花巻のおでこ

pixiv再掲
モブ視点→花巻視点→モブ視点、です。
松川一静、シンデレラ?ストーリーというより、ちょっとマイフェアレディ的なお話。捏造過多です。



(なつ子視点)

 大学生になって、広い都心の大学のキャンパスに通うようになった私は、目まぐるしい毎日を送っていた。
 そんな中でも、私には嬉しいことが起こった。それは、初めてできた彼氏。
 不器用で、口数は少ないけど、記念日や誕生日をきちんとお祝いしてくれる。バイト代を貯めたお金で二人で決めた温泉旅行がもうすぐ近付いてる。
 一日、一日近づくごとに、楽しみな気持ちが溢れる。
 浮かれた気持ちで歩いていたら、大学を出て駅に向かう途中に落し物をしてしまった。
 改札を抜けようといつものポケットに入っているはずの感触がなくて、後ろに控えていたサラリーマンの人に嫌な顔をされながらも一旦改札を出る。
 定期がない!
 彼が買ってくれた、すごくお気に入りの定期入れ。それごとどうやら落としてしまったらしい。
「どうしよう……
 思わずぼそっと呟いてしまい、何人か人が振り返ってこちらを見た。
 ひとまず、駅員に尋ねたけれど、もちろん届いているはずもなく、来た道を辿るしかない、と顔を上げると、
「相内さん?」
 さっき、私の大きな独り言を聞いていた内の一人が、私の前にいた。びっくりして、ぱちぱちと瞬いてしまう。
 そして、その声と輪郭には、妙な懐かしさを感じた。
……ま、松川くん?」
 私が今日一番の大きい声を出したのも無理はないと思う。
 中学校の頃、同じクラスだったバレー部の松川くん。目元が見えづらいほど前髪を伸ばしていて、メガネをかけているのがトレードマークだった、痩せた長身の松川くん。
 今はメガネがなくて、髪も短く切っていてセットされている。ネイビーの大きめのTシャツに濃緑のブルゾンとジーンズ、そして昔の松川くんから想像ができない、薄いけれど蛍光イエローのスニーカー。上がシンプルだから、派手な柄の靴がとても合う。
 さっきからちらちらと道行く女性の視線を集めているのも、本人は気づいていない。
「わかんなかった……松川くん、変わったね」
「そう? ……それより、どうかしたの?」
 細くて切れ長のつり目なのに、垂れた眉が相変わらず優しい雰囲気を保ってくれていて、中学の時とこういうところは変わらないな、とちょっとだけ安心する。
「定期を無くしちゃって……落としちゃったみたい」
「もしかして、これ? さっき、拾って届けるとこだったんだけど」
「あ!」
 松川くんのブルゾンのポケットから、私の名前入りの定期が出てくる。彼のくれた定期入れも汚れていない。
「ありがとう」
「はい、良かったねすぐ見つかって」
 ぽんっと手に乗せてくれた定期入れは、ほのかに松川くんの良い香りを纏っていた。クリアで、最後に少し花の残り香が舞うようだった。
「松川くんには、拾ってもらってばっかりだね」
「そうだね、ふふ」
……ほんとに、変わったね、松川くん」
「それ二回目。そんなに?」
 こくこくと何度も頷く私を見て、松川くんは笑った。「高校デビューだよ」だなんて言うけど、もともとの素材がきっと良いからこんな風にかっこよくなったんだ。
「恋人がお節介で、着せてくれたんだよね」
 そんなことをさらりと言う。
 今の松川くんは、どんな人でも振り返るかっこよさがある。
「モデルとかやったら?」
「ぶっ、そんなの無理だよ」
 吹き出して肩を揺らして控えめに笑う松川くんは、やがて誰かを見つけたみたいで手を上げる。私もそっちを振り返って、またしても驚かされた。
 ピンクの頭に、これまた背の高い男の子。白いTシャツにブルーのストレートジーンズ、スタンダードな形のスニーカー。黒いリュックを背負ってやってきたその人は、私を見て不思議な顔をしてる。
「さっき、そこで会ってさ」
 彼は「初めまして」って頭を下げた。細い首がかくんと曲がって、松川くんの方を向いて説明を求めている。そうしたら松川くんが、私にも聞こえるような声で彼に耳打ちする。
「中学の時の、女の子」
 ……それがどこか、意味の深い言葉に聞こえたのは、気のせいだろうか。松川くんの友達が顔を赤らめて、心なしか気まずそうにしている気がする。
「それじゃあまた」
 友達を連れて、松川くんは手を振った。私も「うん、また」と短く答えて、乗りたかった電車に乗る為に改札へ向かう。
 もう一度だけ、松川くんたちを振り返った。もう街中へ消えていこうとする、駅前の横断歩道の信号待ちをする二人は、やっぱり少し目立った。
 私は、かっこいいなあ、と雲の上の存在を見るような気持ちになった。そして、視線を逸らそうとした時──
 二人の指が、少しだけ絡まって握られたのを見た。

 ……私はそこから、どうやって電車に乗ったのか覚えていない。
 とにかく、早く彼に会いたかった。
 そして、どうしてか今日は、一緒に笑い合う、あの二人のようなあったかい時を過ごしたくなったのだ。