botanin5
2024-11-14 03:03:53
17941文字
Public 薬さに♀(小説)
 

早起きは三文よりお徳。

ハッピーエンド
イタズラで信濃の布団に潜りこんだけど、そこに居たのは信濃じゃなくて――






まだ、一度も布団に忍び込んだことがない短刀が、一振いる。

言わずもがな、薬研藤四郎である。彼の名前が書いてあるカードは、毎朝引くカードの束には入っていない。一応、作ってはいるのだけれど、もし引いてしまったらと思うと怖くて、引出しの奥に仕舞っている。

薬研の事を好きになったのは、審神者になって三か月ほど経った頃だっただろうか。
段々と刀剣が増えてきて、みんなを束ねる主としてどうコミュニケーションをとっていくべきか悩んだ私は、とりあえず仲良くならないと始まらない!と考えていた。そこで、あっと驚かせて「主の前」ではないみんなの素を出してもらえば、ぐぐっと距離が近づくんじゃないかと閃いたのだ!部屋の前を誰かが通った瞬間に「わっ」と飛び出すことから始まり、小さなイタズラを仕掛けていくうちに、最初は戸惑っていたみんなともだんだん気軽に話せるようになっていった。
そんな作戦を実行していたある時。私は、畑道具が置いてある小屋の屋根にこっそり上っていた。もうすぐ通りがかるはずの、畑当番の頭上へ大量の花びらを落とすイタズラを仕掛けていたのだ。しかし、籠に詰めた花びらが風によって舞い上がろうとして焦り、足を滑らせて屋根から落ちた。どうにか着地したのだが、足を捻ってしりもちをついてしまった。畑道具を取りに小屋へ歩いて来ていた薬研は、たくさんの花びらを巻き込みながら落ちてきた私に、大層驚いたに違いない。

あ、……大将?』
『いったーー!あ、薬研
何やってんだ、今、上から?怪我は』
『ちょーっと、足を
『見せてみろ』

少し呆れたような顔をした薬研は、近づいてくると私の前にしゃがみ込んだ。一面に散らばる花びらの中で見上げる彼はなんだか新鮮だ。そろそろと痛む足を出すと、優しく手が沿う。ゆったりと動く黒い手袋を眺めていると、不意にグッと強く掴まれた。

『いっ!!』
『折れては無いと思う。捻挫だな。ったく、なんで屋根なんか上ってたんだ』
『今日の当番を驚かせようと思って
『またかお転婆も大概にしろよ』
別に、ただ遊んでるわけじゃないもん』

私自身が楽しんでしまっているのは確かだけれど、驚かせたとき、みんなも楽しんでくれるのが嬉しかったのだ。いい関係も築くことができてきているし、お説教されるのはなんだかちょっと、嫌だった。少し拗ねて薬研から視線を外していると、ぽん、と頭に手が乗った。

『大将が、みんなと仲良くなるために頑張ってるのは分かってるよ』
『そう、仲良くなるためえっ!知ってたの?』
『まぁな。とはいえ、あんたも年頃の娘なんだ。顔に傷でも作ったら大変だろ。元気がいいのは大将の良いところだが、ほどほどにしてくれ。屋根に上るのは禁止だ』
『次は気をつけるよ?』
『だぁめだ。俺が心配なんだよ。大事な大将のことだからな、聞き分けてくれ。』

ゆるゆると頭を撫でられると、髪に乗っていたらしい花びらが視界の端を落ちて行った。ひらひら舞い散る色の向こうで、少し笑って優しく、でも真っ直ぐ私を見つめる薬研。
―――すとん、と恋に落ちた。

その後の事はあまりよく覚えていないが、たしか同じく畑当番だった御手杵がやってきて、花びらに驚きひとしきり騒いだあと、薬研に言われて私を担ぎ上げ、俵になった私は医務室に運ばれたような気がする。

それからずっと、薬研がきらきら眩しくて、目が合うだけで心臓はばくばくと音を立てて、彼の前では恋する乙女になってしまうのだ。らしくない。年中ジャージを着こみ、泥んこになって内番を手伝って、隙あらばみんなを驚かせようと目論む私が恋に落ちるなんて、思いもしなかった。

ご飯を食べるとき。正面や隣に座るなんて大胆なことはできないから、後ろに座る。
出陣のとき。みんなとハイタッチしてから見送るのだけれど、薬研と手を合わせる瞬間は勢いが弱まってしまう。
洗濯当番のとき。薬研の服だけ、少し時間をかけてゆっくりと畳んでしまう。
ついには、薬研とよく遭遇できるという理由で書庫に行くことが増えて、今まで本を読まなかったのにすっかり読書が板についた。書庫で会っても緊張してしまって、あいさつ程度にしか声をかけることはできないのだけれど、本を選ぶ薬研の横顔を盗み見る時間は気に入っていた。

とても、らしくない。