けーだい
2024-11-25 00:19:45
73340文字
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レヴナントの褒賞

下記の要素を含みます。苦手な方は読まないでください。
・一部原作キャラクター(以下「キャラ」)が故人の設定
・キャラの死亡描写
・キャラの身体の分離、欠損描写
・魔物、キャラの殺傷描写
・キャラの自殺願望に関する描写
また、他注意事項として
・リンゼルに子供がいる設定
・リンゼルの絡みがほとんど無い
・(カップリングではない)リンクと他キャラ、またはモブとの会話がメイン
となっています。大変好みの分かれる話ですのでこの他にも心配なことがある方は読まないことを推奨します。
だいぶエロ以外のセンシティブ要素がてんこ盛りですが、書いた人間としては死によって救われるのではなく救われたから終わる、そういう話にしたいと思ってはいます(できてるとは言っていない)。そういうのが好きな人向けです。
リンゼルオンリーにこれを持ち込もうとしている狂気。


砂漠の迷い子


 赤ん坊を抱いたゼルダが、歌いながら揺れている。とんとんと一定のリズムで背を叩いてやると落ち着くのか、赤ん坊の瞼が眠そうに落ちてきた。もう少しですね、という彼女の声は小さく、歌っていた余韻を残している。
 その姿を眺めながら、この人の子育てはきっと本来なら、こんな風に自分で寝かしつけるようなものではなかったんだろうな、と思った。
「ああ、寝ましたよ。ほら」
 赤ん坊の寝顔を見せようと彼女が身体を傾ける。腕の中で眠るその顔は穏やかで、それを見つめる彼女もまた、緩んだように微笑んでいる。
「ふふ……かわいいですね」
 同意を求めているのか、それとも俺が無反応だったからか、彼女が視線を上げる。目が合うとまた蕩けるように笑みを深めた。
 俺を見つめるその翠は、どこまでも暖かく、俺のそばにある。

