botanin5
2024-11-14 03:21:18
22478文字
Public 薬さに♀(小説)
 

花一輪

顔を隠していた審神者が、自分を一輪挿しの付喪神だと名乗ってしまうお話です。





「いい加減覚悟決めなよ主」
「うん断ればいいんだ。断れば
「出来るの?薬研のこと大好きなくせに、反射で返事しちゃうんじゃない」
「そ!んなことないし」

薬研との約束の時間まであと一時間を切っていた。落ち着かないので加州の自室にお邪魔している。一輪挿しのメイクは済ませたけれど、昨日と比べると随分薄い顔に見えた。「いや、それくらいでいいからね普通」という加州の言葉を信じて、この後の展開をシミュレーションする。こちらの言葉はもう流れが決まったけれど、薬研がどんな反応をするのかは全く分からなかった。

「あ、もう30分前だ。部屋で薬研を待ってなきゃいけないし、もう行くね」
「ん、主ふぁいとー」

とぼとぼと、いつもの空き部屋に向かう。私はあの部屋にある一輪挿しの付喪神なのだから、常にあの部屋にいる存在だし、薬研より先に出迎えなくてはならない。なのに。廊下の角をまがったところで、じわりと背中をいやな汗が伝った。
部屋の電気がついている。

薬研が、先に来ているのだろうか。きっとそうに違いなかった。他の刀剣たちがこのあたりの空き部屋を、夜に利用するとは思えない。どうしようどうしよう。しかし、中に入るしかない状況だ。部屋の前に立つ。外の方が暗いから、中から影は見えないはずだ。周りを見回して、誰もいないことを確認して布を外した。息を整えて、障子を開く。

へぇ、外から来るとはな。庭でも見てたのか?」

やはり、すでに居た。にっこりと笑う薬研に薄ら寒いものを感じる。たじろいでいる暇はない。誤魔化せ、もうやるしかないのだ。緊張で、心臓が音を立てている。気を落ち着かせるために手をぎゅっと握り締めた。

「はい、月が綺麗だったので今日は早いんですね」
「あぁ、待ちきれなくてなぁ。まぁ座れよ」

ぽんと座布団を叩いた薬研に従って、腰を下ろす。今日も、お茶と羊羹が用意されていた。核心に触れない世間話をぎこちなく続ける。はらはらして落ち着かないが、下手にこちらから切り出すのは不安だ。薬研はどうするつもりなのだろう。完全に疑われている。どうにかして誤魔化せないかと考えていると、ついに薬研がこちらを向いて手を握ってきた。突然の動きに、逃げ出す暇もなかった。向かい合うしかないのだ。どんな言葉が飛んでくるのかと覚悟した。

「そろそろ返事を聞かせてもらっていいか」

一瞬、何を言われたのか分からなかった。この状況で、絶対にバレていると思ったのに、薬研は「告白の返事」を求めている。「なぜ騙してたんだ」と凄まれると思った。もしかして、杞憂だったのかもしれない。ならば、予定していた言葉を述べる以外にやることは無かった。

「ごめんなさい」
そうか」
「あの、あなたはとても素敵なひとです。でも、その私はちゃんとした付喪神じゃないので、もうすぐ消えてしまうんです」
消える?」
「はい。満月には消えます」

昨日咄嗟に考えたにしては良かったのではないだろうか。「もう会わない」ではダメ、「釣り合わない」もきっと言いくるめられる。それならば、「どうしようもなく消える」と伝えるのが一番すんなりいくと思った。

「そうか消えるのか」
「はい。ごめんなさい」
「消えるなら、最後に一回慰めてもらってもいいよなぁ?」
「はい?」

ぐるりと視界が回ったかと思うと、いつの間にか正面に天井があった。混乱していると、薬研が倒れたままの私の上に覆いかぶさってくる。下に座布団があったので痛くは無かったが、これは、まずい。掴まれた腕を放すようにと暴れるが、容易に抑え込まれてしまう。

「ちょっと!離して!」
「断る。あんた俺のことが好きだろ」
「なっ」

かっと自分の顔が熱くなった。好きだけど、薬研からそんなこと言われるなんて思わなかった。じわじわと涙が滲んでくる。反論の仕方が分からない。それを眺めた薬研は、愉快そうに笑った。

「なら、最後に俺で操を破ってもいいだろ?」

押し潰すように抱き込まれて身動きがとれない。先ほどから薬研は髪に顔を埋めたり首につつと舌を這わせたりと止まらなくてくすぐったい。ついに鎖骨を軽く噛まれて「ひゃ」と声が出た。ぴたっと先ほどまでの動きが止まる。

