けーだい
2024-11-25 00:19:45
73340文字
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レヴナントの褒賞

下記の要素を含みます。苦手な方は読まないでください。
・一部原作キャラクター(以下「キャラ」)が故人の設定
・キャラの死亡描写
・キャラの身体の分離、欠損描写
・魔物、キャラの殺傷描写
・キャラの自殺願望に関する描写
また、他注意事項として
・リンゼルに子供がいる設定
・リンゼルの絡みがほとんど無い
・(カップリングではない)リンクと他キャラ、またはモブとの会話がメイン
となっています。大変好みの分かれる話ですのでこの他にも心配なことがある方は読まないことを推奨します。
だいぶエロ以外のセンシティブ要素がてんこ盛りですが、書いた人間としては死によって救われるのではなく救われたから終わる、そういう話にしたいと思ってはいます(できてるとは言っていない)。そういうのが好きな人向けです。
リンゼルオンリーにこれを持ち込もうとしている狂気。


いざなわれるもの


 東の高台にある深穴から声が聞こえる、というあまりにも朧げな怪談話を宿屋の主人から聞いたのは、街を出る直前のことだった。なんでも穴の近くを通ると呻き声が聞こえるそうで、最近ではあの辺りには人があまり近寄らなくなっているらしい。何年か前には聞かなかった話だ。久しぶりに探し物の気配がして、すぐに行き先を変えることにした。
 深穴の端に備え付けられた昇降機に乗り込み、錆びついたレバーを下げる。荒っぽい振動と共に昇降機が下がり始めて、ひとまず安心した。実質的な廃坑になって随分経っているから、昇降機が生きているかは半ば賭けだった。巨大な縦穴は入る分には簡単だけれど、戻る必要ができた場合出るのはかなり骨が折れる。多分途中までしか行けないとはいえ、外れだった場合の事を考えると地上に戻る手段があるのはありがたい。
 縦穴を半分程通り過ぎた頃、ゴンドラが何かにぶつかって止まった。手摺から身を乗り出してアカリバナを入れたランタンで下を照らしてみる。穴を塞ぐように巨大な植物の根が空間を埋め尽くしているのが見えた。
 ランタンを腰に提げ、根に足をかけて木登りの要領で降りて行く。辛うじて人一人が通り抜けられるくらいの根の隙間を通って、更に深い場所を目指した。いつだったか、親子を助けるためにデグガーマの肝を求めて地底に行ったことがあったけれど、あの時より地下は埋まっているようだ。
 魔王を討ち取った後、地下に残された瘴気を清めるように各地の破魔の根は地底を埋めていった。一度は地下の資源を目当てに開発されたものの、ゆっくりと、けれど少しずつ根に浸食されていく地下から人々は撤退し、今ではわずかな空間と縦穴を残してほとんどが埋まっているという。
 そんな場所に人なんているわけもない。それなのに声がするというなら、その声の主は人間ではないはずだ。
 張り巡らされた太い幹のような根を伝い、やがて縦穴の終わりを通り過ぎた頃、地面のようなものに足がついた。地下の底自体はまだずっと下のはずだから、多分巨大な根の一部だろう。腰に提げたランタンを手に持ち直して様子を伺うと、根のところどころから別の地底植物が生えていて、その隙間を縫うように更に細い根が這っていた。まともに歩けそうな部分もあるにはあるけれど、足場はかなり悪い。まるでフィローネに広がる樹海の奥地のようだ。
 見える範囲には声の主はいなさそうだった。ここに来てからまだ一度も声は聞こえていない。あれ・・は寝ているのか、それとも外れだったのか。わからないけれど、ここまで来たからにはまだ帰るつもりはなかった。
「おーい! いないのか!」
 張り上げた声は反響することなく暗闇に溶けて消えていく。根が音まで吸い取っているのか、耳が痛くなるほど何も聞こえなかった。
