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けーだい
2024-11-25 00:19:45
73340文字
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レヴナントの褒賞
下記の要素を含みます。苦手な方は読まないでください。
・一部原作キャラクター(以下「キャラ」)が故人の設定
・キャラの死亡描写
・キャラの身体の分離、欠損描写
・魔物、キャラの殺傷描写
・キャラの自殺願望に関する描写
また、他注意事項として
・リンゼルに子供がいる設定
・リンゼルの絡みがほとんど無い
・(カップリングではない)リンクと他キャラ、またはモブとの会話がメイン
となっています。大変好みの分かれる話ですのでこの他にも心配なことがある方は読まないことを推奨します。
だいぶエロ以外のセンシティブ要素がてんこ盛りですが、書いた人間としては死によって救われるのではなく救われたから終わる、そういう話にしたいと思ってはいます(できてるとは言っていない)。そういうのが好きな人向けです。
リンゼルオンリーにこれを持ち込もうとしている狂気。
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名残雪
二人きりのこの家はやけに広い。手狭になって引っ越したはずなのに、こうして戻ってきてみると随分空間を持て余しているような感じがした。
階段下の物置から見えるテーブルには誰もいない。
それがなんだか、ひどく奇妙で。
「片付け、終わりましたか」
ぼんやりとしていた俺を見つけたゼルダが声をかける。階段から顔を覗かせていた彼女は梁をくぐると、床に座り込む俺の隣に腰掛けた。
「何を見てるんですか」
俺の肩に頭を凭れさせて、彼女は俺と同じ景色を見ようとする。なにも、と答えると彼女は小さく笑った。
「あの子達の写し絵、飾ってくれたんですね」
彼女の視線を辿ると、テーブルの向こうに幼い頃の子供達の写し絵が見えた。確かに飾ったのは俺だ。
この家のどこからでも見えるようにと、あの場所に飾ったのだ。
「リンク」
彼女の声が聞こえる。穏やかな、芯のある、俺の好きな声がする。
「私達がいますからね」
頷く代わりに、その手を握った。
*
岩肌に沿うように誂えられた階段を踏み締める。崖下から吹き上げてくる風に背中を押されるまま登り切ると、日の良く当たる小さな踊り場の奥に、花を飾られた女神像が見えた。
動物を狩り、魔物と戦うために雪山を飛ぶリトの戦士には危険が付きまとうから、無事に帰ってくるようにと願いを込めてあの像は村の入り口に置かれているのだという。その前に一度立ち止まり、心の中で祈りを捧げる。
(また
……
来たよ)
ずっと昔から続けてきたそれは、自分にとっては顔馴染への挨拶とそう変わりない。ここも含めて、各地にある女神像はどれもかつての俺に力を与えてくれたものだ。返事がなくても声をかけることだけは続けている。
祈りを終えて顔を上げると、丁度リト族の子供達が階段を駆け下りてくるところだった。五人とも背中には子供用の弓を背負っている。多分まだ飛行訓練場には行けない年頃だから、近場で練習するのだろう。はしゃぐ彼らは前を見てはいなくて、俺にぶつかりそうな勢いだ。
一歩前に詰めて避けると、一番後ろにいた青い羽の子の弓が俺の背中を掠めていった。まだ他の子よりも一回り小さくて、子供用の弓にさえ振り回されているようだ。仲間について行くのに必死な様子で駆けていく。
すぐさま子供達の後ろから声が飛んできた。
「こらぁっ! 今ぶつかったろ! 謝りなさい!」
ごめんなさーい、と軽い声を残して子供達は駆け抜けていく。追いかける大人はあの中の誰かか、あるいは全員の父親なのかもしれない。
「すいません」
「いえ」
謝る間にも子供達はどんどん進んで行ってしまう。彼はもう一度頭を下げると「待ちなさい!」と叫びながら追いかけて行った。
俺が登ってきた階段の向こうから子供達の声が聞こえる。風に乗って届くその声は元気そのもので、なんだか微笑ましい。その声を見送ってから、上へ繋がる階段に足をかけた。
しばらくへブラの奥地をうろついていたものだから、ポーチの中身はほとんど空になっている。ここからまた移動するには消耗品が幾分心元ない。物資の補給がこの村に訪れた一番の目的だった。
