暖房の効き過ぎている帰りの電車で、僕は座席に沈み込んでいる。そもそもの目的は僕が錬成してしまった呪いのお金を使うことで、もちろん忘れてはいないが、それとは全然別の話で、僕はまあまあ負けず嫌いでもあった。悔しさと諦めとミッションコンプリートの気持ちが三位一体となり、それらは僕の空腹に拍車をかけている。
一方、まさかの資金微増で今日一日を終えた狂児は、鼻歌で紅を歌いながらスマホを眺めている。今日の祝杯をあげる店を勝者自ら探してくださっているそうだ。歌うな陽気な紅を。スーパーのBGMみたいにすな。
「聡実くん何食べたい?馬刺し?」
「こわいねん
……わからんそのセンスは
……」
「精がつくよ」
「へえ、そうなんですか
……」
「めっちゃ凹んどるやん
……」
ボクのお願いきいてもらわなあかんねんけど、とぼやく狂児の声をBGMに、ぼんやりスマホをスクロールしていると、メールの通知がぽろっと落ちてきた。ネットバンクからだ。
普段使わない銀行だから何かあったのかと思ったが、通知をタップしながら、今朝JRAにいくらか入金していたことを思い出した。Win5を買うためだ。その残高の返金だろう。
競馬の才能ゼロの僕や。どうせ外れているだろうが、一応購入履歴を開き、「
……?」
画面に表示された結果を見て、僕の思考は停止した。
「
……???」
10回読んでも意味が頭に入ってこない。
何を考えてどの馬を買っていたのか、今朝のことなどはるか忘却の彼方だ。だからこの結果が本当に僕のものなのかどうかわからない。わからへんけど、さっき僕は、僕の暗証番号でログインしたよな?うん。ユーザーの名前、岡聡実よな?うん。
「狂児さん、僕って岡聡実ですよね?」
「えっ、うん」
購入した馬番が全部的中してるように見えるんやけど。うん。
その横に表示されている当選金額。わからん。
わからへんねんけど、震える手がスマホをしっかり握れない。帰宅したはずの心臓がもう戻ってきてスタンバイしている。頭が真っ白になり、あーこれ貧血ちゃう?と思いながら、ギギギと首を捻って狂児を見る。
「どしたん?」
訝しげに顔を覗き込んでくる狂児にスマホを渡した。
「それいくらですか?」
「ん?いちじゅうひゃくせ」
全然言葉の途中だったが、狂児も「ン」と口を結んだ。見合わせる顔が強張りまくっている。やっぱそうやんな。
そうやんな?????「
……ご」
「聡実くんシッ」
「5おk」
狂児はガバっと僕の口を塞いだ。「んむ」もがきながら声を出そうとするが、彼はさらに力を込めて口を押さえる。
「聡実く~ん、おうち帰ってから話そな~」
「〜〜!!〜〜〜〜!!!!」
「うんうんそうやね~。わかるわ~めっちゃわかる~」
落ち着いたふりをしているが、狂児の手のひらはいつもの5億倍くらい湿っているというかもうびちょびちょでいっそ気持ち悪く、あっこいつ焦ってると思うと、僕もちょっとは冷静になれそうな気がしなくもない。とはいえ、画面に表示された数字は脳裏にこびりついて離れない。あんなもん、仕事でしかみいひんやろ。や、仕事やったらゼロたたまれるから、あんなアホな桁数ならへんやろ。こども銀行やんもう
……
周りの乗客たちは不審極まりない僕らをちらちら見ているが、狂児の(元)極道スキルが彼らに一切口を挟ませなかった。僕の呼吸が落ち着いてきたのを見計らって、狂児はゆっくり手を離す。そして小声で囁いた。
「深呼吸し」
「はい
……」
「とりあえず家帰ろか、ごはんは家で
……」
「や、すいません、それはお腹が耐えられへん」
「そうやね」
即座にうなずく狂児の顔を観察する。目も口も神妙な形におさまったふりをしてはいるが、唇の端っこが微妙に上がっている。僕の肩を掴む手も微妙に震えている。「あはは」
「ほんまにあははやで聡実くん」
「しかも僕が勝ちとちゃう」
「聡実くんの勝ちです」
「僕の言うこと聞いてくれるってことですよね?狂児さんが」
「なんでもいうてください」
「なんでも」
「なんでも」
狂児と聡実と書いてアホと読んでも差し支えないくらい緩んだ顔で、僕らは電車に揺られている。
🎄