 これは長くなるかもしれない。何か目印になるものを置こうとポーチを探ると棒状の簡易ライトが出てきた。まだ地底にコガーマがいるかはわからないけれど、目印が無くなるのは探索するにも不便だ。これが丁度いいかもしれない。
 ひとつ折ると衝撃を受けたアカリバナの成分が棒の中に広がって白く光る。それを地面に置いて、まだ幾分通りやすそうな方から進むことにした。簡易ライトはアカリバナよりも明るいけれど、光っていられる時間はせいぜい一日くらいしかない。根に覆われているとはいえ空間自体はかなり広いから、手早く探さないとどこからどこまで探したかわからなくなるだろう。
 右手に開いた根の隙間を潜る。さっきの場所よりも頭上が覆われていて圧迫感があった。それでも立ったまま通れているから、こういう時は小柄でよかったと思う。右に湾曲した道ともつかない道を、ところどころ飛び出た根を越えながら歩いた。目印の明かりが見えなくなる頃にもう一本折って、置いていく。
 やがて細い根がびっしりと絡み合ってできた壁に辿り着いた。左側には崖、右手には今地面と化している巨大な根が壁のように上へと伸びている。行き止まりだ。
 こっちは外れだったのかもしれない。戻ろうかとも思ったけれど、絡み合う根と根の間から少しだけ向こう側に空間があるのが見えた。気になって壁を覗き込む。奥の方、根に絡まった何かがある。
 ――角だ。そう認識した瞬間、剣を掴んでいた。
 刃で根を断ち、掴んで千切りながら壁を掘る。根に埋まりかけたそれが姿を現していくのにしたがって、逸る鼓動の音がけたたましく耳元で響いた。
 何年、探していたかわからない。かつて何度も会ったはずなのに、いざ探し始めてみれば全く出会えなかったそれが、今目の前にある。根を取り払ったその前に立った時、思わず声が震えた。
……久し振り」
 背を丸め、蹲ったような姿。角を持ち、羽を広げ、不満げな表情を浮かべたその像は、記憶の中と寸分違わぬ形でそこにいる。
 悪魔像。命と力を司るもの。
像に宿る気配がのそりと蠢く。もうずっと探し続けていた悪魔が、やっと俺を見るのを感じた。
「女神かと思ったら……なんだ、おまえか」
 不貞腐れたような声が頭の中に直接流し込まれる。空気を介さないそれは根に吸われることなく地上へ届いたのだろう。縦穴からも少し離れたここに来るような人間が俺の他にいるかはわからないけれど、それでも呼び込もうとしたあたり、この像もいい加減孤独に耐えかねているらしい。
「随分冷たいな」
「何の用だ」
 人恋しくて怪談話になったにしてはやけに突っぱねるような態度だった。俺の顔を見るなり出た「女神」という言葉に、なんとなく不穏なものを覚える。女神とはかなり長い付き合いらしい彼が、俺を女神と間違えたというなら。もしかして、俺のこの身は。
「俺の命を全部、引き取って欲しいんだ」
 ぞわりと立ち上る不安を振り切るように願いを告げる。今までずっと探し求めていた答えに指がかかりそうだというのに、今はそれを知りたくなかった。
 悪魔は興味無さげに鼻を鳴らすと、帰れ、と言った。
「おまえの命はもう取れない」
……どうして?」
 金と命を交換する悪魔は、どんなに女神の怒りを買おうとそれをやめることはなかったはずだった。だからこそ彼は人気のない所を転々とさせられ、俺はそれを追って方々探し回る羽目になった。
 そんな彼が断わった。その事実に、目の前の暗闇が一層濃さを増した気がした。影の向こうから彼の声が聞こえる。
「おまえは女神に愛されすぎたんだ。祈るなら、向こうに祈ってくれ」
……そう」
 何度目かわからない落胆を抱えて背を向ける。置いてきた明かりを頼りに来た道を戻って、縦穴の下に着くとそこで力が抜けた。根を掴む気力もわかずに座り込む。
 太い根に背を預けて、遠い地上を見上げた。根に覆われた穴からは空も見えない。
(祈るなら――
「祈ったよ……何度も」
 独り言は誰に聞かれることもなく根に吸われて、消えていく。