緩くカーブを描いた通路を登っていくと、宿の隣によろず屋がある。中には客が一人と女将しかいなくて、店内には二人の話し声だけが響いていた。リトの村全体のどこかのんびりした空気も相まって、長閑な空間がある。
「はは、ボウズは相変わらずかぁ」
「ほんっと勘弁してほしいよ。あの人そっくりっていうかさ、馬鹿なとこばっかり似ていくんだ。もう最悪」
「まぁそう言ってやるなって。あいつと違ってボウズはしっかりしてるじゃないか」
「どこがさ! さっきだってあたしの言う事なんっにも聞かないで、弓持って出てっちゃったんだよ。まったく、まだ幼羽も生えたばかりの子供が何を言ってるんだか」
そんなやり取りを聞き流しながら好きに商品棚を見物して、必要なものを手に取っていった。数ヶ月前へブラに入る前に一度立ち寄ったきりだから、品揃えも幾分変わっている。あの時はなかった瓶を手に取ると、バクダン花から作られる火薬の詰まった紙玉が瓶の中で転がった。
「お客さん、久し振りだね。矢、仕入れてあるけどいる? さっき届いたばかりでまだ出してないんだ」
声をかけられて咄嗟に言葉が出てこなかった。まさか前回俺が矢を探していたことを覚えられているとは思っていなくて、すこしぼうっとしてしまったようだ。
顔を上げると、雑談相手がいなくなったせいかどこか退屈そう女将と目が合った。
「あ、うん
……
じゃあ、二束貰おうかな」
「あいよ」
返事をした女将はカウンターの後ろに積まれた木箱から矢束を五つといくつかの品物を取り出して、売り場に出てくると俺に矢束を二つ手渡した。
「よく覚えてたね」
残りの三束と品物を棚に並べる背中に話しかけると、振り返った女将はどこか気まずそうな顔をしていた。その反応が奇妙で首を傾げる。彼女はそんな俺を見て「いや、ちょっとね」と苦笑いを見せた。
「随分な軽装でこれから山に行く、なんて言ってたもんだから
……
その、うちの夫みたいなことするなって」
そう言われて、前に来た時妙に引き留められたことを思い出す。「冬の山はやめておけ」とか「せめてもっと着込みな」とか、やたら親身に心配してくれてはいたけれど、まさか誰かに重ねて見られているとは思わなかった。
女将はまだ居心地の悪そうな顔をしている。確かにセーターとチュニック、その上にフードを被っただけと冬山に行くにしてはかなりの薄着だったから、彼女の言いたいこともよくわかった。数ヶ月越しに解けた謎につい苦笑いが出る。
「ああ
……
馬鹿だって思ったんだ?」
「あはは、やっぱりさっきの話、聞こえてたよね。ごめん。でも、無事で安心したよ」
彼女はそう言って明るく笑った。けれどその割に最後の言葉は妙に真剣そうな響きをしている。知らない相手とはいえ心配をかけていたことになんだか申し訳なさと、それから不思議な感覚を覚えた。
「いや、こっちこそ」
「女将! ボウズいるか⁉」
俺の声をかき消すように切羽詰まった声が怒鳴り込んできた。振り向くと息を切らせた男の人が一人、柱に掴まりながら立っている。さっき子供達と一緒に居た人だ。嫌な予感が背中を駆け抜けていった。
「どうしたの」
慌てた様子のまま店内を見回している彼に声をかける。俺の後ろで女将が震えたのが気配で分かった。
「ここの息子がいなくなったんだ! 戻ってきてないか」
「戻ってないよ、どこでいなくなったの⁉」
女将が叫ぶ。それに彼は苦いものを噛んだような顔をして、柱の間から外を見る。へブラ湖のある方向だ。
「橋向こうの雪原だ。街道の北にある広場にいたんだが、すまん、目を離した隙に一人で飛んで行っちまった。北西の方に行くのは見えたんだが」
子供を連れていたから多分街道近くではあったはずだ。けれどこの辺りにはサンゾクオオカミが出ることもあるし、他の子供達を置いて探しに行くことはできなかったのだろう。
「訓練場だ
……
」
呆然とした女将の呟く声に振り返る。彼女は嘴を震わせながら蹲るように背を丸めた。息が上手くできないのか、ひゅっ、ひゅっ、と飲み込むような呼吸を繰り返している。
「ゆっくり、吐くのに集中して」
落ち着かせようと背中をさすりながら床に座らせる。子供がいなくなったとはいえ女将の様子はおかしかった。懸命に息を吐こうとする彼女に声をかける。
「訓練場って、飛行訓練場だよね。そこに行ったってこと?」
こくこくと頷く彼女は何かを耐えるように、固く両手を握り締めている。
