花巻のおでこ

pixiv再掲
モブ視点→花巻視点→モブ視点、です。
松川一静、シンデレラ?ストーリーというより、ちょっとマイフェアレディ的なお話。捏造過多です。



 もうすぐ春休みが来る。終業式二日前の今日、部活へ行こうと俺と及川と岩泉で、松川を呼びに行った。
 テスト結果を散々三人で笑い合い、いまだに入学当初の抜き打ちテストのことで笑われる俺は、日頃松川に教えてもらっているおかげで今回の数学はかなり期待できる点数なんじゃないかと思っている。
 及川は平均、意外にも岩泉はかなり高得点らしい、というのは及川情報。「意外って何だよ」と幼馴染同士がもめるまでが、もうここ一年でお決まりの流れ。俺もだいぶ二人の関係に慣れた。
「まっつんいた! ……あっ」
 クラスにはもうほとんど人気がなくて、松川と何人かの女子がいる。
「あれ、俺のクラスの奴らだ」
 岩泉がそう言って不思議がる。
「何か……これは、もしかして……
 及川の体が当たって壁によろけ、大きい音を立てそうになった。慌てて俺や岩泉に支えられ、謝られる。
 三人でコソコソと隠れて、その陽の当たる教室をそっと盗み見た。
 女子は四人、そのうち三人は、どうやら一人の女子を応援しているらしかった。やがて離れていく三人に、俺たちは唾を飲む。教室に、立ちすくんだ松川と、俯いた女子が一人になった。
 やがて口を開いたのは、
「あの……私、松川くんのこと、好きなの……それで」
 健気に一生懸命話す女子を知っている岩泉は、びっくりして猫目をかっ開いていた。
 彼女が続ける言葉を、松川は静かに聞いていた。頷きながら、彼女がつっかかりながらも吐き出す「付き合ってください」の九文字を受け止めて、相づちは止まる。これ以上頷けば、肯定になるからだ。
 俺の心臓がうるさく鳴る。彼女だってきっとそうだ。ぎゅうぎゅう締め付けて痛みすら感じるだろう。
 及川と岩泉はワクワクしながら次の展開を待ってるっていうのに。俺は顔面蒼白で、心ここにあらずで、息も絶え絶えだ。
(松川は、何て言う? その首は、どう動く?)
 指先まで冷えて震えるんじゃないかと思っていた矢先、松川の口が開いた。
「ごめん」
 ああー、と小声で及川が残念がる。女の子も当然、聞かされた時点で涙目だ。
 俺は、自分の血液が安心してくまなくまた全身を流れようとするのを感じた。ピリッと痺れる手を見て、白くなるまで握りしめて自ら血流を止めていたことを初めて知る。ほっとして、あれ、と思う。
 俺、何でこの間から。
 松川と女の子、って言葉が駆け巡る。ほっとしたり、ぎゅうっと痛めつけられたり。そのワードは俺を、ひどくうるさく苦しめる。
 気持ちが何かに芽吹き始めた直後、松川は彼女に続けた。
「ずっと前から、好きな人いるんだ」
 今度は岩泉が、え、って声を上げる。存外大きかったその音は、及川によって口を塞がれた。
「岩ちゃん!」
「わ、わり」
 ぼそぼそ話す二人の後ろで、俺は今度こそ、完全に止まった。
 開始2秒で点火したはず、いやもしかしたら、もっと前から煮込まれていた俺の恋は、粉砕された。木っ端微塵に。
 だくだくと、冷や汗をかいて。どろどろと、嫌な考えを起こして。やっぱり松川、お前は。
 ずっと、忘れられないほど、中学の時のあの子が好きなのか?
 俺は、気づけば脱兎の如く、その場から走って逃げていた。及川も岩泉も、びっくりした顔で呼び止めてくれるが、聞いてないふりをした。
 俺は、どうして、松川の、何になれたと思ってた? 知り合い?友達?親友? もしかして、花巻貴大、お前は恋人に憧れていた?
