さもゆ
2024-12-10 00:36:07
15199文字
Public 狂戦士
 

【セルファル】ツイログ

以前投稿したものも一緒くたにしました。本当に好きです、この主従。41巻もいつか分かりませんがすごく楽しみです。
1…松明を怖がる従者と察する主。
2…従者は自分のものなのか疑うようになった主。
3…従者の傷の手当てを主がする話。
4…ちょっとした悪夢を見た従者。
5…幼少主従。
6…眠れない魔女さんと従者。
7…従者の涙と主。
8…海馬号で一時的に声の出なくなった従者と不安がる主の話。

2020.12.28 たまごのお粥pixiv投稿作品 (原文ママ)


「セルピコは本当に私のものなのか?」と疑いを持つようになったネーゼ様の話。

疑わないでください




 彼はわたしのものです。
 もう何度も口にしている言葉を言い放ったとき、どうしようもない違和感に唇が震えた。わたしはそのことに気がつき、眉をひそめ、そうして少しの恐れを抱いた。そんな感覚を覚えること自体が、本当はとても歪なことなのでしょうと思う。
 けれどそれを今、表に出すのはややこしすぎた。目の前の女性にはわたしの心の機微など関係がなく、もっと言うとわたしと彼とのことにも興味がないはずだ。当然、怒る。彼女は、彼の、セルピコの腕に巻きつけている白い手指に懇願を込めて、女の醜悪さと少女の清廉さを綯い交ぜにしたような瞳で、セルピコに縋る。わたしを見て、わたしを置いて行かないで、わたしを抱きしめて……彼女の皮膚から滲み出るような音のないそれらを、わたしはひょっとすると吐きそうな気持ちになって見つめている。ああ、本当に。吐いて、しまいそう。
 このひとはまるでわたしね。セルピコ。
 ずっと昔の、あなたはもう忘れているかもしれないけれど、わたしがあなたにみっともなく縋った、あの夜のよう。
 わたしは、あの夜からきっと、変わってしまった。
 お前はわたしのものです。わたしのそばにいなさい。わたしから、わたしを置いて、離れることは、放れることは、絶対に赦しません。それは罪です、お前の主人はわたしです、お父様でも、お兄様たちでもなく、お前はわたしが拾ったんだから……だからお前はわたしのものだ。誓え、誓え……誓いなさい。
 そう、言い続けてきた。雪の中で、火の粉が躍る嵐の中で。
 今だって、さっきだって、見ず知らずの売女に自分のものをとられると思って、彼はわたしのものです、と口にしていた。
 久しぶりに言った。
 あれだけ言い続けてきたのに、それはもう、唇に馴染んだ言葉ではなかった。
 恐ろしい、ことです、……ことだわ。
 神に疑いを持ち、夜のおぞましさを知るこの旅に同行してわたしはようやく、自分が愚かであったと知り始めているのです。ああ、ごめんなさい。ごめんなさい、セルピコ、セルピコ、あなた、ねえ、お前は、わたしの、
 わたしのものでは、
……失礼ですが、お嬢さん」
 セルピコが、いつもの穏やかな笑みと、どこか底知れぬ感情を持つ声で、わたしの思考を遮った。得意な、申し訳がなさそうに見える態度で、女性の指を引き剥がして丁寧に距離を取る。そしてわたしのそばに寄り、付き従う位置に立った。
「わたしは、この方のものですので」
 ……まァ、だから、今度はもっとこっそり誘ってくださいね、ふざけた調子で、真面目にそうつけ加えている。数秒、彼の言った言葉の意味が、まるで魔術呪文のように理解できず、そうしている間に女性は機嫌を悪くして踵を返してしまう。……ああ、助かった、ありがとうございます、ファルネーゼ様、ここら一帯娼館が多いですからね、セルピコがわたしに言う。「何をそんなに、おもしろ……驚いた顔をしているんですか」
「変な顔を、していますか、わたし」
「怒りませんか」
「怒らないわ」
「かなり。とても愉快な顔をしておられる。見ものですよ」
「そんなに……、」さすがに見応えのあるらしい顔を晒し続けるふてぶてしさはなく、顔を手で覆う。「セルピコ……」手指の隙間から、わたしの従者を呼んだ。「おまえは、わたしのものなのですか。わたしはそう思って良いのですか、牽制して良いのですか。……わからない。分かりません」
「ファルネーゼ様、簡単なことですよ」
 掌の向こうで、軽くて重い返事がする。
「ぼくを拾って下さったあなたが捨てない限り、ぼくはあなたのものです」
「お前を捨てるなど有り得ない」
「なら、ぼくはずっと、ファルネーゼ様に仕える者であり、あなたの騎士ですよ」……さあ、そろそろ行きましょう、皆さんきっと待ちくたびれています、セルピコがそう会話を終わらして、わたしの手を取った。
 彼の手は、いつも、冷たい。雪の温度をしている。そして風のように、一度、わたしを拒絶したことのある手。
 わたしはその手を僅かに握り直した。すぐに離そうとしていたのでしょう、セルピコが金糸縁取る糸目の瞼を意外そうに持ち上げる。それもほんの僅かの間だ。表情の変化などなかったように手を繋いだまま、ヴリタニスの港町を先導して歩き出す。
 ……そんなことを言ったって。
 お前はわたしから離れることが、わたしを拒絶し、ヴァンディミオンの家から解放されることが、できるはずなのに。できるくせに。
 それでもわたしのものだと言ってくれるのね。
 セルピコが振り返り、よく浮かべる困った表情でわたしを見つめた。
 瞼の隙間から覗く瞳には、炎と雪がちらついている。ぱち、ぱち、爆ぜて、溶ける音が、確かにこの耳に聞こえたような気がした。