botanin5
2024-11-14 03:21:18
22478文字
Public 薬さに♀(小説)
 

花一輪

顔を隠していた審神者が、自分を一輪挿しの付喪神だと名乗ってしまうお話です。







眠れない夜を過ごした次の日、ふらふらと作業が進まないせいで、体調が悪いのかと案じた加州が執務室に薬研を呼んだ。やめてくれと懇願したが、「“審神者”はなんにも知らないでしょ」と言われて黙るしかなかった。薬研と一輪挿しをめぐる恋模様に、審神者は登場しないのだ。しぶしぶ薬研の入室を許可して診察を受ける。うまく顔を見ることができないが、薬研はいつも通りに思える。
目の下の充血加減を確認するために、薬研が私の布を取りたいと言い出して焦った。手に汗が滲んで、ぎゅっと握りこむ。

今まで顔を見せなかったから抵抗があるのは分かるが、見てみない事には体調を確認できん」
「でも、あの、布はちょっとそれに、寝不足なだけだし。大丈夫だから」
「だが、」

加州が「そこまではいいよ」と止めてくれたので事なきをえた。薬研は怪訝な顔をしている。「本当に大丈夫だよ、ありがとう」と伝えれば、「またふらついてたら呼んでくれ」と言って部屋から去っていった。緊張が解けて座椅子に沈む。それから、加州に30分ほど仮眠をとるように言われた。部屋に戻る気になれないと言えば、隣の部屋から一式布団を持ってきてくれた。横になると、案外すぐ眠気が襲ってきた。朦朧とした意識で、薬研のことを思い出す。審神者である私の前と、一輪挿しな私の前では雰囲気が違うなと思った。二人で話すときは、少し砕けた空気だ。やっぱり、主の私ではダメなんだろうな。閉じた瞼から静かに雫がこぼれた気がした。


仮眠をとってからの仕事はすこぶる捗った。何も考えたくないと、昼ごはんを断って難しい書類もどんどんこなした。二日分の仕事が終わるのではないかという勢いで手を進めていると、突然障子が開いた。加州が小さく「びっくりした」と呟いたのが聞こえる。

「大将、八つ時だ」

振り返れば、仁王立ちで片手に湯飲みとおやつが乗ったお盆を持つ薬研が立っていた。突然のことに驚いて固まっていると、ずかずかと中に入ってきた薬研はだん!と机に湯飲みを置く。

「少し休め。飯も食わずにその調子じゃ、倒れるぞ」
はい

大人しく湯飲みを手に取る。暖かいお茶がのどを流れて、肩の力が抜けていくのがわかった。今日のおやつは羊羹だ。私が根詰めているから、小豆が気を利かせて作ってくれたのかもしれない。小豆の作る羊羹は甘みも舌触りも最高で、絶品だといつも褒め称えていたので、彼はこれが私の好物だと知っている。

おいしい」

ほんのりとした甘さに、涙が出そうになった。布があるから見られはしないが、唇をかんで我慢する。いつもより少し多めに用意されていた羊羹を食べきって、「ごちそうさまでした」と薬研に空いた皿を手渡す。

「ん、美味かったなら良かった。大将は羊羹が好きなんだなぁ」
「うん、小豆の作る羊羹は絶品だよ」

そうか、と笑った薬研は、お盆を持って立ち上がる。部屋を出る前に加州が声をかけた。

「薬研がおやつ持ってくるの珍しいね。いつもは乱でしょ」
「ん、ちと確認したいことがあってな。あ、しまったなあんたの分を忘れてた言ってくれよ」
「いいよ別に、俺の分は薬研が食べてよ」
……ふっ」

笑いあっている二人を不思議に思って眺めていると、薬研は「それじゃ、いただくかね」と言って戻っていった。加州がおやつを譲るなんて珍しい。いつもは私の分までつまもうとするくらいなのに。

「よかったの?加州も小豆の羊羹好きじゃん」
「いーの。主、いつもよりおやつの量が多かったのなんでだと思う?」
「え?小豆が気を利かせたから?」
「その可能性もあるっちゃあるけど、今日持ってきたのが珍しい奴な時点で察しなよ。あれ、薬研の分も足してあったと思うよ」
うそ」

「いやー?あの反応は当たりでしょ」と、加州はいたずらっ子のような笑みを浮かべる。薬研が、私におやつを分けてくれた。頭が混乱している。薬研が今まで“審神者”に対してそういった気遣いを見せてくれたことはない。でも、どこか納得がいっているのは、二人きりの時の薬研を知っているからだ。でも、この納得を“審神者”である私が感じるのはおかしい事だ。彼の行動に対する“審神者”としての受け止め方が分からない。薬研はどうして、おやつを持ってきたのだろう。

もしかして、という疑念が浮かんだ。