       *

 噴水広場に繋がる大階段を降りながら残りの女神像を数える。ハイラルの街の中ではかなり古い方であるゾーラの里でも、女神像はやっぱり応えてくれなかった。
 あれから知恵の泉やいくつかの街の女神像を回った。けれどどの女神も、まるでただの石像のように黙ってばかりで何もわからずじまいだ。そこに彼女達がいるのかさえ不安になるものの、女神像は常に光を纏っているから、いることはいるのだろう。そこにいて、俺の声を聴いて、それでも何も語らない。いつだって女神の考えることはよくわからなかったけれど、今が一番理解できなかった。
 階段を降り切ってひとつ息を吐く。次はどこに行こうかと頭の中で地図を広げながら大橋に向かって歩いていると、遠くから呼び止められた。
「リンクおじさま!」
 聞き覚えのある、それでいて記憶と少し違う声に振り返る。父親譲りの尾ひれに、母親譲りの緑の鱗。けれどその顔立ちは両親よりも、どこか彼女の伯母の面影を宿していた。
 彼女が噴水をぐるりと回って駆け寄ってくる。その姿は記憶にあるものよりもずっと成長していて、身長なんてもう俺とほとんど変わらなくなっているようだった。前に会った時はまだ胸より下だったはずなのに、と不思議な感覚になる。
 手を挙げて応える。目の前まで来た彼女はふぅと息をつくと、満面の笑みを見せた。
「おじさま、久しぶり!」
 屈託なく笑うその嬉しそうな顔だけが前と変わらない。そういえば彼女はそう頻繁に会うこともなかったはずなのに、なぜか俺によく懐いていたなと不意に思い出した。
 確かに彼女がまだ小さかった頃、年の離れた二人の兄達にはあまり遊んでもらえないからとねだられて、何度か遊び相手になったことはある。けれどそれも随分昔の話だ。もう大分会ってもいなかったのに、それでもまだ俺に懐いてくれているらしい。
「連絡くれればお迎えしたのに。いつここに?」
「さっきね。でも、用事も済んだからもう行くよ」
 金色の瞳が丸くなる。呆気にとられたような顔をした後、彼女はころころと笑うと相変わらず忙しないね、と言った。もうずっと一ヶ所に留まることのない生活をしてきたから俺にとってはこれが当たり前になっているけれど、周りから見ると相当落ち着きのない人間に見えるらしい。
「お父さまに会ったの? 今日、玉座にいたかなぁ……
 俺が降りてきた大階段を見上げた彼女は首を捻る。俺の友人である彼女の父はもう大分前に王位を息子に譲ったから、玉座の方から来た俺を不思議に思ったのだろう。
「あぁいや、会ってないけど、いいんだ。お父さんだって忙しいでしょ」
 それに首を横に振る。実際彼は忙しい人だ。引退したといっても公務が全く無くなるわけじゃないし、仕事以外にもやりたいことが沢山あると言っていたのを覚えている。やりたいことなんて基本的にはひとつかふたつくらいしかない俺とは大違いだ。
 そんな俺の反応に何を言っているのか、と呆れたような顔をしたあと、彼女はなぜか嬉しそうに笑った。
「おじさまなら、お父さまはいつだって喜んでお会いしますよ。ほら! 行こう!」
「え、ちょっと」
 手を取られて走り出す。こういう押しの強いところは両親のどちらに似たのだろうと考えながら、揺れる尾ひれの後について行った。

