愚か者と笑ってくれても成金と罵ってくれても構わないのだが、なんと言われても実際5億あるので、狂児さんと僕は、カンクンの浜辺、眩しい太陽の元でクリスマスを満喫していた。「狂児さんと南の島に行きたい」という勝者僕の願いを叶えた結果である。
当たり前だがメキシコは12月でもあたたかいしそもそもここはビーチだしで、狂児もおもいっきり上半身を露出していた。ここでは刺青もそんなに悪目立ちしない、というよりもむしろ、黄色い太陽の元で彼の鶴や鱗は笑ってしまうくらい陽気だ。きれいさっぱり霧散した淫靡さと引き換えに、健康的な筋肉とうっすら乗った脂肪、その上に浮かぶ汗の粒が眩しい。
狂児はごろりと半身を返し、肘を立てて枕にしながらこちらを見た。伸ばされた腕の”聡実”のあたりから白い砂の粒がパラパラ落ち、指先が僕の濡れた前髪をもてあそぶ。こいつ、ほんまに、映画みたいやな
……
フィルムの中から現れた色男は、「こち亀やったら」とつぶやいた。
「来週には5億とかなかったことになっとるよ」
僕もカクテルのストローを噛みながらぼそりと答える。
「今週中かもわからん」
「それは
……両津破産パターンや」
「うん
……」
映画みたいなシチュエーションのもと、僕らはこの無意味な会話を20回くらい繰り返していた。
世界的に混み合う年末年始に人気のビーチリゾートへの旅行をねじ込んだとはいえ、アホみたいに豪遊しているわけではなかった。いや、してるけども。してるけども、100万も200万も使ったわけではない。飛行機はエコノミーだし宿は民泊だ。狂児はいっとき大きな額を現金で動かしていただろうが、僕は生粋の庶民生まれ庶民育ちで、大金に対して無論緊張感があり、贅沢すればするほどビビっている。いや、多分狂児もビビっている。でなければ、遠くを飛ぶ野生のフラミンゴをみながら、記憶の彼方にある両津勘吉の行く末に思いを馳せたりしないだろう。だが。
異国の言葉と波の音が。赤い花の浮かんだフローズンマルガリータが。サボテンと踊っていそうな狂児の鶴が。僕らの不安をものすごい勢いで押し流していく。もぉ、嘘やろ。嘘すぎるやろ。
ダメ押しで花をつまんで狂児の耳の横に乗っける。
めっちゃ可愛くなった。「あはは」
狂児はぴえんと顔を覆った。
「あかん聡実くん
……俺アホになってまう
……」
「あはははは」
嘘すぎて笑うしかない。嘘もここまできたらもうなんでもええわ、なぁんも気にせんと徹底的にやったれという気持ちと、僕は決してこの状況に乗っかったわけではないのです、僕の気持ちは前から決まっていたのです、みたいなことを、誰にともなく必死に訴える気持ちが僕の中に同居し、同じボリュームでそれぞれの主張をがなりたてている。
「狂児、僕
……心が二つあるわ
……」
「わかるわ聡実くん
……」
ほんまにわかるんか狂児。
問い返しはせずにクリスマスの青い空を眺める。
その夜僕らは、ビーチ沿いのレストランのテラス席で夕飯を食べた。夜風にゆらゆら揺れるイルミネーションの電飾を見ながら、辛いサルサにやられた狂児の舌を宥め、腹ごなしのために遠回りで宿に向う。こっちの人にとってはこのぬるい風とクリスマスと新年がセットなのだと思うと、まだ数日の滞在にもかかわらず、日本のあのせき立てるような冬の空気がずいぶん遠いものに感じられるから不思議だ。
そのくらい離れた地で嘘みたいなクリスマスをやっているとはいえ、それはそれこれはこれだ。5億当てたからって、僕はポップアップストア跡地での狂児との会話を忘れたわけではない。僕は有馬に行く前から、約束通り、自分のもともとの予算で
――正直若干オーバーしたので冬のボーナスで工面して
――狂児へのプレゼントを用意している。
熟考の後のプレゼントは、指輪だった。ああなんて
……なんて陳腐で歯の浮く、商業主義に侵された行動や。
だけど、僕が本当に狂児にあげたいのはなんやに対する答えは、めちゃくちゃ簡単だった。僕の人生全部だ。
5億があってもなくても、競馬勝負で勝っても負けても、僕はこれを準備しており、よかったらもらって欲しいと狂児にお願いしてみるつもりだった。それに添えるのが指輪であるべきかどうかは今でもわからないが、どんなに僕らにとって嘘くさくても陳腐でも、こんなに嘘みたいなことが起こるなら、もう僕はなんも気にせんと徹底的にやっていいと思った。こんなに嘘みたいなことが起こらなくても、僕の気持ちは決まっていた。心二つの主張はどっちも等しく正しい。
