botanin5
2024-11-14 03:21:18
22478文字
Public 薬さに♀(小説)
 

花一輪

顔を隠していた審神者が、自分を一輪挿しの付喪神だと名乗ってしまうお話です。





「は?薬研に見られた!?」
「しっ!声が大きい!」

ごめん、と周りに誰もいないことを確認した加州が、少し顔を近づけてもう一度「状況を説明して」と声を潜めて言ってきた。

「だからメイクが終わって顔に布をかけようと思ったところで、薬研が部屋に入って来ちゃったの。そしたら……って」
「なに?聞こえない」
「その、私のこと綺麗って。気に入ってくれたみたいで。うっ、自分で言ってて信じられない。もしかして夢だったのかな!?」
「そんなの俺、もっと分かんないよ」

加州は、薬研が一目惚れねぇと考え込みはじめた。

「ま、ありえないこともないんじゃない?」
「でも、みんなは人の美醜は気にしないって言ってたじゃん」
「気にはしないけど、好みはあるよ。主の顔が薬研の好みだったんでしょ」
「う~~」
「でもさ、もう顔が見られちゃったんなら隠すの諦めた方がいいんじゃない?」
それが

ぽつぽつと、薬研に「自分は一輪挿しの付喪神だ」と名乗ってしまったことを明かした。加州はあちゃ~と頭を抱える。最終的には本丸のみんなの前に顔を出すためにメイクの練習をしていたのだ。余計なことを言わなければ、このまま諦めて、今のメイクで顔を出すという選択肢もあったはずだ。しかし、薬研は「せっかく“物”同士なんだ」と言っていた。

「失望される気がする
「そこまでいく?っていうか、今を凌いでもどうせ最後は顔見せるんだよ?そこで嘘はばれちゃうじゃん」
「もう顔見せるのやめる
「それはダメだって、友達の善意を無駄にすんの?」

加州に言われてハッとする。そうだ、せっかく友人が時間を割いてメイクを教えてくれたのに、これでは無駄になってしまう。しかし、どうしたら良いのか皆目見当がつかない。ぐるぐる考えていると、友人にまるで別人のようになれるメイク講座の動画を見せてもらったのを思い出した。それを教えてもらえば、みんなの前に出るときはまた違う顔にすることができる!

「そうだよ!もっとすごいメイクすればいいんだ!」
「ええ?」
「ありがと加州、私、また勉強してくるから」

薬研とは再び会う約束をしている。彼が、一輪挿しを自室に持っていこうとするのを何とか言いくるめて止めさせると、交換条件のように提案してきた。薬研の方が一枚も二枚もうわてで、いいように転がされている気分を味わった。なんだか悔しい。
とにかく、薬研に会っているときは今のメイクを続ける。もちろん、他の刀剣男士にばったり会うことがないように気を付けなくてはならない。誤魔化す相手は少ない方がいい。どうにか薬研をフッて仲良くなるのを諦めてもらい、姿を消す。ここはもちろん、消えるフリだ。
そして、主としてみんなの前に顔をさらす時は全く違うメイクで現れる。一度顔を見せておけば、あとは理由をつけてもう一度布を被った生活に戻してもそんなに文句はでないだろう。じっくり見られなければ、薬研も気づくことはないと思う。男の人は、けっこうメイクを見抜けないし。

「これで完璧じゃない?」
「そう?」

微妙な顔をする加州に、大丈夫だからと協力を仰げば「そりゃ手伝うけどさ」と返してくれた。

「でもさ、みんなはこれからも主の顔を見て生活したがると思うけど」
「そこはなんとかそれっぽい理由で誤魔化す。月に一回くらい顔出せばセーフじゃない?」
今後一生顔出さないよりはましかもね」

友人に再び連絡を取ってみれば、そんなこともあるんだねぇと驚いていた。そこで、もっと顔を変えられるメイク術を身に着けたいと伝えれば、彼女も加州と同じように少し渋った。

