botanin5
2024-11-14 03:21:18
22478文字
Public 薬さに♀(小説)
 

花一輪

顔を隠していた審神者が、自分を一輪挿しの付喪神だと名乗ってしまうお話です。






「はぁ難しいなぁ」

友人に簡単なナチュラメイクの方法だけ教えてもらった。まだ自分流に行きつくなんて到底無理だし、色んな種類の化粧品を使いこなすことも難しい。ひとまずあまり塗りたくらずとも少し華やかに見えるように塗る順番と基本だけ覚えてきた。サイトのメイク講座よりいくぶんシンプルな手順になったが、あまり塗るとまた滑稽に思えてしまうかもしれないし、丁度いいと思った。友人にやってもらったメイクに包まれた自分は、目の下の色素沈着も頬や鼻の毛穴も消えて、眉もすっと流れてキリっとして見えた。

二回ほど友人の元で練習した後、本丸に帰ってきて部屋にこもって再び化粧をしてみたのだが、一人でやるのはなかなか難しい。どうやら自分は絶望的に不器用だったようだ。アイラインは、過去の滑稽な印象が拭えず抵抗があった。線を引くのも下手くそで、「なら、アイラインなしのメイクにしよっか」と提案してもらった。目元があっさりする分、マスカラを頑張って塗らなくてはならなくなり、だまにならないよう綺麗に完成させるため練習をひたすら続けることになった。


練習を始めて一か月、毎日できたわけではないけれど、続けたことでかなり様になってきた。化粧をした自分を「見慣れる」というのも重要だったのかもしれない。週に一度成果を確認してくれていた加州も「いいんじゃない?」と褒めてくれる。基本的なことは分かったから、次はもう少しかっこいい女に見えるメイクの勉強をしてみようと考えていた。本丸のみんなの前には、審神者として、主として信頼してもらえる顔で出向きたいと思っていたのだ。

「よし今日の練習もいい感じ。万事屋に行ってみるか」

少しでも、化粧した自分を見られることに抵抗感を減らすため、外に出てみようと計画していた。本丸内を歩く勇気はまだないけれど、化粧をしてから街へ行き、着いたら布を外して歩けば問題ないと思った。加州にお願いして、本丸の門まで誰にも会わずに行けるルートは確保してもらっていた。
まだ一度も袖を通したことのなかった服を着て、いざ布をと思ったところで、がらりと障子が開いた。

「誰かいるのか?」

驚いて、部屋の入口に顔を向けて固まってしまった。頭は真っ白だ。一番高いところから少し下りた太陽を背に、同じように固まって立っていたのは薬研藤四郎だった。



「あんた誰だ?」

どうしようどうしよう。頭の中ではぐるぐると同じ言葉が巡るばかりで、いい案は浮かんでこない。布は反射的に背中へ隠していた。顔を伏せて、汗がじわじわと染み出る手を握り締める。どうしてここに薬研藤四郎がいるのだろうか。普段彼は、自室にこもって本を読むか、兄弟たちの世話をするか、他の刀剣たちと手合わせをしていることが多かったように思う。外で活発に動いている刀剣たちはあまり執務室に顔を見せないのだが、彼もその一人だ。

そこまで考えて、ここが執務室でないことを思い出す。これから来る刀剣たちのためにある空き部屋だ。普段は掃除くらいでしか入室することはないため、練習に都合がいいと利用していた。そういえば、乱から「薬研はたまに空き部屋で昼寝をしている」と聞いたことがある気がする。今更思い出しても仕方がないのだが。

「遡行軍ではなさそうだな。悪い気も感じない。あんた、ここの本丸の大将の霊力にずいぶん馴染んでるみたいだが、どこから来た?どうやってここに入ったんだ?」

敵とは判断されなかったようで、薬研は幾分優しい声色で話しかけてくる。
(気づかれてない?)
そっと顔を上げると、近付いてきていた薬研と目が合った。少し目を見開いて、ふいと目を逸らされる。やはりばれたのか?不安になって、手をぎゅっと握り締めて口を開いたが、出てきたのは「あ、あの」という情けないくらいか細い声だった。薬研が少し眉を下げてこちらを見る。