大通りから少し離れた砂浜は、月明かりを反射して白い砂で薄明るい。風に乗ってくる音楽と笑い声を聞きながら小さな箱を出すタイミングを見計らっていると、狂児が先に「聡実くん」と僕を呼んで立ち止まった。その声が必要以上に凪いでいるので、こちらの「なに?」がちょっと動揺してしまう。
彼は僕の動揺に対しては反応せず、代わりに芝居がかった咳払いをした。
「えー。実はですね、ボクは節約のためにも禁煙をしてまして
……」
目を凝らして狂児の顔を見る。
おどけた口調とすっとぼけたポーカーフェイスの裏側に、微かに、ほんの微かに緊張がちらつく。凝視すると消えるから、狂児は僕が気づいていないと思っているかもしれない。実際、さっきの声とこの表情は、彼の表出の中でもレアな組み合わせの一つである。そして僕は一度、この組み合わせを見たことがある。狂児がヤクザを辞めたと言った時。
「その節約によって用意させてもらった聡実くんへのプレゼントがこちらでして
……」
小さな箱が差し出される。
僕が隠し持っているものとほとんど同じ形状をしている。
「
……嘘やろ」
漏れた言葉をどう受け取ったか、彼は続きのセリフを探している。
一方の僕は、なんだかもうめちゃくちゃに面白くなってきてしまった。こっちの箱を後ろ手で探りながら、爆発しそうになる笑いやその他諸々を奥歯で噛み殺す。
ほんまに嘘すぎんねん。
いや、初めっから嘘みたいやったしな、僕ら。
「
……これはほんまに信じて欲しいねんけど、5億あるからとちゃうねんで。ほんまにちゃうけど、
……あ〜、もうええわ、金目当てと思ってくれても
……」
「ええの」
「嫌です
……」
「ふ」
わかるわ狂児。お前の気持ち。「
……5億はな」
「うん」
「僕が使わせてもらうわ。やから、金目当てにはならへんねん。残念ながら」
「そらそやで。聡実くんのお金や」
狂児はあからさまにほっとした顔をする。保留されている指輪を手にそんな顔をしないで欲しいが、僕は僕で伝えなければならないことがある。
「僕にはやりたいことがたくさんあって」
「うん」
「まずは一緒にお正月を迎えたいです。春は花粉で鼻水ダラダラの狂児さんを見てみたいです。夏は七輪買ってベランダで焼肉してみたいし、餃子を皮から作って家で焼きたいし、また一緒に競馬も行きたい。それから、温泉も行こ、山登りもしよ。犬ぞりも乗りたい。オーロラも見たい。5億は使わずに」
「うん」
「頑張って働くけど、生活水準は全然今のままや思うわ」
「うん」
「5億は投資で増やして、狂児さんと宇宙に行こうと思ってるので」
「う」相槌を準備していたと思しき狂児は突如now loadingになった。「宙」
……よし、今や。いや、今か?わかれへんなもう。どれが正解かもう一個もわからへん。
わからないが、どれを選んでも大丈夫なような気もした。
「でな、狂児さん。僕もプレゼントがあって」
今にも中身が飛び出そうな箱をぎゅっと抑える。
「ほんまに信じて欲しいんですけど、これは5億得て気が大きくなったからとかじゃなくて
……あと、これがほんまに適当かどうかわからないんですが
……」
二人して似たような前置きを並べてしまったと思いながら、僕は、ずうっと後ろで待ち構えていた箱をようやく差し出した。
狂児の目がゆっくり見開かれる。
「
……うそぉ
……」
「僕もさっきからずっと嘘やおもてました」
「
……せやなあ、嘘や言うてたもんなあ」
「
……うん
……、っふ、」
限界を迎えた僕は、狂児に飛びつきながら、くるった子供のようにあはははと大声で笑った。僕を抱き止めた狂児もゆっくり笑い出し、よろめきながら2人して砂の上に崩れおちる。我慢しすぎたせいか、笑いの一部が涙になって目の端っこに浮かび、そこに砂がくっついてこそばゆい。
ああおかしい、おかしすぎて、今急に隕石が落ちてきても、来週には全部なくなり元通りになっていても、むしろそっちの方が自然かもしれないとすら思う。しかもだ。僕はそうなっても全然大丈夫やと思っている。狂児がいるなら。
それが一番嘘みたいだ。
爆笑に疲れて息を切らし、指輪の箱二つを挟んで砂浜に寝転んだ僕らは、どっちが先に続きを言うか探り合っている。多分おんなじことだから、どうせなら一緒に言うたらどうですかと思いながら、僕は狂児をじっと見る。せやなあみたいな顔で、狂児も僕をじっと見る。呼吸を合わせる。見えない指揮棒が振り上がり、聴こえない前奏が流れ始めた。

*💃5億チャレンジ成功🕺*
*🎄Merry Christmas & Love Forever.....💝*
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