「今朝、飛行訓練場に、行きたいって、あの子が言って
……
喧嘩、したんだ。だから、きっと、そう」
喘ぎながら必死にそう告げる。苦しげに歪んだ顔で、それでも必死な眼差しが、真っ直ぐに俺を見ていた。
「お願い、オビーを」
助けて、と悪夢に魘されたような声が呟く。暖かな羽毛に覆われたはずの背中は冷え切っている。女将本人も放ってはおけないけれど、まだここには人がいる分、一人雪山にいる子供の方が危険だ。
「わかった」
「なんだって」
ようやく息を整えたらしい男が入ってくる。それに「飛行訓練場だって」と返すと彼は驚いたような顔をした。
「まさか! いくらなんでも、あんなところまで子供の羽で飛べるか」
確かに居なくなった場所から考えると、飛行訓練場はほとんどリトの村を挟んだ反対側だ。大人ならともかく、幼い子供には少し遠い。
それにあの辺りは頻繁に吹雪になるから、風に煽られたら子供の力では多分飛んではいられないだろう。だからこそ、弓を習い始めたばかりの幼い子供は飛行訓練場ではなく近場で練習するのだと聞いたことがあった。
けれど母親はきっとあそこだと言った。誰よりもその子を見ていた人がそう言うのだから、それはきっと間違いがない。
「それなら途中から歩いてるかも。いなくなった子の特徴は? それと、他の子達は」
「青い羽のチビだ。子供用の弓がまだでかいくらいの。他のは皆うちのに預けた。いないのはオビーだけだ」
怪訝そうな男の返事に頷く。他の心配事がないなら、今どうにかしなきゃいけないのはこの親子だけだ。
「人を呼んで手分けしよう。はぐれたあたりから飛行訓練場まで上から探して。俺は逆から地上を探す」
「探すって」
俺の言葉に男は目を丸くしたけれど、構っている場合ではない。女将の呼吸はまだ落ち着いていないし、子供だって早く見つけないとどうなるかわからない。あの辺りには魔物の巣だってまだあるのだ。
「いいから早く! 女将さん、ちょっと待ってて」
よろず屋を飛び出して階段を飛ぶように駆け上る。隣の防具屋に駆け込むと、店員と品を卸しに来ていたらしい女の人が驚いて振り返った。
「なんだ、どうした」
「よろず屋の子供がいなくなったんだ、探すから手伝って! それと一人は女将さんの介抱を頼む。ショックで体調を崩してる」
二人が顔を見合わせて頷く。男はすぐにカウンターから出て来た。
「俺も探そう。男手の方がいいだろ」
「奥さんは任せて」
女の人はそう言って飛び出していった。顔見知りなら大丈夫だろう。残った男に声をかける。
「一緒に来て」
防具屋を出ると女の人と反対の階段に向かった。少し先に行けば柵の切れ目があるはずだ。岸壁と建物に囲まれたここより飛び立ちやすいだろうと見当をつけ、段を飛ばして上った。
俺の後ろに付いた男が声を張り上げる。
「どこを探す⁉」
「飛行訓練場から大吊橋のあたりまで!」
「わかった!」
さっきの男が知らせて回っているんだろう、村中が騒がしくなるのを聞きながら上り切る。切れ目の前でしゃがみこんだ男の背中に飛び乗った。白い羽毛を握らないように肩をしっかりと掴む。
「行くぞ!」
声と同時に飛び立つ。目の前の小屋を避けて一気に上昇する。身体の重さを全身に感じながら、身をできる限り低くして風を切るように進むと、上空の冷気が全身を突き刺した。透き通った空気は見晴らしがいいけれど肌には痛い。それでも視線を遠くにやると、よく晴れたこの辺りと違って山は強い雪が降っているのだろう。真正面にあるはずの飛行訓練場は白くかすんでしまってよく見えなかった。
「まずいな、ありゃあかなり降ってるぞ」
同じことを思ったのだろう、男の舌打ちが聞こえた。早く行かないと視界が悪くなるばかりだ。風に負けないよう男に向かって叫ぶ。
「急いで! 俺には構わなくていい」
「了解、落ちるなよ!」
ぐ、と身体にかかる荷重が増すのを感じながらさらに身を寄せる。顔に雪の粒がぶつかり始めて、山が近いことを感じた。
*
「今日は子供は来ておらんぞ。どうした」
飛行訓練場に詰めている元族長が顔をしかめる。小屋の外はしんしんと降る雪に少し風が混じっていて、これからもっと酷くなりそうな気配がしていた。
「よろず屋のオビーがいなくなったんだ。きっとここに向かったはずだって女将が」