怖がらせたか?すまん。別に怒ってるわけじゃないんだ。こんな姿をしているが、元は人間でなく短刀だ。付喪神というやつさ。あんたは何だ?名乗れるか」
「あのあの、私は
「ゆっくりでいいぜ」

正直に話した方が良いのだろうか。いや、話した方がいいだろう。しかし、こんな形で化粧をした自分の姿を、というか、今まで見せたことすらなかった顔を見られてしまったことに羞恥と不安と恐怖でいっぱいになっていた。自分にとっては、まだ完成していないのだから。
そこでふと気が付いた。薬研は「あんたは何だ?」と聞いてきたのだ。もう一度薬研の顔を見る。ん?と顔を傾げて私の言葉を待っているようだ。それならばと、極力か細い声を演出するため少し咳をしてのどを整える。

「あの私は、そこにある一輪挿しです。ここの審神者さまに大切にしていただいたおかげで、こうして姿を現すことができました」
「へぇ名は何ていうんだ?」
「あ、いや、名はありません」

自分のメイクが完成したら正直に話すつもりなので、名前は必要ないと思った。ここを凌げば、しばらく薬研に顔を見せることもない。あとで、メイクによってしっかり自信を持てたら謝ればいい。これで納得して立ち去ってくれ!という願いも空しく、薬研は畳にどっかりと腰を下ろしてしまった。予想外の行動に、頭が混乱する。

「あの?」
「あんたともう少し話してみたくてな」
「へっ!?」
「まどろっこしいのは苦手だから言うが、あんたがあんまり綺麗だから興味が出た」
「えぇ!?」

綺麗だ、なんて初めて言われて少し頬が熱い。いやいや落ち着くんだと、楽しそうにそう言った薬研をまじまじと見つめる。もしかして、全て分かっていてからかっているんじゃないだろうか?どうにか薬研の考えを読み取れないかと、汗の滲む手をぎゅっと握りながら凝視していると、彼はすいと体を寄せてきた。猫の喉をくすぐるように伸ばした手で私の顎を掴み固定する。咄嗟のことで動けなかった。

「どうした?じっと見て。口づけでも欲しいのか?」
「はい!?」

余裕の笑みを浮かべる薬研を突き飛ばして距離をとる。といっても、薬研はびくともしなくてこちらが後ろに下がることになったのだが。あっさりと手を離してくれてよかった、心臓がばくばく音を立てているし、顔が熱い。今まで知らなかったけど、こいつ、こいつ手が早い!

「ふぅん。大人しいのかと思ったら、そうでもないのか」
「あの、からかっているのならやめてください」
「悪かったな。今のはからかった。でも、あんたを綺麗だと思ったのは本当だし、興味があるのも本当だ」

にっと笑う薬研の顔をまともに見れない。いっそ、自分は審神者だと正直に話した方がよかった気がする。今から言うには難易度が上がってしまった。

「困らせちまったか。まぁ初対面だからなこれから互いのことを知っていけばいいだろ?」
「え、いや、その私はこれで失礼したく」
「は?あんたの本体はここにあるんだし、ここで顕現したんだからここが家だろ」
「あっそうですけど、その、もう顕現する気は無いので」
「そんなつれないこと言うなよ。せっかくおなじ“物”同士なんだ」

再び詰め寄ってきた薬研に驚いてじわじわと後ろに下がるが、すぐ壁にぶつかってしまう。逃げ場がないと気づいて体が固まると、薬研は私の腿の横に手をついて顔を覗き込んできた。

「俺はこの機会を逃したくねぇな。もう少し仲良くなるくらい、許してくれよ」

完敗だ。こんな綺麗な少年の上目遣いにかなうはずがなかった。
無力な私は、「はい」と小さく返事をするので精一杯だった。