花巻のおでこ

pixiv再掲
モブ視点→花巻視点→モブ視点、です。
松川一静、シンデレラ?ストーリーというより、ちょっとマイフェアレディ的なお話。捏造過多です。



「水族館?」
「そう」とだけ言って、部活の帰りに松川は、いつもより弾んだ声で続けた。
「母さんがチケットもらったんだって。行かね?」
 男二人でっていうのも、微妙だとは思いますが。丁寧に付け加えたこいつは、秋口近い風の吹く帰り道を、温かい飲み物を買って手を温める。
 汗が幾分冷える時間、俺たちは部活のエナメルバッグを揺らしながら、新月の下を歩いていた。
「いつ? 今度の土曜とか?」
「そうしよ、部活午前で終わるし」
 市にある水族館は、大きな水槽と展示が豊富なことで有名だった。かわいらしい魚の品種の多さもダウンライトのムードある館内も、青城生の格好のデートスポットになっているんだけど。
 そんなところに、男二人でって、こいつ、何考えてんだ?
……そういうのは、気になってる子と行けばいいんじゃねぇの?」
 そうだ、こいつは自信もつけてきて、見違えるようになって、それは全部、あの子のためじゃないか。
 また。ズキリと痛む胸をこっそり押さえる。名前も知らない、どこにいるかもわからないあの子の影に、怯える自分がどうしているんだろう?
「花巻とじゃ、だめ?」
 ……俺は「へ?」って裏返った声を出した。松川に笑われる。
「変な声」
……変な、奴」
「ふふ、お互い様だわ」
 俺の怯えは、松川が退治してくれた。
「俺は声だけ。お前は全部、変だ」
 俺の家の前に着いて、母親がちょうど外を掃き掃除しているところだった。開けっ放しの玄関に埃が舞う。
「あら松川くんこんばんは」
「こんばんは」
 それぞれ笑顔の交わし合いの中で、俺一人だけが歪んだ顔をしている。
「また明日ね、花巻」
 通り過ぎていく松川のジャージが、ほんの少しだけ俺の指先に触れた。
 俺はファスナーの冷たい金属面が去る前に、それを掴む。
 母さんは、もう家の中へ入っていった。
……花巻?」
 振り返れば怒ったみたいな顔した俺がいるなんて、松川には面倒くさいことこの上無かっただろう。だけど、一つ呼吸を置いて俺と向かい合う。
 同期の服の裾掴んでおきながら、何を言いたいのかわからなくて、こんな言葉しか出ない。
……朝練、遅れんなよ」
「うん」
……サーブ、また教えて。お前の、正確だから」
「いいよ」
 くしゃり。それは俺の頭から音がした。大きい手が、優しく頭頂を撫でる。
 きもちいい。
 松川は頭を撫で終えて、そっと俺の顔を窺った。へらりと笑ってしまう俺は、多分一番「変な奴」だ。これまでのモヤも、霧も、一つ撫でられただけで消えていったから。