目の前の老人もそれを感じているんだろう、俺の言葉に険しい顔のままそうか、と頷いた。俺を連れてきてくれた人は鋭く息を吐いて、柱の間から見える黒々とした雲を見上げている。
知らせがあってから一時間が経過していた。その前がどれくらいあったかはわからないけれど、まだここにいないということは途中のどこかにいる可能性が高い。
「行き違いになるかもしれないから、おじいさんはここで見張っててもらえる?」
「わかった。すまんな、うちの若いのが」
元族長を残して小屋を後にする。ここからが捜索の本番だ。雪に足を取られそうになりながらなだらかな坂を足早に登っていく。男も俺の隣を歩いていた。
「今更だが、その格好で大丈夫なのか」
「薬があるから」
腰のポーチを指して言うと彼はとりあえず納得したらしい。それでも「アンタまで死にかけたら面倒見切れないからな」と釘を刺されて、苦笑いを返すことしかできなかった。
下り坂に差し掛かると強めの風が吹き上げてきた。雪の粒と一緒に吹き付けてくる向かい風に逆らいながら、雪を踏みしめる。
「どうしてここなんだろう」
「
……
ああ」
風にかき消されて聴こえないかと思った俺の呟きは聞こえたらしい。彼が小さく溜息を漏らすのがわかった。そこに聞いたらまずい何かがあったのかと思うものの、そんな俺に気付かなかったのか彼は続ける。
「あいつは親父さんの代わりになろうとしてるのかもしれん」
「代わり?」
思わず振り返ると、彼は一つ頷いて「下見ろよ」と忠告した。足元の道は埋まってしまっているけれど、全体的に窪んでいるおかげで辛うじて道だったことだけはわかる。
「あそこの奥さんは去年旦那を亡くしたんだよ」
耳を傾けながら、足首まで埋まる雪の下の傾斜を予測しながら下りていく。
開けた場所に出た瞬間、視界がいよいよ白一色に埋め尽くされた。坂より幾分風が弱まったとはいえ、晴れていれば見えるはずのリトの村や手前の崖は雪に隠れて何も見えない。
「吹雪の中、山を下りてきた魔物の撃退に行って、それっきりだ。いい戦士だったんだが
……
」
「
……
そっか」
足を止めた彼は残念そうに告げると、一度視線を伏せた。「安心した」と言った時の女将の妙に深刻そうな様子の意味がようやくわかって、今更申し訳なさが湧く。
彼はすぐに顔を上げると俺を見た。
「それでどうする。手分けするにも、この視界じゃ上からは厳しいぞ」
「あんまり離れないようにしながら地上を探そう。お互いの姿が見える範囲内にはいた方がいい。もしもの場合は
……
これで場所を知らせる」
腰のポーチに手を伸ばして手探りで目当ての物を見つけると、彼の前に差し出す。俺の手に乗るアカリバナの種に、彼は少し驚いた顔をした。最近は種の状態で持ち歩く人は少なくなったと聞くから、もしかしたらこれが何かわからなかったのかもしれない。
けれど俺の心配をよそに、彼はそれを一つ取るとアカリバナか、と言った。
「久しぶりに見たな。簡易ライトじゃないのか」
「あいにく手持ちがこれしかなくて。でも最近取ったものだから、ちゃんと咲くよ」
念のためと二、三個それを渡すと、彼は掌に収まったそれを確認するように転がしてから腰にぶら下げた小さな鞄にしまった。
「随分レトロだが、まぁいい。しかし
……
」
男が視線を上げる。一面の雪原を見つめながら、彼は険しい顔をした。
「いくらあいつがチビとはいえ、あんまり風が酷くなると二人連れて脱出できるか怪しい。俺が無理だと思ったら止める。いいな」
確かに今はまだ風があるとはいえ穏やかな方だからいいけれど、吹雪になったらリト族といえど飛べなくなるだろう。救助に来たはずが却って救助を待つ羽目になりかねない。
それに、今までに猛吹雪を経験したことは何度かあるけれど、手元くらいしか見えなくなった状況で子供を見つけるのは至難の業だ。可能な限り早く見つけないと。
「行こう」
街道を中心に、風の避けられそうな木々の影や岩場の窪みを探していく。山側に広がる幾分平らな方には、かつて空に浮かぶ島々だった巨石が点々とあって、子供が入り込めそうな場所が多くある。岩と岩の隙間を覗き込んでは声をかけた。
「オビー! どこだ!」
街道を挟んだ向こう側、リリトト湖に面した崖の方からも子供を探す男の声が微かに聞こえる。彼の白い羽毛はこの雪景色の中に溶け込みやすい。辛うじてリトの色鮮やかな服のおかげで見落とさないけれど、捜索範囲はこれ以上広げられなかった。むしろ、刻一刻と強まる雪と風のせいで段々と狭まっていく。
