お芋さん太郎
2022-06-03 22:18:29
14148文字
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春色の屈辱を君に

※ツイステ
※デイヴィス・クルーウェル
※アシュトン・バルガス
※設定捏造

以前pixivに投稿していた作品です。




たった一つの机を挟み、二人の男が真正面から対峙する。
距離にして3m。一息に詰めることのできる間合いである。

筋骨隆々ナイスガイは唯一の出口を背に、楽しそうに唇を弧にした。
さんざん自分をおちょくってきた先輩を自らの手で沈めることができる高揚と、今から始まる戦闘に対する期待に胸を躍らせている。

利き手に持つは、水色桃色黄緑色可愛い可愛い春色カラーのパイの皿。
このおぞましい色のパイを憎きデイヴィス・クルーウェルの顔面に叩き込むことこそが、彼、アシュトン・バルガスの最大にして唯一の仕事だ。

「自分の誕生日に学園に戻るだなんて大した自信だな。こうなることは分かっていたでしょうに。俺は運が良かった。『これ』であなたに仕返しを狙う奴はごまんといるからな」

対する白と黒をまとう細身の青年は口の端を片方だけクイっと上げた。
1年に1回、必ず訪れるこの儀式を過去3回逃げおおせた愉悦と、今回もまた『逃げる』ためだけにわざわざインターンの地から舞い戻った傲慢さを隠しもしない。

利き手には1丁の水鉄砲。蓄圧式。これが今回の秘密兵器だ。

卒業間近のこの学び舎で羽目を外せる最後の機会に、やる気も気力も漲るというもの。
だが慢心は無い。今年の自分に対する『幸運のギフト』は特別製なはずだ。
例えば色とか。何せ、これが最後なのだから。

「今日この良き日に学園外に逃げて何になる? お前らを蹴散らして踏みつぶして高笑いしてこその誕生日だろう。しかし今年はずいぶんと不味そうな色のパイだな。味見はしたのか? プロテイン味とは言わんよな」
「味はご想像にお任せ。食わず嫌いしていては筋肉が育たんですよ、先輩」
「悪いが遠慮させてもらう。春色キラキラパステルカラーは敵同然という家訓でな」
「では、力づくで」

アシュトンが机の上を駆ける。
2秒とかからずデイヴィスのもとへとたどり着くが、顔を何かが掠めたことで足を止めた。

窓際の魔法植物の実が弾けたのだ。
種が弾丸のように部屋を飛び交い、壁に当たっては跳ね返る。グレネード・グリーングラスだ。

「ッ!しかも散弾種⁉」

ひとつの実から複数の種が弾丸のように弾けるこの魔法植物は、同種の種の散弾を誘発する。
次から次へと弾ける実は止まることを知らず、この事態に備えて保護魔法で強化してある器具という器具に当たっては跳ね返る。

跳弾の嵐に襲われたアシュトンはその場を退くしか他なかった。
1粒では軽い打撲で済むが、こう多くては致命傷になりかねない。

「時間通り」

デイヴィスはまるでこうなることが分かっていたかのように近くにあった鍋をかぶり、頭を保護しながら低姿勢で出口に近づく。
机の後ろに小さく隠れたアシュトンはそれに気が付きパイを投げたが、あいにく頭の鍋に当たった。

「残念、ハズレだ」

鍋がピンクと黄色のマーブルになり、それが気に入らなかったデイヴィスは鍋を乱暴に投げ捨てた。
しかしそこで散弾が止み、アシュトンが立ち上がって出口への道を塞ぐ。

ただでさえ巨体のアシュトンだったが、立ちふさがるとさらに圧巻。
鼻息で肩を揺らし、いつ襲いかかるかという風貌はまさに気の立ったバイソンだ。

『魔法は筋肉』という彼の理論はさっぱりわからないが、並みの魔法士であれば筋肉だけで太刀打ちできるのが彼である。
魔法の使用を限られている今のような状況であるならば、アシュトンの方に利があるのは明白だった。

