鳳仙花は燃え開く

MHRウ教×ハ♀。両片思い→相思相愛。
ハ♀視点。

鳳仙花の花言葉に纏わるお話。ハピエン。
自分はウ教に釣り合わないからと、彼が大好きなのに距離を置くハ♀。そんな彼に、縁談話が舞い込む。

幼い頃、明るく優しいお兄さんであり、里が誇る強者ツワモノのハンターでもある、大きなあなたの手が、大好きだった。

今も鮮やかに思い出せる、朱赤を帯びた金色こんじきの斜陽。

それは天の原から里中を包み込み、秋めいた涼風がしゅるりと吹き抜け、一日の終わりを告げる夕暮れ。
それは特に、子ども心が切なく震える時間帯。

それでも私は寂しさに負けず、風邪をひくから家に居なさいという大人たちの警告も、聞こえないふり。

ハンターであるあなたの帰りを、里の門の前、朱色の太鼓橋にところで、ただただじっと待っていた。


──あっ……! やあ、ただいま! 待っててくれたのかい!


あなたは怪我の痛みを感じさせない満面の笑顔で、堂々と斜陽を背負い、絶対に帰って来てくれた。

嬉しくて「おかえり、ウツシにぃに!」と笑う私に駆け寄るなり、あなたは私の前でしゃがんで視線を合わせてくれる。

陽だまりのような笑顔の中でも、とても申し訳なさそうに眉を下げて。


──遅くなってごめんね! 風邪をひいたら大変だ! さあ、俺と一緒におうちに帰ろう!


そう言って、あなたは幼い私を抱き上げて「こんなに冷たくなって……」と私を案じながら、私の頭を撫でて、自分の温もりを分け与えるように、ぎゅっと私を抱きしめてくれた。