「うーんたしかに、カラコン入れたり目元をもっと変えれば気づかれないかもしれないけど。今の顔って元を整えたようなメイクだし、たぶんスッピン見られたら気づかれるよ?」
「今まで顔見られたことないし、今後もスッピン見られることは無いから大丈夫」
「っていうか、声とか仕草でバレなかったの?」
「声は分かんないけど、なるべく高く出したからなんとかなった感じ。咄嗟の声は素が出ちゃったけどそもそも別人だと思ってたみたいだから。そういう思い込みがあると気づきにくいじゃん。仕草は大丈夫じゃないかな。薬研ってあんまり私のところに来ないし、そんなに私のこと知らないと思う」
「今はそうでも、例えば薬研が一輪挿しのあなたの仕草を覚えたとして、もし主としてふるまっている時に同じことしたらバレるよ」
気を付ける」

とにかくお願いと頼み込めば最終的には了承してくれた。しかも、月一ならば彼女がメイクをしてくれるため無理に覚えなくていいとまで申し出てくれた。友人には頭が上がらない。

当面の問題は、薬研にどう諦めてもらうかという事だ。会ったばかりの今ならまだ傷は浅い。考えているうちに、仲良くなろういうだけで、惚れたと言われたわけではないことを思い出した。

「私、思ったより調子に乗ってた

自信がつく、とまではいかないが、メイクで少し胸を張れる気持ちが分かった気がした。一人、考えすぎを恥ずかしく思いながら次の日を迎えた。




「この時間しか会えないのか?」
「はい、私はまだ力が弱いので、長時間の顕現が難しいのです」

薬研と会うのは、今日の夜九時から30分間だけと決めていた。あまり長すぎるとボロがでるかもしれないからだ。私としては10分ほどでも十分だったが、薬研に渋られた。慎重にメイクをして空き部屋で出迎えると、薬研はお茶と茶菓子を用意して持ってきてくれていた。少し意外だった。小豆長光が作ったであろう和菓子を食べて談笑しながら、どうやって諦めてもらうよう切り出すか考えていた。

「へぇ、甘いものが好きなのか」
「はい、好きです。いただいたお菓子も美味しいです」
「そういうのを作るのが得意なやつがいるんだ。俺はからっきしでなぁ。何が好きなんだ?」
「ええと、大抵なんでも好きですよ」
「具体的に知りたい」
羊羹とか、好きです」

返答はなるべく個性を出さないようにしたかったが、嘘をつくと会話の最中に自分が間違えるかもしれないので、本当のことを伝えた。薬研とこんな事を話したことはなかったし、今後も審神者としてなら質問されることはないだろうから、きっと大丈夫だ。薬研と二人きりで話すのは不思議な気分がする。執務室に来るのは近侍の加州か、幼い見た目の短刀たちが多い。薬研や厚藤四郎などは、遊びに来るということはほとんどなかった。出陣や手入れでは関わるので全く会話がないわけではないのだが、こうした時間は新鮮だった。

「そろそろ時間か、次はいつ会える?」
「えっ?」

いつの間にか時間を忘れて話していた。壁にかかる時計を見ればもうすぐ30分が経つところだ。ん?と優しくこちらの様子をうかがう薬研に、もう会えない事をどう伝えるか迷って手に汗が滲む。ぎゅっと握って意を決して薬研を真っ直ぐ見る。

「あの、もう会えません」
「理由が聞きてぇな」
「えっ、と」

動じない薬研に、間髪を入れずにそう返されて言葉が詰まる。理由。理由ってなんだっけ。焦ってしまって声がでてこない。ぎゅうぎゅと握り締める自分の手に力がこもる。その手の上に、薬研の手袋に包まれた手が伸びてきた。

「なぁ、今日改めて話してみて、俺はもっとあんたを知りたいと思った。また、会いたい」
「っ」

手を握られて、肩が震えた。どうしてこうも真っ直ぐ気持ちを伝えてくるのだろうか。顔が熱くなる。気づけば、「はい」と返事をしていた。明後日、ここで、同じ時間に。満足そうに頷いた薬研は、湯のみやお皿を手にもって「またな」と笑って出て行った。

「ど、どうしよう

ちゃんと伝えられなかった。時間が経てば経つほど切り出しにくくなるのに。ぐるぐるとした焦りと不安を感じながらも約束を楽しみに感じている自分がいることに気が付いた。