botanin5
2024-11-14 03:03:53
17941文字
Public 薬さに♀(小説)
 

早起きは三文よりお徳。

ハッピーエンド
イタズラで信濃の布団に潜りこんだけど、そこに居たのは信濃じゃなくて――


早起きは三文の徳である。


良く聞く言葉ではあるが、ただ早起きしたところで、ぬっくぬくの温かい布団にもぐってゴロゴロしていたって良い事なんて起きやしない。徳は動かねば見つからない。幸福は自分の手で掴みに行くもの。出遅れてしまっては大変、誰かの通った後じゃあ拾えるものはカスばかりだ。

さてさて、まだ夜も明けきらぬうちからこっそりと自分の部屋を抜け出す。廊下は氷のように冷たいので、あったかほかほか靴下ともこもこのスリッパは必需品だ。ヒートテックに分厚いタイツ、手放せない毛糸のパンツと腹巻の上から愛用しているパーカーを着て、ダメ押しに上下はジャージを身につけている。そしてポケットにはお札を一枚。装備は完璧だ。

よーし!今日も元気に、布団へ潜り込みに行きますか!!

始めてから三週間にもなれば慣れたものだ。一部の刀剣には若干の苦い顔をされないでもないが、私が見つけた唯一の楽しみなの!と泣きつき、またターゲットである短刀たちも『少しびっくりするけど楽しい』と言ってくれたことで、なんとか無事にこの遊びを続けさせていただいている。
私は、某白い鶴と同じく人を驚かせる事が大好きなのだ。こっそりと布団に潜り込み、朝起きて隣に私が寝ていることに驚く顔を見るのがとても楽しい。誰彼かまわず忍び込むのは良くないと止められたこともあって、『短刀』という縛りを決めた。こちらとしても、自分より背の高い筋肉に包まれた体が横たわる布団に潜り込むのは、なんとなく緊張するので丁度良い。
後藤藤四郎や不動行光などは私より背が高いのだけれど、ええいままよと潜り込んでみたら存外寝心地が良く、また、起きて私を視界に入れた時の驚きっぷりはとてもよかった。不動なんて、驚きすぎて枕元に置いていた甘酒をひっくり返してしまった。掃除をするまで部屋から出さないからね、と仁王立ちする歌仙から逃げようとして喰らったチョップは痛かった。それ以来、不動の布団に潜り込むときは甘酒を机の上に移動させることを肝に銘じている。

毎朝誰よりも早く起きて、短刀の名前が書いてあるお手製のカードを一枚引く。引いたカードに書かれていた子の部屋へこっそりと向かい、布団に潜り込んで軽く二度寝する。あとは起きるのを待つだけだ。ド平凡な人間である私が、短刀にばれないよう気配を消すことなんて到底できるはずもないため、テレレレッテレーン、不思議なお札の力を借りている。なんと、持っているだけで気配を消すことが出来るのだぁ!しかし、朝起きた時に驚いてもらうため、姿はばっちり見える。廊下をこそこそと進むときが一番スリリングである。うちの本丸はみんな個人部屋であるため、部屋の数がとにかく多い。つまり、廊下がとても長い。

「今日は、信濃のお布団だ。信濃はまだ二回目だっけ。ふっふっふ、驚いてくれるといいなぁ」

信濃藤四郎の布団は他の子より甘い匂いがする。包丁藤四郎の布団もお菓子の甘い匂いがするのだけれど、それとはまた違った甘さ。どちらかというと果物に近いだろうか。心地よくて好きな匂いだ。
粟田口派の部屋が並んでいる一角にやってきた。『信濃藤四郎』と書かれた木札を確認し、少しだけ障子を開ける。ここからは、もっと慎重に行動しなくてはならない。気配は消すことができていても、立てる音は聞こえてしまう。少し膨らんだ布団が動かないことを確認すると、ゆっくりと障子を開けて、脱いだスリッパを廊下に並べてそっと部屋に忍び込む。開けた時と同じようにゆっくりと障子を閉めて、畳をすり足で進んで行く。布団の近くまで来たが、信濃はどうやら潜り込んでいるようで、寝顔を拝むことはできなかった。まあ、すでに一回見ているからいいのだけれど。

お邪魔しま~す」

小声で挨拶してから布団をそっと捲る。隙間から入る冷たい風で相手が起きてしまっては台無しなので、足から順に布団へ滑り込ませていく。ずるずると背中を擦らせてどうにか身体を布団に入れた後、寝ている信濃を確認しようと頭を潜り込ませた。
のだけれど。

信濃じゃない!!!)

暗い布団の中、ふわりと香ったのは想定していた甘い匂いではなく、少し燻った植物の匂い。日中、すれ違う度にふわりと心を揺さぶる悩ましい香り。

(信濃じゃない、これ、薬研だ!!)

どういうことだ。部屋を間違えたのだろうか?いや、部屋の前の木札は確かに信濃の名前が書かれていたはずだ。しかし、目の前でこちらに背を向けて眠っているのは薬研藤四郎だ。信濃の臙脂色とは程遠い、紫がかった黒髪。どうしてここに薬研がいるの?混乱したのは数秒、早くここから出なくてはと焦りが生じる。薬研と一緒の布団で眠るなんて、私には無理だ。どくどくと胸の奥が熱くなって、手足が一気に冷えた気がする。呼吸を整えると、起こさないように気をつけながら身体をよじらせて布団から出る。心臓はどきんどきんと音を立てていて、薬研に聞こえて起こしてしまうんじゃないかと冷や汗をかく。身を屈めたまま手を付いて、這って障子へと向かうと、慎重に開けて廊下へと出た。そのまま廊下にへたり込む。床はとても冷たくて、毛糸越しにじわじわと浸蝕して熱を急速に奪っていく。

「なんで薬研がいるのもう

はぁ、と息をついて暴れていた心臓を落ち着かせると、スリッパを履いて立ち上がる。信濃は、薬研の部屋で寝ているのだろうか。廊下の突き当たりにあるはずである薬研の部屋の方へ、ちらりと視線を向ける。しかし、もう今から部屋に忍び込む気力は無かった。