       *

 全てを白く塗り潰すような強い日差しの向こう。揺らめく砂の海に、人影を見たような気がした。
 カラカラバザールを出て数刻もしない頃だった。ゲルドキャニオンへと繋がる道から少し外れたあたりをスナザラシに引かれて東に進んでいる時、それが見えた。
 どうにも嫌な予感がして咄嗟に強く手綱を引く。抗議の声を上げて急停止したスナザラシには後で追加の餌をやろうと考えながら、流れていってしまった人影を探した。止まると風もなくなって一気に体感温度が上がる。垂れてきた汗を肩口で拭うと赤いチュニックが血のように黒く染まった。
 それにも構わず、日避けのフードに手を添えて砂の稜線を視線で辿っていく。光と砂でいっぱいになる視界の中、砂の波間に目が留まった。左後方、よく目を凝らした先。大事そうに何かを抱えた人影が確かにある。砂に足を取られそうになりながら走るその後ろには小さな影が三つ。ボコブリンだ。
 左に手綱を引きながら鋭く合図を出す。スナザラシが勢いよく飛び出して、ぐんと身体が引っ張られた。盾から放り出されないよう踏ん張りながら、谷へ向かって走る人影を側面から追いかける。視界を流れる景色が伸びて、どんどん人影が目の前に迫ってくる。
 集中した視界の真ん中、人影の抱えている物が赤ん坊だとわかった瞬間、足をもつれさせるのが見えた。
 反射的に背中の剣を抜いて投げる。先頭のボコブリンの頭に突き刺さり、すぐ後ろにいたボコブリンがぶつかって倒れた。その音に驚いて顔を上げようとした人影に向かって叫ぶ。
「伏せて!」
 一切速度を落とさないまま三匹目の横っ面に突っ込む。ぶつかる直前で手綱を放した。ボコブリンを避けようと寸前で曲がったスナザラシが倒れた人の上を飛んで行く。それを視界の端に捉えながら、放り出される勢いに乗って跳んだ。足元の盾を片手で押さえながら三匹目にぶつかる。鈍い音と共に三匹目が吹き飛んだ。
 盾が接地するかどうか、飛び降りて刺さったままの剣を掴むと、抜きざまに目の前の起き上がりかけた二匹目を切り捨て、即座に身を翻した。転がった三匹目を狙い、砂を削ぐような軌道で振り抜く。
 断末魔は短かった。
「もう大丈夫だよ」
 剣をしまいながら倒れた人影に声をかける。起き上がるときに被っていたフードが落ちて、高い位置で括った赤い髪が目に入った。
 ゲルド族のその人は、自分の身よりも腕の中の赤ん坊を確かめるのに必死なようだった。けれど心配されている当の本人はといえば、顔に少し砂粒が掛かっているものの、泣きもせずぼうっとした顔で彼女を見上げている。
「あぁ……ごめん、ごめんね……
 砂を払い、ひとしきり怪我がないことを確認したらしい彼女はやっと安心したのか、赤ん坊を強く抱き締めた。なんとなく声をかけることもできなくて、ただ見守る。
 やがて顔を上げた彼女は、俺を見上げて気の抜けたような顔をした。
「ありがとう……助かった。ちょっと、びっくりしたけどね」
 赤ん坊を抱えたまま座り込む彼女に手を貸して立ち上がらせてから、あたりを見回してスナザラシを探す。レンタル用にしつけられているとはいえ、荒事に突っ込んでしまったから怯えて逃げてしまったかもと思ったけれど、幸いまだ近くにいた。手綱をぶら下げたままごろごろと砂を浴びるように転がっている。
「待ってて」
 母親に声をかけてからスナザラシを刺激しないように近づいて手綱を握る。それにも構わず呑気にあくびをしているあたり、さっきの荒事のことなんてもう忘れているのかもしれない。手綱を引くと素直に俺についてきた。
「危ないし、送るよ。バザールまで」
 谷よりはまだバザールの方がよほど近い。日差しを避ける影さえないこんなところにいるより、宿で休んだ方がいいだろう。そう思って声をかけると、母親は一瞬躊躇うそぶりを見せたものの、さっきの出来事があったからかすぐに頭を下げて「よろしく」と言った。
 手綱に繋いだスナザラシに先導させて歩き出す。砂地はなだらかに隆起して上り下りがある。足を取られないように慎重に歩を進めながら、ふと気になっていたことを訊いた。
「どうしてあんなところに?」
 母親は俺の質問に少し迷うように視線を泳がせている。何か言いたくないことでもあるのだろうか。無理に聞く気はないと言おうとした瞬間、彼女が吐き出すように漏らした。