 隣にいることを許されて、笑って、そっと頭を撫でる心地良さにも甘えて。
「っふ、うー……ッ」
 走り止んだ俺の息は荒くて、過呼吸みたいにえづきながら喉を鳴らす。
 涙はたった一人になってしまった廊下に落ちる。いっそここが水浸しになって、俺を流してほしい。さようなら俺よ、自惚れた大バカ野郎な俺。
 前髪を切ってやった日、すきバサミの音がシャキンと涼しく鳴った俺の部屋。目を閉じていた松川の額が、明るみに晒されて、少し骨張っていいなって思った。まぶたについた睫毛が下向きに長くて、眉毛も濃かった。
 あの時の俺は、切って落ちた髪の束を新聞紙に落とすフリをして、松川の顔に触れた。あったかいぬくもりを知るのは俺だけだと思ってた。
「花巻」
 こうやって俺を呼ぶ松川の声だって、俺だけの物だと思ってた。この一年、どんどん俺の目論見通りかっこよくなっていって、モテるようになって。全て、俺が「こいつはかっこよくなる!」って宣言した松川だったのに。
 気づかぬうちに、今更取られたくないと子供みたいに思うなんて。
 後ろに立っていた松川の気配を知りながら、俺は黙っている。
「及川たち、先に部活行くって」
 ぐいっと袖で顔を拭った。足元の水滴は上履きで踏んづけて、垂れ流した感情ごと、無かったことにしたかった。冬から春になる風が、窓から漏れて薄ら寒い。
「ん、悪ぃ、行こう、ごめんな、盗み聞き……
……なぁ、花巻」
 松川が呼び止める声は、強くてはっきりしている。多分、今までこの過ごしてきた高校生活の中で、一番強い。俺はびくっとして、恐る恐る松川を見た。
 俺が切った短い前髪を、後から床屋へ行って後ろも刈り上げにされたって笑ってた松川の顔。その表情そのままが、今目の前にある。
 シン……と冷えた空気の中、声がそこを破った。
「どうして、逃げたの」
 一歩、松川が俺に寄る。
……泣いてた?」
 さらにもう一歩。俺は動けない。
「お、まえの、好きな奴、……ちゃんと、聞いてない」
 緊張でかさかさに乾いた唇を舐めて、俺はやっと返事をした。
……うん」
 それは何の、「うん」なのか。
 言ってくれよ、その声で、今度こそ正確に殺してくれよ。俺を。
 お前は、俺のことをちっとも好きなんかじゃないって。わからせてくれよ。
 ──かわいいんだって。中学の時の女の子。大人しくて、控えめで。優しい松川とお似合いだよ。温厚なお前は、きっとそのふにゃっとした眼差しで言うんだろう。そして俺は、側でそれを見るんだろう。
 ニコニコした顔で笑う、姿も形も知らないその女の子の像を浮かべる。その隣でデートする松川も。
 あの水族館に一緒に行った日に着た、俺が選んだシャツで。似合うねって言われて。
 そしてとどめを彼女に言ってくれよ、「『友達』にお節介な奴がいて、着させられたんだよね」って。
「花巻、俺は」
 あと一歩で、松川は俺と至近距離になる。
「俺は、賭けてたよ、自分の全てを」
 そうだろうよ。彼女のために自分を捨てて、俺きっかけで、変わったんだもんな。かっこよく。
 松川が口を開く動作が、やけにスローモーションに見える。
 早く、引き金を引いてくれ、俺に撃ち込んでくれ、できることなら、一発で、
「俺の側にいつもいてくれる、好きな人に、振り向いてほしくて」
 ……は?
 俺の涙の溜まった目に添う、松川のかさついた指が、頬骨を親指が撫でて、皮膚が少しつられる。
「初めて、花巻を見た時、面白い奴だと思ってさ。俺をかっこよくしたいって言われて、顔見れなかった」
 松川の、揺らぐ黒い瞳が、緊張していることを伝えてくる。こんな風に、松川が話すのは初めて聞く。
「俺のこと、ちゃんと思い出して、見ててほしくて、前髪伸ばしっぱなしにあえてしてたり。ノート貸したり、部活の時も……花巻の役に立ちたくて」
 赤くなって照れてるはずなのに、いやに冷静で。
「頭撫でた時はさすがに嫌がられると思ったけど……笑ってたから、嬉しかったんだよね。あれは、俺だけの花巻の顔だと思った」
……え、で、でも、ちゅうが、くの、時の、おんなのこ、は?」
「え、誰それ。中学の?」
「いや、その、お前と、同中の、奴が……仲良い女の子いたって!」
「たまに話すくらいなら一人いたけど……花巻も知っての通り、俺ここ入るまでダサかったし」
 それはそうだけど……でもこいつは性格も良いし、ちょっとくらいダサくたって、そんなの気にしない子はいるんじゃないか?
