さもゆ
2024-12-10 00:36:07
15199文字
Public 狂戦士
 

【セルファル】ツイログ

以前投稿したものも一緒くたにしました。本当に好きです、この主従。41巻もいつか分かりませんがすごく楽しみです。
1…松明を怖がる従者と察する主。
2…従者は自分のものなのか疑うようになった主。
3…従者の傷の手当てを主がする話。
4…ちょっとした悪夢を見た従者。
5…幼少主従。
6…眠れない魔女さんと従者。
7…従者の涙と主。
8…海馬号で一時的に声の出なくなった従者と不安がる主の話。

2020.12.28 たまごのお粥pixiv投稿作品 (原文ママ)


シールケ加入前、ちょっとした悪夢を見たセルピコ。

出来損ないの悪夢




 お兄様、と。その小さなお方は私を呼ばれました。
 豊かに波打つ金色の髪と、冬の澄んだ湖の色を映す瞳、頬に幼く赤みの灯った真白の肌、小さな手。そう、まるで、幼少時代のファルネーゼ様のような子どもが、私のことをお兄様、と、呼んで、駆け寄ってきました。あまりに急いでいる様子で、腕にくったりと抱かれている兎のぬいぐるみが、ぷらぷら揺れています。
「お兄様! 探したのよ、どこに行っていたのですか?」
 肩で息をしながら立ち止まり、小鳥の囀りのような言葉を紡ぐ。私の、レイピアを携える腰ほどの身長もない少女が、そのまま言葉を出しそびれた私の手を取り、踵を返します。春先に履くような、薄い皮の小さな靴。こつこつ、音を立てながら、煉瓦道を行く。周りは立派なお屋敷が立ち並び、花壇には花が咲いている。少し目を逸らした路地の奥まで明るくて、貧民窟の影もない。
 ああ、これは。
「夢、ですね」
「お兄様?」
……ナンでもありません」しかも、悪夢だ。
 不思議そうな顔で振り返られた少女にへらりと笑いかける、変なお兄様、と言われ、またへらり、と笑ってしまう。変なのは、あなたの方ですよ、とはたとえ夢の中で、現実の主と瓜二つだけれど全く別人の少女相手にも言えやしない。
 けれども、ああ本当に変だ。ひどく確かな意識があるけれど、現実のどこを探したってきっとこの少女のようなファルネーゼ様はいないだろう。その兎、普通ですね。手も傷ひとつなくて。この年くらいのファルネーゼ様には、少しの火傷の痕があった。
 でも、見た目は、私の母を、殺す、ずっと前だ。ちょうど、僕を拾ったあの雪の年ほど。
 ……思考が引きずられている。これは夢だ。そして目の前の少女は私の知っている主ではない。
 私の主は私を兄とは決して呼ばない。呼ぶことはできない。繋がりを知らない。
 ならばこの夢は僕の願望か何かだろうか?
 悪夢だと、思っているのに?
「お兄様。お屋敷は広すぎて、私ひとりだけじゃ寂しいって、何度言えば分かってくれるの?」
「はあ、申し訳ありません」
「ひどいわ」
 ぴたり、少女が立ち止まる。背後には大きな門と、大きなお屋敷。ヴァンディミオン家。ファルネーゼ様の、一人の寂しい少女ですら閉じ込めておくことのできなかった、かつての燃える石の牢獄。
 少女が手を引き、私に言う。
「私はお兄様のものなのですから。勝手に離れられては、」
 ──なるほど。
 頭の中で、春と冬のどっちつかずだった奇妙に曖昧な思考が完全に切り替わる。
「疲れませんか、それ」
「え?」
「あまりにお粗末です」
 少女の手をぐっと握り返す。
「悪夢を見せるつもりなら、これは幻想が過ぎますよ。現実味を持たせなくちゃ」
 すると少女の姿がみるみるうちに歪んでいく。変わっていく。腕にもたれた兎のぬいぐるみがぷらりと揺れる。
「ファルネーゼ様は私のものではない。僕が彼女のものなんです。そう誓った。……その兎、普通ですね」
 兎のぬいぐるみがニコリと笑って言った。
 ――夢ぐらい素直に受け止めときゃいいのに。歪んでるよ、お前――
 ……そりゃドウモ。
 私は腰からレイピアを引き抜くとそれらに突き刺した。
 
   

「うわあ。雑な夢を見た」
 ザクリ、右手に生き物を刺した感触が伝わる。起きて、見ると、尖った岩に突き刺されている小さな魔物の類い。ぎいぎい鳴いて動かなくなり、土に消えた。なるほど。こいつの仕業ですか。握っていた岩をぽいと捨てる。……それにしたって。岩って。イシドロさんじゃないんですから、こーいうのは卒業したでしょう、私。
 手を払い、しかし真っ先に視認していた場所では、ファルネーゼ様がキャスカさんと一緒にすやすや眠っていて、安堵する。彼女は牢獄に帰りたがったりはしないし、誰かのものになるのを望んだりはしない。短くなった金の髪が、焚き火に照らされ赤みがかっている。
 ……悪夢のままでも良かったのだ、僕は。
 もう今じゃ、昔と今、どちらが悪いかなんて、分かりはしないけれど。
 それでもファルネーゼ様が、長い髪のまま、いもしない神に跪いていてくれたら。
「おい、交代だ」
 見張りから戻って来た闇色の大男が言う。立ち上がり、私ははいと糸目に一切の感情を閉ざして隠した。
 昔と今、どちらが悪くなるか、それはファルネーゼ様が跪いたこの男次第だ。
 その時が来たら。
 彼女の髪と同じように、その首を斬り落としてやる。
 悪夢でも、何でも、私には。
 ファルネーゼ様しか、ない。