mishiadd
2024-12-09 00:19:51
16040文字
Public
 

美食家饗宴美味礼讃

柳伊。DLC2でセイバーが席を外した途端に発生する宗矩殿と伊織殿のアダルト空間の「90~00年代BL風味BL未満少女漫画」の雰囲気が大好きなので…剣陣営は絶対不動の運命だけど成立してません(セコム気味)


《魚料理》ポワソン

助之進に斡旋してもらった仕事に宗矩もついてくるというのでセイバーは大層不満げだったが、とはいえ近頃のセイバーは伊織の決めたことには滅多に逆らわない。渋々と不満げな表情は隠さないものの、わざわざ口に出して文句を言ったり反論したりはしない。理路整然と伊織に利を説かれてそれに反論できるだけの弁舌をセイバーは持たなかったし――もし彼がもっと雄弁であったなら、彼の境遇はこんなにも過酷なものにはなっていなかっただろう――そもそも、セイバーにとって伊織の主張が正しいかどうかなど、もはやどうでもよかったのだ。それが伊織のやりたいことならば――彼はただ、伊織がやりたいようにやることを許してやるだけだ。

伊織以外には子供扱いされがちな幼い容姿と振る舞いの、そのさなかに見せる彼の包容力と懐の広さこそが、伊織には子供扱いされない理由なのかもしれなかった。






――とはいえ、不満なものは不満ではある。

ぶう、と唇を尖らせたままの顔でセイバーが伊織の隣を陣取っている。伊織を挟んで反対側をゆったりとした歩調で宗矩が歩いており、たまにセイバーと目が合うと、にっこりと微笑んでみせた。それで余計に不信感を募らせたセイバーが伊織を見上げて目だけで訴えかけてみるが、伊織は――知ってか知らずか――真っ直ぐ前を向いたままで、セイバーを見ない。やり場のないもやつきを抱えたままのセイバーが、「ふんだ」と子供のように拗ねた声を上げる。

用心棒の仕事と借金の取り立ての仕事と迷い猫捜索の仕事を終えると、日が傾くにはまだ時間があった。夕餉にはまだ早いが小腹が空いた――と伊織が思うと同時に、「腹が減ったぞ、イオリ!」とセイバーが声を張り上げる。

「それでは、」と宗矩が穏やかな声で言った。

「拙者の馴染みの料理処などはいかがかな? 伊織殿」

伊織の名を囁いた声はいやにしっとりとしていて、さしもの伊織でもそれが普通の料理処などではないだろうことを察する。セイバーもいる手前、きっとただの艶っぽい冗談のつもりだろう。本気ではない筈だ。――それに――

「ヤギュウよ、イオリは素寒貧なのだぞ。そんな高そうな場所に誘っても、イオリが乗るわけがなかろう。きみはイオリをまったくわかっておらぬな」

ふん、と得意げにセイバーが胸を反らす。自覚があるのかそれとも無自覚なのか、こと宗矩に向かってはやけに「イオリはこう考えているのだ」と講釈を垂れたがる。――牽制か、はたまた優位性の誇示マウンティングか。
「そうだろう、イオリ」と得意げに振り向いたセイバーに、確かにそれも一理あると「そうだな」と頷く。

おや、と愉快そうに目を細めた宗矩が言った。

先立つものだけが障害であるというのなら、ここは拙者が出すとしよう。なに、誘っておいて相手に払わせるような野暮なことはせぬ。ましてや、冗談めかして駄目元で言ってみた誘いに、はからずも貴殿が乗ってくれるというのなら。この程度のことでこの千載一遇の好機をみすみす逃がすなど、拙者の沽券にかかわろうぞ」
「そうなのか、ヤギュウ! きみにもなかなか見どころがあるではないか! ――イオリ、であるならばこの話には乗ってやってもいいかもしれぬ!」
「セイバー」

まるで兄がはしゃぐ弟を叱るような声で制止し、伊織が宗矩に向き直る。

「もっとそそるような色気のある誘いを――と、貴殿には頼んだ筈だが」
……お気に召さなかったかな、伊織殿」
「ちっとも。――わかっているくせに



――そんなものでは満たされない。

膳いっぱいに並べられた豪華絢爛の馳走でも。膳を片付けたあとに敷いた、香を焚きしめた布団の上で触れる人肌でも。食欲でも、淫欲でもない、この狂おしいような本能の空腹を満たせるものは、それではない。



勿論、伊織にとっての最高の御馳走は、宗矩ではないのだけれど。
ショートケーキのてっぺんの一番大きな苺は、最後の最後まで勿体ぶってとっておくとして。

まるで百戦錬磨の大店の太夫が、手ごわい遊び人を婀娜っぽく誘惑するように――蠱惑的に目を眇めて、伊織は宗矩を見た。



貴殿には俺に差し出せるものがあるというのにそれはくれないのか?」




――伊織には、己がどれほど淫靡な顔をして宗矩に囁いているのか、まったく自覚がなかった。




……イオリ?」と不安げな声に、伊織が我に返る。まるで何事もなかったかのように澄ました顔で「いや、由もなしにいたずらに貴殿に支払ってもらうなど、そういうわけにもいかん」と嘯いた。

「だが腹が減ったのは事実だな、セイバー。……一旦浅草まで戻って、餅菓子でも買おうか」
「あ、ああ――ああ、そうだな! 餅菓子程度ならば、素寒貧のイオリでも買えるからな」
「であるならば、それは拙者が出そう。……無粋な誘いをした詫びである、伊織殿。受け取ってほしい」
「俺はいいから、セイバーに買ってやってくれ」

それを伊織の遠慮だと受け取った宗矩は苦笑しながら肩を竦めたが、やがて加減を知らないセイバーに餅菓子どころか隣の屋台のうどんまで強請ゆすられて、それが遠慮でもなんでもなかったことを知った。