネーゼやシールケ、キャスカを見守り、知らなかったとは言えお客人にけったいな現象の被害に遇わせてしまって申し訳ないと謝るロデリックを手と表情だけで留めていた。いつも通り、いつの間にか誰かのそばにいて、こちらがさり気ないと思う間も与えずいつの間にか手助けをして去っていく。そうして大体、いつものように、ファルネーゼのそばにいた。
 最初は、アンタ声が出ないんじゃ存在感が風より薄くっているのかいないのか分かんないわよとセルピコをからかっていたイバレラですら、二日目にはもう彼の髪を引っ張って慣れたふうに遊んでいた。アンタ声が出ても出なくてもちっとも変わんないのね、全くやんなっちゃうわ根っからの従者って感じ、何よう糸目でへらへら笑っちゃってさ、言葉がない分顔で表現しなさいよォまーアンタいつもそんなだけど……
 それを部屋のなか、シールケにいつも通り魔術を教わりながら耳にしたファルネーゼは確かにその通りだわと思った。セルピコったら、声が出ても出なくても変わらない。今朝だって、船の揺れで躓いた私を支えてくれたし、薬の調合をする先生にも順番通り薬草を手渡していた。悪戯をするファルネーゼさんやパックさんも困り笑顔で受け流して。何も、普段と変わらない。
「ファルネーゼさん?」
「あ、いえ、ごめんなさい先生。もう一度教えて頂いても……
 ――何も、変わらない。

 でも、とファルネーゼは三日目の夜、自室で貝殻を手に持ち思う。
 転倒しかけた私を助けるときや、朝起きたとき、ご飯を食べるとき、船の中を出歩くとき、夜眠るとき。
 彼は私の名を呼ばないのだ。
 それはあんまり、ファルネーゼにとっていつも通りじゃなさすぎた。
 だって彼は。
 この世で最も、私の名前を呼んできた存在だ。
 呼ばせてきた、と言う方が正しいのかもしれない。そうだろう。正しい。お嬢様では駄目だった。ファルネーゼ様と呼ばせないと。
 毎日、毎日。
 それがもう、三日も名前を呼ばれていない。三日どころか、もう少しで四日になろうとしている。シールケの言っていた三、四日の三日が過ぎて、四日目になって、五日目にもなったらどうしよう、ファルネーゼは不安になった。いえ、そうなったら、先生がなんとかしてくれるのでしょうけれど……
 私は、こんなときにも、セルピコに何もしてあげられないのね。
 声が出ない代わりの意思伝達手段を早々に切り換えたセルピコの、なんて優秀なことだろう。筆談の字は分かりやすいし、文字を読めない者には身振り手振りで意思を伝える。指先は繊細な動きで音のない言葉をきっちり表していたし、声がなくとも糸目の弧を描く様子は彼が笑っているか、そうでないか、ありありと分からせていた。でも、駄目なのだ。
 ファルネーゼは、セルピコに名を呼んでもらわないと、駄目だった。
 何がどう駄目なのか、言葉を紡げるくせに、彼女はまだ、それを説明できる術を持っていなかったが。
 ベッドの上、シールケから預からせてもらった彼の声が入った貝殻を、そっと耳に押し当てる。ざらりと耳を撫でた貝殻の、精霊が棲まう穴底から、ひそりひそり、囁き声が聞こえる。
 何を言っているかも分からない。人の言葉かも怪しい。けれど、ファルネーゼには、それが確かにセルピコの声に聞こえるのだった。
「どうか……
 同じくらい、小さな声で、ファルネーゼは言った。
「どうか、返してください。セルピコに。どうか……
 主として、懇願するくらいは、きっと許されるだろう。
 
 ※

「あ、おはようございます。ファルネーゼ様」
 四日目の朝、身支度を整え部屋の外に出ると、セルピコが何気なくそう言った。「洗濯物、あります? 今日は水を大量に使っていいそうで――
「おまえ、」ファルネーゼは手に持っていた貝殻を耳に当て、そこから自分の従者の声が聞こえないことを知ると、目の前に佇むセルピコの喉仏を見ながら「もう一度言いなさい」と命令した。
 久しぶりの主従関係じみた命令に、セルピコは密集したまつ毛で瞬きした素振りを見せると、大人しく口を開いた。
「洗濯物、あります? 今日は」
「それではありません」
……あ、おはようございます。ファルネーゼ様」
「もう一度」
「あ、おはようございます。ファルネーゼ様」
「セルピコ」
 自分の従者の喉仏がしっかり上下して耳に慣れた声を発するのを、満足に見届け聞き届けたファルネーゼは、説明しきれない安堵と嬉しさを唇に乗せて笑ってしまった。昨夜の不安は何だったのだろう。不思議そうに眉を寄せる従者に、主はにこにこと微笑み言う。
「セルピコ。お前に命を言い渡します。高慢ちきと思ってくれて構いません。いいこと。三日分よ、三日分の私の名を、あなたは呼びなさい。片手間でいいの。いつものことをしながら、いつものように。分かりましたか? ……それでは手始めに、もう一度」