大粒の雪が吹き付ける中、積もった雪を割るように進む。いつの間にか膝まで雪に飲み込まれていた。岩も道も飲み込んだ雪原は平らに広がって、足跡の一つもない。
一瞬、白くけぶる世界に一人取り残されたような感覚になった。全ての音は風と雪に吸い尽くされ、視界が白一色に塗り潰される。数歩先どころか自分の手元さえ見えない白い闇の中で、顔が、指先が、凍っていく。
こんな場所に一人でいるのは、きっとそれは恐ろしいことだろう。真っ白な痛みだけが降り積もるこの場所は、多分この世で一番「死」に近かった。すっかり慣れてしまった俺とは違って、命に溢れた村で暮らす子供にはあまりに無味で、ひたすらに寂しい光景。
けれど、暴力的な無音の中に、異質な音が混ざるのを聞いた。
「おい! これ以上は危険だ! 一度撤退するぞ!」
吹雪に掻き消えそうな男が叫ぶのに構わず耳を澄ます。俺の反応がないことを不審に思ったのか、男が雪をかき分け駆け寄りながらもう一度叫んだ。
「聞こえないのか! 撤退だ! 逃げられなくなるぞ!」
「黙って!」
それを遮って辺りに耳を向ける。邪魔な視界を閉じて音だけに集中すると、吹き荒れる風の向こう、崖の方から微かに、ピィーと伸びた音が聞こえた。
「笛だ!」
「なに?」
二人で雪を蹴散らすように走る。数歩先も白く染まるような吹雪の中を崖めがけて突き進むと、やがてはっきりと笛の音が聞こえるようになった。断続的に何度も鳴るその音を頼りに距離を詰める。
けれど、崖に着いても子供の姿は見えなかった。
「まさか」
男と崖を覗き込む。崖にぶつかった風がごうごうと吹き上げているけれど、確かに音は崖下から聞こえていた。音の大きさとこの崖の高さから考えると一番下まで落ちた訳ではないだろう。間違いなくこの崖のどこかにいる。
「クソ!」
男が崖に飛び込む。翼をはためかせる強い音が響いて、吹雪の中に消えていった。風にかき消されないよう、見えなくなった男に向かって叫ぶ。
「いたか⁉」
笛の音も途切れていた。崖の縁にへばりついて覗き込みながら返事を待つ。ややあって、男が風に煽られながら戻ってきた。
「いた。そんなに下じゃない。せいぜい弓三、四張分ってところか。だが
……
風が強すぎて近寄れない。ぶつかっちまう」
男が強く握った拳を震わせる。それを見て、腰のポーチから束ねたロープを取り出し、近くの岩場に近寄った。
「おい、何を」
まだ雪に埋もれていない大岩にロープの片側を結び付け、もう反対側を腰の防具の上から括りつける。岩から崖までロープを張り、長さが十分足りることを確認してから余りの部分を崖下に投げ込むと、縁に背を向けた。
「俺が迎えに行く。場所を教えて」
「正気か⁉ ここより煽られるんだぞ!」
「わかってる。でもここにいるんでしょ」
真っ直ぐに男を見上げると、彼は一度怯んだような目をした。そしてすぐに「わかったよ」と吐き捨てるように言うと、俺の一歩右を指差した。
「そこの真下だ。少しだけ出っ張ってるところにいる」
「わかった」
張ったロープを一度引っ張り、強度を確認してから後ろ向きに飛び降りる。壁面に着地して、風の弱まる瞬間に壁を蹴った。手の中にロープの擦れる熱を感じながら、跳ねるように降りていく。
言われた辺りまで降りると確かに出っ張りがあって、その上に首から小さな笛を下げた青い羽の子供がいた。ぎりぎり一人分の空間で必死に崖に掴まって、降りてくる俺を見つめている。
「動かないで。今助けるから」
一歩を詰めて近寄る。もう微動だにすることもできない様子のオビーに手を伸ばして腰を捕まえると、そのまま一度壁に立てた腿に座らせた。身体を密着させるとポーチからもう一つロープを出し、歯を使って解くと片方を咥えたまま俺とオビーに巻き付ける。手早く、けれどできる限り固く結んだ。
「しっかり掴まって」
首に回された腕に力が篭るのを感じてから手を放す。両手で掴んだロープを手繰りながら崖を登った。風に煽られたロープが揺れる度にオビーが震えるのを胸に感じる。その度に大丈夫、と声をかけたけれど、どれだけ意味があるのかはわからなかった。
そろそろ崖の縁に指がかかるという時、上から伸びてきた手に腕を掴まれて一気に引き上げられた。雪の上に三人で転がる。汗に濡れた服が肌に張り付いてひどく冷たかった。
「大丈夫か」
「
……
どうにか」