しかし魔法を使うだけが魔法士でないのもまた事実。

「追い詰めたぜ、デイヴィス・クルーウェル」
「『先輩』か『師匠』を付けろ、無駄吠えの多い脳筋野郎が」
「それは照れるな」
「褒めとらん」

アシュトンが新しく手にパイを出し、ジリジリとにじみ寄る。

デイヴィスはそれから一瞬も目を逸らすことなく、ゆっくりとした手つきでマジカルペンを取り出した。

「『魔法での直接的な攻撃および防御は禁止』では」
「もちろん分かっている」

アシュトンが牽制するが、デイヴィスはお構いなしに鼻から大きく息を吸い、そして吐いた。

「室温が15℃をきった。そしてこの甘い匂い。これから何が起こると思う?」
「なんだと?」

「風よ」そう小さく唱えてペンを振ると、ブワっと大きな気流が生まれた。
デイヴィスの後ろから出口に向けて。
つまり、鉢植えの魔法植物群からアシュトンの顔面めがけての突風だ。

もちろんただの突風ではない。
魔法植物の花粉を多量に含んで視界を遮る、まるで黄色い煙幕のような風だった。

「なにっ!?」
「さっき日陰に移動させておいたハーレム・フラワーだ。15℃以下の気温で急激に花芽が分化するが、雌花と雄花の割合は9.9:0.1。そのため雄花は気合を入れて花粉を飛ばすぞ」
「グッ! ッゲホっ、ゴホッ! くそッ、待て!」

アシュトンが花粉を食らい、怯んだ隙に出口へと向かう。
この一瞬でできるだけ距離をとりたいとデイヴィスも必死だ。

魔法薬学室俺の庭で勝負を挑むからだ、マヌケめ!」
「ゲホ止まれ! 止まらんと」
「誰が止まッが!」

アシュトンの制止虚しくデイヴィスが出口をまたいだ、その時。

何もない上空から突如タライが降ってきた。

デイヴィスはそれをまともにくらい、あっけなく地面に倒れ伏した。
タライはそのまま地面に落ち、いまだにグワングワンとその音を響かせる。

何が起きたのか状況の全くつかめないデイヴィスは顔だけ上げて空を見回すが、そこには何もなかった。

苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちをすると、パイを持ったアシュトンが視界に入る。

パイの色は水色と黄緑。
最悪だ。

「だから『止まれ』と言ったのに」
なんだ、これは」
「イグニハイド謹製『簡易物体転移装置』。奴らの開発した悪戯グッズ。魔法薬学室あんたの庭で勝負を挑むのに準備が無いわけないだろう」
「Good Boy
「これで終わりだ!」

地にケツをついて後ずさるデイヴィスに、アシュトンが迫る。
近くで見ると、まるで山だ。
力とパワーとエネルギーに溢れるその巨体。
対峙する者にとっては絶望そのものである。

デイヴィスは静かに目を伏せた。

アシュトンはこの機を逃せぬとばかりに、渾身の力でパイを振りかぶった。
仕留めてやる、と。日頃の仕返しだ、と。

その能力とスタイルと高慢ちきぶりが抜群だったばかりに、暴虐の限りが尽くされたデイヴィスの4年間。作った敵は数知れず。
全校生徒の誰もが彼の無様な姿を期待しているのだ。

確実に終わらせるため、一時も目を逸らさず、パイを……

と、ここで違和感がひょっこり顔をだす。
デイヴィスが笑っているのだ。白い髪の下で口しか見えないが、確かに笑っている。

その時アシュトンはすべてがスローモーションに感じた。
一コマ一コマ、一枚ずつ、丁寧に写真がめくられていくように。

思考だけが高速に処理され、感覚だけがその場に残される感覚。

デイヴィスの利き手に水鉄砲。
この戦いでまだ一度も使われていない。
しかし常に彼の手の中に収められていた、ただの水鉄砲。

本当に『ただの水鉄砲』なのか?

