mishiadd
2024-12-09 00:19:51
16040文字
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美食家饗宴美味礼讃

柳伊。DLC2でセイバーが席を外した途端に発生する宗矩殿と伊織殿のアダルト空間の「90~00年代BL風味BL未満少女漫画」の雰囲気が大好きなので…剣陣営は絶対不動の運命だけど成立してません(セコム気味)


《前菜》オードブル

かつて、「互いのことをどう思うか語らうときは、剣で」と約束したことがあった。
結局その約束は違えられ、伊織は言の葉にて男に彼の印象を伝えたが。――今思えば、「互いをどう思うかを剣で語り合う」というのは、なかなか色っぽい誘いであったのではないかと思う。

伊織は鈍い。特に、己に向けられている好意に関しては唐突に感度と理解度が理不尽に下がるようにすら傍からは見える。面倒なので気付かないふりをしてのらりくらりとやり過ごしている――という側面もあるにはあるが、そうするまでもなく伊織は単純に色恋沙汰に疎かった。――とでも言えば可愛げもあるが、なんのことはない、実際にはこういった愛情表現が彼の文化圏の外にあるというだけだった。異文化なので気付けないだけだ。

その点、宗矩の誘いはよかった。伊織ですらぐっときた。女が男に紅や花を貰うように、夜桜の下で互いの手を絡め合うように――。伊織の理、伊織の文化圏にあって、「剣で互いを知り合おう」などという誘いは――夜の誘いに等しい



遊び人が軽々に町娘に声をかけたり粉をかけたり、色っぽい言葉で口説いたりしていたずらに戯れたりなどするけれど。



ああいう遊びに近いものを、伊織は生まれて初めてしてみている。のかもしれなかった。







「セイバー、米を見ていてくれ」

上機嫌でセイバーが二度も三度もこくこくと頷くのを確認し、火にかけた羽釜から離れて長屋を出る。朝餉の準備も佳境に入った今頃になって塩が切れているのに気付いた。伊織がまともに一日二食を準備するようになったのは儀が始まってからで、加えてこれまでは一人前の準備でよかったのが今は二人前ときている。更に言えば、増えたもう一人前は厳密には一人前などではなく――それで済む筈もなく――ついては、食材や調味料の減り具合にまともな勘が働く筈もなく、ちょくちょくこういったことが発生していた。

大通りの馴染みの万屋を目指して足早に空き地を抜けようとする。――と、いやに風景に溶け込んだ様子で――しかしそれ自体が逆に不自然な様子で――粋な出で立ちの男が木の下に佇んでいるのを見つける。少しだけ歩が緩んだのは、異国で同胞の姿を見かけた気安さによる無意識だったのかもしれない。

「伊織殿」

すれ違いざまに声を掛けられる。それで伊織が足を止め、男を見た。「宗矩殿」と名前を呼んでやると、男が口許に穏やかな笑みを浮かべた。

「供も連れずにお出掛けかな、伊織殿」
「珍しくもないだろう」

言いながら伊織が再び歩き出すと、宗矩がその背後について歩き出す。「セイバー殿が大切な米を護っている間、不肖ながら貴殿の供は拙者が務めようぞ」などと嘯く。伊織はといえば特に否定も反論もすることなく、小さく肩を竦めて好きにさせることにする。

朝の忙しない大通りの中をふたりで歩く。伊織がセイバーを連れていてもそれなりに目立つようであったが、宗矩を連れていても目立つ。伊織ひとりで歩いていても目立つので、そのこと自体は既に諦めている。
万屋に立ち寄って塩とついでに味醂を頼むと、馴染みの女将が伊織の肩越しにちらりと背後へ目を遣る。ごそごそと品物を手渡しながら、ひそひそと伊織に耳打ちした。

「伊織さん、いつもは綺麗な女の人ばかりを連れているだろう。今日は随分な色男を連れてるじゃないか。――そっちに鞍替えしたのかい?」

捌き切れないこの手の冗談にいつも通り伊織が閉口すると、「なあに、揶揄っただけだよ」と女将が笑った。――にしては、頬が朱に染まっている。
いつも通り――セイバーとの仲を揶揄われたときと同様に――否定も肯定もせず曖昧な愛想笑いを浮かべ、銭を払って品を受け取った。

店先から出ると同時にまるで当たり前のように宗矩が伊織の手から荷物を受け取って彼の代わりに運び始めたので、伊織もそのままにさせておく。手ぶらのやたらと見目のよい浪人の斜め後ろに、重そうな荷物を軽々と抱えた身なりのよい伊達男がうやうやしくついて歩いているので、ふたりの関係性がわからずに町人が好奇の目をちらちらと向けている。

大通りを曲がって空き地に入るとようやく人の目がなくなる。もうすぐ長屋に着こうというところで、伊織の耳元で「……伊織殿」と密やかな声が響いた。
足を止めて振り返る。見れば、いつもの穏やかな、真意の読み取れない笑みを浮かべた宗矩が、にっこりと伊織を見ていた。

「少し、立ち話でも?」
「今はだめだ。セイバーに米を任せている。あれはきっと本当に『見ている』ことしかしないから、俺が早く戻らなければ焦げる」
「これは残念。――だが、貴殿のその返答は『今でなければいい』ということかな、伊織殿」

伊織が目を眇める。――実に、奇妙な心持ちだった。少し、この男に意地悪をしてやろうかなどという気が起こる。

「さて。どうかな」
「おや、急につれない。――なるほど、拙者としたことが立ち話などに貴殿を誘うのはいかにも気の利かぬことであった。これは失敬。――それでは伊織殿、お茶でも?」
「それも気が利いていないな。ちっともそそられない

「そそる」などという言葉を伊織は初めて使ったように思う。殊更に興味を失ったように大袈裟に踵を返してみせると、こちらはむしろ興が乗ったように宗矩が笑い声を上げた。

「これは手厳しい。しかし相手の心を捉えられぬ誘いはいかにも野暮のすること。乙女心のわからぬ野暮な男がなじられるのは当然であるように、伊織殿のそしりも当然のものとして甘受しよう」
「そうだな。誘うならもう少し色気のある誘い方をしてくれ」

言うだけ言って、今度こそ本当に踵を返す。ふむ、と愉しげに頷いた宗矩が、荷物を手に後に続く。

長屋の引き戸の前に立ったところで、伊織が宗矩を振り返る。荷物を受け取って、言った。

「すまんが、貴殿はここまでだ。――貴殿を連れて中に入ると、またセイバーが騒いで収拾がつかん」
「まったく悪気がなくてその物言い。つくづく拙者などより余程悪い男であるのだが、果たして自覚はあるのかな、伊織殿」
「なんの話だ」

伊織がぞんざいに目配せをすると、やれやれと宗矩が呆れたような笑みを浮かべて掻き消える。「ん、」と言われた言葉の意味を考えて伊織が小さく首を傾げたが、結局よくわからずに頭を左右に振った。

がらがらと引き戸を開けると、蒸された米の甘い香りと、「待っていたぞ、イオリ!」というセイバーの嬉しそうな声が響いた。