──いつも待っててくれてありがとう。

──キミがいてくれるから、何があっても頑張れるよ。


その言葉は、今の私に通じる。

あなたに弟子入りし、修行を重ね、いつの間にか里の英雄『猛き炎』と呼ばれることになった、今の私に。

「おかえり、愛弟子! 良かった、今日も無事に帰って来てくれたね!」

偶然でしょうか。
あの頃のような、朱赤を帯びた金色の夕暮れ。

今、狩猟を終えて斜陽を背負い、里への門をくぐって帰って来たのは、私。

出迎えてくれるあなたの声は、存在感は、里の火よりも温かくて、愛おしい。

「ただいま戻りました、ウツシ教官」
「うん! おかえり! キミの力を信じていたけど、やっぱり心配は心配で……! 怪我はない!? 大丈夫かい!?」

私は「大丈夫ですよ」と、呆れたように笑ってみせた。この表情は、あなたのことが心から大好きな今の私にできる、精一杯の背伸び。

今や私を『愛弟子』と呼ぶようになった教官であるあなたは、狩猟から戻った私を、あの頃の私と同じように、日々待っててくれている。

あなたの足元には、斜陽に照らされてより赤く見える鳳仙花ほうせんかの小花が、ゆらゆらと存在感を示すように風に揺れていた。

あなたはいつも、私にとても明るく微笑みながら「よく頑張ったね!」と労ってくれて。

「大丈夫? お腹すいてない? 頑張って来たから疲れたろう? 無理せず、つらい時はちゃんと言うんだよ?」
「大丈夫ですってば。ふふふ、心配性ですねえ」

幼い頃のように私の頭でも撫でようとしたのでしょうか。

あなたの手が伸びかけて、私が少し身構えると、あなたはそれを察してそのまま手を落ち着けてしまう。

私は、幼い頃のように、無邪気にあなたの手を喜べなくなっていた。

あなたが嫌いになったからとか、そんな理由ではなくて、むしろその真逆。

あなたのことが、あの頃よりももっともっと、心の底から大好き。

あなたの笑顔を思い浮かべると、体の底から力が湧き上がって、心は羽根が生えたように軽やかに舞い上がる。

何にも負けず、何でもできそうな気がしてくる。
現実、あなたを想い続けて戦って、私は英雄と呼ばれるまでになれた。

けれど、いつからだろう。

修行続け、狩猟経験を積み重ねる度に、私はあなたの強さの凄まじさを、人としての深い優しさを、うつわの違いを、思い知った。


──私は、あなたに釣り合わない。


あなたには、あなたと釣り合う私より素晴らしい人と、ふさわしい人と、幸せになってほしい。

だから、今も、あなたの笑顔を前にして、私は少しあなたと距離を取っていた。

それでも先ほど撫でられそうになってしまったのは、不覚以外の何物でもない。

それでも、あなたのまばゆいばかりの笑顔は変わらない。

(……笑ってくれてる。私を見て、こんな……嬉しそうに、笑ってくれてる……!)

胸がきゅっと甘く締め付けられて、つま先からぶるりと震えそうになった。


──お願いです、私に手を伸ばさないで……


あの時のように触れられたら、私は、もっとあなたのことが好きになってしまうから。

あなたを、諦められなくなってしまう。

決して叶えられぬ想い、伝えられない恋心であっても、意地でもあなたの傍に居続けて、ずっと愛し続けたいと思ってしまうから。

「お腹も空きましたし、私、そろそろ帰りますね」
「ね、ねえ、愛弟子! 今日、良かったら、一緒にご飯でも……!」
「あ……! え、えっと、ごめんなさい、ルームサービスさんがもう、用意してくれてて」


──嘘。


ごめんなさい、ごめんなさいと、私は幼子のように何度も心の中であなたに謝った。

本当はあなたと一緒に食べたい。

でも、あなたと過ごす時間が増えてしまったら、あなたへの想いがますます溢れてしまう。

それに、あなたの中に私という存在が留まり続けてしまう。

それは、駄目。

あなたには、自分の幸せを掴んでほしいから。
もしも、あなたにふさわしい女性が現れて、あなたが私を見なくなったら。


──あなたの中から、私が見えなくなったら、私は……


ふと考えた途端に恐ろしくなって、寒くなってきて、思考を止めた。

背中から照らしてくれている斜陽の影が、切なく歪んだ私の表情を隠してくれると信じて、私は「失礼します」とあなたに頭を下げて、早足でその場を去る。

背中に突き刺さるあなたの視線は、どこか心配そうで、けれど、とても寂しそうで、針のような鋭さを帯びていた。

ウツシ教官、私はこんなにも、歩きながら泣きそうになるほど、こんなにも、あなたが好き。

でも、私は、あなたが大切だから。

こんなに愚かで無能な自分のことなんかより、ずっとずっと、あなたのことが大切だから。

だからこそ、この気持ちは伝えない。

不意に吹いた向かい風、煙突の煙の匂いが目立つその風が、妙に冷たいような気がした。

風にも負けず、斜陽の照らす赤い道の、小さな赤い花を踏みしめて水車小屋に駆け戻る。

後ろ手で引戸をぴしゃりと閉め、引戸に背を預け、私はずるずると土間に座り込んだ。

「っ、く……! う……ぅうッ……!!」

唇を噛み締めて、呼吸が止まりそうなほど顔に力を入れても、涙は止められない。

今日は、誰もいない小屋の中。

ごとん、ごとん、と鳴り響く水車の重低音の中に消えるよう、私は声を殺して泣いた。

だから、私は気付かなかった。

私が踏みしめたのは、小屋の傍らに咲く鳳仙花の花。

それが、私の泣き声に呼応するように、地面に伏して揺れ続けていたこと。

その傍に、気配を殺した大好きなあなたが立っていたこと。

そしてとても寂しげに、私の踏みしめた花を見下ろしていたことに。

鳳仙花。
その花言葉は『私に触れないで』。

@acadine