「その……命を交換してくれる像があるって、聞いたことない?」
 思わず息を飲む。馬鹿にされるんじゃないか、という空気の向こうに切羽詰まった感情を滲ませた声。
 その必死さが、なんだか他人事とは思えなかった。
「あるよ」
 俯きがちだった母親が驚いたようにぱっと顔を上げる。見開いた目はまるで信じられないとでも言うようだ。きっと「そんなものは迷信だ」とでも言われてきたのだろう。けれど俺はその実物に会ったことがある。
「ほんとに? 話合わせてるとかじゃないよね」
「ないよ。でもどうして」
 そんなものを、と言う前に彼女の赤子を抱く腕に力が入るのが見えた。強く抱き締められてもなお、赤子は身じろぎもしない。単に大人しいだけなのかと思っていたけれど、その時初めて違うと気付いた。
「この子ね。元気そうに見えるかもしれないけど、病気なんだ。薬が必要だけど、材料が無くて……。途方に暮れてる時に聞いたんだ。明け方、東の遺跡の最奥に行くと悪魔の像に話しかけられる。そいつにお金を払えば、命を交換してくれるんだって」
 乾いた風が再び俯いてしまった頬を撫でていく。それでも母親は赤ん坊を早く休ませてやりたいのか、砂山を登る足だけは止めようとしない。
「この子の命と私の命、交換してもらおうと思ったんだ。デグガーマの肝にしたって悪魔の像にしたって、私にとっちゃどっちも同じくらい夢物語だ。だから……
 厳密に言えばあの像は人と人の命を入れ換えてくれるようなものではないけれど、それを彼女は知らなかったのかもしれない。縋るように赤子を抱えて極寒の砂漠を越えた母親は、そこに確かに希望を見ていたんだろう。
「でも、結局ただの噂だね。なぁんにもいなかった。震えるこの子を無理やり連れ出して、日が登るまで遺跡の中をずっと探し回ったけど……ずっと、馬鹿みたいに……耳が痛いくらい、静かで……
 声が震えるのを必死に堪えているようだった。それでも彼女は絶望に止まりそうな足を必死に動かして、オアシスを目指している。
 辛いことを思い出させてしまったかもしれない。でも、必要なものがわかれば、俺にもできることはある。
「デグガーマの肝だけでいいの」
「え?」
 俺の返事が予想外だったのだろう、彼女の張り詰めていた空気が揺らぐ。砂山のてっぺんから少しだけ見えている宿の頭を真っ直ぐに見つめたまま、今朝の記憶から帰ってきた彼女にもう一度問い直した。
「それって薬の材料だよね。足りないのはそれだけ?」
「ああ、うん……肝さえあればいつでも作れるって、薬師が」
「わかった」
 やっと俺の言っていることを理解したのだろう彼女は、けれど腑に落ちない様子で頷いた。俺がどうするかなんてわかっていないだろう母親を連れて、砂を踏みしめる。この山を越えればバザールはもう目と鼻の先だ。
「カラカラバザールに着いたら、宿で待ってて。取ってくるから」
「取ってくるって……
 声が離れて振り返る。あれだけ頑なに動かし続けていたはずの彼女の脚はすっかり止まっていた。呆然と立ち尽くしたまま俺を見上げている。俺よりずっと背の高いはずの彼女がなんだか小さく見えた。
 そんなに驚くことがあったかな、と首を傾げる。そんな俺に彼女はやっと言葉を見つけたみたいに喋り始めた。
「まさか、デグガーマの肝を⁉ そんな、無理だよ!」
「どうして?」
「だって、地底の魔物は地上のより強いんだろう⁉ デグガーマなんてその中でもかなり大きいって聞いたよ⁉ 確かにアンタはすごく強いみたいだけど、いくらなんでも……
 どうやら俺の心配をしてくれているらしい。確かに彼女から見れば俺は随分小柄だし、不安に思うのかもしれない。万が一俺が戻らなかったら、きっと彼女は相当気に病むだろう。
「大丈夫だよ」
 俺の言葉を信じきれないのか、彼女はまだ心配そうな顔をしている。けれど、できることがあるのにやらないのは性に合わないし、何よりこれくらいのことは今までだってやってきたことだ。幸い彼らの巣の在処に見当はつけやすくなっているし、地下へ続く昇降機だってある。移動時間は少しかかるけれど、そう難しいことではなかった。
「前にも倒したことがあるから。夜には戻るよ」
 俺の言葉に彼女が目を見開く。ともかくこんなところで立ち止まっていてもなにも始まらない。もう一度「早く行こう」と声をかけて振り返る。少し下った先にはもうオアシスの入り口が見えていた。