上がった息を整えながら、オビーと俺を括ったロープを解こうと手を伸ばす。体重がかかった分結び目は固く締まっていた。革の防具に顔を埋めたままのオビーは、まだ小さく震えている。さすった背中は子供の身体とは思えない程冷え切っていた。まだ幼い羽毛では崖の強い風には耐え切れなかったのだろう。
解くのをやめてオビーを抱いたまま立ち上がった俺を男が覗き込む。
「どうした」
「身体が冷え切ってる。早く温めないと」
男の顔が険しくなる。確かにリトの羽毛は暖かいけれど、それは自分の体温を保っていられるというだけで、熱を生んでくれるわけではない。身体の小さい子供は一度体温が下がってしまえば呆気なく凍え死んでしまう。
「この風じゃ、村までは飛べない。訓練場まで戻るしか
……
」
「いや」
悔し気に歯を噛む男を遮って、背中の剣を抜いた。ロープを切り捨て、オビーを抱えて山の方へと歩く。
「この先に古い山小屋がある。訓練場よりは近いはずだよ」
雪に埋まる足を必死に前へと進めながら、見えない山小屋を目指す。旧山道の入り口にある山小屋はかつてへブラ山脈に挑む人々の最初の宿として機能していた場所だ。今は別の登山ルートが開拓されて、この辺りに来るのは飛行訓練場を目指すリトの人々だけだと聞いているけれど、山小屋自体はまだあった。
「あの山小屋か? あそこはもう随分使ってなかったはずだが」
「うん。でも、そんなに荒れてなかったよ」
「まるで見てきたみたいだな」
「少し前にね」
その返事にふぅんと鼻を鳴らし、男は俺の前に出た。凍える小さな身体をさすりながら、男の踏み分けた雪道を歩いて行く。
*
薪の爆ぜる音が響く。外は先程よりもずっと荒れていて、古びた窓がひっきりなしにガタガタと鳴っていた。とはいえ、長年ここに佇む山小屋はそれなりに頑丈だ。放置されていたせいで隙間風があることは否めないけれど、風に揺れるようなこともない。外にいるよりはずっとましだろう。
数ヶ月前、へブラに入る直前に一度ここに立ち寄っていてよかった。あの時ここに残った設備の確認をしていたから、ここに運ぶことを思いつけた。身体を温める薬を飲ませ、小屋にあった毛布に包んだところでオビーは眠ってしまった。火に当たれるよう抱えたまま暖炉の前に座り込んで、青い羽毛を撫でる。さっきよりもずっと暖かな体温に、ほぅと息を吐いた。
暖炉の中に吊るされた備え付けの鍋には雪を溶かした湯が沸いている。手持ちのコップに注いだそれを一口飲むと、喉から胃までを熱が通っていくのがはっきりとわかった。俺も大概冷え切っている。まだ凍っていないからと油断していると、オビーが危なくなることに今更気づいて背筋が冷たくなった。ずっと一人で行動していたから、自分の身の守り方も忘れてしまっているようだ。
もう一口湯を胃に流し込む。熱が指先まで通い始める感覚になんだか息苦しさを覚えて、胸元の青い布を握り締めた。
大きな音と共に強い風と雪が背後から一気に室内に流れ込んでくる。振り返ると男が慌てて扉を閉めるところだった。
「どうだった」
「駄目だ、全く止む気配がない。せめて無事だけでも伝えてやりたいが
……
もうじき日が沈む。今日は無理かもしれん」
その代わりにこれを見つけた、と男が出したのはポカポカ草の実だった。寒冷地によく生えているこの実は、身体を温めるには丁度いい。今の状況にはありがたい食料だった。
「ああ、ありがとう。ハイラル草ならあるんだけど、これはなかったんだ」
オビーを男に預けて、壁際のテーブルに置かれた桶に実を入れた。中には溶かしておいた雪水がある。軽く暖炉にかけたとはいえかなり冷たいそれで実を軽く洗った。
その実を手に暖炉に戻ると、先に見つけたナイフで縦に割って、種ごと鍋の中に放り込んだ。ポーチから出した干し肉とハイラル草も一口大に切って入れていく。最後に岩塩を少し削って入れた。肉が柔らかくなるまで少し煮ればとりあえずの食事にはなるだろう。
「慣れてるな」
「まぁ
……
ずっと旅してるからね」
テーブルに備え付けられた引き出しに一つだけ残っていた器とスプーン、フォークを桶に入れて洗う。これでいいかと訊くと男はもちろん、と頷いた。
「ん
……
」
その腕の中でオビーが身じろぐ。震えた瞼がゆっくりと開いて、大きな緑色の瞳を覗かせた。
「オビー!」
気付いた男が腕の中を覗き込む。オビーは大きな瞳で男を見ると、ぼんやりとした顔のまま、おじさん、と呟いた。それから段々と目が潤み、やがて男に縋りつくように泣き始める。意識がはっきりしてくると同時に、崖にいたことを思い出してしまったらしい。