 ぐるぐる駆け巡る色んな思惑が、松川の「でもさ」に遮られる。
「俺、かっこよくなったよね、花巻」
 うん、わかってる。そんなの、俺が一番。
「だから、いい加減勝たせてよ、俺の一世一代の賭けに」
 松川の額、俺の丸くて広いデコとくっついて、ハラハラ流れる涙ごと、両頬をそのぬくい手で包んでくれた。
 寒い風が、体を震わせる。でも唇同士は、熱かった。誰もいない廊下で、磨かれた床に俺たちの重なる足先がよく映えた。
「花巻、好きだよ」
 好きだよ、好き。何度も、何度も伝えてくれる松川の心臓は早い。壁に押さえつけられて苦しいキスを角度を変えて、舌を入れて。ぬるぬると口腔がいやらしい音をたて始めた時、俺はこいつの首に腕を回した。
「ま、つ……ン、ッ」
「ほんとは、もっと、先もしたい」
 ゾクゾク這っていく、俺の嬉しい予感。プチッと外れるシャツの第二ボタン、肌に差し込む掌は熱かった。
 胸筋を上からやんわり揉まれて、どこでそんなの覚えてきたんだろってくらい、柔らかいタッチで俺の感度を上げていく。
 その内立ち上がった尖りを、シャツの上から舐めやがった。
「んッ、……!」
 湿って色づく乳首が透ける。
「そんな顔しないで、花巻……止まんなくなる」
 そんな顔? どんな顔? 涙は果てて、俺は困ったような、参った顔をしてるとは思う、その自覚はある。
 だって、こいつがかっこいいから。
 こんなつもりじゃなかった。俺じゃない、誰かが、松川を好きになって、松川も生まれて初めて恋人ができて、それを見守る俺って図式、できてただろ? なのに最初から違ったのか?お前は最初から好きな奴がいて、それが俺で、俺がお前に世話焼くの嬉しくて、俺のためにかっこよくなって、それがお前の賭け?
 全ては、俺を、堕とすため?
 ふと横を見ると、窓ガラスに映る俺が見えた。くったりした体に、今にも抜けそうな腰、松川の首に回した腕だけで支えられてる。
 その間から覗く俺の顔は最低だ。眉毛は下がり、グズグズに涙を流して、鼻も赤い。鼻水だって、出たかも。だらしない口は散々のキスでべとべとで。でも、でも、花巻貴大。
 何でお前は、幸せそうなの?
 もう一回、俺はデコをくっつけ合う。松川の目が、こちらを窺っている。顔を擦って、松川の肩口に顔を埋めた。ふ、ふ、と俺から笑いが漏れるから、松川がちょっとムッとする。
「花巻、俺、本気で」
「わかってる」
 俺は横を向いて、松川を見た。そのまま頬にキスをしてやると、松川は忍び笑いを漏らして、顔をズラして俺のデコにちゅっと口付けた。
「花巻のおでこ、丸くてかわいい」
……こんなのしか、かわいくない?」
「他もいっぱいあるよ。でも一番初めにかわいいと思ったとこだから」
 そっか。小さく呟く俺は、はだけたシャツを元に戻して松川から離れる。
「部活行こうぜ」そう言って振り返ると、ものすごくむくれた松川がいた。
「な、なんだよ」
「花巻から、聞いてない」
 うっ。やっぱり。
 ──俺は明言をあえて避けたい。
 告白について、好きだと言われて返事をするのが暗黙のルールかもしれない、でも俺はまだしていない。世の中の常識に背いている。
 いいんだ。俺は最初から、こいつには破天荒に接してきた。初めて会った時から。そんな奇抜な俺を出会った時から好きになった松川なら、答えを出さない俺の考えなんて容易にわかるはず。
……今日の俺のスパイク、全部レシーブできたら言ってやる」
 この時。
 ……ニヤッと笑う松川なんて、初めて見た。俺は意外な一面が目に飛び込んできて、ゾクリとする。
 それは、当たりの予感の震え。
 夜、俺の部屋でドロドロに溶かされるようなキスを深く何度もされて、二回もイかされて、俺も負けじと飽きるほど「好き」を言って、その時の松川の、今まで見たことのない雄の顔をしばらく思い出しては赤面する日々が、続くことになる前触れ。