       *

 夜の砂漠は冷え込むけれど、バザールのあたりは火を焚いているせいか幾分ましだった。篝火を頼りに宿に入って、フードを下ろしながら受付に声をかける。出がけに頼んでおいた薬師はもうとっくに来ていると言われて少し焦った。こちらはついでとはいえ、寄り道をしたのが少し申し訳なくて足早に奥に進む。
「あ……
 正面にある二段ベッドの下を借りたらしい彼女が俺に気付いて呆然とした声を出した。その隣に腰かけたゲルド族の女の人が多分薬師だろう。母親の腕の中にいる赤ん坊を診ていたらしい彼女は、俺に気付くと一つ会釈をした。
「ごめん、遅くなった」
 二人に軽く詫びて狩ってきたばかりの肝を薬師に手渡す。受け取った彼女は袋に入った肝の状態を確かめた後、一つ頷いた。
「これなら大丈夫。鍋を使うから、ここで待ってて。すぐに作るわ」
 借りるね、と母親から哺乳瓶を受け取ると横に置いていた鞄を片手に宿を出ていく。その後ろ姿を見送った母親が口を開いた。
「まさか本当にこんな早く……戻ってくるとは思わなかった」
「言ったでしょ。夜には戻るって」
 ずっと半信半疑のまま俺を待っていたらしい母親は未だに俺の事をぼんやりと見上げている。到底手に入れることはできないと思っていたものがうっかり転がり込んできたから、多分まだ現実を飲み込めていないんだろう。
「あれ、さっきの……本当にデグガーマの……?」
「そうだよ」
 頷いて見せると今度は宿の入り口をそわそわと伺い始める。俺の役目は終わったけれどまだ落ち着かなさそうな母親が気になって、もう少しここに残ることにした。ベッドの左側にある、岩を削りだしたような椅子に腰かけ話を振る。
「あの人が昼間言ってた薬師?」
「そう……この子が生まれた時からずっとお世話になってるんだ。……この子の病気がわかったのも、あの人のおかげでね。もう頭が上がらないよ」
 不安を押し流すように話し始めた母親に付き合っていると、思ったより早く薬師は戻ってきた。
「お待たせ。ヤギのミルクと混ぜて温めておいたから、このまま飲ませてあげて」
 哺乳瓶を受け取った母親が赤ん坊の口元に持っていく。最初こそ嫌がるそぶりを見せたけれど、一度飲み始めると一気に瓶の中身は空になった。腹を空かせていたのか、と思いながら見ていると母親の「今日、全然飲んでくれなかったのに」と呟く声が聞こえた。
「うん、いい飲みっぷり。これならもう大丈夫」
 薬師が赤ん坊の頬を撫でる。くすぐったそうに身じろぎした赤ん坊は飲み切ったおしゃぶりをまだ吸っていて、なんだか物足りなさそうだった。
 念願の薬を子に飲ませてようやく落ち着いたのか、母親は気の抜けた顔で赤ん坊を見つめている。
「さて、これで私にできることはもう終わり。後はたくさんミルクをあげて、よく眠らせること」
 いいね、と母親に念を押した薬師は荷物を持つと立ち上がる。まだ日が変わるような時間ではないとはいえ、すっかり夜だ。だというのに彼女は宿に泊まる気はないらしい。
「これからゲルドに戻るの?」
「まぁね。明日の朝一で行かなきゃいけないところがあるから。……また街でね」
 最後は母親に言うと、薬師は軽やかに宿から出て行く。俺もそろそろ出ようかと腰を上げると、母親がはっとしたように引き留めてきた。
「待って、まだ何もお礼してないよ」
「いいよ。用事のついでだったし」
 それに、と続けようとした言葉は母親に遮られてしまった。
「よくない。私の気がすまないんだ。せめて今晩の宿代だけでも出させてよ」
 その顔があまりに必死で、今朝の事を思い出す。その申し出をここで受け取らない方が却って彼女にずっと気負わせるような気がした。
……わかった。甘えるよ」
 そう答えると彼女はあからさまに安堵して、深く息を吐いた。ようやく重荷を下ろせたようなその様子に、なんだか少し羨ましくなってしまう。
「受付に話をつけてくるから、少し見ててくれる?」
「うん。よろしく」
 ベッドに赤ん坊を置いて去っていく母親を見送る。赤ん坊は最初こそ大人しかったものの、すぐに母親がいないことに気付いたようだった。ふっくらとした柔らかな頬は赤みがさして、心なしか昼間より顔色がよくなっているような気がする。その口元が不満げに歪むのを見て、これはまずいと思った。
「ああ……すぐ戻ってくるよ」
 ふにゃふにゃと泣く寸前の声を上げ始めても彼女が戻ってこないから、仕方なしに抱き上げる。立って背中を軽く叩きながらゆらゆら揺れていると、やがて瞼がとろんとしてきた。
 その表情が、随分前に見た自分の子供に重なる。
「初めて聞く歌だね」
 戻ってきた母親に言われて初めて、自分が子守唄を口ずさんでいることに気付いた。もう何年も歌った記憶はなかったけれど、咄嗟に出る物なのかと自分でも驚く。
「昔、俺の奥さんがよくこうやって寝かしつけてたんだ」
「子供がいるの?」
 驚いた母親の声はそれでも小さかった。もう少しで眠りそうな赤ん坊は、剣帯の胸元に結び付けた青い布を握り締めている。
 その小さな手をそっと外しながら、まぁね、と答えた。
「ごめん……アンタのこと、てっきり子供だと……
 申し訳なさそうな母親に、だからあんなに心配したのかとやっと合点がいった。彼女にしてみれば守るべき子供が危険を冒そうとしているのだから、それは焦ることだろう。
「よく言われる」
 童顔な上に小柄なこの身体はよく子供に間違われる。確かに、欲を言えばもう少し背が欲しかったような気はするけれど、これで困ったことは今までなかった。むしろ狭い場所に潜り込んだりするのには丁度良かったから、あまり気にしたことはない。
 それでも母親は少し申し訳なさそうな顔をしていた。どうも気にしやすい質なのかもしれない。
「俺は気にしてないよ。それに……これでも二人育てたから、気持ちはわかるつもり」
 だから本当に、なにも気にしないで欲しい。そう伝えると彼女は「ありがとう」と、噛みしめるように言った。
「本当に、ありがとう。助けてくれて……ほんとは、宿代くらいじゃ足りないのに」
「そんなことないよ。泊めてもらえるのはすごく助かる」
「それならいいんだけど……
 眠たそうな赤ん坊の顔がむずがるように歪んで、言いかけていた母親がはっとした顔をする。赤ん坊がまたすぐに穏やかな顔に戻ると、母親も力が抜けるらしかった。その様がなんだかおかしくて、少し笑ってしまう。
 恨めしそうな視線に「ごめん」と返す。そんな俺に言いたいことを飲み込んだらしい彼女は、そういえば、と続ける。
「アンタはどうしてあんなところに? ついでって言ってたけど……
 母親のその無垢な瞳の色が、一瞬翠に見えた。そんなわけはないと目を下げれば、赤ん坊の寝顔が目に入る。
 まるで、いつかの夢を見ているようだった。
「ああ……ちょっと用事がね。でも」
 母親が首を傾げるのを感じながら、腕の中の暖かな重みを抱き締める。
「もう、なかったんだ」
 赤ん坊の握り締めた拳が、励ますように俺の胸を叩いた。