男が背中をさすって宥める。しゃくりあげる声が落ち着いてくる頃を見計らって声をかけた。
「スープ作ったけど、食べられるかな」
青い頭が頷くのを見て、俺のコップに入っていた湯を捨てる。肉を多めに、辛い実は極力入れないようによそってフォークを挿し、オビーに差し出した。両手で受け取った彼が自力で食べられているのを見て、これなら大丈夫そうだと男と頷く。
洗った方の器にもスープをよそい、男に渡す。俺は後でいいからと二人が食べる横で暖炉の火を見ていると、またオビーの目から涙が零れ始めた。
「あんまり泣くな。体力が持たないぞ」
オビーの手が止まった。何かを言おうと懸命に言葉を探しているようで、嘴が開いては閉じを繰り返していた。風と男の食器が立てる音、薪の崩れる音だけが響いている。
涙を手の甲で拭ったオビーが、ようやく口を開いた。
「ごめんなさい」
男の手が止まる。彼は空になった器をこちらに置くと、一言だけを返した。
「それはお前の母さんに言え」
素っ気ない男の言葉に突き放されたと思ったのだろう。オビーはそれきり迷子のような顔をして黙り込んでしまった。大きな緑の瞳が潤んで、今にも決壊しそうなそれを必死に堪えている。
「何がいけなかったんだと思う?」
萎れきったオビーに声をかける。彼は一度俺を見た後、躊躇うように視線を落とした。
「先生の言うことを聞かないで、ひとりで山に来たこと
……
」
「うん。じゃあ、それがどうしていけなかったのかも、わかるね」
オビーが頷く。彼は自分がどれだけ大人達に心配をかけたかわかっていて、自分の間違いをちゃんと認めていた。
「おれ
……
崖から落ちた時、このまま死んじゃうんだって、思った。
……
かあさんにも言われてたのに。山はあぶないって
……
」
「そうだね。お母さん、すごく心配してた」
俺の言葉にオビーが歯を食いしばる。きっと今、彼の小さな胸の裡は後悔でいっぱいなのだろう。それも無事だったからこそ思えることだった。そのことを多分彼なら理解してくれる。
「だから、元気に帰って、お母さんに謝ろう。いいね」
「
……
うん」
残りの肉を噛みしめる彼はもう泣いてはいなかった。やるべきことを考えて気持ちが前向きになったのか、食欲が出てきたらしい。彼は結局鍋の中身をほとんど一人で平らげると、また眠そうに目を擦り始めた。かなり消耗していたから、今はゆっくり休んだ方がいいだろう。
「寝ていいぞ」
食器を洗いに立ち上がった男の言葉に頷くと、オビーはそのまま床に横になってしまった。暖炉から少し離れてしまうけれど、ベッドの方がずっと身体は休まるだろう。
「ベッドに行きな」
肩を叩いてそう促したけれど、彼は余程眠いのか動こうとしなかった。そしてうとうとと寝入る寸前のまま、ぼんやりとした口調で呟く。
「おれ
……
死んじゃうのも怖かったけど
……
」
瞼はもう落ちている。ほとんど眠りの入り口で、彼は一番に怖かったことを思い出しているようだった。
閉じた眦から、涙が一粒だけ流れ落ちていく。
「おれが死んじゃったら
……
かあさん一人になっちゃうって
……
怖くて
……
」
だから、はやくあやまらなきゃ。
それだけ最後に言って眠りに落ちてしまったオビーを抱き上げ、ベッドに寝かせる。もう一度毛布に包み直すと、小さな頭を撫でた。身じろぎするその寝顔は思ったよりも穏やかで、そう悪い夢を見ているわけではなさそうだ。
「置いて逝くのは
……
怖いよな」
俺の呟きは、きっと風に殴られる窓の音で掻き消えただろう。背後で男が振り返る気配がした。それに気付かなかったふりをして、暖炉の前に戻る。
火を絶やさないよう薪をくべる俺に、男は何も言わなかった。
*
火の始末をして山小屋の外に出る。夜半から弱まり始めた風は明け方にはもうすっかり凪いでいた。昨日の吹雪はどこへ行ったのか、雲ひとつない快晴だ。この辺りでこれだけ晴れるのは珍しい。
山に背を向けると、雪原の向こうに聳えるリトの村がよく見えた。昨日は全く見えなかったそれが今日はやけに近く感じる。視界が閉ざされると、それだけ世界も閉じてしまうのだろう。広く抜けるような空を見上げながら明け方の冷えた空気を大きく吸い込んで、小屋の中へと戻る。