デイヴィスが顔を上げた。
その眼は貪欲に勝利に手を伸ばす人間の眼だった。諦めていない、人間の眼だ。

「馬鹿め」

アシュトンがハッと息を飲む。
水鉄砲の銃口はパイに向いていた。
外すはずのない、至近距離。

透明な液体は一直線にパイに向かい、クリームを、消した。

「ハな、なにッ!?」

水に濡れた皿だけが地面に転がる。

「クルーウェル様謹製『油を水に変える魔法薬』。これを使えば海に流出した重油を浄化したり……クソみたいな色のクリームを無味無臭無色の水に変えられる。優れものだろ?」

デイヴィスが土埃を払いながら立ち上がり、得意げに言った。

パイは2発外して残りは3発。
一方こちらの魔法薬は5発ぶん残っている。

よしよし、逃げるには十分な量だ。

「あんたのクソの色、ずいぶんとカラフルなんだな」

デイヴィスが逃げる算段を立てていると、アシュトンが煽るような笑みで口を開いた。

「はァ!? クソは! お前の! 脳みそだ!! くらえッ! お前の顔の油を水にしてやる! カッサカサになりやがれ! おりゃ、おりゃ!」
「うわっ! 目に目が! 目がァ!」
「ちくしょう無駄打ちした! だがなァ気分は最高だ! あばよッ!」

デイヴィスは思わずカッとなってアシュトンの顔面に連射してしまった。
残り2発というところだが、後悔はない。
乾燥肌に苦しむがいい。

今のうちに目指すは校舎だ。
距離が取りやすく遮蔽物も多い。

購買部の前を駆け抜け、メインストリートを走り去る。
敬愛するグレート・セブン像には投げキッスを忘れずに。

図書館の前を素通りし、ここから階段。

後ろにアシュトンが見えた。
急いで階段を駆け上る。

距離が縮まる。
正面扉まであともう少し。

パイが飛んできた。
撃ち落したが、ここで最後の2発を使ってしまった。

厳かにそびえる扉の前にたどり着く。
アシュトンが次のパイを投げるよりも、デイヴィスが校舎に入る方が早いだろう。

デイヴィスはクルリと振り向き、アシュトンと今日何回目かの対峙をする。
背後でゆっくりと扉の開く音が聞こえた。

ここまでくればパイを投げられる前に滑り込んで扉を閉めて、そしてあとは隠れながら今日を逃げ切ればいい。
完璧だ。

「俺の勝ちだ、筋肉小僧!」
「くそ! 待て!」

アシュトンが顔を歪めて迫るが、彼の足をもってしても間に合わない。
デイヴィスが勝利を確信し、高笑いをしながら扉の中へと入った。

瞬間。

「ハ? な、これは

頭、首筋、肩、背中。
ぼとりぼとりと鈍い音と共にはるか頭上から落ちてきたのは。

春色キラキラパステルカラー。

まさか、これは、

「い、イグニハイド謹製
「『簡易物体転移装置』! ハハっ、傑作だぜデイヴィス! 先輩! 様!」

大量のクリームが首筋から服の中に入って気持ちが悪い。
頭、背中に飽き足らず、留まることを知らずにどんどんと落ちてきて、ついには足元にもクリームだまりを作った。

水色オレンジ黄色緑ピンク白に紫、眩いばかりの明るい色味に溺れそうになり、デイヴィスは必死の思いで呼吸をした。

パイの数は、5発までという、ルールでは?」

デイヴィスがニヤニヤと笑うアシュトンをギロリと睨む。
ピンクと紫に染まった白髪が不快すぎて、視界に入らないよう乱暴に掻き上げた。

「そうだな。これが4発目。そしてそれが5発目だ」

アシュトンは自らが手に持つ皿を『4発目』、そしてデイヴィスが全身にかぶっているもったりとしたクリームを指さして『5発目』と、悪びれない様子で言った。

もはや『パイ』ですらない『5発目』に異議を唱えようとデイヴィスが口を開くと同時に、学園長がどこからともなく舞い降りる。

「こんなもの無効だ!」
「有効ですよ!」
「なぜですか学園長! プレゼンターはひとりだけのはずで道具の使用なんてもってのほかだし、ギフトだっていつもと違う! それになんか変な色だし……認められるはずがない!」

