鳳仙花は燃え開く

MHRウ教×ハ♀。両片思い→相思相愛。
ハ♀視点。

鳳仙花の花言葉に纏わるお話。ハピエン。
自分はウ教に釣り合わないからと、彼が大好きなのに距離を置くハ♀。そんな彼に、縁談話が舞い込む。



夢中で狩場の大自然に体を、心を溶け込ませ、獲物を見つけ、得物を振るって。

気付けば今日も、怪我はなし。

青空がまるで血のように、血よりも赤い空色に変わってきた頃、私は里への帰路を急いだ。


──早く、出よう……


今日は、門から帰らないようにしよう。

夜のうちに出て行きたい。
あなたの顔を見ないうちに。

見たら、きっと、私は生きる力を失ってしまう。絶望してしまうから。

あなたにはぐくんでもらったも同然のこの命、なるべく無駄にはしたくないから。

(……里長には、明日の早朝……こっそり会いに行って、ご挨拶しよう……! あ、オトモたちにも……今夜は広場に居てくれてるけど、明日……明日、ちゃんと話さなきゃ……)

里長に黙って出て行くわけには行かない。

私を生まれた頃からずっと見守っていてくれた、まるで祖父のような人でもあるから。


──生まれた頃から、ずっと……


(……あなたも、ですね。……ウツシ教官……)

私の瞳から、ぽたりと、ここで流す最後の涙が零れ落ちる。

風が痛いほど冷たく感じて、胸の痛みは気にならなくなった。

幼い頃が、とても懐かしい。

狩猟に出たあなたを、門の前でずっと待っていた、あの頃。
無事に帰って来てくれたあなたに駆け寄って、抱きしめてもらったあの頃が。

ずっと続くと思っていた時間は、気が付いた時にはあっという間に流れて、何より幸せな時間だったのだと思い出す。

もっともっと大切にすれば良かった。
大切だと気付いた時には、基本的にはもう遅い。


──大好きなあなたは、もう……


私は腕で荒っぽく両目を擦り、更に翔蟲を放って、空路と陸路を駆使し、急いで帰還する。

里の門には、きっとあなたがいる。

今日も、私を待っててくれているはず。

ああ、でも、もしかしたら居ないかもしれない。
縁談があるのなら、あなたにふさわしい許嫁になる、優秀で素敵な女性のところに行っているかもしれない。

あなたはいつか、私に背を向けて、私の知らない、私よりも素敵な女性と幸せそうに笑い合うのだろう。

…………い、や……!」


──私、何を言ってるんだろう……


ずきんと、胸が痛んで。
けれど、すぐに口角が上がった。

あなたが幸せになれるのだと思うと、不思議と、悲しいほどに嬉しい。

風を切るように翔蟲を上へ放ち、私は空で、世界に向けて、吐露するように呟く。

「やだ……! やだ、やだ、やだ、やだあぁ……!」

何度も、繰り返し零してしまった。
吐き出さないと、壊れてしまいそうだったから。

あなたが門に居る景色も、居ない景色も、どちらも見たくない。

幼い頃よりずっと赤く、不穏で、苦しいほど切なく、冷たい夕暮れ。

私はあなたに教わった壁走りと翔蟲の技術を駆使して、門から大きく逸れたところ、水車小屋が最も近い、オトモ広場に続く吊り橋の方向を目指し、空を駆け抜けた。

気配を消して、何とか水車小屋の前に着地する。

急いで引戸を滑らせて中に入ると、変わらず出迎えてくれた、ごとん、ごとんと響き渡る水車小屋の重低音。

「荷物……! 荷物、まとめなきゃ……!!」

私は取り憑かれたように、必死にアイテムボックスを漁って、最低限の必要なものを整える。

その気になれば、薬も食料も現地調達できる。
当面の寝床も、狩場のテントで問題ない。
今夜は大社跡のキャンプに行こう。

明日の早朝は里長やオトモたち、ルームサービスさんに挨拶に来るつもりだったので、その時に改めてすぐに持って行けるよう、小さな肩掛け革鞄かばんにまとめた。

そしてそれを、見つからないようにボックスの隅に置いておく。

置文おきぶみをするなら、明日の早朝にしようと思った。

もしも、もしも今夜、あなたが私の無事を確認しようとここを訪れた時のため、悟られないために。
まだ、狩猟から帰っていないと思ってもらうために。

……ッ、ふ……!」

ボックスに体を向けて、立ったまま顔を下げ、吐息と共に感情が漏れだしそうな唇を、きつくきつく噛み締める。
ばくばくと心臓が震え、それにともなって、ボックスに突っ込んだままの手も震えていた。

頭はまるで沸騰しているように熱く、傍から見たら湯気が出ているのではと思えるほど。

生まれた時からずっと生きて来た、あまりにも思い出が多すぎる場所。
そこから突然離れようとしているのだから、当然と言えば当然の反応。

……ウ、ツシ、教官……!」

ごとん、ごとん、と水車小屋の音が、私の声を掻き消していく。

名を呟くだけで、胸がずきんと大きく痛み、ぶるりと体は大きく震えた。

昔、幼い頃にあなたにしてもらったように、震える体を自分で必死に、両腕で抱きしめる。

あなたは、もう私を抱きしめられないでしょう?
だって、私以外の、あなたと釣り合う素敵な女性と結ばれるのですから。

ふらりとかまちに座り込んだ私は、そのまま暗くなるのを待った。

夕陽は、あっという間に沈むことを知っている。


──さあ、俺と一緒に、おうちに帰ろう。


あの頃のとても幸せな時間は、あっという間に過ぎていったから。

@acadine