今は晴れているとはいえ、山の天気は変わりやすい。戻るなら今のうちだ。まだ眠っているオビーの肩を叩いて起こす。床で寝ていた男の方はもうとっくに起きていて、いつでも出発できそうだった。
「オビー、帰るよ。起きて」
「ん
……
」
眠そうにしてはいるものの、状況はしっかり覚えているようでぐずることもなく起き上がった。毛布を畳んでベッドに戻し、先に小屋を出ていった男の後を二人で追う。
「俺は歩いて行こうか?」
弓を前に下げてオビーを背負った男に、さすがに俺まで乗るのはどうかと思って声をかけると彼は呆れたような顔をした。溜息混じりにあのな、と言う。
「コイツが戻ってアンタが戻らなかったら、女将が気に病むだろうが。多分もう手遅れだろうがな。顔を見せるなら三人まとめて見せた方がいい」
その意見に反論できる材料もなく、ありがたく背中に乗せてもらう。俺も小柄とはいえ、剣もあるから重さはそこそこあるはずで、それでも彼は問題なく飛びあがった。白い肩に掴まって、青い身体を押さえる。
「行くぞ」
びゅう、と耳元で風を切る音がした。飛行訓練場の上空で旋回して、元族長に手を振ってから南へ向かう。頬に当たる空気は湿気を含んだ冷たいものから、少し乾いた冷たさに変わっていった。
ものの十数分で村の上空に着くと、これから探しに行こうとしていたらしいリトの人達が一気に騒がしくなった。村の最上階にある広場に降り立つ頃にはすっかり人集りができている。
防具屋の男の背から降り、オビーを降ろしたところで背後から悲鳴のような声が聞こえた。
「オビー!」
「かあさん」
万事屋の女将が文字通り飛んできてオビーを抱き締める。やっと安心したのだろう、泣いてしまって何も言えないようだった。
「かあさん
……
ごめんなさい」
力一杯抱き締めているのだろう、オビーは苦しそうだったけれど、嫌がることなくそのままにしていた。それだけ母親に心配をかけたことを実感したのだろう、その背中がどこか沈んでいるように見えた。
「兄ちゃん!」
昨日引率をしていた男が駆け寄って、俺と防具屋の男の前で頭を下げた。こっちもこっちで随分肝が冷えたようだ。
「本当になんて言ったらいいのか
……
。昨日アンタ達まで帰ってこなかったから、俺
……
」
「俺達はともかく、あの親子のフォローはちゃんとしとけよ」
「ああ
……
もちろん」
防具屋の男の言葉にさらに萎れた男が親子の元へ行く。男に背中をさすられる女将を遠目に眺めていると、隣から声をかけられた。
「なぁ」
男を見上げる。青い瞳が真っ直ぐに、観察するようにこちらを見ていた。その眼差しの鋭さにどこか見覚えがあるような気がして、けれどきっと気のせいだと考え直す。
「アンタ、何者なんだ」
彼の真剣な表情につい笑みを漏らしてしまった。気を悪くしたかと男の様子を伺ったけれど、俺のそんな様子を気にする風でもなく、彼は答えを待っている。
「ただの旅人だよ」
「その薄着で、薬も使わず、飯も食わず、あの吹雪の中あれだけ動けるハイリア人なんて俺は見たことがない」
しかめるような顔をした男が身震いを誤魔化すように腕を組む。それを見て、やっと普通の人間がどうだったかを思い出した。久しぶりにこんなに長い時間他人と行動したから、どうにも感覚が追い付いていない。
自分は一体何なのか。それを知りたいのは俺の方だなんて、彼は思ってもみないのだろう。
「
……
なんだろうね」
「え?」
口の中でだけ呟いた言葉は男に届かなかったらしい。怪訝そうに聞き返す彼から視線を外して前を見ると、抱き合う親子がようやく立ち上がるところだった。俺を見つけた女将が頭を下げる。
それを見届けて、廊下へとつながる出入り口に足を向けた。
「悪いけど、二人によろしく言っといて」
防具屋の男とも、親子を囲む人々からも離れていく。やるべきことが終わった以上、ここに長居する理由はもう無かった。
「おい!」
男の声に振り返る。まだ答えを聞いていないと食い下がってくるのかと思ったけれど、男は違うことを言った。
「気をつけていけよ!」
その、至って普通の言葉に面食らう。警戒されたと思ったけれど、案外そうでもなかったらしい。
薄く微笑む。少し離れてしまったから、多分彼には見えていないだろう。
「ありがとう。
……
じゃあね」
一度手を振って、それきり振り返らなかった
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