デイヴィスは敵意をむき出しにしたワンコのように学園長に向かい合う。
激しい抗議にクリームが跳ね、学園長の漆黒のスーツまでも緑と黄色のドット柄になった。

「他でもない、私が許可しました。なぜかって? 全身クリームまみれの写真を卒業アルバムに使うのが我が校の習わしなのに、あなたときたらその写真が一枚もないじゃないですか! おひとりだけポツンと集合写真の欠席者のようにつまらない顔で掲載だなんて、そんなの面白くな……ンン”……あまりにも可哀そうではありませんか! これは何が何でも4年分のクリームまみれにしてあげなくてはと、そう思いまして。ホラ、私とーっても優しいでしょう? ですよね、皆さん!」
「オオーーー!!」
「おめでとうクルーウェル死ね!」
「せいせいしたぜ!」
「かわいいお色でちゅね~!」
「ヒュー! 最高!」
「おい、その画像あとでオレに送ってくれよ」
「5000マドル先払い」
「くたばれクルーウェル!」
「愛してるぜ学園長!」
「男前だぜデイヴちゃ~ん!」

デイヴィスがハッとしてあたりを見回すと、校舎内の廊下や階段、二階やシャンデリアの上に至るまで生徒がひしめき合い、好き好きに野次を飛ばしていた。
必死過ぎて今まで全く気が付かなかった。

「小道具作成はイグニハイドとディアソムニア、実況はサバナクロー、クリーム作成はハーツラビュルにポムフィオーレ、作戦立案はスカラビアとオクタヴィネル。すべての寮がこの日のために手を取り合うなんて、私、感動のあまり涙が!」
………
「オレも自分の手で当てたかったんだがな」
「いえ、バルガスくん。あなたのお力があってこそでしたよ」
………
「クルーウェルくん、あなたもずいぶんと憎まれて愛されてますねぇっと、クルーウェルくん?」

なんだ、とデイヴィスは肩を落とした。

学園全体がグルだった。
遊ばれていたのはこちらだったのだ。
そう思ったら、突然すべてがどうでもよくなってしまった。

遊びだからと普段だったら守りもしないアホ臭いルールを守って律儀に逃げて、なんだか馬鹿みたいだ。そう思った。

「ハハハハ、ハハハハハッ!」
「く、クルーウェルくん!? 元からおかしい子だなとは思っていましたが、ついにぶっ壊れました!?」

クリームまみれでベシャベシャになったデイヴィスは、水色のベトベトが付いたマジカルペンを静かに握りしめる。
それはクリームの中で柔らかに光った。

途端に増えるクリーム。
その量は、2倍、4倍、16倍もっと、もっとだ。

色という色が混じり合い、だんだん濃くなり薄くなり、いつしか白と黒とそして赤。
他でもない、彼の色になった。

傍にいた学園長とアシュトンがあっという間に飲み込まれる。
野次を飛ばしていた生徒たちも、これはやばいと慌て始めた。

しかし、もう遅い。

デイヴィスがニタリと怪し気に口を弧にすると、白黒赤のクリームが彼らに襲い掛かった。
飲み込む直前に作り出されたのは、怒りを露わにした犬の造形。
色からして、ダルメシアン。

巨大なクリームのダルメシアンは生徒らを飲み込みながら宙を駆け、床壁天井を彼色に彩る。
逃げ惑う有象無象をどこまでも追いかけ、飲み込んではまた次の者。
自由に優雅にのびやかに。
犬はどこまでも美しい。

ダルメシアンを操るようにペンを振るデイヴィスはまるで楽団の指揮者。
右に、左に。
時に大きく、時に小さく。

栄えある我が誕生日を祝わん呪わんするこの愛おしい憎たらしい者たちへ、いっそうの心を込めて。
そして指揮者が手を高らかに挙げ。

ついに終曲。

デイヴィスを除く、すべての者、すべての物が彼の色に染まった。

その彼もペンの一振りで綺麗さっぱり元通り。洗浄魔法だ。

ピカピカの靴に黒のスラックス、黒のワイシャツとミルク色のベスト。
お気に入りの白黒コートをふわりと羽織り、自慢の頭髪をピシリと決める。
床にはゴージャス赤絨毯。

背に広がるはクリームまみれのエントランスに、白黒赤の死屍累々。
正面扉の近くに倒れたアシュトンだったものを遠慮なく踏みつけ外に出る。

扉をくぐると真っ赤な夕焼け。
青い空よりよっぽど好きだ。

新鮮な空気を吸って、ひと呼吸。
振り返って馬鹿どもを見下げ、フンとひとつ鼻を鳴らす。

「俺様をいったい誰だと思っているんだ。お前らなんぞに染められるものか」

そう捨て吐き、高笑いを置き土産に彼は学園を去るのだった。