       *

 貯水池の休憩所にいた彼の元に着くなり、彼女は「積もる話もあるでしょ」と言って俺を置いて行ってしまった。去り際、驚く父親の顔を見て満足げに笑っていたのがなんだか微笑ましい。そういえば彼女は昔からお父さんっ子だったな、と笑う俺に彼は深く息を吐いた。
「落ち着きのない娘ですまない……
 去っていった嵐に頭を抱えるシドの顔には、前に会った時より幾分皺が増えていた。子供が成長するのと同じように、親である大人達も変化している。俺の知らないところで過ぎた彼の年月が見えたような気がした。
「いや、こっちは気にしてないよ。それより急に押しかけてごめん」
「それこそ気にしないでくれ。――会えて嬉しいゾ、リンク」
 休憩所の椅子に深く腰かけ、何か記録を取っていたらしい彼が隣の椅子を勧める。ノートを閉じ、こちらを振り返った彼に俺を帰す気がないのが見て取れて、大人しく席に着いた。午後の日差しを受けて煌めく水面を眺めながら彼が口を開く。
「それで、今回はどうしたんだ?」
「どうってことはないんだけど……ちょっと女神像に用があってね」
「女神像? 悪魔像じゃないのか」
 俺が探していたものを知っている彼の声が訝し気に低くなるのが聞こえた。風に揺れる水面を眺めながらどう説明をつけようか考えて、諦める。
 前もこうして下手な言い訳を考えて、彼に見抜かれた。そうして探し物を白状させられて、殴り合いの喧嘩になったのはもう何年前だろう。随分古い記憶のように思えた。
「悪魔像は見つかったんだ」
 息を詰めたシドが俺の気配を探っている。彼は今でも俺を友人として迎えて、心の底から心配してくれていた。それがとてもありがたい。けれど、だからこそ申し訳ないとも思う。俺の望みは彼の思いを蔑ろにするようなものだとわかっていて、それでも俺には、どうしてもやりたいことがあった。
「それなら」
「いや……ダメだった」
 彼の言葉を遮って続けた言葉に、彼が口を噤む。ゆらゆらと絶え間なく揺らめく水面が乱れた。魚が跳ねて、沈んでいく。
「俺は女神に愛されすぎたんだって。祈るなら向こうに祈れって言われたよ。……もう、声も聞こえないのにね」
……それで、今度は願いを叶えてくれそうな女神像を探しているのか」
 頷く俺に彼がまた深い溜息を吐くのが聞こえた。きっと彼もいい加減呆れているだろう。何かを考えるような沈黙の後、やがて彼が口を開いた。
「なぁ、リンク。ずっと考えていたんだが……この里にはキミの顔馴染も多いだろう。ハイリア人と比べれば長命の者だってたくさんいる。……だからキミも、ここでなら……
 言葉を切った彼は、多分俺に手を差し伸べようとしている。呆れながらもそうしてくれる彼は、本当にとても懐の深い人だと思う。
 けれど、俺の諦めの悪さは今に始まったことではなかったし、今更変える気もなかった。
 椅子から立ち上がる。屋根の下から出ると水に反射した光が眩しかった。細めた目でよく見てみると、光の下で魚が泳いでいる。空を跳ねるより、よほど気持ちよさそうに見えた。
「言っただろ。俺には、やることがあるんだ」
 振り返るとシドは俺よりずっと辛そうな顔をしていた。きっと俺が諦めないからだろう。あるいは、シドには俺が苦しんでいるように見えているのだろうか。
 悪足掻きをしているだけだろうと言われれば、確かに否定はできない。それでも俺にとっては、諦めることの方がよっぽど苦しいことに思えた。
 だって。これは今の俺にとって、唯一の。
「ゼルダ様が亡くなって、どれだけ経つんだ」
 そう問いかけるシドの声は静かだった。雷獣山から吹き下ろす冷めた風が髪を攫って、水面を駆け抜けていく。風に掻き消えそうなその声は随分とらしくない。
「さぁ……もう長いこと数えてないから。わからないな」 
 俺の答えにシドが顔を顰める。下手な嘘はやめてくれ、と彼は言った。
「もうじき、百年だ。……それだけの間、キミは彷徨い続けてきたんだろう。だから」
「約束なんだ」
 縋るようなその声を聞いていたくなくて遮る。俺の顔を見たシドはそれでも何か言おうとして、けれどやがて力なく口を閉ざした。
 ぱしゃん、とまた遠くで魚の跳ねる音がする。気持ちよさそうに見えた水の中は、もしかしたら酸素が少ないのかもしれない。
「やっぱり、もう行くよ。ヨナさんによろしく。それと……俺も、会えて嬉しかった」
 何も言わない彼を置いて里に続く階段へと向かう。彼に悪いと思いながら、それでも謝ることはできなかった。誰にも理解されないだろうとわかっていて、俺は俺の願いを叶えること――自分の命を終わらせること、それだけを考えている。
「リンク!」
 よく通る声に振り返ると、休憩所の傍に立った彼が俺を真っ直ぐに見ていた。先程までとは違う、迷いのない、彼らしい声だ。
「また来てくれ。ゾーラの里はキミを歓迎する。いつでも」
 そのいつも通りの声に手だけで応えて、階段を降りた。