花巻のおでこ

pixiv再掲
モブ視点→花巻視点→モブ視点、です。
松川一静、シンデレラ?ストーリーというより、ちょっとマイフェアレディ的なお話。捏造過多です。

(なつ子視点)

 自転車で10分、歩いても程よい運動になる距離。男子バレーの強豪で有名な青葉城西高校の側に、私の通う中学はある。
 当然私たちの学校からもバレー部が何人か、推薦で呼ばれていたり、一般でそこを目指したりする男子が多い中、同じクラスの松川くんも、どうやら選ばれているらしい、と風の噂で聞いた。
 松川くんが? そう、あの松川くんが。
 松川一静くん。同じクラスで、いつも一人で漫画か本を読んでいる静かな子。他の男子に混じって会話しているのをたまにしか見たことがない。かと思えば、仲が悪いわけでもない。物の貸し借りはあるみたいだし、バレー部の子が昼ご飯を誘いにきたら、パタンと本を閉じて律儀に机の中にしまい、お弁当箱を持ってふらりと教室を離れる。
 立ち上がると、意外と背が大きいことがわかるのだけれど、いつも猫背気味だし、メガネと前髪の長さで、表情もよくわからない。
 体格も、そんなにがっちりとはしていない。ひょろっとしていて、のんびりしていて、何だか猫みたい。
「相内さん」
 そんな私が松川くんに初めて呼ばれたのは、単に私が落とし物をした時だ。廊下を歩いていて、ペンを一本。後ろから歩いていたらしい松川くんに声をかけられて、私はびっくりした。
「ま、松川くん、名前……覚えてたの?」
 私たちは、話したこともない。それに、同じクラスになったのも三年生になって初めてで、ましてや今は五月。クラスの人間の名前なんて、あんまり覚えてないとこの間男子の誰かが騒いでいた。その中に、いつもならいない松川くんもいた。
「そりゃ覚えてるよ、クラスメイトだから」
 さもなんて事ないように言われて、肩の力が抜けた。拾ってくれたペンを渡される時、松川くんの手にたくさんの傷や突き指をしたであろう歪みが見える。
……あ、の、松川くん、」
「なに?」
 私の瞳の中に映る彼は、やっぱりどこかぼんやりしていて、痩せていて、癖っ毛の髪が目を覆っていて何を考えているかよくわからない。
「青城に行くって話、本当?」
 繊細な話題であるはずのそれは、どうしてか私の聞きたいことの筆頭にあって、こんな時くらいでしか松川くんと話すことがなかなか無いだろう、という独断で、私は切り込んだ。
 松川くんは、ううんと唸って、ちょっとだけはにかむ。
「俺なんかが入って、どうなるかわからないけど、バレー好きだから」
 笑う松川くんの目尻に、くしゃっとシワが寄る。こんな表情もするんだと私の心は少しだけ高揚した。
 うまく、いくといいな。
 その気持ちは決して友情でもなく、観客席から松川くんのこれからを応援する、客のような。そんな気分で。
「応援してるね」
 びっくりした顔を一瞬されたけど、もう一度松川くんは笑ってくれた。

 それ以降、私たちはよく話すようになった。卒業して、松川くんの進路が青城に決まり、私は父親の転勤が決まって県外へ引っ越すことになっても、終わりの時に笑って「またね」って言えた。
 卒業アルバムに皆の寄せ書きが集まる。びっちり書かれた文字の中に、一つだけ小さく、隅の方に、松川くんもメッセージをくれていた。
『お互いがんばろう』
 そんなごくありふれたメッセージを、きっと松川くんは覚えていないだろう。だけど、私は次の新しい土地へ行っても頑張れる気がして、松川くんのバレーで頑張る姿を想像する。
 ……ううん、やっぱりどうしても想像できない。中学の時、見ておけば良かったな。
 松川くん、がんばれ!
 私は頭を振って、明るい空から注ぐ太陽を受け取りながら、家路に着いた。