「っは、いい声」

少し体を起こした薬研に耳元で囁かれて、心臓が止まるかと思った。突然下に降りた片手が、服を巻くって這い上がろうとする。掴まれていない手で薬研の腕を押えてどうにか対抗するが、力で勝てるはずもない。簡単に胸までたどり着き、下着の下から滑り込んでやわく撫でるように掴む指に肩が震えた。下からも足でぐっと押されるような圧迫感がきて戸惑うが、間に入り込まれていて閉じることもできない。

「離して!薬研!」
「っは、ようやく俺の名を呼んだな」
「っへ?」

目を閉じたまま叫ぶと、これまで身体を這っていた動きが止まった。驚いて薬研を見ると、少し苦しそうに笑っている。

「あんたは、俺を、好きなんだ」
「そ、んなこと」
「口づけたい」
「まってよ、」

薬研の顔が近づいてきて、そっと顔を背ける。

「最後だからって、こういうの良くないよ、やめよう」
なぁ、いつまで続けるんだそれ」
「えっ」

どういうことかと顔を上げると、薬研はにぃっと笑って見せた。

「俺は一輪挿しには名を教えてないんだぜ。た、い、しょう」
「!!んんっ」

そのまま薬研は口を塞いできた。生き物のように伸びる舌が、私の舌を攫おうとしてくる。あつい。薬研が耳を塞いできて、水音が世界を溺れさせる。くるしい。息ができない。ばしばしと薬研の背中を叩けば、ようやく顔を上げてくれた。開いた口から唾液の糸がのびて、ぷつんと切れるのを目で追った。
薬研と、キスしてしまった。ふかいやつ。

呆然と薬研を眺める。ぺろりと舐めた口元は、私から奪い取った口紅で赤く滲んでいる。

「どうした?驚いてんのか?まさか、本当に俺が気づいてないと思ってたのか、大将。ほんとに可愛いなぁ。まぁたしかに、最初は気づかなかったが分かりやすい癖のおかげだ」
「く、せ?」
「あぁ、緊張すると手を握り締めるだろう。最初は小動物みてぇで可愛らしいなと思って見てたんだが、大将も同じように手を握ってたんでな。同じ癖かとも思ったが、よく見りゃ体系も似てるときた」
「手
「あぁ、今まで大将の癖を気にしたことが無かったから気づかなかった。そっからは分かるだろ?あれだけ見え透いた鎌をかけたしな」

にっと笑った薬研は、白衣の袖で口紅を雑に拭った。真っ白に、薄い赤が伸びる。あぁ、落ちにくいのに。

「怒ってないの?」
「何にだ?」
「うそ、ついてたこと」

おそるおそる薬研の様子を窺う。ぎゅっと手を握ってしまい、頭の隅であぁ、本当に癖なんだなんて考える。薬研はじっと私を見てから、ふっと優しく笑った。

「別に。俺はあんたに惚れたんだ。肩書きが変わったところで、想う気持ちは変わらん」
そっかありがとう」

嬉しくて思わず笑みがこぼれると、薬研は眉間にしわを寄せた。何かしでかしたかと焦ると、「今はあんまり可愛い顔をしないでくれ。顔が好みだと言っただろ」と拗ねたように言う。

「メイク崩れちゃったのに、薬研の趣味って変だね」
「なんとでも。人の好みはそれぞれだろ。でもなあ、昨日の化粧はあれで最後にしてくれ」
そんなに変だった?」
「変じゃねぇけど俺は元のほうが好みだ」

薬研の「好み」という言葉はずるいと思う。これまでの悩みとか、劣等感が全て流され浄化していく気がする。今のメイクで自分には十分だと思えた。

で、大将。返事はまだか?けっこう我慢したと思うんだが」
「えっちょ」

再び動き出した手を掴むと、一応止まってくれる。しかし、体重をかけたままで逃がしてくれる気がないのはありありと分かる。そろっと視線を逸らすと、一輪挿しに飾られた赤いガーベラが目に入った。

「そういや大将、本当はあの赤い花好きなんだろ?」
「うん、好きだよ」
「っふ。歌仙に聞いたんだが。あの花の花言葉には、『燃える神秘の愛』ってのがあるらしいな」
「え、そうなの?」

自分の頬がほわっと熱くなったのが分かる。それを見て笑った薬研は、頬にかぷりと噛みついてきた。くすぐったい。

「あぁ。それと、あの花全体の花言葉には、『常に前進』ってのもあるんだ」

ぐいっと足がすすんでからだを押してきて、じわじわとなにかに追い詰められて、肩が震える。

「なぁ大将?俺たちもそろそろ、一歩前進しようじゃねぇか」

あぁ、今日は絶対に逃げられない。
覚悟を決めて、薬研が待ちわびている言葉をゆっくりと口にした。